5 勇者特製、雪下ほうれん草と卵のココット
ゴーレムの作り方をパパから教わると、アイナはすぐに準備にとりかかった。
使い魔ゴーレムの材料は、体となる石の山、特別なインクで呪文を書きこんだ核石、そして使役者の魔力。
核石はパパが作ったものがあるし、目の前には石の山がある。
アイナはドラゴン体で、石の山をせっせと広い場所に移動させた。森の合間を通る幅広の道は、土がむき出しだ。
それから、石の山を囲んで棒切れで円を書き、せっせと魔法陣を書いていく。
ときどきドラゴン体で空を飛んで、上からも確認。
準備ができたら、核石に魔力を注ぎ込む。こちらは大魔法一回分くらい。
できた核石を石の山の上に置き、最後に魔法陣の端に触れ、動力源となる魔力を注ぎ込む。
だいたい災害級魔法三回分。
ほとんど空になるまで魔力を注ぎ込み、アイナは魔法陣から手を離して呪文を唱える。
「我の呼び声に応え、我が僕となれ。お前の名は石の英雄、ゴーレム!」
魔法陣とともに、材料が輝いた。
核石が浮かび上がり、そこへ磁石のように石が集まっていく。
そして、それはあっという間に、アイナの見慣れたゴーレムへと変化した。アイナは安堵と歓喜で胸を震わせながら、ゴーレムに問う。
「ゴーレムさん! 変なところはありませんか?」
――ボッ
ゴーレムは体を動かして、短く返事をした。無いようだ。
アイナは目を潤ませ、ゴーレムの足に飛びつく。
「うわぁぁん、ゴーレムさん。良かったー!」
――ボボッ
ゴーレムはごめんと謝って、アイナを両手で包み込んで持ち上げる。アイナをあちこち見下ろすので、アイナはにこっと笑った。
「大丈夫ですよ、あの人間達には何もされていません。勇者さん達が追い返してくれました」
――ボッ
ゴーレムはゆっくりと膝を着き、アイナを地面に下ろしてから、勇者達にぺこっと頭を下げる。
「人間のことで、騒がせて悪かった」
「次に来ても、私達が追い払うから大丈夫よ」
「ううっ、異種族間の友情、素晴らしいです……」
勇者と魔法使いが力強く声をかける傍ら、神官は感動して泣いている。魔法使いが彼を肘で小突いた。
「パパもありがとう!」
「ああ、初めてにしては上出来だぞ、アイナ。これなら三十年はもつだろう。また魔力が切れたら、この方法でやり直せばいい」
「分かった!」
アイナはパパに抱き着く。パパはポンポンとアイナの頭を叩いてから、少し離れた場所で卵を温めているママを心配そうに振り返った。
「アイナ、卵を抱えている間、ママは人型をとれない。ここから離れた場所に岩屋を作ってそこで暮らすから、門番の仕事は任せるぞ。都合が悪い日は呼びに来なさい。俺が代わるからな」
「パパも岩屋で暮らすの?」
「ああ。住処を整えて、リーシャの世話をするからな」
リーシャとは、ママの名前だ。
「勇者達を屋敷に置いてやっていると言っていたが、しばらく戻らないから好きにするがいい」
パパはアイナにそう言ったが、勇者達のほうを見て釘を刺す。
「だが、ここは俺とリーシャの巣だ。早めに解決して出ていってくれよ」
それからパパは屋敷に入り、毛布やクッションを外へ運び出すと、大きな布で包んだ。ドラゴン体になり、それを運んで飛び去る。
そして屋敷から少し離れた地点に、魔法で岩屋を作り出し、中に運んだものを埋め込んだ。最後にママを迎えに来て、一緒に岩屋へ飛び去って行った。
仲睦まじいレッドドラゴンの夫婦を見送ると、神官が申し訳なさそうに切り出す。
「確かに、長居しすぎかもしれませんね。王を追い払ったことですし、次のことも考えましょうか」
神官の提案に、勇者と魔法使いは頷く。
「そうだな」
「私の故郷に戻るのもいいけど、冬は無理よ。いきなり三人も増えたら、食料が足りなくなるわ。ううー、さぶいわねっ。中で話しましょ。アイナちゃんも……」
魔法使いがそう誘ったところで、アイナはふらーっと前のめりに倒れる。魔法使いが慌てて手を伸ばす。
「うわ、ちょっ。うわ、勇者はやっ」
「アイナ、大丈夫か」
驚きおののく魔法使いを気にせず、アイナを支えた勇者が問う。
「魔力を使いすぎましたぁ~」
へろへろ、ふらふら。とても眠い。
「ゴーレムさん、門番、お願いしまふ……」
眠すぎて語尾がおかしくなったが、伝わるだろう。
――ボボッ
慌てて返事をするゴーレムの声に安心しながら、アイナはパタッと眠りに落ちた。
真夜中に目を覚ますと、アイナは自室のベッドで眠っていた。
ダブルベッドに、薄絹のカーテンを付けた可愛らしい雰囲気のベッドだ。
部屋は薄ピンク色の壁紙や花柄の布で飾られ、百年の間にこつこつ貯めた宝石や真珠を装飾している。
レッドドラゴンに限らず、ドラゴンは光りものが好きだ。自分の巣を宝石などで飾り付けるのを好む。
暖炉では火が燃えていて、魔法使いが椅子に座ってうつらうつらと船をこいでいる。その体が大きく傾いたので、アイナは慌てて支えた。
「魔法使いさん、落ちますよ!」
「ふあ? ああ、アイナちゃん、起きたのね。んー、熱は無いわね。魔力切れだからヤバイかと思って、傍にいたんだけど」
魔法使いは起きるや、寝ぼけ半分にアイナの額に手を当てる。その手はやわらかいが、ひんやり冷たい。
「ヤバイ? とは?」
魔法使いが何を心配しているのか分からない。
「魔力切れを起こすと、死にかけることもあるでしょ?」
「眠るだけですよ」
「そうなの? 魔物って、人間と違うのね」
それから魔法使いは部屋を見回して、感想を呟く。
「アイナちゃんの部屋には初めて入ったけど、すごいわね。お城を買えそう」
「百年かけて集めたものなんですよ。この天井からの飾りに凝ってて。やっぱり、巣はキラキラしてないと」
「なんか、カラスみたいなこと言うのねえ」
魔法使いは面白そうにアイナを見つめる。そして、アイナの首飾りに目をとめた。
「勇者があげたペンダント、気に入ってるのね」
「キラキラしてて、綺麗なんです。この銀細工の葉っぱなんてうっとりしちゃいます」
水晶に銀細工の薔薇が巻き付いている意匠だ。人間だけでなく、ドラゴン女子の乙女心すらくすぐる一品である。
「勇者、田舎育ちのわりに、その辺のセンス良いもんねえ。良かったわね」
「はい」
「で、勇者と結婚するの?」
「は?」
アイナはぱちくりと目を瞬く。
「私、魔物ですよ?」
とりあえず、そう言ってみる。
「愛があるならなんでもいいじゃない」
「魔法使いさん、恋愛脳ってやつですね!」
「はいはい、茶化さない。人間同士でも上手くいくか分かんないのに、異種同士だと、不幸な結末になるかもしれないじゃない。愛があればなんでもいいけど、分かりあう努力はしてね」
「分かります。オスがメスの体の一部になって、そのまま死ぬっていう愛もありますもんね!」
「え、こわ……」
魔法使いはどん引きし、恐る恐るアイナを見つめる。
「まさか、アイナちゃん……?」
「ドラゴンはそんなことしませんよ。ママとパパを見たでしょう? 魚類系の変わった種族で、たまにいるんですよね。幸せそうに飲み込まれていくらしく」
「待った待った、聞きたくない。アイナちゃん、そういうとこは魔物よね」
「えへへ~」
「褒めてないから」
魔法使いは疲れた様子で言った。アイナは真面目に注意する。
「いや、本当、魔物の愛は様々なので、人間は気を付けないといけませんよ。見た感じ、餌にされているようにしか見えないものもありますから」
「ああ、カマキリみたいな?」
昆虫での例えに、アイナは頷いた。
「そうです。ところで、勇者さんって私のどこを好きになったんですか?」
「あいつ、言ってないの?」
「理由はないって言われましたけど、納得がいきません」
アイナが教えてとせっつくと、魔法使いは首をひねる。
「そうねえ。最初にガッツリ胃袋を掴まれたでしょ」
「はい」
「それから魔物への認識を変えた。魔物なのに、ほんわかしてていやされる可愛いとか言ってたわね。それと、清楚系美人がタイプみたいで、あなたが大人として現われた時に一目惚れしてたわよ」
「つまり、外見?」
そのほうが分かりやすい。
(どうせなら、角や翼を褒めて欲しいんだけどなあ)
人型のほうもアイナだが、ドラゴン体のほうを自負している。
「いや、性格だと思うわ。だってあいつ、美人は見るのはいいけど苦手だって遠巻きにしてたもん。故郷の村で、美人だけど性悪な女の悪行を見て、トラウマなんだって」
「村長にこき使われてたっていう?」
「そうそう。村長の娘ね。子どもだったから手出しされずに済んだみたいだけど、他人の恋人を奪ったり、気に入らない男にちょっかい出して、村長の怒りをその男に仕向けさせて、村で孤立させたりとか。やりたい放題だったみたいね」
「はあ。つまり、美人イコール悪い奴とインプットされた、と」
魔物でもそういう話は聞くので、どこにでもいるんだなとアイナはこくこくと頷いた。
「人それぞれよ。美人だろうが不美人だろうが、良い人は良いし、悪い人は悪い。で、あいつの場合、美人と会うと、『裏で何を考えているか分からない。本性を隠しているに違いない』と構えるわけよ」
だが、ここでアイナと暮らすうちに、勇者の警戒が下がったらしい。
「アイナちゃんって、裏も表もないじゃない? 食べ物のことしか興味ないし、ずけずけと言いたい放題だし、でも優しかったりしてさ。私が良い子だなと思うんだから、あいつも思うでしょうね」
「はあ。魔法使いさんも、言いたい放題という面では、負けてない感じですよ」
「そういうとこよ、そういうとこ」
魔法使いはけらけらと笑っている。
言いたい放題と言い切るわりに、アイナが言うことを笑い飛ばしている魔法使いの気さくさは、アイナにとっても心地良い。
「魔法使いさんってモテそうですよね」
しみじみと思ってそう言うと、魔法使いはあははと笑う。
「そうでもないわよ。歩く爆弾扱いだったし」
「わぁ」
その光景が目に浮かぶようだ。
(――なるほど、それで結論として「理由が無い」になるわけですか)
魔法使いと話した後、魔法使いは眠いから部屋に戻ると言って出て行き、アイナは自室を出て階段を下りながら考え事をしていた。
(つまりそのままが好きってことですよね。わぁ、照れます)
魔力は三分の一ほど回復したが、お腹が空いたので何か作ろうと台所に入ると、噂の勇者がいた。
「お、アイナ。寝てなくて大丈夫か?」
「わぁ」
びっくりした。
一瞬前まで奥のカマドの前にいたのに、瞬きしたら勇者が目の前に立っているのだ。
「あ、悪い。心配なもんで、つい」
「魔力切れを起こしても、人間みたいに死んだりしませんから、大丈夫ですよ。眠るだけです。外に放置でも大丈夫でしたのに、わざわざ運んでくれたとか。ありがとうございます」
魔法使いから聞いていたので、アイナはぺこっと会釈する。勇者は呆れ顔で返す。
「倒れた者を外に置いておくわけがないだろ。大丈夫ならいいんだ。ちょうど完成したところだし、これを食べて元気を出すといい」
勇者に促され、アイナは食堂に移動する。
盆には水の入ったグラスと、大きなグラタン皿に入ったココットが置いてあった。
「雪下ほうれん草と卵のココットだ。そろそろ起きるかと思って、準備してたんだが、ナイスタイミングだな」
「わぁ、ありがとうございます」
目を輝かせ、アイナは一度手を洗いに行ってから、椅子に座った。勇者もハーブティーを淹れて、向かいの席に着く。
窓の外は真っ暗だ。暖炉の火が温かく部屋を照らし出している。
「雪下ほうれん草ってもしかして?」
フォークを手に取って、アイナは勇者に問う。
「そう。前に買って、裏庭の畑に植えたやつな」
勇者達は夏の終わりから滞在しており、途中でドワーフの行商が来た時に、野菜の苗を買ったのだ。
これから冬になるのに、どうして野菜の苗なんて買うのだろうと不思議に思っていると、冬に育つ野菜は、雪の下で甘くなって栄養価も増えるのだと教えてくれた。
冬は水が凍りつく。どうして野菜が枯れないのか不思議だった。勇者達も理屈は知らないが、野菜は凍りつかないしおいしくなるという。
この地で育つのかも分からないが、物は試しと、夏野菜にしか使わない畑で試してみた。
「雪を掘り起こして、引っこ抜いてきた。ちょっと小さめだが、植え始めたばっかだからそんなもんだろ」
何度か試して改良していくしかないのだと、勇者はさらりと言う。
「村では冬を越すための野菜だから、市場には出さないんだ。大根とか人参が多いけど、こういう葉ものも少し植えてさ。今度は大根でスープを作ろうぜ」
「はいっ。私、ドワーフさんが売りにくる野菜しか食べたことなくて。色が素敵です!」
「はは、冷めるぞ」
「はっ、そうでした」
アイナはさっそくココットにフォークを刺す。
一口食べてみると、チーズのにおいがした。厚い卵の黄身がほろりと崩れ、塩胡椒のついたやわらかいほうれん草とウィンナーの味わいが口に広がる。
「ふわあ、おいしいです。へえ、具材の上に卵をのせてるんですか」
「そう。炒めた材料を入れてからへこませて、そこに卵をのせるのがコツな」
勇者は作り方を教えてくれた。
小さめに切ったほうれん草と玉ねぎ、ウィンナーを、フライパンで炒める。その時、バターと塩胡椒で味付けをする。
出来たものを耐熱皿に入れ、真ん中あたりをくぼませる。そこに卵を一つ割り入れ、黄身に串で穴をあけておく。それをオーブンに入れて温めている間、チーズおろし器でチーズをすりおろし、いったん取り出してから好みでチーズをかけて、もう一度、オーブンで温める。
「簡単だろ? まあ、俺、料理は簡単なのしか作れないんだが」
「充分ですよ。何を作ろうかって考えて、お庭で野菜を採ってきて、切って、焼いて。手間をかけてくれてありがとうございます。人間の料理を作りたがる変わった魔物なんて、私くらいなんです。誰かが作ってくれた料理って、とてもおいしいです」
ママも料理はするが、毒スパイス料理ばっかりだ。そちらもおいしいが、好みではないからちょっと違うのだ。
(ふわ~、おいしいです。本には家庭により味や作り方が違うって書いてあったけど、本当なんですね)
アイナの作るココットとはまた違っていて面白い。
パクパクと食べていると、ふと向かいで勇者が柔らかく微笑んでいるのに気付いた。ゴクッと飲み込むと同時に、何故だか心臓がはねる。
「アイナはすごいな。手間まで見てくれるなんて」
「私はお料理が好きです。でもお料理って、材料を確認して、レシピを考えて……と、結構、することが多いんですよ。まず材料をそろえるのも大変なので、それぞれ作っている方と、売りに来てくれる行商人さんには感謝です」
「うん、そうだな。食卓に並ぶのが当たり前じゃないんだよな。なんか……ありがとな」
照れた様子でくしゃりと笑う勇者の顔は、勇者ではなく年相応の青年だ。
なんだかアイナまで照れてしまい、料理を食べるほうに集中する。
この温かい空気は嫌いではないな……と、アイナはこっそり思った。
5で終わるつもりが、終わらなかったので続きます(笑)
次で終わらせたいところですが、あと二話くらい書きたいなあ。アイデアが追加されました。
オスがメスの一部に……というところ、アンコウの話です。オスがメスに同化していくんですよね。