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 5 (完結)



「うげぇ、ライアン……」


 もっとも会いたくない人物が廊下にいたので、カリンはうめいた。


「随分なごあいさつですね」


 ライアンは薄ら微笑んでいるが、こめかみには青筋が浮かんでいる。どこから見ても怒っている。カリンはアイナを振り返った。


「アイナちゃん、はかったわね!」

「えへへー」


 ペロッと舌を出して、アイナが笑った。


(くっ、可愛い……! でも、誤魔化されないわよっ)


 アイナのこの様子から察するに、エドワードにライアンを呼びに行かせた時点で、ライアンは屋敷のすぐ傍にいたのだろう。アイナは鼻がきく。ある程度の距離ならば、住処(すみか)から遠く離れていても、敵がいれば気付くのだ。

 カリンがうかつだった。自分のことに必死すぎて、アイナの能力をすっかり忘れていたのだ。


「話は聞かせていただきました」


 ライアンがそう切り出した。


「ええと、どの辺から?」

「ハーブティーを飲んでいる辺りからです。カリンさん、誰でもいいのに、どうして私では駄目なんですか?」


 また『どうして』だ。

 カリンはうんざりして言い返す。


「あれだけ酒を飲んでたんだから、どうせ覚えてないんでしょ!」

「覚えてますよ」


 ますます不機嫌そうにして、ライアンは答える。予想外だったので、カリンは肩すかしだった。


「えっ、覚えてるの? どこから?」

「水をもらって飲んだ辺りから」

「ええっ」


 そういえば、ライアンはあの辺りから急に話し始めていた。

 アイナはカリンとライアンの様子を見て、エドワードに声をかける。


「お二人で話したほうがいいですね。エド、二階に行きましょう」

「ああ。――ったく、ここ、俺達の家なのに。早めに解決しろよな」


 エドワードは文句を言いながら、玄関ホールのほうへ歩いていく。


「神官さん」


 部屋を出る前に、アイナがライアンを呼んだ。


「なんでしょう?」

「カリンさんとしっかり話し合ってください。下手に傷つけたら、こうですよ?」


 アイナは右手の親指を立てて、自分の首の前で、ビッと横に引いた。

 「殺す」という分かりやすい脅しを見て、カリンは苦笑する。ふんわり可愛くても、アイナの物騒さと躊躇のなさには魔物らしさを感じる。それに、アイナは(こぶし)で解決しようとするところがあった。


「お約束します!」


 ライアンは青ざめ、ぶんぶんと大きく頷いた。

 アイナはその返事に満足したのか、カリンの目をじっと見つめてから居間を出て行った。室内の重い空気に反し、扉はパタンと軽く閉まった。

 ――頑張って。

 アイナに仕草だけで応援されたが、カリンはどうしていいか分からない。鞄を持ったまま、所在無く立ち尽くしている。

 ライアンがこちらへ一歩踏み出したので、カリンは一歩下がる。分かりやすく、ライアンがムッと眉をしかめるので、カリンの心臓がはねた。思わず鞄を抱えて盾にしながら、後ろにじりじりと下がる。


「あの……ええと、あのね。やるだけやって逃げたのは、悪いと思うけどっ」


 男女反転していたら、かなりのクズ発言をしている自覚はあるのだが、カリンはしどろもどろに言い訳を試みる。


「カリンさ……もがっ」


 とうとう目の前までやって来たライアンが口を開いたので、カリンは盾にしていた荷物を放り出して、両手で口を押えた。


「忘れていいから! 責任とれとか言わないし、あんたの将来も邪魔しない。だからお願い、何も言わないで!」


 カリンの手を引っぺがそうとしていたライアンが、ピタリと動きを止めた。怖くて情けなくて、涙が出てくる。


「あんたとは良い仲間でいたいの。私のこと、『酒で失敗して、将来有望な仲間の未来をつぶした女』にしないで!」


 我ながら自分勝手なことを言っている。だが、これ以上、みじめな気分になりたくないのだ。

 ライアンが頷いたので、カリンはほっとして手を離す。が、その手首を両手で掴まれた。


「って、了承(りょうしょう)するわけないでしょうがっ、馬鹿ですか、あんた!」


 目の前で思い切り言い返されて、カリンは驚きで固まる。


「で……」

「“でも”じゃない!」

「だ」

「“だって”でもない!」


 言おうとしたことを封じられ、むすっと口を閉ざす。


「それじゃあ、なんですか。私のほうは、『酒の勢いで仲間の女性と一晩過ごしたのに、将来の邪魔だから忘れた最低な男』ってことになりますけど、そうなっていいっていうんですか?」

「う……」


 ライアン側から見たら、そうなるだろう。言葉に詰まり、なんて言っていいのだか出てこない。


「起きたらいないし! 置手紙を見つけたから宿に行けば、出て行ったと言われるし! 念の為に王立図書館にも行ったけどやっぱりいないし! 絶対にここだと思って、すぐに神殿で休職届けを出して、貸し馬を連日飛ばしてやって来たんですよ。話し合う権利くらいあると思うんですがねぇ!?」


 詰め寄りながらそう言われると、確かにそうかもと思えてくる。ライアンの迫力におされたカリンはこくこくと頷く。


「ええと、そうですね。はい」

「……とりあえずですね、カリンさん」

「は、はい」


 なんだろう、どんな文句が飛び出すのか。息を詰めて続きを待つカリンの両手を、ライアンはぎゅっと握りしめた。


「無事で良かったです。ほっとしました」


 そのまま、ライアンは深いため息を吐く。

 え? と拍子抜けして、カリンの肩から力が抜ける。


「あんたのことだから、慌てすぎて馬車の前に飛び出すんじゃないかとか思って。それ以上に、他の男を探しに行くんじゃないかと気が気でなくて」

「どういうこと?」


 他の男の話が出てくる理由が分からない。


「誰でもいいからと思い余って、商売の女性の真似事をしようとしたあんたが言いますか!? もし子どもができていた時に、私の子どもじゃないと言い張るために、他の男と関係しそうで怖かったんです!」

「あ、そういう……。って、そんなことしてないわよ! それどころじゃなかったし! でも、そうね。その手があったか、なるほど」

「納得するなっ!」

「すみません!」


 いつもに増してカリカリしているライアンに、カリンは条件反射で謝る。


「でも、そっちから言い出しておいて、理不尽じゃないの」


 ぶつぶつと文句を言ってみたが、黙殺(もくさつ)された。


「結論から言います。私はカリンさんとお付き合いしたいと考えています」

「せ」

「責任じゃないですからね!」

「むう……」


 さっきから全て先回りされている。せめて言わせろと、カリンはむすっと口を引き結ぶ。

 座るように促されたので、なんとなく釈然(しゃくぜん)としない気持ちながら長椅子に腰掛けると、ライアンが右隣に座った。まだカリンの右手を掴んだままなので、カリンは手を取り返そうと引っ張った。

 だが、ライアンが逆に引っ張り返すので、しばらく無言で引っ張り合いになる。しまいにはカリンがぶち切れた。


「ちょっと!」

「離しませんからねっ。でないと逃げるでしょ?」

「野生動物みたいな扱いをするんじゃないわよ。逃げないってば」

「信じられません。我慢してください」


 結局、押し切られて手をつないだまま話し合うはめになった。意味が分からない。


「私も悪かったと思いますよ。タイミングが最悪でしたもんね。私は酒に酔っていて、カリンさんはええと、釣り? に来ていた」

「まあ、そうね」

「カリンさんが良い人なのも、美人なのも知ってました。でも、好みのタイプではなかったので、今までは除外していました」

「あんたのタイプ、お姉さんみたいな家庭的な人でしょ?」


 ジール王国の先王に家族を狙われた際、魔の山岳地帯にある隠れ里に、エドワードの母親とライアンの姉を隠すように言ったのはカリンだ。彼の姉とカリンは、性格も見た目の雰囲気も、何もかもが真逆だ。


「そうですよ。家事に魔法を使おうとする不器用なカリンさんは、好みとは全然違ってたんですけど」


 なんだか散々なことを言われている気がする。腹が立ったので、カリンも言い返す。


「私だってそうよ。あんたみたいな頼りないの、好みのタイプじゃないもの」

「……私が、何を言われても傷付かないと思ってるんですか?」


 ふいに静かな声で問われて、カリンはぎくりとした。ライアンは悲しげにこちらを見ている。


「いやっ、あんたは成長したわよ。今はほら、身長も伸びたし意外とがっしりしてて」

「ふっ、くっ、くっくっ。カリンさんのそういうところが好きです。悪いことをしたと思ったら、すぐフォローしようとしますよね」

「あんたね!」


 はかられたと気付いて、カリンは眉をつり上げる。


「カリンさんは駄目出しの手紙を送ってこないでしょうし」

「まあ、嫌なことはその場で言うわね」

「誰かを理不尽に傷つけない」


 見合い相手と比較されていると気付いて、カリンはこめかみに青筋を浮かべる。


「ライアン、他の女と比べるのは最低よ?」

「ええ、知っています。ですがおかげで私は身にしみました。自称“良い女”が、本当にそうだと気付いたんですからね」


 なんだか馬鹿にされているようで釈然としないが、褒められていることは分かる。


「カリンさんは年齢のことを気にしますけど、それは私も同じです。勇者様とカリンさんに追いつこうと、どれだけ必死か。あなたがたには分からないでしょうね」


 すねたような響きがある。


「ただでさえ四年も出遅れているのに、どんどん先に進んでいってしまう。仲間だと言いながら、二人は守る対象として私を見ている。歯がゆいですよ」


 沈んだ声での呟きは、ライアンの本音だろう。


「しかし、酒場では呆れました。なんか馬鹿な真似をしてるじゃないですか。カリンさんはたまに大真面目に馬鹿をやってますけど、ここまで馬鹿だとは思ってませんでした」

「馬鹿って三回も言った!」

「足りませんからね?」

「ひどい!」


 遠慮なしの言いたい放題である。おかしい。付き合いたいと言っていたくせに、甘さの欠片も見当たらない。


「でもなんだかんだ世話を焼いてくれて、なんでこの人、こんなに優しいんだろうなあと思って。で、ここで引きとめなかったら、どこの誰とも知れない人と関係するんだなって気付いたら、それなら自分がもらおうかと思ったんです。少なくとも、どこかの見知らぬ誰かより、私のほうがずっとカリンさんを大事にできますから」


 右手を掴んだままの手が、ぎゅっと強くなる。


「本当に大馬鹿ですよ。自分で自分を粗末にするなんて。カリンさんはもっと、大事に扱われるべき存在でしょうに」

「う……」


 胸が詰まって息苦しい。目蓋が熱くなった。


「カリンさんがカリンさんを大事にしないなら、私がそうします。だから、もうあんな真似、しないでください」


 温かな緑の眼差しに、カリンは思わずライアンに抱き着いた。そんなふうに思ってくれていたとは知りもしなかった。


「良い人すぎるんじゃないの? そんなんで私を選ぶなんて、あんたも相当な馬鹿よ」

「傍にいた良い女に気付かなかった大間抜けになるより、ずっといいですよ」


 カリンは小さく噴き出した。


「おおまぬけって……古いわよ」


 負け惜しみだと分かっているのか、ライアンは笑い返すだけだ。


「カリンさん、順番がめちゃくちゃになりましたが、改めて。私とお付き合いしていただけますか? ――結婚を前提に」


 カリンはゆるゆると頷く。涙混じりに微笑んだ。

 そうだ。カリンはずっと、誰かにこうして大事にされたかった。

 魔法使いなどやめろと言わず、そのままを見てくれる人に。

 仲間と友情のその向こうに、確かににじむ愛を感じる。


「よろしくお願いします」


 鼻声になって、ずいぶん格好悪い返事になったが、カリンの差し出した右手を、ライアンはしっかりと握り返してくれた。



 こうしてカリンの婚活は無事に終わりを告げた。

 幸いというべきなのか、妊娠はしていなかったが、ライアンは心変わりすることもなく、むしろ結婚に乗り気になっていた。

 ローズマリーと口にするとたいそうビクつくので、しばらくからかうネタに困らなくていいと、カリンはこっそりいじわるに笑うのだった。




 カリン編、終わりです。

 ローズマリーとのごたごたとかも書いてみたい気がしますが、ここでいったん完結とします。

 (書きたくなったら書いてるかもしれません)

 

 アイナとエドワードのあまあま結婚生活のご要望も拝見してますが、今は燃え尽きてて思い浮かばないもので。また思いついたら追加で更新するかと思います。

 なんだかんだと伸びていった話ですが、お付き合いくださいましてありがとうございました。

 ああ、楽しかったという気持ちと、祭りの後のような寂しさを感じていますよ。

 それでは、ありがとうございました~。

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