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第十六話 生き残りを賭けて

 朝が来た。総てが決する朝。

 私は一人、別荘と桟橋を結ぶ道の上に立っていた。武器はなく、丸腰の状態だ。

 ――赤澤達がこの島を出るには、必ず桟橋に辿り着かなければならない。迎えの船は、桟橋にしか来ないからだ。

 ならわざわざ出向くより、待ち伏せていた方が確実に相手を仕留められる。そう考えて、私は今ここにいる。


 朝焼けの中、道の向こうから複数の鞄を持ったシルエットが見えだす。向こうも私の姿を確認したのか、途中から小走りになって駆け寄ってくる。


「黒井さん!」

「……赤澤さん」


 先頭にいた女――赤澤が私に声をかける。その顔は何故か、私が生きている事に本気で安堵しているようだった。


「良かった、生きてたんだね! 今まで一体どこに……」

「殺人鬼が別荘に来て、怖くて思わず逃げちゃって……一日中逃げ回ってたの。ごめんなさい」

「そんなのいいよ! 生きててくれただけで!」


 私の肩を両手で掴み、赤澤が笑顔を見せる。……おかしい。私はてっきり、囮の役目を果たさなかった私を赤澤達が責めるものだとばかり思っていた。

 なのに、この状況はどうか。後ろの桃生などは、私を見て涙を流す始末だ。


 こいつらは、本当に私をいじめていたあのクラスメイト達なのか?


 ――いや、もうそんな些末な事はどうだっていい。どうせ私は、とっくに戻れないところまで来てるんだから。


 さあ、最後の宴を始めるとしよう。


「! 皆、後ろ!」


 赤澤達の後ろを見ながら突如叫んだ私に、その場にいた全員が慌てて後ろを振り向く。そのうちの一人の頭上に、突然影が射した。


「上!」


 真っ先に異常に気付いた赤澤が叫び、鞄から素早く肉切り包丁を取り出す。他のクラスメイト達の反応も素早く、すぐに我に返ると即座に影から距離を取った。


 ――ガキン!


 上から落ちてきたソレ(・・)は、地面に着地すると共に砂埃を上げ、鋭い衝突音を立てた。私以外の全員が息を飲む中、ソレ(・・)は大きな鉈を地面に振り下ろしたままの体勢からゆっくりと立ち上がる。


「……あーあ。外しちゃった」


 ソレ(・・)は、拗ねたように唇を尖らせたまどかだった。奇襲が不発に終わった事に、私は思わず舌打ちする。

 作戦はこうだ。まず私が姿を見せて、クラスメイト達の油断を誘う。

 そこに近くの木に登っていたまどかが、私の合図と共に奇襲する。私が「後ろ」と叫ぶ事、それが合図だったのだ。


「皆、かかって!」

「!?」


 まどかが態勢を立て直すより前に、いつの間にか銘々に武器を手にしたクラスメイト達が赤澤の号令の元、一斉にまどかに飛び掛かる。そこには驚きも、油断も、その一切がなかった。

 こいつら……まさか……こっちの襲撃を待っていた!?


「キャッ!」


 刃物を、鈍器を立て続けに振るわれて、流石のまどかも防戦一方らしい。鉈を使って致命傷を避けてはいるけど、いつまでもつかは解らない。

 私はゆったりとしたズボンの下に隠しておいた、サバイバルナイフを手に取った。そして武器を振るうクラスメイトの一人の背後に近付き、隙だらけのその背中に思い切りナイフを突き刺す。


「ギャッ!!」

「黒井さん!?」


 私の行動とクラスメイトの悲鳴に、赤澤達残りのクラスメイトの気が一瞬こっちに逸れる。勿論、その隙を見逃すまどかじゃなかった。


「もう、お返し! ……えいっ!」


 まどかが鉈を前に突き出し、大きく一回転する。その一撃は、赤澤と桃生以外の三人の腹を切り裂いた。


「げぼ……っ」

「皆!」


 赤澤の悲痛な声が、辺りに響き渡る。私は目の前で体を折るクラスメイトからナイフを引き抜き、その体を蹴り転がすとまどかの横に並んだ。


「ありがとう、陽子ちゃん! 助かったよ!」

「黒井さん……どうして」


 赤澤と桃生が、信じられないものを見る目で私を見る。私は二人に、ニヤリと嗤ってみせた。


「ホントにおめでたい頭してるんだね。私にあんな事しておいて、私があんた達を恨まなかったとでも思う?」

「でも、あれは、全員が納得の上で」

「自分が生贄になる気なんてさらさらないから、皆納得したんでしょ? 私も同じ。生贄なんて御免なの」

「そんな……!」


 赤澤の顔が、途端に悲しげに歪む。……どこまで、ふざけた女なのか。


「陽子ちゃんはね、この島で出来た私のお友達なの! 二人で協力し合って一杯、一杯人を殺してきたんだよ!」


 そこにまどかが、得意気に笑いながら割り込んでくる。……そうだ。今の私にとって仲間と、友達と言えるのはまどかだけ。

 「類は友を呼ぶ」上等じゃないか。今の私を理解して受け入れてくれるのは、もうまどかしかいないのだから。


「青柳も、黄原達も、皆死んだ。後は、あんた達を殺すだけ」


 まどかと共に、赤澤と桃生ににじり寄る。桃生は俯いて震え、赤澤は呆然として抵抗の意思を見せない。

 まずは、この二人を動けなくする。それから、時間をかけてなぶり殺して……。


「……このおっ!!」


 その時、震えていた桃生が突然、動いた。桃生はまどかの方へと突進すると、全身で体当たりをぶちかました。


「キャッ!」


 完全に不意を突かれた形のまどかが、後ろによろけて尻餅を突く。そのまどかを上から押さえ込みながら、桃生が叫んだ。


「香苗、逃げて!」

「菫ちゃん! ……でも!」

「香苗だけでも生き延びて! 私達の分まで!」

「……っ」


 赤澤は一瞬迷いを見せたけど、間も無く拳を握り締めると、すぐ横の森の中に入っていった。私はそれを追いかけようとするけど、その途中で足首を誰かに掴まれる。


「……行かせない……」


 足元から声が響いた。それは私に背中を刺されたクラスメイトの声。

 私は慌てて、自由な方の足でそいつの腕を蹴りつける。だけど足首を掴む手は、固く離れようとしない。


「香苗ちゃんは……殺させない……」

「絶対に……絶対に……!」


 見れば他の倒れたクラスメイト達も、気力を振り絞りこっちに這い寄ってきている。クソッ……このままじゃ赤澤を見失う!


「……たあっ!」


 その時まどかが桃生を蹴り飛ばし、宙を浮いた桃生の体が私の足を掴んでいたクラスメイトの上に落ちた。その衝撃で、足首を掴む力が僅かに緩む。


「っ離しやがれっ!」

「あぐっ」


 降って沸いたそのチャンスを逃さず、私は足首を掴む手の手首を思い切り踏みつける。すると手は完全に足首から離れ、私は自由を取り戻す。


「行って、陽子ちゃん!」


 そこに起き上がり、鉈を構えたまどかが言う。その目はよろよろと身を起こす、桃生に向けられている。


「あの子が陽子ちゃんに酷い事したリーダーなんだよね? そんな人逃がしちゃ駄目! だから、ここは任せて行って!」


 まどかの言葉に、私はささやかな感動を覚えた。まどかは私を想い、赤澤を殺す為の機会を作ろうとしてくれているのだ。

 赤澤が消えた森を、じっと見据える。なら私は――まどかの想いを受け止めるだけだ!


「任せたよ、まどか!」

「うん、負けないで、陽子ちゃん!」


 私はまた足を掴まれないよう気を付けながら、急いで赤澤を追った。

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