表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/33

8 家族で食べよう、おうちごはん 6 (完結)



 二階に上ると、真ん中に廊下があり、両側に二つの部屋がある。

 その右側の扉を、エドワードは内へ向けて開け放った。


「ここがアイナの部屋だ」


 そう言って、エドワードは扉の脇へとずれた。

 そろりと中へ入ったアイナは息を飲む。

 大理石の壁と床。天井には青いガラスの板がはめこまれ、まるで夜空みたいだ。天井からは、アイナの部屋にあったような飾りが垂れ下がっている。真珠とガラス玉が雨の雫のように見えた。

 白で統一された調度品が置かれ、キングサイズの大きなベッドには、青い薄絹がかかっている。ガラスでできた置物やランプが飾りとして配置されており、小物には宝石がはめこまれている。


「キラキラ……」


 思う存分財宝を使っているのに、まったく嫌味がなく、落ち着いた空間が作られている。

 職人に頼めば物を用意することはできるが、それを上手く並べるにはセンスがいる。エドワードの持つたくえつした審美眼(しんびがん)に、アイナは震えた。

 アイナのドラゴンとしての本能が叫んでいる。


 こ こ に 住 み た い!


「庭に、小さいけどガラスの温室を作って、黄金苺の苗はそこで栽培してるよ。ええと、どうだ?」


 不安そうに問うエドワードに、アイナはゆっくりと向き合う。


「エドワード、訂正します。私の部屋ではなく、私とエドワードの部屋です」


 エドワードはきょとんとアイナを見つめ返し、それからじわじわと意味を飲み込んだのか、その顔に喜びの色が広がっていく。


「俺の求婚、受け取ってくれるのか!」

「うぷっ。ちょ、ま、待って! ストップ、離れて!」


 一瞬で移動してきたエドワードに抱き締められて、アイナは慌ててエドワードを押しのける。


「結婚してくれるんだろ? なんで離れろなんて言うんだ」


 不満たらたらに離れるエドワードと、アイナはぜいはあと肩で息をしながら向き直る。


「ええと、エドワード。あなた、パパからドラゴンの求婚について聞きましたよね?」

「ああ」

「結婚の儀で、両者は全てを分かち合うということは?」

「聞いたけど、よくある結婚の宣誓だろ?」

「やっぱり」


 アイナはどこかに座って話そうと思って部屋を見回す。

 うん、ベッドはまずい。

 とりあえず部屋を出たほうが良さそうだ。


「食堂はあるんですよね? 座って話しましょう」

「分かった」


 エドワードが素直なのは、アイナが手を引いているからだろうか。

 一階の居間や食堂の家具は少ないものの、最低限のものはそろっている。居間の暖炉に火を入れて、そちらの長椅子に並んで座った。


「ドラゴンの夫婦は、結婚の儀で本当の名前を教え合います。これは契約と同じで、命を縛るものです」

「浮気したら死ぬとか?」


 エドワードの問いに、アイナは首を振る。


「そういうものではありませんよ。まあ、浮気なんてありえませんけどね。相手を殺してから、あなたもボッコボコにしますよ?」


 ドラゴンなら浮気はありえないが、人間相手なのでアイナは据わった目で牽制する。(つがい)になった相手を殺すことはないが、相手はぎったんぎったんのぐっちょぐちょだ。魔物はそのことをよく分かっているから、結婚しているドラゴンの片割れにちょっかいを出すことはない。


「ようやく念願叶って結婚できるのに、そんなことしねえよ」

「私のことは言わないんですか」

「アイナが浮気するとしたら、俺が悪いんだろうから、そうならないように努力する。でも、相手は殺すんでよろしく」


 なんとも軽い調子で、物騒なことを言う人だ。

 アイナは呆れたが、心外だと眉を吊り上げる。


「私はありえませんよっ。ドラゴンは結婚したら、本能で番にしか興味が向きません。だから核家族なんです」

「それを聞いて安心した。だけど、俺は油断する気はないからな」


 エドワードがアイナの右手を握った。

 わぁ、キラキラとした綺麗な顔……と思わず見とれていたが、顔が近付いてきたのに気付いて、慌てて左手でベチッとエドワードの顔を押しとどめる。


「だから待ってくださいってば!」

「俺は充分に我慢した! ドラゴンのアイナに合わせてたら、俺の寿命が来る!」

「だからですね、結婚した場合、エドワードの寿命も延びるんです!」


 押しあいしながら、アイナは必死に言った。


「……は?」


 エドワードの動きがピタッと止まる。


「なんでも分かち合うんです。寿命もです。私とエドワードの寿命を混ぜて、二つで割るんです。何事もなければ、同時に寿命が来て死にます。ドラゴンはそういう生き物なんですっ」

「それって、片方が先に死んだらどうなるんだ?」

「分かち合った寿命のままですよ」


 アイナの答えに、エドワードは意気消沈する。


「じゃあ、俺と結婚したら、アイナだけわりをくうんじゃないか。アイナのほうが寿命が長いだろ」

「まあ、ドラゴン族は長くてだいたい二千年は生きますからね。勇者さんの寿命と合わせたら、大雑把に千年ずつくらいになるんじゃないかと。私のことはどうでもいいんですが、人間は長く生きるのに向いていないので、エドワードの精神がもつかどうか」


 これは結構、ゆゆしき問題だ。


「アイナ!」

「ぎゃわっ、なんですか!」


 感極まった様子のエドワードに、突然抱擁(ほうよう)を受けたアイナは、心の底から驚いた。


「え? 今、そんな空気でした?」

「だってお前、俺に寿命を分けるのはどうでも良いと言うくせに、俺のことは心配してくれるなんて。なんて優しいんだ。寿命だぞ、命だぞ。それをどうでもいいって……」

「巣に住みたいと思った時点で、私は腹をくくりましたし」

「俺はアイナが一緒にいてくれるなら、長く生きても、きっと大丈夫だ。もしアイナが何かの理由で先に死んだとしても、子どもが旅立つまでは後を追うのは我慢する」


 そんなエドワードを想像したら、アイナも悲しくなってくる。


「いいんですか? 人間でも魔物でもない。そんな存在になるのは、きっと思う以上につらいですよ」

「勇者に選ばれてから、そんな半端な存在になった。これが永遠に続くってことだろ? 俺が一人だったら、確かにどうかしそうだが、寄り添ってくれる相手がいるなら孤独を感じる暇なんかない」


 エドワードはアイナの両手を包むようにして握ると、コツリと額を合わせる。


「愛してるんだ、アイナ。俺と、これからの生を共にして欲しい」


 青い目が暖炉の明かりで、キラキラと輝く。

 アイナはゆっくりと微笑んだ。

 ふと、気付く。エドワードに迫られると逃げたくなったのは、逃げられなくなるのが分かっていたからだ。


「愛しています、エドワード。私の生涯の番。私と共に生きてください」


 ――わたしだけの、キラキラ。


 二人はそっと口付けをかわす。

 そして、アイナは自分の本当の名前を口にした。


「なんか……不思議な音だ」

「人間には聞き取れませんよ。でも、魂に響くから大丈夫です」


 エドワードの名もまた、アイナの魂に響かせる。


「では、エドワード。しばらくお休みなさい」

「え?」


 アイナの命の本流が、光となってエドワードを包み込む。体が馴染むまで、時間がかかるだろう。


「守っているので大丈夫ですよ」


 力が抜け、眠りに落ちたエドワードを抱きとめて、アイナは優しく微笑んだ。




 一ヶ月後。


「まだ起きないんですかねえ。私の番はお寝坊さんですね」


 夫婦の寝室のベッドではエドワードが眠っている。眠りに落ちた時と変わらない姿のままだ。

 ドラゴン同士ならば、命が混ざり合ってもすぐに目覚めるが、さすがに千年分の命となると、人間にはなかなかなじまないようだ。

 エドワードが起きるまでに済ませておこうと、実家から荷物を運び込み、せっせと保存食を作りためている。エドワードの様子を見に来たアイナは、まだ起きる気配がないので、また作業に戻ろうと離れようとした。


「わきゃ!?」


 思い切り腕を引っ張られて、ベッドに倒れこむ。


「アイナ、おはよう」

「え、エドワード、起きたんですか」


 上から見下ろすエドワードは、今日もキラキラと眩しい。


「一ヶ月も寝てたんですよ。食事にしましょう」

「いや、大丈夫」

「……ん?」

「よく分からないけど、めちゃくちゃ元気なんだ」

「へえ、そ、そうなんですか。良かったです」


 そうは言っても、体は人間なのだ。せめて水を飲ませておかないとまずいだろう。

 謎の悪寒に見舞われながら、アイナは身じろぎする。だが、ガッチリと肩を押さえられていて動けない。


「あ、あのー、エドワード?」


 離してくれないか。そういう意図を込めて見つめたが、エドワードは不穏な眼差しを返すだけだ。


「アイナ、俺、すごく……それはもう、ものすごく我慢したよな?」


 この目には見覚えがある。

 まるでそう、お腹を空かせた獣みたいな……。


「食事より、欲しいものがあるんだ」


 ()えている目をしているくせに、エドワードは許しをこうように返事を待っている。

 その気遣いは、本当にアイナが好きだと感じさせるもので。


(まったくもう、そんなふうにされたら、受け入れるしかないじゃないですか)


 アイナは体の力を抜いて、微笑みを浮かべる。そして、エドワードの背へとゆっくりと手を回した。



     *****



「へ~、じゃあ、エドワードって天空神の加護はそのままで、半魔(はんま)みたいな状態になったってこと?」


 あれから月日が巡り。冬の終わり、昼間は日射しが温かくなってきた頃、新居に遊びに来たカリンとお茶をしながら、アイナは近況を語りあっていた。


「ええ、恐らく……というところなんですけど、ね。どっちつかずなのは変わらないので、少し気がかりです」

「本人が幸せそうだからいいんじゃないの~?」


 そう言うカリンの視線の先では、畑でライアンから薬草の育て方を教わっているエドワードの姿がある。


「私達が結婚しても、カリンさんは不思議そうではないですね。何故?」


 正直、ドラゴンと人間の異種族カップルなんて、人間には忌避(きひ)されることではないのだろうか。


「だってアイナちゃん、なんだかんだ勇者のことを嫌ってないみたいだったから。それになんか、たまにうっとりした顔してたよね」

「うっとり? あ、あれですかね。エドから良いにおいがしてたので、そのせいかも」

「それってフェロモンってやつじゃ……」


 カリンは何か言いかけたが、結局、肩をすくめる。


「まあ、いいわ。本能だろうが、心だろうが。二人が幸せならそれで」

「ありがとうございます。あ、実は私も人間の要素を少し取り入れたみたいで、短時間なら人間にも変身できるようになったんですよ」


 アイナはそう言うと、体がふわりと揺らぐ。角と翼が消えた。カリンが拍手する。


「おお、人間だ!」

「新婚旅行は、人間の国を歩きながら、食材と料理探しの旅です! えへへー」

「その辺は変わってないのね」


 そんな話をしていると、エドワードがアイナ達のほうにやって来た。


「そういやお前達、新婚家庭に何をしに来たんだよ」

「うっわー、仲間に対してごあいさつだこと! 結婚祝いと……」


 カリンはちらっとライアンのほうを見る。ライアンも畑からゆっくり近づいてきながら、苦笑を浮かべていた。


「天空神からお告げがくだりました。北の国に天変(てんぺん)あり。原因は魔法使いの違法な実験なので、止めてくるように、と」

「なんで神様まで俺達の新婚生活を邪魔するんだよっ。離れたくないっ」


 エドワードはアイナを両腕にひょいと抱え上げ、子どもみたいな渋面を作る。何かというとすぐに抱き上げてくるので、アイナは慣れたものである。


「新婚旅行、北国もいいですね。氷に閉ざされた()てついた大地。見てみたいです」

「そうか? うーん、それならいいかな」

「私の背に乗れば、ひとっ飛びですよ。おいしいものを食べましょう」


 すっかり観光気分でそう言うと、エドワードはふと真面目な顔になる。


「そういう食事もいいけど、やっぱり俺は、家で家族と食べるごはんがごちそうだよ」

「私も、おうちごはんが一番です」


 両手を伸ばし、エドワードの首へと回す。抱き着くアイナを、エドワードも満面の笑みとともにさらに抱き寄せ、その場でくるくると回る。

 カリンは微笑ましそうに見ていたが、思いついたことがあり、ライアンに問う。


「ねえ、ライアン。私達、そういえばこの新婚さんと旅をするんじゃない?」

「アイナさんがご一緒するとは予想外でした。厳しい旅になりそうです」


 ライアンが真面目に、すでにうんざりした様子で返す。

 しかしそれも束の間、カリンと顔を見合わせて、楽しげに笑った。



 ――世の中には色んなごちそうがあるけれど、どんなごはんでも、好きな人と食べればとてもおいしい。

 死が二人を分かつまで、アイナは勇者専属のおもてなし係だ。

 そして、アイナもまた、勇者におもてなししてもらうのだ。

 

 温かな日差しの中、アイナは微笑んで、エドワードの額にそっとキスをした。





 本編、終わりです。


 カリン編の番外編を予定してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 色々たくさん、素敵でした。 いつまでもこの皆が幸せであろうとし、 幸せであろうとこちらも信じられます。 素敵でした。 [一言] 素敵なお話をありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ