1 勇者一行のおふくろ飯
「魔王様、お呼びとうかがい参上しました。門番たる私に、なんのご用でしょうか」
アイナはあいさつをして、黄色いエプロンドレスの裾を持ち上げてお辞儀した。セミロングの髪は銀色で、大きな目は赤い。二本の角と、赤い鱗の翼を持っている。
魔王城にある黒いゴシックな謁見の間では、レースひらひらでファンシーすぎて、ちょっと浮いていた。
というのもアイナはまだ子どものドラゴンなのだ。
おかげで、人型をとると、人間でいうところの十二歳くらいの外見をしている。
「よく来た、アイナ。お前は最近、人間の国がどうなっているか知っているか?」
優美な玉座に座る、美しい貴婦人は問いかけた。はきはきとした声は凛々しさすら感じられる。
彼女は魔王。魔物の国をすべる女王だ。
銀の髪は美しく、灰色の肌はなまめかしい。つややかな唇は青色で、宝石のような赤い目を持っている。その耳は尖っており、すぐ上には、羊のような二本の角が生えていた。黒いドレスは上品で、紫水晶と水晶が星のように光っている。
「全然分かりません」
アイナは即答した。
なぜならアイナは門番だ。レッドドラゴンの末裔として、魔物の国と人間の国の間にある門を守るのが役目である。
そこを通らなければ、魔物の国には入れない。
「うむ。だと思った」
魔王は特に怒らずに続ける。
「実はな、人間どもが我を滅さんと、勇者を送ったらしい。門番、レッドドラゴンのアイナよ! ぞんぶんにもてなしてやれ!」
「はーい、じっくりとおもてなしいたします」
魔王の命令に、アイナは返事をして膝を折る。
そしてにこりと笑い、魔王城を去った。
門に戻ると、アイナは大急ぎで支度をした。
まずは子飼いの魔物を偵察に送り、勇者の到着日数を把握する。
その間に、人間の国に行って大急ぎで準備をした。
やがて冬になり、とうとう勇者との邂逅とあいなった。
「こんにちは、勇者さん。私はレッドドラゴンのアイナといいます」
勇者一行は三人組だ。勇者の青年、魔法使いの女性、神官の少年というパーティである。
にこやかにあいさつをされた勇者らは、武器を構えたまま戸惑いを浮かべた。
「なるほど、魔物め。幼子の姿でこちらを油断させる気だな!」
勇者は剣の柄を握る手に力をこめた。
「え?」
アイナは自分自身を見下ろした。
「私はまだ、九十九歳の子どもですよ?」
「九十九歳で子どもなのか?」
「はい、レッドドラゴンは百歳で大人になるんです。本当はここにはパパとママがいるんですけど、結婚記念に旅行に出かけてから戻らなくって」
「結婚記念に旅行!?」
勇者らは顔を見合わせた。
アイナは首を傾げる。
「勇者は立派なかただと聞きました。まさか子どもに手をかけるんでしょうか?」
「ぐっ、いや、俺達は魔王に用があるだけだから、別にお前のことは放置でも構わないが、邪魔をするなら容赦は……」
「よかった! 私、魔王様に、勇者様達をおもてなしするように言い付けられておりまして」
アイナはにっこり微笑んで、門の脇に設けていたテーブルを示した。六人掛けの大きなテーブルには、真っ白いサテンのテーブルクロスがかかっている。
「私も門番のつとめがあります。ここを突破されますと、魔王様に怒られてしまうんです。だからお願いです、もし私の作ったごはんがおいしかったら、お帰りいただけませんか?」
「はあ?」
勇者一行は面食らったようだった。
魔法使いの女が一歩前に出る。
「そんなことを言って、私達を毒殺する気でしょう!」
「え? 勇者様は毒耐性がおありですし、お二人は毒消しを飲んでから食べればよくありません?」
アイナの指摘に、勇者一行はまた顔を見合わせた。
「確かに」
神官の少年が頷いた。
「何も問題ないな」
「……うるさいわね!」
勇者の呟きに、魔法使いは怒って顔を真っ赤にし、乱暴に椅子に座る。
「分かったわよ、料理を出してみなさい。私は舌が肥えているの。そう簡単にはおいしいなんて言わないわよ!」
「はい、畏まりました。それじゃあゴーレムさん、門の見張りをお願いしますね」
アイナは門の前に座っている石の巨人――ゴーレムに声をかける。ゴーレムはこくりと無言で頷いた。
そして、アイナはすぐに門の脇へ向かった。そこには瀟洒な屋敷が建っている。アイナの住んでいる家だ。台所で急いで料理を準備した。
「はーい、お待たせしました」
台車に載せて運んできた料理を、アイナは勇者一行の前に並べた。
それを見た勇者たちの顔色が変わる。
「これは……! お前、これは駄目だ」
「そうよ、卑怯すぎるわ!」
「つらい旅の後にこれは……なんて悪魔ですか!」
三人は涙すら浮かべてうめく。
魔法使いと神官は毒消しを飲み、食器に手を伸ばす。
「温かいうちにどうぞ召し上がってください」
アイナが言い終わる前に、三人は料理にがっついていた。
特になんてことのない、スープやシチューといった家庭料理だ。
「うまい! 母さんの味と同じだ」
「こっちもそうよ。父さんの手料理と香りまで一緒だわ」
「ううう。姉さん~っ」
三人はあっという間に食べ終えた。無言のまま、しみじみと感じ入った様子で料理を見つめる。
「おい、どういうことだ。ここまで味が同じなんて。まさか俺達の故郷に魔の手を?」
はたと気付いて、目を鋭くする勇者に、アイナは首を振る。
「いいえ、勇者新聞の取材と言って教えていただきましたよ。あ、きちんと取材費もお支払しています。一万ガネー」
そうなのだ。アイナはすぐに勇者達の故郷を調べ、それぞれの故郷の味を調査して再現したのである。
アイナは小さい頃からおいしいものが大好きだった。特に、人間の国の料理はおいしい。魔物の国の料理ときたら、とにかくスパイスに毒を入れておけばいいという大雑把なものばかり。
しかしひょんなことから手に入れた人間の国の料理本は、とにかくさまざまあっておいしいものばかりだった。
夢中で作っているうちに、今ではプロの料理人と変わらない腕を持っている。寿命が長いので、地道に修練してきた結果だ。
「い、一万ガネー?」
一方、取材費について聞いた勇者は、顔を引きつらせた。
「えっ、少なかったですか? 喜んで受け取ってくださいましたけど」
アイナは戸惑った。一応、魔物の国の情報収集部隊の長を訪ねて、おおよその相場は聞いていたのだけれど。
「逆よ、破格すぎるわ! うちみたいなど田舎なら、一ヶ月は楽に暮らせるじゃないの」
魔法使いの驚きぶりに、勇者と神官は身を引いた。
「あ……だからお前、やたらケチなんだな」
「無駄遣いへの鬼ですものね」
「誰がケチよ! 余計なものを買ってたら、冬を越せないでしょうがっ」
目を吊り上げる魔法使いは恐ろしいが、声は切実だった。
「そうですか、多いなら良かったです~。あんまりお金って使わないので、たくさんあるんですよ」
アイナの言葉に、勇者がにらんできた。
「まさか、人間から金を奪って!」
「違いますよ。魔物の国も、給与制なんですけど、私って門番なのでほとんど動けないものですから、使う暇がないだけです」
「……魔物も給与制」
勇者らはうめいた。
「え、じゃあ、あいつらを倒したらお金を落とすのって」
「まさかのお給料ですか? なんだか急に罪悪感が」
魔法使いと神官は、同情的な顔になった。
アイナは小首を傾げる。
「ところで、お料理はおいしかったですか?」
勇者達は頷いた。
「仕方ないな、約束は約束だ。今回は引いてやる」
「子どもに手をかけるなんて最低だしね」
「仕方ありません」
それぞれ呟いて、すっと食器を前に出した。
「「「おかわり」」」
「はーい」
結局、勇者達はおかわりを十回近くしてから、食べるだけ食べて帰っていった。
「たくさん食べる人達でしたねえ」
アイナはほくほくしていた。
だって魔物達ときたら、毒の入っていない料理は物足りないと言って、おいしさを分かち合ってくれないのだ。
それからアイナはすぐに城に出かけた。
「門番アイナよ。勇者達を追い返したそうだな! どうやったのだ?」
魔王は興味津々な様子で、玉座からアイナを見下ろす。楽しそうに目を輝かせている。
「火を噴いたか? 牙や爪で撃退したのだろうか。流石は勇猛なるレッドドラゴンの末裔。子どもながらも獰猛であるな!」
「いいえー、お料理でおもてなししただけです~」
「そうかそうか、料理で……って、は?」
「だって魔王様、おもてなししろって」
小首を傾げるアイナと魔王はしばし見つめ合った。
魔王はゴホンと咳払いをする。
「まあ確かにそう言ったが、そういう意味ではなかったんだが……結果は同じだからいいか」
気をとり直し、大臣を呼び付ける。
「大義であった。褒美をつかわそう!」
「ありがとうございますー」
宝石をもらったアイナは、門に戻ると、うれしくてスキップした。
「やったー、これでまた人間の国の食材を買える! おこづかいゲット~」
そして今日もまた、暇な門番をしながら、食道楽に励むのだった。