8 家族で食べよう、おうちごはん 6 (完結)
二階に上ると、真ん中に廊下があり、両側に二つの部屋がある。
その右側の扉を、エドワードは内へ向けて開け放った。
「ここがアイナの部屋だ」
そう言って、エドワードは扉の脇へとずれた。
そろりと中へ入ったアイナは息を飲む。
大理石の壁と床。天井には青いガラスの板がはめこまれ、まるで夜空みたいだ。天井からは、アイナの部屋にあったような飾りが垂れ下がっている。真珠とガラス玉が雨の雫のように見えた。
白で統一された調度品が置かれ、キングサイズの大きなベッドには、青い薄絹がかかっている。ガラスでできた置物やランプが飾りとして配置されており、小物には宝石がはめこまれている。
「キラキラ……」
思う存分財宝を使っているのに、まったく嫌味がなく、落ち着いた空間が作られている。
職人に頼めば物を用意することはできるが、それを上手く並べるにはセンスがいる。エドワードの持つたくえつした審美眼に、アイナは震えた。
アイナのドラゴンとしての本能が叫んでいる。
こ こ に 住 み た い!
「庭に、小さいけどガラスの温室を作って、黄金苺の苗はそこで栽培してるよ。ええと、どうだ?」
不安そうに問うエドワードに、アイナはゆっくりと向き合う。
「エドワード、訂正します。私の部屋ではなく、私とエドワードの部屋です」
エドワードはきょとんとアイナを見つめ返し、それからじわじわと意味を飲み込んだのか、その顔に喜びの色が広がっていく。
「俺の求婚、受け取ってくれるのか!」
「うぷっ。ちょ、ま、待って! ストップ、離れて!」
一瞬で移動してきたエドワードに抱き締められて、アイナは慌ててエドワードを押しのける。
「結婚してくれるんだろ? なんで離れろなんて言うんだ」
不満たらたらに離れるエドワードと、アイナはぜいはあと肩で息をしながら向き直る。
「ええと、エドワード。あなた、パパからドラゴンの求婚について聞きましたよね?」
「ああ」
「結婚の儀で、両者は全てを分かち合うということは?」
「聞いたけど、よくある結婚の宣誓だろ?」
「やっぱり」
アイナはどこかに座って話そうと思って部屋を見回す。
うん、ベッドはまずい。
とりあえず部屋を出たほうが良さそうだ。
「食堂はあるんですよね? 座って話しましょう」
「分かった」
エドワードが素直なのは、アイナが手を引いているからだろうか。
一階の居間や食堂の家具は少ないものの、最低限のものはそろっている。居間の暖炉に火を入れて、そちらの長椅子に並んで座った。
「ドラゴンの夫婦は、結婚の儀で本当の名前を教え合います。これは契約と同じで、命を縛るものです」
「浮気したら死ぬとか?」
エドワードの問いに、アイナは首を振る。
「そういうものではありませんよ。まあ、浮気なんてありえませんけどね。相手を殺してから、あなたもボッコボコにしますよ?」
ドラゴンなら浮気はありえないが、人間相手なのでアイナは据わった目で牽制する。番になった相手を殺すことはないが、相手はぎったんぎったんのぐっちょぐちょだ。魔物はそのことをよく分かっているから、結婚しているドラゴンの片割れにちょっかいを出すことはない。
「ようやく念願叶って結婚できるのに、そんなことしねえよ」
「私のことは言わないんですか」
「アイナが浮気するとしたら、俺が悪いんだろうから、そうならないように努力する。でも、相手は殺すんでよろしく」
なんとも軽い調子で、物騒なことを言う人だ。
アイナは呆れたが、心外だと眉を吊り上げる。
「私はありえませんよっ。ドラゴンは結婚したら、本能で番にしか興味が向きません。だから核家族なんです」
「それを聞いて安心した。だけど、俺は油断する気はないからな」
エドワードがアイナの右手を握った。
わぁ、キラキラとした綺麗な顔……と思わず見とれていたが、顔が近付いてきたのに気付いて、慌てて左手でベチッとエドワードの顔を押しとどめる。
「だから待ってくださいってば!」
「俺は充分に我慢した! ドラゴンのアイナに合わせてたら、俺の寿命が来る!」
「だからですね、結婚した場合、エドワードの寿命も延びるんです!」
押しあいしながら、アイナは必死に言った。
「……は?」
エドワードの動きがピタッと止まる。
「なんでも分かち合うんです。寿命もです。私とエドワードの寿命を混ぜて、二つで割るんです。何事もなければ、同時に寿命が来て死にます。ドラゴンはそういう生き物なんですっ」
「それって、片方が先に死んだらどうなるんだ?」
「分かち合った寿命のままですよ」
アイナの答えに、エドワードは意気消沈する。
「じゃあ、俺と結婚したら、アイナだけわりをくうんじゃないか。アイナのほうが寿命が長いだろ」
「まあ、ドラゴン族は長くてだいたい二千年は生きますからね。勇者さんの寿命と合わせたら、大雑把に千年ずつくらいになるんじゃないかと。私のことはどうでもいいんですが、人間は長く生きるのに向いていないので、エドワードの精神がもつかどうか」
これは結構、ゆゆしき問題だ。
「アイナ!」
「ぎゃわっ、なんですか!」
感極まった様子のエドワードに、突然抱擁を受けたアイナは、心の底から驚いた。
「え? 今、そんな空気でした?」
「だってお前、俺に寿命を分けるのはどうでも良いと言うくせに、俺のことは心配してくれるなんて。なんて優しいんだ。寿命だぞ、命だぞ。それをどうでもいいって……」
「巣に住みたいと思った時点で、私は腹をくくりましたし」
「俺はアイナが一緒にいてくれるなら、長く生きても、きっと大丈夫だ。もしアイナが何かの理由で先に死んだとしても、子どもが旅立つまでは後を追うのは我慢する」
そんなエドワードを想像したら、アイナも悲しくなってくる。
「いいんですか? 人間でも魔物でもない。そんな存在になるのは、きっと思う以上につらいですよ」
「勇者に選ばれてから、そんな半端な存在になった。これが永遠に続くってことだろ? 俺が一人だったら、確かにどうかしそうだが、寄り添ってくれる相手がいるなら孤独を感じる暇なんかない」
エドワードはアイナの両手を包むようにして握ると、コツリと額を合わせる。
「愛してるんだ、アイナ。俺と、これからの生を共にして欲しい」
青い目が暖炉の明かりで、キラキラと輝く。
アイナはゆっくりと微笑んだ。
ふと、気付く。エドワードに迫られると逃げたくなったのは、逃げられなくなるのが分かっていたからだ。
「愛しています、エドワード。私の生涯の番。私と共に生きてください」
――わたしだけの、キラキラ。
二人はそっと口付けをかわす。
そして、アイナは自分の本当の名前を口にした。
「なんか……不思議な音だ」
「人間には聞き取れませんよ。でも、魂に響くから大丈夫です」
エドワードの名もまた、アイナの魂に響かせる。
「では、エドワード。しばらくお休みなさい」
「え?」
アイナの命の本流が、光となってエドワードを包み込む。体が馴染むまで、時間がかかるだろう。
「守っているので大丈夫ですよ」
力が抜け、眠りに落ちたエドワードを抱きとめて、アイナは優しく微笑んだ。
一ヶ月後。
「まだ起きないんですかねえ。私の番はお寝坊さんですね」
夫婦の寝室のベッドではエドワードが眠っている。眠りに落ちた時と変わらない姿のままだ。
ドラゴン同士ならば、命が混ざり合ってもすぐに目覚めるが、さすがに千年分の命となると、人間にはなかなかなじまないようだ。
エドワードが起きるまでに済ませておこうと、実家から荷物を運び込み、せっせと保存食を作りためている。エドワードの様子を見に来たアイナは、まだ起きる気配がないので、また作業に戻ろうと離れようとした。
「わきゃ!?」
思い切り腕を引っ張られて、ベッドに倒れこむ。
「アイナ、おはよう」
「え、エドワード、起きたんですか」
上から見下ろすエドワードは、今日もキラキラと眩しい。
「一ヶ月も寝てたんですよ。食事にしましょう」
「いや、大丈夫」
「……ん?」
「よく分からないけど、めちゃくちゃ元気なんだ」
「へえ、そ、そうなんですか。良かったです」
そうは言っても、体は人間なのだ。せめて水を飲ませておかないとまずいだろう。
謎の悪寒に見舞われながら、アイナは身じろぎする。だが、ガッチリと肩を押さえられていて動けない。
「あ、あのー、エドワード?」
離してくれないか。そういう意図を込めて見つめたが、エドワードは不穏な眼差しを返すだけだ。
「アイナ、俺、すごく……それはもう、ものすごく我慢したよな?」
この目には見覚えがある。
まるでそう、お腹を空かせた獣みたいな……。
「食事より、欲しいものがあるんだ」
飢えている目をしているくせに、エドワードは許しをこうように返事を待っている。
その気遣いは、本当にアイナが好きだと感じさせるもので。
(まったくもう、そんなふうにされたら、受け入れるしかないじゃないですか)
アイナは体の力を抜いて、微笑みを浮かべる。そして、エドワードの背へとゆっくりと手を回した。
*****
「へ~、じゃあ、エドワードって天空神の加護はそのままで、半魔みたいな状態になったってこと?」
あれから月日が巡り。冬の終わり、昼間は日射しが温かくなってきた頃、新居に遊びに来たカリンとお茶をしながら、アイナは近況を語りあっていた。
「ええ、恐らく……というところなんですけど、ね。どっちつかずなのは変わらないので、少し気がかりです」
「本人が幸せそうだからいいんじゃないの~?」
そう言うカリンの視線の先では、畑でライアンから薬草の育て方を教わっているエドワードの姿がある。
「私達が結婚しても、カリンさんは不思議そうではないですね。何故?」
正直、ドラゴンと人間の異種族カップルなんて、人間には忌避されることではないのだろうか。
「だってアイナちゃん、なんだかんだ勇者のことを嫌ってないみたいだったから。それになんか、たまにうっとりした顔してたよね」
「うっとり? あ、あれですかね。エドから良いにおいがしてたので、そのせいかも」
「それってフェロモンってやつじゃ……」
カリンは何か言いかけたが、結局、肩をすくめる。
「まあ、いいわ。本能だろうが、心だろうが。二人が幸せならそれで」
「ありがとうございます。あ、実は私も人間の要素を少し取り入れたみたいで、短時間なら人間にも変身できるようになったんですよ」
アイナはそう言うと、体がふわりと揺らぐ。角と翼が消えた。カリンが拍手する。
「おお、人間だ!」
「新婚旅行は、人間の国を歩きながら、食材と料理探しの旅です! えへへー」
「その辺は変わってないのね」
そんな話をしていると、エドワードがアイナ達のほうにやって来た。
「そういやお前達、新婚家庭に何をしに来たんだよ」
「うっわー、仲間に対してごあいさつだこと! 結婚祝いと……」
カリンはちらっとライアンのほうを見る。ライアンも畑からゆっくり近づいてきながら、苦笑を浮かべていた。
「天空神からお告げがくだりました。北の国に天変あり。原因は魔法使いの違法な実験なので、止めてくるように、と」
「なんで神様まで俺達の新婚生活を邪魔するんだよっ。離れたくないっ」
エドワードはアイナを両腕にひょいと抱え上げ、子どもみたいな渋面を作る。何かというとすぐに抱き上げてくるので、アイナは慣れたものである。
「新婚旅行、北国もいいですね。氷に閉ざされた凍てついた大地。見てみたいです」
「そうか? うーん、それならいいかな」
「私の背に乗れば、ひとっ飛びですよ。おいしいものを食べましょう」
すっかり観光気分でそう言うと、エドワードはふと真面目な顔になる。
「そういう食事もいいけど、やっぱり俺は、家で家族と食べるごはんがごちそうだよ」
「私も、おうちごはんが一番です」
両手を伸ばし、エドワードの首へと回す。抱き着くアイナを、エドワードも満面の笑みとともにさらに抱き寄せ、その場でくるくると回る。
カリンは微笑ましそうに見ていたが、思いついたことがあり、ライアンに問う。
「ねえ、ライアン。私達、そういえばこの新婚さんと旅をするんじゃない?」
「アイナさんがご一緒するとは予想外でした。厳しい旅になりそうです」
ライアンが真面目に、すでにうんざりした様子で返す。
しかしそれも束の間、カリンと顔を見合わせて、楽しげに笑った。
――世の中には色んなごちそうがあるけれど、どんなごはんでも、好きな人と食べればとてもおいしい。
死が二人を分かつまで、アイナは勇者専属のおもてなし係だ。
そして、アイナもまた、勇者におもてなししてもらうのだ。
温かな日差しの中、アイナは微笑んで、エドワードの額にそっとキスをした。
本編、終わりです。
カリン編の番外編を予定してます。




