6 春のごちそうと、お姫様からの招待状 前編
雪が解け、魔物の国の門周辺に、春が訪れた。
朝日が出て暖かくなると、アイナは神官とゴーレムに門番を任せ、森へと散策に出た。
アイナと魔法使いは籠を腕に提げ、勇者は背負い籠を負っている。
「結局、長居しちゃったわね。ごめんね、アイナちゃん」
隣を歩きながら、魔法使いが謝った。
「しかたないですよぉ、冬場の移動は人間には大変ですもんね。これからどうなさるんですか?」
「故郷の家族に会いに行ったら、また旅に出ようかって話しているのよ」
「天空神の使いとしてですか?」
「そ。天空神教の総本山なら、王の権威も届かないしね。私も行ったことないんだ、神の山スカイエデン」
勇者一行は、天空神の使いとして、あちこちのトラブル解決役を担っている。一番の後援者は天空神教の神殿だ。
ただ、勇者一行の三人は、ジール王国の出身なので、この国の王の権威には弱い。いったん領土の外に出ないと、安全を得るのは難しいということだった。
「大神殿には、天空神の大きな石像があるそうだ。そこでなら神との謁見もかなう……かもしれない」
勇者は遠くを見る目をして、あいまいなことを言った。
「かも?」
「選ばれない者が神と謁見すると、目がつぶれるんだ」
なにそれ、怖い。
「それはまだマシよ。耐性が無さすぎる人だと、目鼻口から血を流して死んじゃうらしいわよ。私は勘弁って感じ。勇者なら大丈夫でしょ」
魔法使いは軽く言うが、アイナは不思議だ。
「耐性って?」
「加護が低いと、神威に耐えられないという意味だ」
「はあ。なよなよしてても、神様は神様なんですねぇ」
勇者の説明を聞いて、アイナはちょっとだけ天空神を見直した。
それから森の中にぽっかりあいた小さな空き地に出ると、魔法使いが歓声を上げた。
「わあ、すごい! 菜の花畑だわ。おいしそう!」
黄色い花が咲き乱れる菜の花畑で、魔法使いは食欲全開だった。ドラゴンのするどい嗅覚にはちょっときついくらい、甘い香りがむわっと立ち込めている。
「おいしそうですよねえ。花と若葉を三分の一ばかり摘んで、あとは種を収穫するつもりです」
「油か?」
勇者の問いに、アイナは頷く。
「はい! この辺では油は貴重なんですよ」
菜の花は貧しい土地でもよく育つ。ドワーフの行商人から買った種をまいてみたら、こんなふうに菜の花畑になった。
「そうだな。俺の故郷でも、貴重な現金収入源だ」
勇者によると、村では自分達が使うためではなく、売るために育てていたそうだ。残った葉や茎は、細かくして肥料にするか、家畜の餌にしていたとか。
それから三人でせっせと菜の花を採り、勇者の背負い籠がいっぱいになったところで手を止める。
この後は野草探しだ。
菜の花畑の奥へ歩いていくと、ときどき野草が生えている。
「あ、ありました! ふきのとう!」
春の楽しみ、ふきのとうだ。
雪解けの前後に見かける野草だ。蕗のつぼみのことで、苦味がおいしい。
アイナはすぐにふきのとうに飛びついて、鋏でつぼみを採る。籠に入れた。
さて次はときょろきょろしていると、勇者がすぐ目の前を指差す。
「ほら、そこだ」
「やった!」
また飛びついて、きょろきょろしていると、魔法使いが笑った。
「やだ、アイナちゃんってば。ふきのとうが好きなのに、コツを知らないのね。勇者、教えてやって」
「え? コツですか?」
いつも見かけたら摘んで、また探してを繰り返しているので、アイナは首を傾げる。
このつぼみは食べられるよ、とドワーフの行商人から雑談ついでに教わっただけで、よく知らない。
勇者は背負い籠を近場に置くと、ふきのとうを示して教える。
「いいか、ふきのとうは地下茎でつながってるんだ」
「ちかけい?」
「地面の下に茎があるってこと」
「へえ~」
勇者が地面に絵を描いてくれた。根っこと茎も地下に埋まっていて、そこから花や葉が伸びるらしい。
「だから、今、この二個を採っただろ? この二点を結んで、延長線上に他のつぼみがあることが多い」
「えっ、ええええ、すごい! 本当だ!」
勇者の言う通り、二個を結んだ先に、ふきのとうがもう一個顔を出している。
「物知りですね!」
「田舎育ちなら、誰でも知ってる」
勇者はそう言ったが、横顔に薄らと朱が差した。
「あはは、勇者、照れてる~」
「うるさい」
すかさず魔法使いが茶化し、勇者ににらまれた。
それからふきのとうを見つけたら摘み、他には薬草を採取した。回復薬や毒消し、麻痺消しの材料だ。魔物には縁が無いが、薬を作るとドワーフの行商人が買い取ってくれて、物々交換してくれる。手間がかかるが、乾燥させた薬草類を売るより、単価が高い。
そして食べ物を手に入れ、楽しい料理ライフを送るのだ。
門に戻ってくると、神官がゴーレムの足元で、騎士らしき男と話している。神官はこちらに気付くと手を振った。
「お帰りなさい、皆さん。勇者様、姫様の使いがいらしてますよ」
神官が手で示す彼には見覚えがあった。姫が連れていた騎士である。
騎士はぺこりとお辞儀する。
「皆様、お久しぶりです。姫様から、戴冠式の招待状を預かってまいりました」
……戴冠式?
アイナだけでなく、勇者と魔法使いもけげんそうな顔で騎士を見つめた。
なんかキャラが勝手に動きだしたので、もうちょい話数が増えるかもしれませんが、長くても10くらいで片を付けるつもりです。