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6 春のごちそうと、お姫様からの招待状 後編



 今日は温かいので、外に置いてあるテーブルで食事することにした。

 テーブルクロスを敷き、大皿にのせた料理を中央に並べる。

 菜の花とベーコンのオイルパスタ、ふきのとうとベーコンのチーズパスタをどーんと置いている。他にはミントを浮かべた水入りピッチャーもあった。

 取り皿と食器は勇者が並べてくれたので、あとは各自でよそうだけだ。

「出来ました。夜は菜の花ハンバーグと、菜の花とふきのとうと豆を使ったパエリアにしましょうね。ふきのとうはオイル漬けにして、明日から楽しめます。ふふっふー」

 すでに作るのも食べるのも楽しみで、アイナはにこにこ笑ってしまう。

「魔物のお嬢さんは、なんとも和む雰囲気ですなぁ」

「アイナです」

「ええ、アイナ殿。しかし名前を教えてよろしいんですか?」

 騎士が気にするので、アイナは頷いた。

「大丈夫ですよ、これは人間の耳で聞き取れるように言っている仮名(かめい)というだけで、本名じゃありませんから」

「え? そうなのか?」

 勇者が身を乗り出すので、アイナは当たり前ではないかと呆れて返す。

「名前がバレるだけで呪える魔物が身近にいるのに、ほいほいと名乗れますか。人間と違って、魔物には真名(まな)と呼ばれる本名があるんです。そちらは伴侶にしか明かしません」

「親が付けるんじゃないの?」

 今度は魔法使いが問う。

「いえ、魔物は生まれた時から、真名を知っているんです。どっちにしろ、声に出したところで人間には聞き取れませんよ。――さ、それより熱いうちに召し上がってください」

 大皿に添えたトングで、アイナは自分の分をよそう。続いて、それぞれ、自分で順番に取り分けた。

 さっそく食べ始める。

「ああ、おいしいです。野草はいいですねえ」

 アイナは味わって、顔をほころばせる。勇者も頷いた。

「ふきのとうの苦味とチーズがちょうどいいな」

「菜の花パスタも最高よ」

「おいしすぎます」

 隣同士に座っている魔法使いと神官はおいしさを噛みしめた後、お互いにハイタッチした。いつも口喧嘩が多いわりに、こういうところは仲が良い。

「皆さん、やけにここに馴染んでいると思ったら、こんなにおいしいものを毎日食べていれば当然ですね。以前いただいたケーキもおいしかったですが、これもまた格別です」

 騎士も褒めてくれた。

 食事を終え、お茶を飲みながら、アイナは招待状の話に戻す。

「食事もしましたし、事情を教えていただけますか、騎士さん。戴冠式ということは、お姫様が女王になるわけですか? あのゴミ虫はどうなったんでしょうか」

「ご、ゴミ虫?」

「はっ、失礼しました。王様でしたね。あんまりそっくりで」

 うふふっとアイナは笑ったが、場には冷たい風が吹き抜けた。

「アイナさん、根に持ってますね」

「私もあの親父、きらーい」

 苦笑する神官の横で、魔法使いは子どもっぽく唇を尖らせる。勇者も、不気味なくらい爽やかな笑みで問う。

「あの狸はどうしたんだ?」

「は、はい、皆さんが先王陛下をお嫌いなのはよく分かりました」

 冷や汗をハンカチで拭きながら、騎士は話し始めた。



 王が軍を連れて王都を留守にした後、姫は賭けに出た。

 邪魔な王族を暗殺し、反対する者は政治犯扱いで恐怖政治を敷いていたため、王は国民や議会から反感を買っていたらしい。

 王が自ら出ていったのを良いことに、議会で魔物の国との戦は我が国のためにならない

と演説し、支持を集めたそうだ。

「魔物の国を攻めたところで、人は住めない。利益にもならないことに、血税と民の命を消耗させる王に、正義など無い。あの悪しき王と戦い、私とともに新しい世を作りましょう! ――くーっ、かっこよすぎます。何回でもそらんじられますよ!」

 騎士は拳を握り、ふるふると震えて言った。

「それで、王都に戻ってきたところに攻撃をしかけたわけですか。お姫様も結構えげつないですねぇ」

「いえ、しかけたのは婚約者となられた公爵ですよ。以前、お話しした子犬みたいな……というのは姫の前だけで、実は狼の」

「ええっ、お姫様、良いお婿さんを捕まえたんですか? 良かったですね!」

「え、ええ、まあ。容赦の無さといい、裏で暗躍したりと……良い婚約者なんですかね? いかにも権力者といった感じで、ええと」

 騎士はハンカチで冷や汗をゴシゴシと拭きまくる。

「墓穴を掘りまくってますね、騎士さん」

「どうか内密に。私が既婚者でなければ、姫様といつも一緒なので、関係を疑わられて抹殺されるところで」

「わぁ、聞いたことあります。キャベツロール男子ですね!」

 なんて面白いのだ。アイナは目を輝かせる。

「なあ、キャベツロールがどうしたんだ」

 勇者が問うが、魔法使いと神官は訳が分からないと首を振る。騎士が答えた。

「草食系に見せかけて、実は肉食系の男子という意味です。どうして魔物のお嬢さんが、こちらでの都会のはやりをご存知なんですか」

「魔物の国にも、諜報員はいますから~」

「諜報ですか! な、何をたくらんで……」

 ますます冷や汗をかく騎士。アイナは一度席を立ち、部屋から雑誌を持ってきた。

「はい、こちらです」

「は……? 『Human’s Mode 人間の国、最新流行を特集する雑誌』?」

「魔物といえど、女子。女子といえばおしゃれ。人間の衣服は可愛いので、魔物の国でも人気なんですよ。影に潜む魔物さん達が、日夜、流行を追っているのです。若い女性が多い場所によくいます」

 騎士はぽかんとして、それから雑誌に視線を落とし、恐る恐るめくる。

「はっ。人間の女子に嫌われやすい男子の生態……? 見出しが生物図鑑のようですが……。臭い、汚い、ケチの3K? うわ、気を付けよう」

 深刻な顔をして、騎士は呟く。

「どんな内容だよ、めちゃくちゃ気になる」

「見せてください」

 勇者と神官も食いついた。順番に見ればいいのに、騎士の傍らから雑誌を覗き込む。

 急に神官の少年が顔を赤らめた。

「わわっ、いけませんよ! 女性の下着の絵なんて!」

「……似合いそう」

 ――どうしてこっちを見るんですかね、勇者さん。

 アイナの笑みに冷たいものが混ざったのに気付いたのか、勇者はすぐに目をそらした。

「魔法使いさんは興味ないんですか?」

「流行には興味ないの。どうせ仕立屋で頼んだら、勝手に流行を取り入れてくれるしね。私がごちゃごちゃ言うより、ずっと良いものを作ってくれるわよ。ま、色と好みのスタイルくらいは言うけど」

「おお、達観してますね」

 アイナはパチパチと拍手した。魔法使いは本当にかっこいい女性だ。

「諜報の使いどころが間違っている気もしますが、まあ、いいでしょう。とりあえずですね、公爵が王を仕留め……いえ、捕縛しまして」

 今、さらっと怖いことを言いましたね、騎士さんってば。

「国に不利益を招いた罪で先王を引退させ、離宮に幽閉した次第です。これからは姫様の時代です!」

「処刑とかしないんですね」

「さすがの姫様も、肉親を処刑するのはしのびないご様子で。公爵が手を回さない限りは、先王陛下も無事に過ごされるかと……」

 騎士のこの口ぶり、そのうち暗殺でもされそうな様子だ。

「あれ? そういえば、その公爵のお兄様方って相次いで亡くなられたのでは」

 アイナが問うと、騎士は青ざめた。

「私は何も知りません! 聞いてません!」

「おいおい、その公爵、先王とやることがそっくりじゃないか。大丈夫なのか? 姫様」

 勇者が心配そうに表情を曇らせる。

「公爵は姫様との結婚を熱望されていて、その障害を排除したので、もう大丈夫かと」

「姫が関わると怖い奴なんだな。分かった、気を付ける」

「ええ、勇者様におかれましては、特にご注意ください。姫様が勇者のファンと公言(こうげん)なさっているのを、あまり面白く思われてないようなので」

「……肝に銘じておく」

 勇者は神妙に言った。

 アイナはにっこり笑う。

「大丈夫ですよ、勇者さん。毒を盛られても効きませんから!」

「ああ、そうだな。そうだが、そういう問題か?」

「またまた~、矢を射られたって避けられるくせに」

「避けなくても、素手で止められる」

「剣は?」

「魔剣でなければ、拳で折れる」

 なんてめちゃくちゃな返事だ。アイナは呆れ果てた。

「問題無いじゃないですか」

「そうだけど、こういうのは気持ちの問題だろ」

 勇者は不愉快そうに、首を緩く振った。

 アイナは騎士に問う。

「それで、なんでまた私にも招待状を?」

「そ、それがですね……」

 騎士は言いづらそうに口ごもる。

「やっぱり親善大使ですか?」

「いえ、違います。初めての友達を招待したいとおおせで」

 思わぬ答えに、さしものアイナも肩すかしをくらった。それから声をひそめて問い返す。

「お姫様、もしかして……ぼっち?」

「あははははは、やっばい、何それ。うける! 面白すぎ! ぼっち姫!」

 途端に、魔法使いが笑い出した。テーブルに突っ伏して、拳で天板を叩く。騎士が椅子を蹴立てて立ち上がり、こめかみに青筋を浮かべる。

「こらっ、なんたる言い草ですか。仕方ないでしょう、姫様は先王陛下から身を守るため、誰にも心を開けなかったのですからな! そこの魔法使い! 姫様を愚弄すると、たたっ斬りますぞ!」

「落ち着け、騎士」

 剣を抜こうとするのを勇者が止め、神官が魔法使いを後ろからホールドして、ずるずると引きずっていく。

「もうっ、魔法使いさんってば。ちょっとあっちに行きますよ!」

「あはははは」

 魔法使いは笑い転げたままだ。笑いの発作が治まるまで、ずっとこの調子だろう。

 アイナはくすくすと笑う。

「可愛らしいですね。いいでしょう、そういうことでしたら、魔王陛下とお話ししてまいります。お友達ですか、ふふふ」

 あのキラキラ可愛らしい姫は、どんなふうに騎士に言付けたのだろう。想像するだけで可愛い。

 騎士は思い出した様子で、アイナに断りを入れる。

「あ、しかしですね。もし来られるのでしたら、申し訳ないのですが、人間の名を聞いたとしても悪用しない契約書にサインして頂かねばなりません」

「ええ、分かりますよ。どちらにせよ、許可が必要です。また一週間後に来てください。うちの客室はふさがっておりまして」

「畏まりました。では、後日まいります」

 騎士は丁寧にお辞儀すると、日暮れまでに町に入りたいからと、すぐに馬に乗って立ち去った。

 アイナは岩屋まで出かけて、パパに門番の代役を頼む。門の近距離にいればアイナはすぐに対応できるが、魔王陛下の城まで行くと難しい。

「パパ、魔王陛下に謁見してきます。そういえば、勇者さんがパパとお話したいそうですよ」

「ん? 俺とか? なんだか知らんが、行ってこい。陛下に失礼のないようにな」

「はーい」

 アイナはドラゴン体になると、勇者達に結界を張るように言ってから、巨大な門扉を開けて、魔物の国へと飛んでいった。


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