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「カリンさん、お昼はありがとうございました」


 夕方、ライアンが顔を出した。伝言はもらっていたので、カリンもライアンと会うつもりで、先ほど王立図書館から戻ってきたところだ。


「わぁ、ありがとう」


 可愛らしい花のミニブーケをもらい、カリンは自然と笑顔になる。


「女性はこういうのがお好きなんでしょう?」

「そうみたいね。私は、お花なんて食べられないものをもらってうれしいのかしらと思ってたけど、実際にもらうと感動だわ。可愛い。いったん部屋に置いてくるわね。お水をあげないと」

「ええ、お待ちしてます。しかし、色気より食い気ってとこが、カリンさんって感じですよねえ」

「山奥の集落育ちをなめんじゃないわよ」


 照れ隠しでそんなことを返しながらも、カリンは浮かれている。

 宿のフロントで花瓶を借りて、部屋に飾ってから玄関前に戻ってきた。

 ライアンの姉の教えか、それともローズマリーからの駄目だしがよほどこたえたのか。後者だと少し面白くない気がするが、ライアンの女性への気遣いが磨かれたのなら、良いことなんだろう。

 休み時間だけ、近場のカフェテリアでお茶をすることにし、宿を出る。いくらか歩いた所で、十歳くらいの少女がお花を売っているのに気付いた。そのミニブーケはカリンがもらったものと同じだ。


(ああ、なるほどね)


 ライアンは彼女を見かけて、花を買ったのだろう。花売りは貧しい人々の仕事だ。優しい彼のことだから、同じ花を買うなら、こういった人から買いたがる。


「ライアンってば、優しいわねえ」

「え……? あ!」


 カリンのくすくす笑いを不思議そうに見た後、花売りの少女を見つけて、ライアンは声をこぼす。


「べ、別に、ついでとかでは」

「いいのよ。こういうのは気持ちが大事だからね。それに、あの子は一つ分のお金を得て、私は感動したんだから、ライアンは二人幸せにしたのよ。良いことじゃないの」


 ライアンは顔を真っ赤にし、うつむいた。


「カリンさんのそういうところには、一生かなわない気がします」

「あはは、大げさね~」


 カリンは笑いながら、少女のほうに近付く。


「こんにちは。さっきはお花をありがとう。私も一ついいかしら?」

「えっ? ああ……。もちろんです、ありがとうございます」


 なんのことだという顔をした少女は、ライアンを見て、理由を察したようだ。はにかみ笑いを浮かべ、ミニブーケを一束差し出す。カリンは少し多めに出した。


「お釣りはいらないわ。それでおかずを一品増やすといいわよ」

「ありがとうございます!」


 少女はうれしそうに頭を下げ、元気良く周りに売り込みをかける。


「いらっしゃいませ、お花はいりませんか~?」


 カリンはライアンの傍に戻った。


「ふふ。ねえ、お花を持ってデートっていうのも素敵じゃない? はしゃいじゃってみっともないかしら」

「可愛いので、いいと思います」

「そういうことをさらりと言っちゃうのも、すごいわよね」

「えっ、すみません。つい、素直な本音が」


 駄目だったのかな? と、ライアンは首を傾げている。


「うれしいって言ってるのよ。もーっ、この天然がーっ」

「いたっ」


 カリンはライアンの背中を叩き、神殿に近い辺りのカフェテリアへと足を向ける。外の席に落ち着くと、クッキーをつまみながらお茶を飲む。


「そういえば、ローズマリーさんはあれからどうなったの?」

「ええ……、一応、デートの最中に訊くんですか?」

「そういうのは休日にするとして。しかたないでしょ、何年、仲間をやってると思ってんの。なんかもう日常よねえ」

「良いことなのか悪いことなのか。うーん。まあ、いいですけど、ローズマリーさんは神殿の施設に入院ですよ。てっきり精神疾患かと思ったんですが、どうも邪霊(じゃれい)につかれているみたいです」

「邪霊? だってその子、神官の娘さんでしょ。ライアンもお父さんも気付かなかったの?」


 これまでにも、旅でライアンが幽霊騒動を解決するのを見ていたので、カリンには不思議だった。


「ええ。施設の神官が、念のため、試しに聖水を飲ませたんです。そうしたら邪霊の人格が表に出てきたので、分かったんですよ。力が弱い邪霊で、ローズマリーさんの闇に隠れていたみたいです」

「闇?」

「お父上が立派な神官で、彼女は厳しくしつけられて育ちました。鬱憤(うっぷん)が少しずつたまっていたようですが、上手に隠していたみたいです。そして、彼女の父とともに、施療院(せりょういん)慰問(いもん)した時に邪霊につかれたみたいですね」


 邪霊がそう教えたのだと、ライアンは説明した。

 施療院とは、貧民を無料で治療する施設のことだ。神殿が運営していることが多い。神官をしている父親とともに見舞うなら、自然なことだ。


「それじゃあ、あのお嬢さんはもう大丈夫なの?」

「いえ……。すっかり根を張っているようで、取り除くのに時間がかかるそうです。しばらく入院ですね」

「つまり、あの子はライアンに惚れたのも事実だけど、鬱憤を誰かに当たって晴らしたかったのも事実ってわけ?」

「弱い方なんでしょうね。そうやって助けを求めていた。逃げ回って悪いことをしました」

「それも彼女の一面じゃないかしら。チクチク小言を言うタイプかもね」


 なんとなく意地悪を言いたくなり、カリンはつんと横を見る。ライアンは小首を傾げ――男に使う表現ではないが、見目麗しいのでぴったりすぎる――ずばり問う。


「どうしてご機嫌がななめになったんです?」

「ローズマリーさんが良い人だと分かったんだから、私じゃなくてあっちと付き合うんでしょ」

「はい? どうしてそうなるんですか」

「だって、あっちのほうが先だし。こういうのはフェアじゃないから、私はいったん身を引くわ」


 カリンは決めると行動が早い。お茶を飲み干すと、椅子を立つ。店員を呼んで、お代を払う。


「ええっ、ちょっ、待ってください!」

「いーい、ライアン。ローズマリーさんと向き合って、それから選びなさい。私はあんたのことが好きだけど、それとこれとは別よ。いいわね?」

「あなたのそういうところは本当に尊敬しますけど、今回は困ります! なんですか、元見合い相手がまともだと分かったのだから、天秤(てんびん)に乗せろって……。私をクズ扱いしないでもらえます!?」


 頬を紅潮させて、ライアンは怒りをあらわにする。カリンはとっとと身をひるがえす。


「自分で考えて決めなさいよ、ライアン。この状況は、私のプライドにかかわるから。それじゃあね、仕事、がんばって」

「カリンさん!」


 ライアンは追いかけようとしたが、ライアンの分の代金があるので、店員に止められた。

 カリンはすぐに裏路地に入り、風の魔法を足元に収束させ、一気に空へと舞い上がる。ひらりと屋根に着地すると、そのままライアンの視界から消えた。


 我ながら、面倒くさい性格をしていると思う。

 ローズマリーが本当に悪い女なら、カリンは気にならなかっただろうが、邪霊のせいなら話は変わる。

 後々、もし、本来の彼女を知っていたらと後悔されるのではと思うだけで、カリンは苛立ちで胸をかきむしりたくなる。

 ローズマリーとちゃんと向き合って、それでもカリンを選ぶなら、なんの気兼ねもなくライアンを受け入れるし、自分のものだと堂々と公言できる。


「嫌になるわ」


 年上のちっぽけなプライドだ。

 後がないのだからとライアンにしがみついたところで、ライアンは許すだろうに。

 でもやっぱり、今の状況は許せない。




 お久しぶりですー。なんでこんなに間があいたのかな。

 これを書いている頃は、今よりも十倍の労力をかけて書いてた気がします。

 二月くらいにバセドウ病がわかって治療を始め、最近はとても調子が良くて、昔みたいにすらすら書けるように戻ってきました。

 私、飽きっぽいから、二~三作品くらい同時並行で書くくらいがちょうどいいくらいだったんですよね。それが一作をじわじわしか書けなくなってたので、とうとう小説を書くのに飽きたのかと悩んでいたんですよ…。あれ、病気のせいのようでした。

 今、めっちゃ調子いいですもん。


 まあでも、書いてていやされるので、「断片の使徒」の更新が多めになってしまうのはしかたないですね…。

 ぼちぼち、書いていきますので、よろしくお願いします。

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