番外編 王都への帰り道 ライアン視点
カリン編の後の話。
実際、付き合うとなると、急に意識してしまったライアン君の右往左往な短編です。
とにかく可愛い可愛い言ってるだけ(笑)
なんとかカリンとの仲がまとまった後、アイナとエドワードの屋敷に一泊させてもらい、翌朝、日の出とともに王都に向けて出発することにした。
ライアンは期間未定の休職届を出しているし、カリンは王立図書館で本を書き写す用事がまだ終わっていないそうだからだ。
「男女の仲まで口出ししませんけど、カリンさんを無暗に傷つけたら、私がボコりに行きますからね?」
帰り際に、暗黒微笑とともにアイナがこそこそと釘を刺したので、ライアンはぶるっと震えた。顔色の悪いライアンを、カリンが不思議そうに覗き込む。
「どうしたの?」
「なんでもありません」
ライアンは場を取り繕った。カリンに説明したら、アイナが怒る。間違いない。
「……? それじゃあ、アイナちゃん、勇者、お世話になったわ。ありがとう。それと勇者、たまには村にも顔を出しなさいよ。お母さんを放っておいちゃ駄目よ?」
カリンがそう言うと、アイナが不思議そうにした。
「どうして母親のお話が?」
「あ、そっか。ドラゴンって核家族だって言ってたわね。人間は、何か問題でもない限り、年老いた親のことは、子どもが世話するものなのよ」
「そうなんですか? あいさつには行きましたけど……初耳です」
「まあ、新婚家庭に、老後の世話をしてくれって言いだす親はあんまりいないんじゃない?」
首を傾げているアイナにカリンはそう言って、肩をすくめる。
「今のところ、勇者のお母さんは幸せそうにしてるから、いらないお世話かもしんないけど」
「どういうことです?」
魔の山岳地帯の集落には、最近、顔を出せていない。ライアンが問うと、カリンがきょとんとした。
「あれ、言ってなかった? 再婚したのよ、勇者のお母さん」
「ええっ」
「村に一人だけいた神官のおじさんとね。あっちも奥さんを亡くしてて、娘さんはお嫁に行って、息子さんと同居してたのよ。今は三人暮らしのはずよ」
「初めて聞きましたよ!?」
ライアンの姉も、村の鍛冶屋と落ち着いた。自分達は、あの村と何かしら縁があるらしい。
隠れ里というくらいだから、あの村は地図にはのっていない。せいぜいどこかにそういう村があるらしいよと、ふもとの町で噂を聞く程度だ。
元々は、先駆的な考えを持つ魔法使いが、神殿の迫害から逃れて住みついた村だ。当時は天動説が中心だったが、地動説について論じた魔法使いがいたらしい。今では地動説のほうが普通なので隠れる必要はないが、国にしばられる気はないようで、そのままひっそりと暮らし続けるつもりのようだ。
そんな村なので、訳ありの出自を持つ者も多いらしく、深く関わらないが協力しあうという、ちょっと特殊な環境だ。詮索は嫌われる。しかし国の政治のせいで逃げているような者には、とにかく優しかった。
「そういえば勇者さん、元々住んでおられた村の家に、財産を取りに行かないんですか? 先王の手先から逃げる時に、ほとんど置いてこられたでしょう?」
ライアンは姉を連れ、皆で勇者の故郷にも行ったので、あの時のことはよく覚えている。
「父の遺した絵や書物は心残りだが、残っているかどうか……」
エドワードは苦い表情で言葉をにごす。カリンもあまり期待している様子はない。
「勝手に売るか燃やされるか、してそうよね。でも、一回だけ見に行って、絶縁宣言してきたら?」
「陛下から転居の通知が行っているはずですが、今の陛下になってから、勇者様の立場は保証されています。財産の保護もされているはずですよ」
ライアンはただ決まりごとを説明しただけだが、アイナが含み笑いをした。
「わぁ、その辺をつついたら面白そうですね!」
「でもな……」
渋い顔をしているエドワードの手を、アイナがそっと取る。
「エドにとって大事なものは、私にとっても大事なものです。取り返して、居間に飾りましょう」
「アイナ……」
エドワードは感動した様子で、アイナの手を握り返す。
二人の空気が甘ったるくなってきたので、カリンが出立を告げた。
「行きましょう、ライアン。これは長引くわよ」
「ええ、そうしましょう。では勇者様、アイナさん、また」
ライアンは声をかけたが、生返事があっただけだった。
カリンは乗合馬車と徒歩で来たそうなので、ライアンが使っている貸し馬に二人乗りすることにした。
その代わり、馬に負担があるので、休憩をこまめに入れることにした。
一人用の鞍は外して、布を敷いた所に座っている形だ。走らせる予定はないので、手綱があれば操縦はできる。この馬は大人しくて賢い。
後ろのほうが揺れるので、カリンを前に乗せてライアンは後ろに乗ることにしたのだが、なんとなく落ち着かない。
(この人、こんなに小さかったですっけ?)
カリンは、今は魔法使いのつばの広い三角帽子は脱いでいて、日除けと虫避けを兼ねたマントのフードをかぶっている。化粧品のにおいが嫌いだとかで、あんまり化粧っけがないのだが、目鼻立ちがくっきりしているので、カリンが自分で調合している日焼け止めと、赤い色のついたリップクリームだけで、充分化粧しているように見える。
こんなにまじまじとカリンを見ていたことはないので、ライアンにはなんだか新鮮だ。
「ねえ」
「は、はい」
急に声をかけられて、見ていたのがバレたかと密かに焦るライアンに、カリンはちょっと申し訳なさそうに言う。
「馬がかわいそうだし、私、乗合馬車で戻ろうかな」
「それならカリンさんだけ乗せて、私が歩きます」
「なんでそうなるのよ。急いで来たんなら、疲れてるでしょ?」
「勇者様の家で休んだので、もう大丈夫ですよ」
勇者との旅のほとんどは徒歩だから、それに比べればずっと楽だ。
急に森や山の奥に行くこともあり、馬がいると逆に邪魔になる。だいたいは魔物や盗賊に困っている人々に、馬やロバを借りるか近場まで送ってもらうことが多い。エドワードがアイナと結婚してからは、アイナがドラゴン体になってあっという間に連れていってくれるようになったから、かなり楽になった。
「私と帰ると、何か問題でもあるんですか?」
まだ悪あがきをしているのかと、ライアンは低い声で問う。
「逃げないってば。分かったわよ、もうっ」
ライアンが疑っていると思ったのか、カリンはすねた調子でそっぽを向いた。大人の女性のはずだが、こういうところは子どもっぽい。
「カリンさんってこんなに小さかったですっけ?」
「私は変わってないわよ。あんたが成長したんでしょ」
呆れているカリンを、なんの気なしに後ろから抱き締めてみる。
「な、何……?」
「……小さい」
すっぽりと腕に治まるのが、とても不思議だ。
「何を今更なことを言ってるのよ、手の大きさから違うでしょ?」
ライアンが前に回している右手に、カリンが自分の左手を合わせる。ほっそりして柔らかい手だった。
「うわ、手まで綺麗なのね、あんたってば。嫌味な奴ねえ。あ、逆むけ」
「とか言いながら引っ張らないでくださいよ! 痛いでしょ!」
本当に小さい手なので衝撃を受けてしまったライアンだが、慌ててカリンから右手を取り返す。
「あんたがドキドキさせるから悪いんでしょっ」
カリンは言い返して、むすっと黙り込んだ。フードから見える横顔が真っ赤になっている。
ライアンの胸に、どっと衝撃がきた。
「す、すみません……」
心臓がバクバクと鳴り始めて、ライアンはひどく動揺する。
カリンが美人なのは知っていた。
だが、目の前にいるこの人は――
(可愛すぎるんですけど)
今まで、可愛いという言葉は、小さな子どもや動物に使うものだと思っていた。
これまでにも、カリンとは二人旅をしたことがある。それなのに、今までどう過ごしていたのだろう。さっぱり思い出せない。
(勇者様を笑えませんね……。やっとあの方の気持ちが分かりました)
アイナが可愛いと騒ぐエドワードが正直謎だったが、今なら理解できる。
激しく動揺したライアンは、それから、ついカリンを避けるほうに動いてしまった。
長時間顔を合わせていられずに目をそらし、手が触れそうになるとひっこめ、何かと用事をつけて距離をとる。
野宿でのライアンの行動はこの有様で、自分でも馬鹿なことをしている自覚はあった。
(初恋を知ったばかりの十代前半じゃあるまいし、なんなんですか、自分ーっ)
自分でも戸惑っているのに、カリンが気付かないはずがない。
三日目、カリンがやんわりと切り出した。
「あのさ、ライアン。私、歩くわ。ちょっと馬酔い気味で」
すぐに嘘だと分かった。あきらかに大人の気遣いである。
「そうですか」
それならばと、ライアンも馬には乗らず、馬を引いてカリンの隣を歩いていく。カリンのけげんそうな視線がちくちくと刺してくる。
(すみません……もうちょっと落ち着くまで放っておいてください)
カリンを意識しすぎて顔を合わせられないなんて、恥ずかしくてとても言えない。
そしてその日もカリンは深く問うことはなく、小さな町で宿泊することにした。だが運の悪いことに、ちょうど隊商が来ていて、町にある三軒の宿は、ほとんどの部屋がふさがっていた。この町は交易路らしく、たまにこうして宿が埋まってしまうそうだ。
「一人部屋なら、一つだけあいてるよ。でも狭いから、二人で使うなら、一人分の値段でいいよ。どうする?」
宿の店主にそう問われ、ライアンは頷いた。他の宿には行った後で、ここが最後だ。
「では、そちらでお願いします」
「じゃあ、はいこれ、二階の端ね」
「ありがとうございます」
神殿に頼んで泊めてもらってもいいが、この様子だと難しいだろう。
神殿は少額の寄付をすれば、旅人や巡礼者を泊めてくれる。しかしこの町の神殿は、町の規模にみあって小さい。隊商の下っ端あたりがそちらに行ったなら、宿泊所は混みあっているだろう。
「カリンさん、部屋をとれましたよ。行きましょう」
「ありがとう」
馬と荷物の見張りをしてくれていたカリンの元に戻り、宿が取れたことを教える。すぐに馬から荷物を下ろし、馬丁に駄賃を渡して馬の世話を頼んだ。
割り当てられた部屋に行くと、角部屋なのに狭かった。ただ寝るためだけの部屋みたいで、ベッドとサイドテーブルが一つある程度。壁のマント掛けは家具とは呼べまい。床に寝転がれる程度のスペースはあるので、ライアンはマントを敷いて野宿スタイルで寝ようと決めた。
「この部屋しか余ってなくて……。カリンさんがベッドを使ってください。私は床で寝ます」
「えっ」
「え?」
「いや、なんでもない」
カリンが何に驚いたのかよく分からなかったが、何も言わないので、たいしたことではなかったんだろう。近場に共同浴場があったので、夕食前に旅の汚れを落としに行き、また戻ってくる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「あ、カリンさん、そろそろ食事に……。どうしました?」
少し部屋を出ていたカリンが戻ってきたが、暗い顔をしている。カリンは扉を閉めてから、荷物の整理をしているライアンの傍にしゃがみこんだ。
「あのさぁ、ライアン」
「はい」
「無理しなくていいわ。別れましょ」
「……は!?」
突然の切り出しに驚くと同時に、背中に冷や汗が浮かんだ。
別れるも何も、たいして付き合うようなことをしていない。
「生理が来たから、子どもはできてないみたい。なんか……ごめんね、無理させちゃって」
「えっ、大丈夫ですか? たまにつらいって言ってましたよね」
ライアンは勇者一行の医療担当だから、カリンから気まずそうに相談されたことはある。そのたびに痛み止めや貧血に効く薬を用意していた。まずカリンの体調について考えて、鞄を漁って薬品入れを取り出したところで、何を謝られたのかに気付く。
「……え? まさか子どもができてないから別れようって言ってるんですか!?」
「なんなの、その反応。うれしくないの?」
カリンも訳が分からないという顔で、ライアンを眺めている。
「うーん、正直に言えば、少しだけありがたいですね。結婚前に子どもができると、カリンさんの評判に傷がつきそうですし……。それにまずは家を用意して、準備を着実にしたほうが」
「待って待って、待ちなさい! なんで家の話に飛んでるのよ」
「私、結婚を前提にって言ったじゃないですか。カリンさんこそ、何を言ってるんですか」
二人の間に沈黙が落ちた。
まったく会話がかみ合っていない。
カリンはベッドに座ると、隣を叩く。
「ちょっとここに座って」
「え、でも、薬……」
「いいから座る!」
「はい」
薬品入れの木箱を置いて、ライアンはカリンの隣に座った。カリンの目がすわっているので、ライアンは反論できない空気だ。
「じゃあ、なんでこの三日、あんなに分かりやすく私を避けたの?」
「うっ、それはその……」
「アイナちゃんが怖いなら、私がちゃんとフォローするから、ちゃんと話してくれる? てっきり、付き合うことに決めたけど、急に気持ちが冷めたんだと思ったわ」
カリンから見ればそうだろう。
カリンは思ったことを気軽に口にするわりに、根っこのところは賢明な人だ。ライアンが見合いしたローズマリーならヒステリックに騒ぎたてていただろうが、カリンは様子見した上で、こちらが断りやすい理由まで用意してから、話を切り出した。
逃げ場を作ってくれる辺り、優しい人だと思う。
(これはちゃんと話さないと、溝になりますね)
恥ずかしがっている場合ではないのだが、情けなくて顔が赤くなる。
「あの……ですね」
「うん。って、大丈夫なの? 顔が真っ赤だけど」
ライアンは、額に触れたカリンの手を、思わず掴んで離した。カリンの目に傷付いた色が浮かぶ。
(あ……、しまった)
カリンは優しい。他人の気持ちに敏感だ。そして痛みは自分の胸に秘めて、誰かと争うよりも、静かに身を引くタイプでもある。
ここで間違えたら、距離をとられるのは確実。ライアンは掴んだままの手を強く握り、意を決して、理由を話す。
「カリンさんが可愛く見えて……すごく照れるんです」
「……はい?」
カリンがぱちくりと瞬きをする。
「だから! 今までそんなふうに見えたことなかったのに、やたらめったら可愛く見えるんですよっ」
「なっ、何を……言って」
ライアンの照れが伝染したのか、カリンまで顔を赤くする。ライアンは両手で顔を覆った。すると、カリンが噴き出した。
「あははは、何よそれ! もうっ、深刻に考えた時間を返しなさいよねっ。あんたのほうが可愛いじゃないの。ふふふふ、あはははは」
「ぐぐぐ、全く言い返せない……」
「私ってば、美人な上に、可愛いという称号まで得てしまったわ。うれしいわぁ」
「カリンさん! 私は真面目に言ってるんですからねっ」
緊張していた反動か知らないが、カリンが全く笑いやまないので、ライアンは静かに切れた。
「カリンさん」
「え?」
その口にキスをすると、カリンの動きが止まった。
「怒りますよ?」
「……すみませんでした」
冷ややかに忠告すると、カリンは大人しく謝った。それから伺うように、ライアンを見る。
「なんですか?」
「それじゃあ、あの……別れないのよね?」
「私は一言もそんなことは言ってません。カリンさんはどうですか」
「別れないわよ。そう、そうなのね。私のことが可愛いのね、ふふふふふ」
はにかんで嬉しそうにしているカリンは、ちょっと腹立たしいがやっぱり可愛い。
あんまり直視していると心臓がもたないので、ライアンは薬品入れのほうに戻る。ちょうどいい薬を見繕ってから、夕食をとりに一階に下りた。
食堂で夕食をとる。
いつものことなのに、ライアンは自分の目がいかに節穴だったかに気付かされて、地味にダメージをくらっていた。
砲撃の魔法使いカリン・ナルバとさえ分からなければ、カリンはモテるのだ。すれ違う男や近くの席の男が、ちらちらとカリンを見ている。
カリンは旅仲間だし女性だから、酒場のような治安が良くない場所に行く時は、エドワードかライアンのどちらかが必ず付き添っていたし、前から気を付けてはいた。だが、いざ恋人になってみると、あれでも不十分だった気がしてきて、過去の自分にイライラする。
(っていうか、皆さん、見すぎなんですよ!)
特に、胸を見る目に腹が立つ。
カリンのスタイルはかなり良い。胸が大きくて、腰はくびれていて、お尻も大きめという、絵画にえがかれる豊穣の女神みたいな体型だ。男のロマンだから見るのは分かるが、せめてもう少し隠せと、ぶしつけな視線の主に静かに怒っている。
一方のカリンは気にした様子もなく、食事の感想を呟く。
「ここの羊肉のシチュー、おいしいわね」
「カリンさん、乳製品よりも野菜を食べてください。鉄分補給には野菜がいいですよ。こっちの豆とかもいいです」
「うん、ありがとう」
礼を言うものの、シチューを気に入ったみたいで、カリンはそちらばかり食べている。
「この町で、三日くらいゆっくりして行きます?」
「私は構わないけど、あんたは大丈夫なの?」
「休みが三日伸びるくらい平気ですよ。未定で申請してきましたんで。途中で体調不良になったと言えば、責められませんから」
「問題ないならそうするわ。それじゃあ、休みをとった分、王都に戻ったら会えなくなりそうね」
カリンがぽつりと言った。
会いたいと言ってくれるのはうれしいので、ライアンは仕事について考える。
「夜勤にしてもらえれば、昼間は会えますよ?」
勇者一行として旅をしている。その旅の過酷さから、ライアンの仕事は考慮してもらっている。王都の神殿に戻ってきた後は休みが多いし、いつ旅立つかは天空神次第で予測できないので、あまり忙しい部署には付けられない。
ライアンは治療魔法の腕がいいので、薬草園や薬品管理、入院患者のいる棟に詰めていることが多かった。慈善事業で炊き出しや町の清掃に出ることもあるが、そちらのほうが少ない。神官として、一日のうち、祈りと神殿の掃除は必ず組み込まれるものの、あとは仕事の合間に講義を受けたり勉強をしたりするくらいで、そちらは自分で調整できる。
未婚の神官は、神殿の寮で生活する。出勤などで移動時間がとられないのはありがたかった。
これだけ立派に働いていても、貴族出身の神官からは下に見られるので、たまにやるせない気持ちになる。
「でも、ちゃんと休まないと体がもたないでしょ?」
「朝方に眠って昼過ぎに起きて、食事をしてからお祈りと清掃……。その後の夕方頃ならあいてます。夕食後からが夜勤なんですよ。決まったらご連絡しますね。前と同じ宿に泊まるんですか?」
「そのつもりだけど、部屋があいてるかは分からないから、一回、神殿に伝言に行くわね」
「お願いします」
王都での楽しみができて、ライアンは少し気分が良くなった。
ローズマリーの時と違って緊張感はないし、むしろその時間が楽しみだ。
(あの時は、毎日が修行のようでした……)
あの職場に戻ると思うと、少し気が重い。
こちらは合わせようとがんばっているのに、後で届く手紙で採点されるのだ。地獄である。手紙が届くたびにうんざりするなんて思いもしなかった。
そうこうするうちに食事を終えたので、早々に部屋に引き上げる。
「カリンさん、行きましょう」
「え? お酒、飲まないの?」
「そういう気分にはなれないので」
「そんな時もあるのね」
意外そうに言われて、ライアンは苦笑する。酒が好きなので、いつもは食後に少し飲んでいるのだ。
だが、あの日みたいに酒で失敗したくない。不思議がるカリンを急かして、部屋に戻った。
部屋には一応窓はあるが、エドワード達への屋敷に行く間に、すっかり真夏になったので暑い。
交代で着替えを済ませ、ライアンは床にマントを敷いて、鞄を枕にしようと寝床を整えていた。
「こっちで一緒に寝ればいいじゃない」
「いえ……暑いですし」
木綿の袖なしシャツとハーフパンツという格好で、長い髪を櫛でといているカリンから目をそらして、ライアンは言い訳する。
大人の男が使うようなベッドだから一人用にしては大きめだが、それでも狭い。さすがに、この心理状態で雑魚寝したらライアンの心臓がもたないので、ちょっと落ち着きたかった。
「むう」
いかにも不満と言いたげなカリンが、急にサイドテーブルから水差しとコップののった盆を床へ下ろした。鞄から紙とペンを取り出して、何か書き始める。
「うーん、こうかしら。ええと、おじいちゃんの式に、お父さんのこっちを合わせて、それから範囲指定は……あのほうが便利かな?」
ぶつぶつ言っていたかと思うと、コンパスや三角定規などを使って図形を描いていく。三十分ほどして、カリンはにまりと笑った。
「でーきた!」
そう言って、壁の四隅に、ピンで小さな紙切れを四枚とめて、真ん中の床に、大きな紙に書いた複雑な魔法陣を置く。真ん中に魔石をのせた。
いったい何をしているんだろうと見ていると、カリンは窓を閉めてしまう。
「えっ、カリンさん」
「ちょっと待って。ほら、涼しくなってきたでしょ」
「あ、本当だ」
「結界を利用して、指定した範囲の気温を二度下げる魔法を組み込んだの。あの四隅の紙で、この部屋って指定したから、今日は涼しく過ごせるわよ!」
「へえ、それはすごい」
戦闘での結界はライアンの得意分野だが、魔法を用いた結界はよく分からない。素直に褒めた。
「問題解決でしょ? 一緒に寝ましょ」
「……え」
ライアンは驚いた。
まさか一緒に寝たいから、魔法を組み上げたとは思いもしない。
「床で寝るなんてしたら、余計に疲れるってば」
ここまでされて断るのは、カリンに恥をかかせることになる。ライアンは覚悟を決めた。
「あの……何もしませんから、安心してくださいね」
「何もしないの?」
――なんでちょっと残念そうなんですかー!
可愛い問いかけに、一瞬、くらっとめまいがしたライアンだが、なんとか気を取り直す。
「た、体調が悪いんでしょう? ほら、奥に詰めて。寝てください」
「はーい」
やっぱりどこか不満げながら、明かりを消すと、カリンはあっさりと眠りに落ちた。痛み止めに眠くなる成分が入っているので当然だ。いつ襲撃にあうか分からない旅では使えないが、こちらのほうが胃に優しい。
「本当、なんでこんなに可愛いんですかね、この人」
こっそり床に移動しようと思ったが、腕にしがみつかれて動けなくなった。
その日、ライアンは全く眠れなかったのだった。
おわり。
思いついたので書きました。
前は全然気づかなかったけど……みたいな、付き合ってみて見えるものが変わる感じを書きたかっただけです。カリンはのほほんとしてるけど、ライアンは気が気じゃない…みたいな。
他にも書いてみたいものがあるので、できたら、またのせると思います。ローズマリーとのどたばた編は絶対に書きたい。
アイナの後日談も、そのうち。
ちゃんとまとめるっていうより、書きたいとこだけ書こうかな~という感じでゆるいです。
本編は完結してるんで、また完結にしておきます。更新する時だけ戻しますね。では。




