3(完結)
戻るなりホテルを変えた後、カリンは敵の位置を探る魔法――索敵魔法を使って、ライアンを避けまくった。
攻撃魔法の威力調節が下手なだけで、カリンは高位魔法使いだ。持てる技術を大人げなく使いまくって逃げ回るカリンを捕まえるのは、ライアンにも難しいだろう。
誤算は、ライアンが神に愛されていることだ。勇者ほどではないが、多くの加護を持っている。精霊がライアンに味方をして、カリンの居場所をリークするので、こちらはたまったものではない。
魔法は体内エネルギーと理論によって引き起こす術で、神官の聖なる力は信仰心と精神力、それから神という予想できない力が働く術である。
技術者と霊能者がバトルしているようなものだ。
「なかなかやるわね、あいつ!」
この三日、ライアンと馬鹿げた鬼ごっこをくりひろげているカリンは、だんだん面倒くさくなってきた。
今日はライアンが王立図書館まで来たので、カリンは隙を見て外に出たのだが、ちょっとギリギリだった。
「精度が上がってきてるじゃないの。こんなことで技を磨かなくていいのに!」
ライアンだって必死なのだとは、カリンには思い浮かばない。
ここまでくると、負けず嫌いが顔を出して、むきになってしまう。目的が「魔法使いの意地にかけて逃げ切ること」に変わっているという本末転倒さだが、簡単に捕まるのも腹立たしい。
ブーツのかかとを鳴らして、カリンは路地裏を駆けていく。
西日が強く、小道には暗い影が落ちている。普段なら、一人では通ることを選ばない道だ。
「ん?」
カリンはけげんに思って足を止めた。
小道を抜けた先で、女が道をふさぐようにして立っている。強い西日で、帽子のふちが影になっていて、顔がよく見えない。品の良いドレスは、良家の娘だろうと思われた。
「……けた」
女は何かをぶつぶつと言っている。
あきらかに様子がおかしいので、カリンは警戒した。
「見つけた! この泥棒猫!!」
恐ろしい形相で女が怒鳴った瞬間、小道の両側にある集合住宅の窓が割れた。
――ガシャーン!
すさまじい音が響き、頭上からガラス片が降ってくる。
風の魔法で振り払おうかと思ったが、カリンの威力ではガラス片が周囲に飛び散って、女をめった刺しにするだろう。
被害を最小限にするため、マントを頭からかぶって、壁際にしゃがみこんだ。
ある程度の痛みを覚悟したが、特に衝撃はない。
恐る恐るマントから顔を出すと、ガシャガシャとガラスを踏みながら、ライアンが傍についたところだった。
「結界をかけました。カリンさんとローズマリーさん、どちらにも」
ライアンは眉間にしわをくっきり刻み、不機嫌をあらわにしている。
「はあ、なるほどね。だから『泥棒猫』。いまだにあんな表現を使う人がいるのね。そっちにびっくりして、少し判断がにぶったわ」
「最初に言うことがそれか!? いい加減にしろよ、あんた!」
口調が乱暴になっている。間違いなく、激怒だ。
それでも、カリンに手を差し出すのだから、ライアンは根っこまで親切心がしみついているらしい。
「ありがとう、助かった。いやあ、大丈夫よ。自分で立てる……ちょっ、痛いって!」
ライアンがカリンの腕を引っ張って立たせるので、カリンは抗議した。旅ではないから、ヒールのついたブーツなので、バランスを崩して転びそうになる。
「今度という今度は逃がしませんからね!」
カリンを支えながらも、ライアンはカリンの右手を握ったまま離さない。
怒りにひらめく緑の目を見て、カリンはなぜだかときめいた。まったく、恋というのはどうしようもない。
「ひどい! ひどいひどいひどい! 私がいるのに、なんでそんな女を助けるの!」
ローズマリーはヒステリックに叫び、目の前を叩く。結界でおおわれているせいで、身動きがとれないようだ。
「どうしてここにいるんですか、ローズマリーさん。今日は除霊の儀式のはずでしょう?」
ライアンの声はこわばっていた。そして、戸惑っているようだ。カリンは思わず聞いていた。
「除霊?」
どう見たって、ローズマリーはおかしい。
「邪霊がついているようだと話したでしょう? ちょっと厄介な相手だったので、儀式の準備に時間がかかったんです。しかし、どう見ても邪霊につかれたままですね」
「それは私にも分かるわよ」
ローズマリーを、黒い霧が包み込み始め、内側から結界を破壊した。
彼女の茶色い髪がうねうねと宙に浮かび、風もないのにドレスがはためく。目が赤く光る様子は、どこから見ても魔物だ。
カリンの背筋は凍りついた。
魔物が相手ならば倒せばいいが、ローズマリーは被害者だ。
周囲でカタカタとガラス片が揺れ始め、ふわりと宙に浮かぶ。
「まずい、ポルターガイストだ」
ライアンは素早く呪文を唱えて、結界を張る。ガラス片は渦を巻き、槍のような形になった。
「私だけを愛さない男に、価値なんかないわ! その女ともども、死んで私に謝りなさい!」
ローズマリーはライアンを指さす。ガラス片の槍が、結界に向けて飛んできた。
ライアンの結界は堅固だ。まったく揺らがない。
「この程度の攻撃、私には効きませんよ! カリンさんの攻撃魔法のほうがずっと凶悪ですからね!」
「うるさいわね、余計なことを言うんじゃないわよ!」
カリンは怒って、右手を取り返そうとしたが、ライアンはしっかと握っていて外さない。
「大人しくしていてくれませんか、集中が乱れるでしょうが」
「あんたが手を離せばいいだけでしょ」
「一方的に私をクズ男扱いして逃げておいて、よく言いますね!」
「フェアじゃないから、ちゃんと向き合えと話しただけでしょ!」
「それがおかしいんですよ! 『ちゃんと振ってこい! でないと爆破する!』くらい言えばいいんです」
「はー? 爆発魔法はロマンだけど、味方を爆破したことないでしょ! 故意には!」
「うっかりならいいと思ってんですか!?」
激しく言い争っていると、ローズマリーが切れた。
「私を、無視するな――――っ!!!!」
ガラス片での攻撃が、鋭さを増した。
ライアンの余裕がくずれた。カリンから手を離し、杖を両手で握って、眼前を凝視する。ライアンは瞬きもせずに全神経を結界に集中しているようだ。
まずい事態なのだとさとったカリンは、マントを羽織りなおし、ライアンに話しかけた。
「一時休戦よ。何を手伝えばいい?」
「今、彼女は邪霊に支配されています。心の奥底で眠っているんですよ」
「夢を見ている状態ってこと?」
「ええ。彼女をびっくりさせて、目を覚まさせる必要があります。幸運なことに、路地裏で足場はしっかりしていますし、彼女は宙に浮いていない。倒れた時に頭を打たないかが心配なくらいですね」
「なるほど。邪霊の属性は、闇よね」
「ええ」
それならば、光属性の魔法がいいだろう。子どもだましだが、カリンでもできることがある。
「ローズマリー、目を覚ましなさい!」
カリンは呪文を唱え、ローズマリーの背後で、照明の魔法を使った。
背中側に使ったのは、目の前で使うと、目がつぶれる恐れがあったせいだ。普段なら意味のないことだが、今はローズマリーの前にはガラス片が浮かんでいる。
暗い小道の影の中、まばゆい明かりがガラス片に乱反射する。
「う……っ」
ちかちかとした光に目がくらんだローズマリーは、動きを止める。
彼女自身の意識が、つかの間、顔を出したのかもしれない。
その瞬間、ライアンが水の魔法を飛ばした。
「ああああ!」
ローズマリーは顔を手で押さえ、悲鳴を上げる。
「ちょっ、何したの!?」
「聖水ですよ。荒療治ですが、邪霊が表に出ている今、効果があるはずです」
ローズマリーの体がふらりとかしいだのを見て、カリンはライアンに叫ぶ。
「ライアン!」
「浮遊!」
ローズマリーが倒れる前に、ライアンの浮遊の魔法で宙にとどまった。ライアンが結界を解いたので、カリンはローズマリーに駆け寄る。
「ちょっと、あなた、大丈夫?」
「カリンさん、危ないですよ。あなたを狙ったのに、何をしてるんですか」
「ライアンも同じでしょ」
カリンはローズマリーを腕に抱え、そっと地面に寝かせる。
「う……」
ローズマリーの気が付いて、ゆっくりと瞬きをする。
また罵倒されるかと身構えた二人だったが、ローズマリーは不思議そうに問うた。
「あなた達、どなた?」
カリンとライアンは、自然と顔を見合わせた。
それからローズマリーを神殿に連れ帰ると、父親に感謝された。
除霊の儀式を始めたところ、邪霊が神殿でも大暴れをして逃げ出したのだそうだ。それからローズマリーを探していたらしい。
改めて除霊の儀式をすると、応接室で待っていたカリンとライアンのもとへ、ローズマリーが顔を出した。
「このたびは、ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
我を取り戻したローズマリーは、大人しい少女だった。
「わたくし、まったく覚えていないのですけれど、ライアン様にひどいことをしたみたいで……。どう謝ったらいいか」
「えっ、覚えてないの?」
カリンが口を挟むと、ローズマリーは困り顔でこくんと頷く。
「父と施療院を訪ねたところまでは覚えております。そこからはぷつんと途切れていますの」
「娘にとりついていた邪霊は、メンヘラな女性の幽霊だったよ。自殺をはかって、施療院に運び込まれたが、そのまま亡くなったらしい」
ローズマリーの父親が事情を説明した。
「お父様がお仕事ばかりで、わたくし、とても寂しくて……。でも、ずっと言い出せないでいたのです。その心の隙に入り込まれたみたいです。もっと修行せねばなりませんね」
ライアンは納得だとつぶやく。
「つまり、寂しがりな女性の幽霊が、ローズマリーさんの抱えていた寂しさと共鳴したのですか」
「そういうことのようだ。今回の件は、私にも責任がある。妻を亡くしてから、仕事に打ち込んできたが、これからはもう少し仕事を減らして、娘との時間を大切にするよ」
父親はそう言って、ローズマリーの肩に手を添える。ローズマリーはうれしそうに微笑んで、父親に寄り添った。
「ところで、ライアンとのことはもういいのかしら?」
カリンが挙手して問うと、ライアンが渋い顔をした。話を蒸し返すなと言いたいのだろうが、カリンにとっては大事なことだ。
「ライアン様? わたくしはまだ結婚はいいですわ。父の傍にいたいのです。ねえ、お父様、もう少しくらい一緒にいてもいいでしょう? できれば嫁ぐのではなく、婿養子をもらっていただきたいわ。家族と離れたくないの」
ローズマリーの訴えに、父親は困った顔をしたけれど、あきらかにうれしそうにしている。
「そ、そうか。そんなに傍にいたいのなら、しかたないな。うむ。一人娘の願いくらい叶えるとも」
「お父様……! ありがとう、大好きです!」
ローズマリーは目をうるませ、父親に抱きついた。
一件落着のはずなのに、このやるせなさはなんだろう。
親子が礼を言って出ていくと、カリンとライアンは疲れをあらわにした。
笑いがこみ上げてきて、カリンは長椅子に座ったまま、お腹を抱える。
「結局、ライアンだけ大被害をこうむったわけね。トラウマができただけじゃないの」
「たしかに怖かったですが、私にとっては良いことでした。おかげで、真実を知ることができました」
「ん?」
目の前に影が落ちた。顔を上げると、ライアンがこめかみに青筋を立て、にっこり笑っている。
カリンは無意識に逃げを打ったが、長椅子の背もたれにぶつかっただけだった。
「な、な、何をかしら?」
ライアンは背もたれと肘掛けに手をついて、カリンを腕の中に閉じ込める。
「あんたが心から良い人間で、大馬鹿者だってことがだよ」
めちゃくちゃ怒っている……!
カリンは必死に言い訳を探す。
「あ、あの、だってね、私は年上だし……」
「いいから、黙って」
短い命令に、カリンはぴたりと口を閉ざす。
噛みつくようなキスに、カリンの頭はぼーっとなった。
「ここまで本気にさせておいて、今更逃がすと思わないでくださいよ」
カリンから離れると、清い聖職者の顔をした美しい獣は微笑んだ。
「は、はい……」
もしかして、とんでもない相手と付き合うことになったのでは?
ちょっとだけ寒気を覚えたのを、カリンは気づかないふりをするのだった。
遅くなりましたが、修羅場編はこれで終わりです。
ライアンが怒ると口調が変わるところが結構気に入ってます。
カリンとライアン編は、もう一つ予定してます。
アイナと勇者が、勇者の父の私物を取り返しに行く話とかも書きたいですね。
もしかして、カリン編って、目次を分けたほうがよかったのでしょうか? だいぶ雰囲気が違いますもんね。読者さんには、このままでも大丈夫ですか?




