番外編 留守番するアイナの話(アイナとエドワード)
感想で、エメラルド苔について触れていただいたのをきっかけに思いついた短編です。
新婚でいちゃいちゃしてる、エドワードとアイナですよ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ。戸締りには気を付けてな」
そんなあいさつをして、夫であるエドワードが出かけたのは、つい一週間前のことだ。
エドワードはエメラルド苔を買い付けるため、なじみのエルフが住む小国へ旅立った。エメラルド苔とは、以前アイナがエドワードに教えた、魔物の高級料理の材料だ。
元々は魔物への理解を深めるために、エドワードが商人経由で広めていたのだが、最近になって、ヘルシーで美容にも良いと人気が出始めたらしい。
そんな折、問題が起きた。
いつもは勇者が紹介した商人の担当者が買い付けに行っていたのに、彼が腰を悪くして引退することになったそうだ。
そこで急きょ、息子が後を引き継いだが、エルフは人間を嫌うから、面識のない者がいきなり行っても門前払いされてしまう。
そういうわけで、エドワードに仲介の依頼がきたというわけだ。
ジール王国から北東部にある樹海、その奥地にある小国だというので、最初、アイナは自分がドラゴン体になってエドワードを連れていこうかと思った。エルフは魔物が嫌いで、人間よりもずっと忌避している。それでアイナは同行できなかった。
「退屈です……」
アイナは居間の窓から外を見て、溜息をついた。
両親と共に暮らしていた頃から、留守番なんて慣れている。最近はパパが新しいゴーレムを作ったので、元いたゴーレムはアイナと勇者の屋敷の外に移ったし、川向こうに行けば実家があるので、寂しければ顔を出せばいい。
「まだかなあ」
結婚して以来、エドワードが傍にいたがるので、たまには一人になりたいアイナは鬱陶しく思い始めていた。
だから最初の三日は一人の時間を楽しんでいたが、一週間目になると寂しくてしかたがない。長ければ二週間はかかると、エドワードは言っていた。あと一週間も待つと思うと、溜息しか出てこない。
窓から外を見るのにも飽いたアイナは、なんとなく部屋を見回して、椅子にかけっぱなしのエドワードのシャツを見つけた。そういえば後でアイロンをかけようと思って放置してしまっていた。
簡素な綿のシャツは、肌触りが良い。
農民出身のエドワードは、勇者としての仕事から金回りが良いほうだ。それでも身に着けるものは、絹よりも綿や麻が多い。肌触りが好みなんだそうだ。よく袖まくりをして、庭で畑仕事や家畜の世話に精を出している。
不思議なことに、アイナよりも、エドワードのほうが野菜を育てるのが上手い。同じ作業をしているのに結果が違うので、アイナにはどういう法則が働いているのか謎だった。
「アイロンをかけましょうか」
中に炭を入れる造りのアイロンを持っている。まずは炭に火を熾さないといけない。
そこでシャツを手にとったところ、洗った後のものなのに、ふわっとエドワードのにおいがした。
「早く帰ってこないかなあ」
また寂しくなってきた。アイナはシャツを手に二階に向かう。アイロンをかける気が無くなってしまった。
帰りが気になって、ここ三日くらい、眠りが浅い。
番が傍にいないのが、こんなに寂しいとは思わなかった。
アイナは寝室に行くと、箪笥からエドワードのシャツを更に二枚引っ張り出して、ベッドに積む。
その傍に寝っころがって、丸くなった。睡魔がやって来て、あくびをする。久しぶりに安心して、アイナはそのまま昼寝を始めた。
ころん、と寝転がったら、何か温かいものにぶつかった。
まどろんでいるアイナは、くんと鼻でにおいをかぐ。エドワードのにおいなので、このまま寝ていても問題ない。
温かさが居心地が良くてすり寄って、しっかり抱き着いたところで、違和感に気付く。
「…………ん?」
「よう、アイナ。おはよう」
金髪碧眼のキラキラした美貌で、エドワードは照れたように微笑んだ。
「んんん?」
まじまじとエドワードを眺めたアイナの頭が、一気に覚醒する。
「うっきゃああああ」
顔を真っ赤にして、エドワードから飛ぶように離れる。ごろんとベッドを転がって、足から床に着地した。対岸のベッド脇に張りついて、恐る恐る顔だけ出す。
「なっ、何故!」
アイナの問いに、エドワードは笑って返す。
「早く会いたかったから、かなり飛ばして帰ってきたんだよ。跳躍とダッシュの繰り返し。俺の最速移動記録、更新って感じだな!」
それは人間としては化け物じみているのでは……?
いぶかりつつ、アイナは全身真っ赤にして悶えている。あまりの寂しさに、エドワードのシャツをぬいぐるみ代わりにして寝ていたのがバレた。
(ものすごく恥ずかしい……!)
その辺に穴でも掘って埋まりたいくらいだ。
「うれしいよ、アイナ。寂しいと思ってるのは、俺だけじゃなかったんだな」
エドワードはとろけるような目をして言い、急に真顔になる。
「でも、可愛いが過ぎて、いっそ毒みたいだ。俺が死んだら、可愛い中毒に違いない」
「……大丈夫ですか?」
訳の分からないことを真面目に言う夫に、アイナは心から心配して問う。エドワードはシャツを隅に放った。
「留守中はしかたない。だけど、アイナ。今、本物の俺がいるんだぜ? こんなものよりずっと良いぞ」
まるでシャツに嫉妬したみたいなことを言い、ベッドの向こうで、エドワードが両手を広げる。
「おいで」
そう呼ばれると、アイナは誘惑にあらがえなかった。
ベッドを回り込んで、エドワードの腕の中に飛び込む。
「お帰りなさい、エド!」
「ただいま、アイナ」
しっかり抱きしめ返してから、エドワードはアイナとこつんと額を合わせる。その優しい眼差しに、アイナはえへへと笑いを零す。
「引き継ぎしてきたから、エルフの所に行く用事は、しばらくは無いぞ」
「良かったです。ねえ、お留守番は嫌です。出かけるなら私も連れていってください」
「うーん、できるだけ……な。危ない所には連れていきたくない」
「私、ドラゴンだから頑丈なんですよ?」
「それでも、大事な嫁だからな」
なんてうれしいことを言ってくれるんだろう。レッドドラゴンをつかまえて、そんなことを言う雄はエドワード以外にはいない気がする。
アイナは背伸びをして、エドワードに軽く口付ける。そしてにっこり微笑む。
「エド」
「ああ、ここはやっぱり夫婦の時間を……」
「ごはんにしましょう!」
「そうだな。……ん?」
大きく頷いたエドワードは、けげんそうにアイナを見つめ返す。アイナはエドワードの左腕に腕を回して引っ張る。
「遠い所に行って疲れたでしょう? 帰ってきたら、一緒にケーキを食べようと思って、用意していたんですよ。ああ、それにチーズもそろそろ熟成される頃ですよ。山羊さんがたくさんミルクを出してくれるおかげです。フレッシュチーズもいいですね、悩みます。それから、夏野菜を使ったカレーなんてどうでしょうか。たくさん作りますね!」
「ええっ、そこは普通、あまあまな時間を過ごすんじゃないのか。アイナ~!」
エドワードが悲痛な叫び声を上げているが、アイナは浮かれていて気付かない。
それから料理をして、一緒に食卓で向き合った。
「やっぱり家族で食べるごはんが一番おいしいですね!」
「ああ、そうだな」
なぜか苦笑混じりに肯定して、エドワードも料理に手を伸ばした。
……おわり……
カリンとライアンの短編を、二話ほど予定しています。
書いたら、またアップしますので、しばらく「連載中」に戻しています。
挑戦していた賞ですが、一次選考通過での落選でした。
応援いただいてありがとうございました~(^ ^)
でも番外編は書きますよ。
ちょっと落ち込みはしましたが、カレーを煮込みながら、「やっぱり書きたーい!」となったので、小説を書くのは本当に楽しくて好きです。
またチャレンジしようと思います。
書きたいものならたくさんあるのですが、追い付かないんですよねー。没ネタ供養もしたいんだけどなあ、新しく思いついたほうを書きたくなっちゃって。いろいろと中途半端で失礼しております;
ごはんもの、他にもアイデアあるので、また書きたいなあ。今度はダンジョンものにしようかな~。
まあ、ぼちぼちまいります。ふふふ。




