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3 お姫様へささげる、スイーツ盛り合わせ

 


 夏が終わり、りんごの実がなった頃、アイナはりんごを収穫していた。

「今年もつやつやのりんごさんです~。アップルパイ♪ アップルパイ♪」

 門の前に座っているゴーレムが、アイナの歌にあわせて、手を軽く振る。小型ドラゴンのミリーも、ピイピイとリズムを合わせて鳴いていた。

 そんな午後、またミリーがピーッと甲高い悲鳴を上げ、ゴーレムの背後に隠れた。

「あれ~、どうしたの、ミリーちゃん」

「ピイピイ」

「えっ、またですかぁ?」

 振り返って森の中を抜ける道、遠くに目をこらす。勇者一行が手を振っていた。

「頼もう!」

「そのあいさつ、古いですよ、勇者さん」

 アイナがツッコミを入れると、何故か勇者の青年はぴしりと固まった。色白な肌が耳まで真っ赤に染まったかと思えば、わざとらしく咳払いをして、姿勢を正す。

「これは失礼。アイナの姉か、それとも母だろうか? 俺は勇者のエド……」

「わあああ、なーに魔物に名乗ろうとしているんですか、勇者様! 呪われたらどうするんです」

「む、そうだったな」

 神官の少年が大声を上げて割り込んで、勇者は気まずそうにした。

 確かに名乗らないのは正解だ。名前を元にして呪う魔物がいるのも事実である。

 魔法使いの女が問う。

「結婚記念の旅行からお戻りになったのかしら? アイナはいらっしゃいます?」

 魔法使いの問いに、アイナはきょとんとした。

「え? パパとママはまだ戻ってませんよ~。私がアイナです」

「「「え?」」」

「え?」

 四人そろって首を傾げる。

 アイナは遅れて気が付いた。

「あ、私、この夏に誕生日を迎えて、百歳になったんです。大人です~」

 そうだった、誰にも会わないのですっかり忘れていたけれど、大人のドラゴンになったので、脱皮をして一回り大きくなったのだ。

 人型をとったらこの通り、長い銀髪と赤い目を持った、人間でいう二十歳くらいの外見になったのである。レースのついたファンシーなエプロンドレスはもう卒業して、ママのブラウスと赤いロングスカートにエプロン、腰には革製のコルセットという格好をしている。

 ただ、ママより胸元が余るので、胸元が開いたシャツは着れそうにないから残念だ。

 ボンキュッボンに憧れていたのに、小さな丘が二つ。……悲しい。

「変でしょうか? 誰にも会っていないので、感想を聞けないんですよねえ。レッドドラゴンとしてはちょっと小柄かもしれませんね。でも私の飛行は速いですよ~」

 小回りが利いてスピードが出るので、追いかけっこをしたらまず負けない。うふふっと笑って小首を傾げると、何故か勇者と神官の少年が顔を赤くした。

 魔法使いは面白そうに目を輝かせる。

「へえ、大人になると変化にも反映されるのね。魔物に使っていいか分かんないけど、清楚系で可愛いじゃないの」

「そういう魔法使いさんは、色気たっぷりで素敵です~」

「まっ、本当のことだけどうれしいわ。ありがとう」

 全く遠慮しない辺り、魔法使いは堂々としていてかっこいい。

 彼女はまさしくボンキュッボンにふさわしい体の持ち主だが、露出しているわけではない。赤と黒のおしゃれなローブが似合っている。

「それでまた、今回はどうしました?」

 問いかけるアイナに、勇者は気まずそうに問う。

「ちょっとかくまってくれないかと思って」

「……は? かくまう、ですか?」

 アイナは目を丸くして、人間最強の青年を見つめた。



「へー、お姫様と結婚させられそうなんですかぁ」

 庭のテーブルでお茶をしながら話を聞いたアイナは、勇者の困り顔を眺めた。

(すごい、困っててもかっこいい。勇者ってすごいなあ)

 流石は天空神に愛される存在だと、アイナはひそかに感心した。

「あんまり興味ない感じね」

「魔法使いさんもそんな感じですね」

「だって他人事だし」

「わぁ」

 アイナと魔法使いのやりとりに、神官が眉を吊り上げる。

「ひどい! なんて冷たいご婦人がたでしょう! そもそもこれは、王様による政略結婚なんです。愛がない。ひどい話です」

「なーに言ってんの、あのお姫様は愛があるわよ。勇者にメロメロじゃないの。勇者にっていうか、この人の外面(そとづら)に?」

「わぁ」

 ずけずけと返す魔法使いに、アイナは感嘆の声を上げるばかりだ。毒舌がぴりりとききすぎて反応に困る。

「三人は本当に仲良しですねえ。気軽に物を言い合えて、良い関係だと思いますー」

 アイナが褒めると、三人はちらりと顔を見合わせた。

「……まあ、信頼関係があるから言えることだな」

「そうですね、仲間ですし」

「え? 私は誰に対してもこうよ?」

 無遠慮な魔法使いの言葉に、勇者と神官は白けた視線を送る。アイナはぷっと噴き出した。

「面白いですねえ。ところでなんでまた、政略結婚させられる流れになっちゃったんです?」

 アイナがそもそものことを質問すると、勇者は肩をすくめる。

「俺達が魔物との和平に向けて動いているのが、王様には邪魔だったみたいだな」

「それで勇者様とお姫様を婚約させて、行動を封じようっていうことみたいですよ」

 神官は苦笑した。

「国王としてで言うことを聞かないから、舅としてコントロールしようって腹よ。ほんと私、あのおっさん、嫌い」

 魔法使いは不愉快を露わにして、紅茶をお酒みたいにぐいっと飲んだ。ちょっとリキュールを入れ過ぎたかもしれない。酔っぱらっているように見える。

 アイナはいったん席を離れ、レモンとミントを浮かべた冷たい水を用意して魔法使いの前に置いた。魔法使いはうれしそうにグラスに水をつぎ、やはり酒みたいにあおる。

「でも、それだと逆効果ではないですか~? 勇者さんに権力を持たせちゃうんですよね? お姫様が勇者さんにメロメロなら、お姫様は勇者さんの言うことを聞くわけですし。こう、裏からちょちょいっと手を回せますよね~」

「ふんわりしながらえぐいことを言うわねえ。さっすが魔物」

「えへへー」

 褒められたと喜ぶアイナに、「褒めてないわよ」と魔法使いは呆れ混じりに手を振る。

「俺は好きでもない女と結婚なんかしない。ただでさえ結婚は人生の墓場だと、どこぞの偉人が言ってるってのに、姫が相手じゃもっと面倒くせえだろ」

 勇者はうんざりと溜息を吐く。

「宮廷みたいな所、大嫌いなんですよね、勇者様」

「あそこの良い面なんて、美味い飯が出てくるところくらいだろ」

 神官の言葉に、勇者はけっと付け足す。魔法使いは首を横に振る。

「運んでくるうちに冷めるから、おいしくないわよ。今のところ、お父さんの料理の次は、アイナちゃんの料理が一番かな」

「親のごはんにはかないませんよぉ。でもうれしいです~。それでこちらを避難先に?」

「それもあるけど、ここが政治的には敵対していて、人間側に襲撃されてもレッドドラゴンだから対処できるだろうし、私達も暴れやすいってところね。近くに民家がないから」

 魔法使いの説明は明瞭だ。

「なるほどー、逃げ込んだ先を殲滅するようなかたなんですねー、王様って。故郷のかたは逃がしてきました?」

「身を隠すようには言ったけど、うちはド田舎すぎるから安全よ。知らない奴が踏み込んだら、間違いなく遭難するから」

 魔法使いは笑って言った。勇者が続けて口を開く。

「俺の田舎も辺境なんだよな。でも領主の命令には弱いから、母さん達には魔法使いの田舎に逃げてもらった」

「私の姉さんにもそうしてもらいました。ド田舎というか、魔の山岳地帯ど真ん中なんですけど、集落は整備されていて、住み心地はそこそこ良さそうでしたし、神官は一人しかいないので喜ばれていましたよ」

 いやしの術を使えるのは神の加護を受け、信仰を力に変えられる神官だけだ。集落に一人は欲しい人材である。喜ぶのも当然だ。

「魔物も多く住む、混沌地帯ですね」

 アイナは興味を惹かれた。

「一度、行ってみたい所です。魔物の国では、食材が豊富で有名なんですよ」

「確かに毒草が多いわね。あ、だからあの山って魔物が多いのね」

 魔法使いはポンと手を叩いた。

「ええと、つまり、事態が落ち着くまで、三人を我が家に居候させればいいんですね? 魔物の国に亡命してもらってもいいかもしれませんが……人間には我が国はしんどいでしょうしねえ。日が差しませんし、毒霧が出る日もあるので」

 アイナは岩壁のはるか向こう、黒雲のたなびく辺りを見上げる。勇者が面白そうに問う。

「毒霧ってことは、魔物はさわやかな空気とでも表現するのか?」

「そうです。よくお分かりですね」

 彼らはだいぶ魔物のことを分かってきたようだ。

「構いませんけど、魔王様には報告しますね? それから、家事も手伝ってください。えっと……魔法使いさんはやめてもらって」

「なんで私が、家事が苦手って分かったの!?」

 魔法使いが驚くので、アイナはあははと苦笑いを浮かべる。

「大雑把でしょう? 家を壊されたら困るので……」

「確かに。俺達が手伝うから安心しろ」

「魔法使いさんには日なたぼっこしていてもらうのが一番スムーズです」

「あんた達、私の扱いがひどくない!?」

 魔法使いが怒ったが、アイナ達はそっと目をそらした。


     ◆


 数日後。

 魔法使いは裏庭で、たらいに水を張って洗濯していた。

「まったくもう、あいつら、馬鹿にしてくれちゃって。私だってこれくらい出来るんだからねっ」

 怒りながら石鹸でシーツを洗っていたが、だんだんもみ洗いが面倒になってきた。

「あ、そうだわ。――水よ、渦を巻いて流れとなれ。ウォーター・スプラッ」

 そこで魔法使いの右手を勇者が掴んで空へ向けた。驚きながらも魔法使いは呪文を完成させる。

「シュ!」

 水が渦を巻いて空へ飛び上がり、局所的な雨になって一帯に降り注ぐ。

「……何をやってるんだ、魔法使い。家事に魔法を使うなと、あれだけ言ったよな?」

「だってこんな作業を地味にこなすなんて馬鹿らしいじゃないの。魔法で簡単に出来るんだから、そうしたほうが……いたーいっ、何すんのよ、馬鹿勇者っ」

「そう言って、台所を爆破させようとしたのはいつだった? ん? 昨日の朝だったよな」

「えー、そうだっけ? 三日前じゃ……すみませんでした」

 げんこつを落とされた頭を押さえながら、魔法使いは首を傾げたが、勇者ににらまれて即座に謝った。

「もう、またですか、魔法使いさん! 何もしなくていいって言ってるじゃないですか。むしろ何かしたほうが迷惑なんですっ」

 井戸水を汲みに出てきた神官が、魔法使いに釘を刺す。

「だって何もしないって居心地悪くて」

「お願いですから何もしないでください。私のおうちがなくなっちゃいますぅ」

 アイナも二階の窓から顔を出して、魔法使いに声をかける。魔法使いはそれはつまらなさそうに口をとがらせた。

「何よ、役に立ちたいって言ってるだけなのに」

「だから、何もしないのが役に立つんだって言ってるんだ」

 勇者が言い返し、険悪な空気になってきた時、玄関のほうから女のヒステリックな叫び声がした。

「なんなの、いきなり雨が降ってくるなんて! 服が濡れちゃったじゃないのーっ」

「ちょっと姫様、そんなに騒ぐと、偵察の意味が……。うわあああ」

「きゃああああ」

 男と女の悲鳴が聞こえてきた。

 アイナが玄関に行ってみると、ゴーレムにつまみあげられて暴れる三十代くらいの騎士と、膝丈のドレスワンピースを身に纏った少女がいた。豊かな金髪を結い上げ、赤いリボンでまとめている。服と靴も鮮やかな赤だ。

「侵入者ですかぁ? 今、帰るんなら見逃してあげますけど、どうします?」

「違うわよーっ、私は勇者様に会いにきたのっ。ジール王国が第一王女、リリ……」

「わーっ、姫様、駄目ですよ、魔物に名乗っちゃあ!」

 お姫様の名乗りを、騎士が慌ててさえぎる。アイナは裏庭のほうに声をかけた。

「お姫様ですかぁ。勇者様、お客様ですよー」

 シャツにズボンとロングブーツというラフな格好をしている勇者が、魔法使いや神官とともに現われる。申し訳ないと手であいさつされた。アイナは横にずれて、勇者に場をゆずる。

「ああ、聞こえてる。お久しぶりです、姫」

「勇者様、ご無沙汰しておりますわ。キーッ、そこの魔物の女っ、わたくしの婚約者に近付くんじゃなくってよ!」

「……面倒くせえ」

 騒ぐお姫様をうんざりと見上げ、勇者はぼそりと呟いた。

 後ろから魔法使いが指を差して笑う。

「あはははは、お姫ちゃんってば、宙吊りでいい格好ねえ。お猿さんみたいよ」

「出ましたわね、ボインお化け! ほんっと納得いきませんわ。どうして貧相な食事ばかりのド田舎育ちの女がそれで、豊かな食事のわたくしがこうなんですのーっ」

「今日も絶壁だね」

「やかましいですわよーっ」

 涙目で怒鳴るお姫様。

 アイナはちょっとだけ同情した。



 しくしくと泣いているお姫様に、庭のテーブルで紅茶を出した。

 お姫様は紅茶を飲みながら、前の席に座る勇者にぐちぐちと文句を言う。

「勇者様ってばどうして逃げるんですの? わたくし、勇者様のことが好きで好きで、思わずぬいぐるみに、石像に銅像、勇者カフェまで作りましたのに」

「わぁ」

 横で聞いていたアイナも、これはやばいのが来たなと思った。ちらりと勇者を見ると、彼の顔には「面倒くさい」と書かれている。

 アイナは首を傾げる。

「お姫様は勇者様の大ファンなんですね?」

「ただのストー……むがっ」

「はいはい、魔法使いさんはあっちに行きましょうねー」

 魔法使いが失言しかけたので、神官が魔法使いを引きずってその場を離れた。後ろに控えている騎士は、ハンカチで冷や汗を拭くのに忙しい。

「申し訳ありません。姫様は一度何かにどはまりしますと、行くところまで行ってしまう性格で……。以前は某メルヘン作家にはまりまして、収集品で博物館を作ってしまいました」

「お金と権力がある趣味人はやばいですねー。でも自分だけのものにして、宝物庫に入れておいたりしないんですか?」

 アイナの問いに、お姫様はいきりたち、だんとテーブルを叩く。

「何を言いますの!? わたくしが集めた収集品、一人占めしてなんの価値がありましょう。人類史における財産です、皆にも見る権利があります!」

「わぁ」

 その辺は、分け合いの精神――王族らしさを発揮するのか。お姫様すごい。

「面倒くせえ」

 勇者が天を仰いでうめく。それから渋々お姫様に注意する。

「姫様、何度も言いますが、勝手に俺を使ってグッズ化しないで下さい!」

「ちゃんと使用権はお支払してますわよ。こちらが契約書です」

「って、母さんのせいかよっ」

 お姫様が無限鞄から取り出したアイテムを受け取り、目を通した勇者は崩れ落ちた。

「支払証明書はこちらになりますわ」

「……すげえ金額ですね」

「勇者様ですもの、このくらいのお金を出すのはファンとして当然っ」

「ま、まあ、その気持ちはうれしいですけど」

 すごい金額が並んでいる証明書を見て、勇者は照れたように目をそらした。

「でも俺は受け取ってませんが?」

「それはご母堂が、そのまま渡すと使い切る恐れがあるので、将来のために貯金をしておくと……」

 騎士の言葉に、勇者は再び崩れ落ちた。

「くそーっ、また子ども扱いをするっ」

 人間最強の勇者、彼の最大の弱点は母親だった。

(まあ、ほとんどのかたは、母親には敵いませんよねえ)

 アイナが同情を込めて、勇者を眺めている間、お姫様は無限鞄からキーホルダーを取り出した。

「こちらのキーホルダーなんて最高の出来ですわよ。某人気作家にデザインしていただいたものです」

「えっ、これってエルネスト・バートリーの絵じゃないですか! 嘘だろ、俺を描いてくれるなんて……どこで売ってます?」

 勇者が身を乗り出した。目を輝かせている。

「勇者カフェです」

「くそ、自分で行くとか恥ずかしすぎる!」

「ではこちらは差し上げますわ。わたくし、また参りますし」

「いいんですか? どうも! うおー、すげえ、エルネスト・バートリー!」

 盛り上がっている二人を眺め、アイナは首を傾げる。

「なんだかお似合いな気がしてきました」

「いや、友人としてはいいんだが、妻にするのはちょっと」

「なんでですの? こうして愛しておりますのに!」

 勇者の言葉に、お姫様の目に涙が浮かぶ。勇者はぽりぽりと頭を掻いた。

「そもそも姫様って俺のことが好きなわけじゃないでしょ。俺のキャラクターが好きなんでしょ?」

「えっ」

 勇者の指摘に、お姫様は目を丸くして固まった。

「本の登場人物へ向けるような愛で、俺そのものじゃないと思うんですけど、どうっすか? 俺だって寝起きにはひげが生えるし、便所にも行くし、おならだってするんですよ」

「きゃああああ、淑女の前でそんなことを話します?」

「それは流石にない感じですぅ」

 悲鳴を上げるお姫様に、アイナも同情する。しかし騎士は首を横に振っている。

「いやあ、分かりますぞ、勇者様。女性ときたら、騎士にも夢を見すぎていて困りものです。更衣室に入ったらきっと興ざめしますね」

「汗くさいですもんね」

「そのうち洗濯ものを分けて洗われるようになったりして」

「それは切ない」

 引いている女性と違い、騎士と勇者の間にはちょっとした仲間意識が芽生えている。分かる分かると言い合っていた。

「俺は貴族でもなんでもない、平民です。戦うのは得意ですが、大部分の時間は日常です。結婚したら、その時間を共有することになります。よく分かっていなかったでしょう? きっと三年もしたら、今度はどこかの俳優にはまってるんじゃないですか」

 勇者の遠慮のない指摘に、お姫様は固まったまま動かない。灰になって消えてしまいそうだ。

「ちょっと考えてみてください。そしてあなたから、俺を振っていただけるとありがたいですね。俺は姫様に恥をかかせたいわけではありませんので」

 困った顔はしているが、思いやりを忘れない勇者の言葉に、お姫様は無言で頷いた。

 はらはらと泣いているお姫様を見かねてか、勇者は席を立つ。手で「ごめん、よろしく」とアイナにあいさつして、家のほうへ去っていった。




「お姫様……」

 アイナは少し困って、お姫様に声をかけた。

「お姫様は、勇者さんがハゲても好きでいられますか?」

「心配するかと思えば、とどめを刺しに来るなんてえげつないわね! この魔物!」

 お姫様はカッと目を見開いて怒った。アイナは頷く。

「はい、魔物です」

 お姫様は無言でテーブルに突っ伏した。

「姿が変わっても、好きだと思えるなら愛だと思いますよ。ママが言ってました。例えパパの角が折れて、尻尾が半分にちぎれ、翼が裂けて飛べなくなっても愛してるって」

「あなたはなんの魔物なの?」

「レッドドラゴンですよ」

「そう。あなた達のステータスは、角と尻尾と翼なのね」

 お姫様は溜息をついた。

「わたくしは無理ですわ。ハゲて、くさくなって、太ったあのかたなんて想像したくありません。お父様みたいになったら、流石にキモイですわ」

「王様、散々なこと言われてますねー」

 魔法使いからも嫌われていたのは、外見もあるのだろうか。

「でも、勇者さんなら、ハゲてもきっとかっこいいですよ。頭の形が良い人は、スキンヘッドが似合うそうですし。体臭は香水で誤魔化せばいいし、太ったなら下剤を盛ってみるのはどうでしょうか」

「えげつないわね」

 お姫様と騎士は、頬をひくりと引きつらせる。

「それに、きっと優しいのはそのままだ思いますよ?」

 アイナは付け足してみた。

 だって魔物の子どもを女の子扱いして、アクセサリーをお土産に持ってきてくれるような人だ。根は善人なのだろう。

 しかしお姫様は首を振った。

「駄目だわ、外見が変わったら、きっと許せないと思います」

「でもお姫様自身が太っても、愛して欲しい?」

「ええ、そうね。我が儘でしょうけど。でも、勇者様には輝かしい姿でいて欲しいのです。そう、偶像がごとく! そう思ったら、絵の中の人物を愛しているのと変わらないと気付いたのですわ。勇者様は賢いかた。わたくしの浅い考えなど、お見通しでしたのね」

 ほろほろと涙を零し、お姫様は頬を赤らめる。

「失恋して悲しいですが、この涙は、自分への恥ずかしさからですわ。本質を見ていなかった、いずれ王となる身なのに未熟ですわね」

「えっ、お姫様って王様になるのですか?」

「ええ、女王に。ですから、王配は好きなかたが良かったのです」

「そんなかたが、騎士一人だけを連れて、こんな所に来たんですか?」

 驚くアイナに、お姫様は頷く。

「この騎士は国で一番強く、忠義ある者ですわ」

「王様の近衛騎士じゃなかったですっけ? 一番強い人って」

「ああ、お父様は見る目がないので、あんなハリボテ騎士の言葉を信じているんですわよ。わたくし、お父様に甘えるふりして、しっかり引き抜いてきましたの」

 お姫様がにこりと笑うと、騎士はもったいないですと断って敬礼する。

 収集癖のある世間知らずのお姫様ではなかったようだ。

「それにわたくしも、王家の人間。殲滅級魔法くらい使えますわ。お父様には無能のふりをしていますけど」

 でないと身内でも危険だからと、お姫様は言う。お姫様の母が王と結婚する前、王位をおびやかしそうな優秀な兄弟が暗殺されたのだと説明した。

「亡き母は賢いかたでしたから、宮廷での処世術は学んでおりますわ。収集癖は本物ですけど、父王の寵愛が深い我が儘王女のほうが、色々と動きやすくて得なんですのよ」

「しっかりさんなんですねえ」

 アイナはふんふんと頷く。

「だからわたくし、勇者様が良かったのに。でも、わたくしを愛してくれないかたは嫌ですわ。わたくしが一番なかたがいい。世界の命運や天空神より重んじてくれなくては」

「それは勇者さんには難しそうですねえ」

「ええ、本当に。悲しいわ」

 お姫様がまた泣き始めたので、アイナはかわいそうになった。

 伴侶に愛を求めるのは、人間も魔物も変わらない。

「ええと、こういう時は甘いものですよね。お姫様、少しお時間かかりますけど、おいしいものを作りますね? おもてなしします」

「もう毒入りでもなんでもいいわ。恥ずかしくて死んじゃいたい」

 わっと泣き伏すお姫様は、年頃の普通の女の子に見えた。

 流石に魔物の料理は出しませんけど、とアイナは心の中でつぶやいて、台所に向かった。




 材料は常にそろえているが、ケーキは焼くのに時間がかかる。

 アイナが作り終える頃にはお昼の時間になっていた。オーブンを眺めるアイナに、昼食を作りながら勇者が声をかける。

「悪いな、アイナ。俺の客なのに」

「構わないので、勇者さんは魔法使いさんが暴走しないように見張っていてください」

「そっちは神官に任せてる」

「よかった」

 そう言う合間にも、勇者はレンズ豆がたっぷり入ったトマトスープを作っていた。勇者の故郷は貧しい土地なので、栄養が豊富な豆料理が多いらしく、勇者が何か作るとだいたい豆料理だ。同じく田舎育ちの魔法使いは文句を言わないが、芋料理が好きな神官には物足りないようだった。

「勇者さんが料理を出来るって意外でした」

「うちは母子家庭だからなあ、母さんだけに全部させるわけにいかないだろ?」

「いい心がけです。あ、焼けました」

 出来たスポンジを取り出して、熱を冷ます。

「なあ、俺らの分ってある?」

「ありますけど、今日はお姫様が優先ですよ。失恋して泣いてる女の子には優しくしないと。そこは魔物でも人間でも変わりませんからね」

「やっぱり俺じゃ不釣り合いだろ? 姫様は理想が高すぎるから、傍にいると窮屈なんだよな」

「女王様になるので、好きな人と結婚したかったそうですよ。可愛らしい人です」

「良い子なんだけど、恋愛は別だからしかたないな」

 やれやれと呟いて、勇者は皿に料理を取り分ける。四人分あるのを見て、アイナはふふっと微笑んだ。

「私の分もですか? ありがとうございます」

「ああ、いらなかったか?」

「いえ、後でいただきます」

「あ、まずい。姫様と騎士の分を忘れてたな」

「お二人にはスイーツ盛り合わせを出すので大丈夫ですよ。あの騎士さん、甘党らしいです」

「へえ、意外だな。じゃ、俺らは先に食べてるわ」

「はーい」

 食堂に料理を運んでいく勇者。においをかぎつけた魔法使いがすぐにやって来る。続いて神官が礼を言うのが聞こえてきた。

 まるで家族みたいなやりとりが微笑ましい。

「ママとパパ、いったいどこにいるんでしょう?」

 結婚記念日に出かけるのはいつものことだが、今回は二年も留守にしている。

「お土産、次は何かなあ。おいしいものだといいなあ」

 珍しい食材をくれるので、楽しみにしている。




 テーブルにアフタヌーンティーセットを並べていくと、お姫様と騎士が目を輝かせた。

「まあ、なんて可愛らしいお菓子なの」

「ありがとうございます、お姫様。お姫様のために、スイーツ盛り合わせをご用意しました。今日は身分は抜きにして、騎士さんとお茶会にしてくださいね」

 アイナが騎士に席に着くように促すと、騎士は驚いた。

「私の分もあるのですか? 恐縮です」

「不安なら毒消しをどうぞ。持ってるでしょう?」

 二人は毒消しを飲み、騎士は遠慮しつつも、お姫様の許可を得て向かいに座った。

 お茶も出すと、二人はスイーツを食べ始めた。

「おいしいですわ。甘酸っぱいソースが最高ね」

「生地がふわふわですよ、姫様。こんなにおいしいものがこの世にあったのですか」

 騎士は感動して泣いている。

 その向かいでは、お姫様が失恋の悲しみで泣きながら、ケーキを頬張っては笑い、また泣いてとカオスなことになっていた。

 お腹が満たされると、お姫様は落ち着いたようだった。涙をハンカチでぬぐい、ふわりと小さく微笑む。

「……ありがとう、魔物の」

「アイナです」

「アイナ。魔物なのに良い人ね。違うわ、良い魔物ね?」

「どういたしまして」

 お姫様ってば、笑うと可愛い。

 キラキラしているものが好きなので、アイナにはお姫様は魅力的に見えた。

 こんなにキラキラ可愛いなら、悪いドラゴンがわざわざお城からさらいたくなるのも分かる。

 どうしてお姫様をピンポイントでさらいたがるのか、アイナはよく分からなかったのだ。とても納得した。

「わたくし、勇者様のことはここで終わりにします。帰って、お父様に他の人がいいと言うことにしますわ。ああでも、勇者様以上に好みのイケメンっていたかしら」

 お姫様は首を傾げる。

 騎士も結構かっこいい人だが、眼中にないようだ。騎士が苦笑とともに教えてくれた。

「姫様は金髪碧眼が大好きなのですよ。それでいて、しなやかな体つきで、暑苦しくない感じがいいみたいです」

「なるほど~」

 まさしく勇者がそんな感じだ。

「確か、人間の国では、財力の強さが物を言うのでしょう? 後ろ盾のしっかりした、好みの外見のかたをお姫様が育てちゃえばいいですよ。お姫様を一番にするようなかたがいいなら、出来れば弱い立場で、お姫様に恩を感じているようなかたがいいですね」

「あなた、本当にえげつないわねえ。でも物を見る目はあるわ。――あら、そういえば一人いたわね。子犬みたいなの」

 お姫様が呟くと、騎士がぐっと噴き出した。

「ま、まさかテオドールですか?」

 恐る恐る問う騎士に、お姫様はそれよと頷いた。

「侯爵家で立場が低かったところを、外見を気に入ってわたくしの小姓にしたじゃない? 扱いが悪かったせいで痩せていたから、王宮に住まわせて、良いものを食べさせて良い服を着させて、ついでに教育も与えていたわね」

「確かにそうですね、姫様、身なりと教育にはうるさいですから。彼は姫様のお取立てに恩を感じ、武芸も魔法も熱心に学んでおりましたよ。ですが最近、兄が相次いで亡くなったので、急遽跡取りに繰り上がったとかで領地に戻っております」

「それは都合がいいわね。あの者の目は好きですわよ。わたくしのことが好きって、目がキラキラしてますもの。子犬みたい」

「子犬ですか……羊の皮をかぶっている狼な気がしますがねえ」

 騎士はぼそぼそと呟いた。どうやら事情通みたいだ。

 アイナは問いかける。

「財力たっぷり?」

「王家の次に」

「お買い得な物件ですね!」

 アイナの遠慮のない表現に、騎士が青ざめた。

「そ、それは流石に失礼では」

「構いませんわ。そうですわね、あの者なら、外見が好きだと言えば維持してくれるのではないかしら」

「死ぬ気で維持するでしょうね。姫様のご寵愛のためなら、外見くらいどうとでもすると思います」

「確かにいいわね」

 だんだんお姫様の目が、獲物を見つけた猛禽類のようになっていく。

「そんな相手なら、お父様も一考するでしょう。どちらが得かなんて、馬鹿でも分かるわ」

「はは」

 騎士は笑って誤魔化した。

 王様を馬鹿呼ばわりだ、下位の者なら聞かなかったふりに徹するだろう。

 お姫様はやる気に満ちた顔で席を立つ。

「アイナ、わたくし、良い婿を手に入れてみせますわ。今すぐは無理ですが、勇者様達の後援をして、魔物の国との和平も実現してみせます! こんなにおいしいものを作れる者がいるんだもの、悪い存在とは思えません」

「皆さん、胃袋が弱すぎませんか?」

 アイナは思わずツッコミを入れた。

「でも、魔物の国に人間は住めませんから、もし魔王様を倒したとしても無駄になると思いますよ。この岩山の向こうは日が差さず、毒霧が湧く日もあり、それから毒草しか生えない土地なんです」

「どういうことですの? せっかくですから、詳しく教えてくださらない?」

「いいですよ~」

 アイナはお姫様に、魔物の国がどんな所か説明する。

 聞き終えたお姫様はけげんそうにする。

「つまり、この岩壁と門がなければ、毒霧が外に溢れ出るのですね?」

「ええ。人間は死んじゃいますね」

「魔物がもてなしで出した料理を食べて、人間が死ぬのも文化の違い?」

「ええ。魔物としては、精一杯のおもてなしをしているんです。まさか毒草を食べられないとは思わないかたがほとんどなので。お姫様も、普段から食べているものを食べて、相手が死ぬなんて思わないでしょう?」

「あなたは何故、人間の食べ物に詳しいの?」

「え? たまにドワーフの行商人が来るので、色々と買いがてら、教えてもらってるんです」

 お姫様と騎士は顔を見合わせた。

「ドワーフって、商人の鑑ね。売る相手がいるならどこにでも行く」

「いやはや、彼らの情報量は馬鹿に出来ませんな。今度、彼らとも手を結んで勢力を広げてはいかがでしょうか、姫様」

「ええ、土台固めに必要ね。そうしましょう」

 政治の話をしているお姫様は、策士の顔をしている。

 アイナはぱちんと手を叩く。

「それなら、お知り合いを紹介しますよ~。名刺を持ってきますね」

「「名刺!?」」

 驚く二人を尻目に、部屋に行って、馴染みのドワーフの名刺を持ってくる。

「はい、このかたは良心的ですよ。でもドワーフですからね、契約書の確認はしっかりしてください。妖精って気まぐれなところもあるので、配達期限などは特にご注意を」

「ええ、そうするわ。でも、こんな情報をあっさりくれるなんて……、わたくしに恩を売ろうってことですの? やりますわね」

「え? 違いますよ。このかた、新しいお客さんを紹介すると、割引してくれるんです」

「「割引」」

 低俗的な表現に、お姫様と騎士は顔を見合わせる。

「やだなあ、魔物だって生活があるんですから、そりゃあ割引には飛びつきますよ」

「何故かしら、お菓子を作ってくれたことより、一気に親近感が増したわ。アイナ、わたくしとお友達になってくださらない? たまに遊びに来てもいいかしら」

「構いませんよ~。でも私は門番なので、あまりここを離れられません。ママとパパが帰ってきたら、話は別ですけど」

「そうなのね、分かりましたわ」

 お姫様はすっかり立ち直っていた。

 屋敷のほうへ綺麗なお辞儀をする。

「勇者様、ありがとうございました。婚約の件はこちらでどうにかいたします。でもお父様のことはどうか警戒なさっていてくださいませ。――それから、わたくし、ファンはやめませんから! 勇者様のご活躍、お祈りしております」

 後ろで騎士が「ご立派です」と泣きながら拍手している。

 お姫様はにこりと微笑んだ。

「さあ、帰りますわよ。新たな婚約者に、王となるための土台作り。やることはたくさんありますわ」

「ええ、どこまでもお供いたしますとも!」

 帰っていくお姫様の後ろ姿は勇ましくてかっこいい。

 アイナはゆるやかに手を振った。

 彼らの姿が見えなくなると、勇者達が顔を出した。

「そんなに気になるなら、お見送りすれば良かったのに」

 アイナが呆れを混ぜて言うと、勇者と神官は気まずそうにする。

「振った相手になんて声をかけるんだよ」

「姫様、素晴らしいかたで感動しました。勘違いしていたので、恥ずかしくて」

 魔法使いは首を傾げる。

「勘違いって何? あの子、良い子じゃん? あの王様にはもったいないくらい出来た子よねー。私がお姫ちゃん呼びしても罰しろとか言わないし、妹みたいで可愛いんだよね」

「あれが可愛がる態度なのか?」

「いつもからかってるのに」

 勇者と神官はうろんげだ。アイナは不思議に思う。

「え、でも、お姫様のこと嫌いなんじゃ……んん?」

 そういえばお姫様については一言も言ってない。王様の悪口しか聞いていなかった。

「私がいつお姫ちゃんのことを嫌いって言ったのよ。私が嫌いなのはあのハゲ。お姫ちゃんは勇者のストーカーだけど、良い子だよ」

「なんか魔法使いさんってすごいですね。ちゃんと見てるんだなって思いました」

「魔法使いは、魔法を使うだけじゃなくて、本質を見る人のことよ。魔法ってのは、物事の本質でできてるからね。人間の見極めも修業のうち」

 魔法使いは勇者と神官を示す。

「この二人くらい、分かりやすく善人だといいんだけど。だいたいは仮面があるからね。アイナちゃんも魔物だけど良い人だよね~。天然でふんわり系なのに、たまにえげつないこと言うけど」

「えへへー、ありがとうございます」

「褒めてないよ」

 魔法使いはやれやれと肩をすくめ、テーブルの食器に手を伸ばす。

「片付けは手伝うよ。うーん、一度に運べるように、ここは風の魔法を」

「やめろ、魔法使い! 良い奴だと思ったけど、これは別だ。お前は何もしなくていい!」

「そうですよ。我々がします」

「お外で遊んでてくださいっ」

 暴走しそうな魔法使いを、三人でいっせいに止めた。

 穏やかな午後のことだった。


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