最終話 『受け継がれる想い』
―――冒険者学校での遠征時に、私は目の前で自分の好きな人を失った。
最後の最後まで、誰かを助けるために動き、仲間の言葉も、そして、私の言葉すらも届かずにその人は突っ込んで行った。確実に死ぬ、そんなことはその場に居た全員が分かっていた。
……けれど、その人は構わずに立ち向かった。剣を手に、例え体に傷を浴びようともその剣を振るった。最悪の敵であるヴァーミリオンに。
当然の如く、その人は最後の力を使ったが為に、その場へと倒れ込んでしまった。血も溢れ、傷は誰が見ても酷すぎる程だった。
しかし、その反面、その人の最後の攻撃はヴァーミリオンを死へと至らしめることが出来た。もはや奇跡とも言えるだろう。ヴァーミリオンが殺意と魔力の全てを爪の攻撃に込めたことから、弱点である首を守りきることが出来なかったのだ。
―――だからこそ、ヴァーミリオンは死んだ。無残にも弱いとタカをくくっていた冒険者にすらなれない男に首を落とされて殺されたのだ。
こうして、冒険者学校の遠征は前代未聞の最悪な出来事が起きて終了した。
「……クロト……あんたは……っ!あんたはなんで庇ったのよ!! 」
「ちょ、ちょっとやめなよルイズ!」
ヴァーミリオンを決死の覚悟で殺した男、クロトは最悪な事態を防いだ英雄として、死後に勲章を与えられ、その遺体は手厚く葬られた。
ヴァーミリオンの爪による攻撃は胴体切り刻み、クロトがヴァーミリオンの首を落とした時には最早クロトの心臓は止まり、脈はなくなっていた。
しかし、私はそんなクロトを許せなかった。自分の命を投げ打ってでも助けることはとてもカッコ良く、勇敢だとは思う。
けれど、どうしてクロトがする必要があったのか。それが私にはわからない。クロトにはまだまだ伸び代もあった。凄い潜在的な力もあった。だから、だからこそ、クロトは生きるべきだった。
……それに、クロトにはまだ伝えたいこともあった。
「クロト!! あなたが私たちを救ったように、私はあなたが投げ打った命を無駄になんてさせないわ! 絶対に、絶対にあなたを生き返らせてみせるんだから!!」
「ルイズ!! いい加減にして!」
私は今、冒険者学校の友達でもある、ケイと共にクロトが眠っているお墓へと来ている。そんな場所で私は子供のようにわがままを言い、無理難題を大きな声で宣言してしまった。
それも、死んだ人を生き返らせるという、死者を冒涜するかのような言葉を大きな声で言ってしまったのだ。
「……ごめん。少し気が動転していたわ……」
「ううん。私こそごめんね。でも、クロト君はあの時この街を守ってくれたんだよ。あの時クロト君が庇ってヴァーミリオンを倒さなかったら、魔人になったヴァーミリオンによってもしかしたら私たちを含めて、この王都は壊滅してたかもしれないって言ってたし……」
「そう、だよね。分かってるわ。クロトがどんだけ凄い偉業を成し遂げたのかは分かってる。けど、それでも私はまだ納得出来そうにないの……ごめん」
クロトが亡くなってから既に一ヶ月は経過している。その間に、クロトがヴァーミリオンを殺したことは王都中に伝わり、ヴァーミリオンが禁忌の魔法を使っていたことも明らかとなった。
また、それと同時にヴァーミリオンが禁忌の魔法により魔人へと到達していたことも明らかになっており、魔人討伐を行ったクロトは、王都で英雄として称えられたのだ。
魔人という存在は世界を脅かす存在とも言われ、一体でも街を簡単に壊滅させ、高位のモンスターすらも簡単に使役できると言われている。だから、クロトは死して尚、英雄となったのだ。
「……ねぇケイ。少しだけクロトと二人にしてもらってもいい?」
「うん。だけど、絶対に自暴自棄にはならないでね……」
「大丈夫。もうあんな事はしないから」
「私、ルイズの事もクロト君と同じくらい大事に思ってるから」
私は、いや、私達はクロトがヴァーミリオンに攻撃された直後、クロトの近くへと寄っていた。どうにか傷を治そうと試みていたのだ。けれど、私程度では当然どうすることも出来ず、そのまま息絶えているクロトを見ていることしか出来なかった。
そして、クロトが亡くなると分かった私の思考は混乱し、何故かクロトの持っていた剣を自分の胸へと突き立てたのだ。この時の自分の思考はクロトがこの世から居なくなるという現実についていけず、狂っていたんだろう。
しかし、私が胸に剣を突き刺そうとしたその時、もう既に動けないはずのクロトが私を止めたのだ。力も入っていない手で私の手を掴み、なんとかして私の自殺を止めようとしてきたのだ。
私はその時、掴んでいた剣を離し、クロトの手を握った。それだけで、クロトは最後に少しだけ笑い、私へとある力を渡してこの世から去ったのだ。
けれども、そんな出来事を目の前で見ていたケイ達は私を心配した。今も出来るだけ私を一人にしないようにケイが殆ど付きっきりで一緒に居てくれている。私がもう一度自暴自棄を起こさないように、そして、私の心を少しでも軽くする為に。
それは、私にとっても、とても嬉しいと思う。
だけど、今この時だけは。一ヶ月経ってようやく来れたクロトのお墓の前では、私は一人にして欲しくなった。クロトと二人きりで話したかった。
ケイは、私を心配そうな目で見つめた後、諦めたようにその場から去ってくれた。本当に有難いと思う。
「ねぇクロト。クロトはさ、私のことどう思っていたのかな? 私はね、クロトのことをきっと好きになっていたんだと思うわ。もちろん、顔とか行動には出さないようにしていたけどね」
「……」
「クロトは、クロトはさ、冒険者になってやりたい事とかあったの? 両親に親孝行したり、モンスターと戦ったり、仲間と呑気にお酒飲んだり、きっと色々なことをしたかった筈よね。分かってる、私がクロトの望みを叶えようと、同じことをしても無駄なのは分かっているわ。だから、クロトはきっと望まないかもしれない。クロトは嫌がるかもしれない。でも、それでも私は―――」
『クロトを生き返らせてみせる』。最後にこの言葉を言おうと思った瞬間、私の言葉を遮るように暖かく、まるで心を包み込むような風が流れ、私は言葉を失った。
「……これって……」
私が言葉を失い、立ち尽くしている時、クロトのお墓の前に突き刺さっていた一振りの剣が地面から何故か抜け落ちた。クロト共に生涯抜けることのないようにと、墓標としても突き立てていた剣が風と共に何故か抜け落ちたのだ。
「私は、私の思ったことをさせてもらうわ。私って、クロトが思ってるよりもワガママなんだから!」
クロトの持っていた剣、ヴァーミリオンを殺したなんの変哲もない鋼鉄製の剣を私は手に取り、絶対にクロトを生き返らせてみせる、そして、クロトの意思も絶対に叶えてみせると心に決め、クロトのお墓へと背を向けた。
そして、それと同時に私の想いを応援するように、もう一度だけ、暖かい風が背中を押してくれたのだった。
次の話で終わりです!




