8 家族で食べよう、おうちごはん 3
魔物の国の門へ帰る前に、アイナは寄り道した。
情報収集部隊の長の屋敷を訪ね、勇者の居場所を教えてもらったのだ。
勇者達は今、人間の領土のうち、西方の小国にいるようだ。
アイナはすぐに門へ戻って、門番の仕事をパパに任せると、ドラゴン体になって飛んでいく。
幸い、勇者達は人の少ない海岸にいるようなので、アイナがドラゴン体で現われてもあまり騒ぎにならずに済みそうだ。
二時間ほどで目的地辺りに着いたが、アイナは生まれて初めて見る海に魅了され、気がそれた。潮の香りは初めてかぐものだ。ちょっと遠回りをして、紺碧に輝く海を鑑賞してから陸のほうに戻ると、海岸を歩く影を見つけた。見知った人間のにおいがするので、そちらへ向けて急降下する。
ものすごい勢いで向かってくるレッドドラゴンの姿に、勇者達は最初、身構えた。だが、アイナが少し離れた地点に着陸し、人型をとると、いっせいに武器をしまう。
「勇者さん!」
「アイナ!? えっ、まさか会うのを我慢しすぎて、幻覚が見えてるんじゃないよな?」
勇者――エドワードは不安そうに仲間を振り返る。
「そうかもしれない」
「もう、魔法使いさん。勇者様をからかわないでください」
真剣に返す魔法使いのカリンを、神官のライアンが制す。それでエドワードは確信を得たようで、感激という表情のまま駆け寄ってきた。
「アイナ、本物かー! 久しぶり!」
「え? わぎゃっ、ちょっ、待て! 待てですよっ、ステイ!」
「ああ、いいにおい。可愛い」
「語彙が変態くさいですよーっ」
恐ろしい勢いで近付いてこられて、気付いたら抱き締められていたアイナは、エドワードをはがそうと四苦八苦する。
「くっ、さすがは勇者っ。ドラゴン相手に力で勝つとは……っ」
がっちり抱き込んでいるくせに、苦しいと感じさせることはない辺り、力加減が絶妙だ。まったく遠ざけられずにアイナが焦り始めたタイミングで、カリンが救いの手を差し伸べた。
「勇者、それ以上は嫌われるからやめなさい」
「はっ。すまん!」
嫌われるという単語にはものすごい威力があるようだ。エドワードはすぐに手を離して、一歩下がった。アイナはぜいはあと肩で息をしながら、カリンに会釈する。
「助かりました」
「ごめんね~、アイナちゃん。勇者ってば、だいぶ精神的にきてて。求婚の巣を作り上げるまでは会わないでがんばるって、意地を張ってるのよ」
カリンは同情を込めた苦笑を勇者へ向ける。ライアンはそわそわしている勇者を気にしながら、アイナに問う。
「それで、急なご訪問ですが、いかがなさいましたか」
「はい、魔王陛下からのご命令で来ました。ブルードラゴン退治を止めろ、と。無害な魔物の巣まで襲撃とは、やりすぎですよ」
アイナが注意すると、なぜか三人は顔を見合わせた。
「無害ってのは、どういうことだ?」
エドワードは腕を組んで、眉をひそめる。
「そりゃあ、求婚のための材料を集めるのにちょうどいいから、人間の国にいるドラゴンの巣を選んで攻撃してはいたが……。どいつも地元民には迷惑されていた」
「はあ、どういうことでしょうか。詳しく教えてください」
アイナはそう言ったが、カリンが浜辺は少し暑いから他の場所でと言うので、離れた地点にある松の木陰で涼むことにした。
頑丈なドラゴンであるアイナと違い、人間の彼らは休息をとらないと体がもたない。それぞれ水筒を取り出して水を飲み、塩を口に含むのを眺めながら、アイナは勇者に質問する。
「魔王陛下がおっしゃるには、悪さをしていたドラゴンは殺し、無害な者には手を出さなかったとか」
「まあ、凶悪なドラゴンは殺したが、俺がちょっと威嚇しただけで、震えあがって丸くなった奴までは殺さなかったよ。人型をとって命乞いをする奴もいたな。そういう奴らは、気付かないで迷惑行為をしてただけなんだ。迷惑料で財宝を置いていって、ひとけの無い所に行くって約束してくれたから逃がした。俺達だって話くらい聞くんだぜ?」
エドワードが弁解すると、ライアンが同調する。
「そうですよっ、私どもは殺戮者ではないんですから。話し合いで解決するなら、そうします。ちゃんと地元民に被害の補てんとして財宝を渡して、いくらか報酬をいただく形です」
「そうねえ。まるっと全部もらうってことは、滅多とないわね」
カリンも付け足したが、渋い顔になる。
「でも、たまに命乞いをして、こちらが油断したところを襲ってくる奴もいるの。そういうのは殺すわ。魔物だろうが人間だろうが、悪い奴は悪いのよ。猛獣の前で気を抜くなんて、ほんと馬鹿よね」
そして、ちらっと意味ありげな視線をライアンに向ける。
「うぐっ、その説は申し訳ありませんでしたっ。安全圏に入るまで、二度と油断はしませんっ」
青ざめて謝るライアンに、カリンは頷く。
「そうよ、反省して今後に生かしなさい。まあ、あんたがいたおかげで、私の腕も元通りにくっついているわけだけど」
「すみませんすみません、本当にごめんなさい」
身を縮めて謝り倒すライアンの頭を、カリンはわしゃわしゃと撫で回す。
「なんてねー! あっはっは、気にしちゃって可愛いわねえ。大丈夫よ、あんた達についていくって決めた時点で、死は覚悟してる。この選択は私の責任よ。あんたは学んでるんだから、もういいのよ」
「だったらいびるんじゃない」
エドワードがぴしゃりとカリンを叱りつけたが、カリンはにやにやと意地悪く笑っている。
「だってライアンの落ち込んだ顔って可愛いじゃない」
「わぁ、いじめっこだ」
さしものアイナも、ちょっと引く。
お姫様をからかっていた時もそうだが、カリンは気に入っている相手をいじめるところがあるらしい。
「なんてままならない性格でしょうか」
「アイナさんの言う通りですよっ。ひどいじゃないですか!」
「神殿から出たことのない世間知らずがやらかしたミスなら、他にもあるわよ。私のこの聡明なる頭脳に、全てインプットしているわ」
「その頭の良さを他に使ってくださいよっ」
涙目で顔を真っ赤にしているライアンは、確かに可愛い。カリンがからかいたくなる気持ちが、アイナもほんの少しだけ分かった。
だがこうしていると話が進まないので、アイナはエドワードに新たに問う。
「それで、勇者さん。気付かない迷惑行為というのは?」
「ああ、それはな、あのドラゴンは海底の洞窟で暮らしてるだろ。たまに海上に顔を出すんだが、近くに船がいてもお構いなしなんだ。どうなると思う?」
「ええと、フネというのがよく分かりません」
「ほら、あの向こうに見えるのがそうだ」
「あれですか」
エドワードが指差すほうには、海の上に浮かんだ乗り物があった。帆を張った小舟が波間で揺れている。なんだか頼りない乗り物だ。
「下から勢いよくブルードラゴンが顔を出すだろ? 小舟が引っくり返って、その日に採った魚はもちろん、道具も全部海に落ちてしまうんだ。それでも乗っている人間が生きてるならありがたいが……」
「怪我人や死人も出ることがあると?」
「そう。他には、近海でブルードラゴンが魚を食べすぎて、不漁で飢えることもある。海底に向けて魔法を使った衝撃で、魚が大量に死ぬことも……。場所によっちゃあ、珊瑚礁を駄目にされて、自然資源の回復まで時間がかかったとか」
珊瑚礁というのがよく分からないアイナだが、宝飾品として扱われているので、珊瑚なら分かる。ブルードラゴンが自然破壊や生態系にダメージを与えて、その土地で暮らしている人間だけでなく、自然そのものにも迷惑をかけているということは分かった。
「陛下……おっしゃってることと事実が違うじゃないですか」
むむっと口をへの字にしたアイナだが、その苦情を言ったのがブルードラゴンだということを思い出した。
「いや、違いますね。きっとブルードラゴンの連中が、自分達に都合のいいところしか話してないんだわ。あの連中ならきっとする!」
「まあ、加害者も被害者も、自分の視点だけで物を言うからな。嘘を言っていなくても、勘違いと誇張が混じることはある。第三者は冷静に判断しないといけない。どちらの話も聞いて、片方だけを鵜呑みにするのは避けないと」
「ごもっともです、勇者さん。この場合、私が派遣されて良かったんでしょう」
――ブルードラゴンめ、後で覚えていてくださいよ。
アイナは拳をぎゅっと握りしめる。こんな遠くまで飛んできたのに、無駄な労力がかかっただけだった。
「皆さんはこれからどちらに?」
「いったん屋敷に戻るよ。そろそろ大工が工事を終えている頃だ。神殿に監督を頼んであるが、他にも細工品を受け取りにいかないといけないからな。二人はどうする?」
エドワードはそう答え、カリンとライアンを順に見る。
「私ももちろんついていくわよ。新築の家に興味があるし」
「監督している先輩がたに、ごあいさつしないと」
二人の返事を聞いて、アイナは提案する。
「では誤解したお詫びに、私が背に乗せて運んであげますよ。でも、ちょっとだけお時間をもらっていいですか?」
「それはありがたいが、他に用事があるのか? 手伝おうか」
ここぞとばかりに身を乗り出すエドワードに、アイナは手を振る。
「いえ。私、海って初めて見たので……ちょっと遊んでから帰ろうかなって」
我ながら、子どもじみた返事なので気恥ずかしい。さぞ呆れているだろうとエドワードを見ると、彼はなぜか顔を手で覆って空を見上げている。
「可愛い……。可愛いがすぎて死にそう」
ぶつぶつ言っているエドワードの肩を、カリンはバチンと叩く。
「はいはい、その辺で倒れてなさいよ。アイナちゃん、一緒に遊びましょ! 私もたまには女の子と水遊びしたいわ」
「はい、遊びます! どうしたらいいんですか?」
「靴は脱いで、裾が濡れないように、スカートは横で結んだほうがいいかな」
男達のことは放っておいて、アイナとカリンは和気あいあいと楽しい相談を始める。
それを横目に、ライアンがひそひそとエドワードに話しかけた。
「こうしてると、魔法使いさんも少しは可愛い女性のように見えるんですね。意外です」
「誤魔化されるな、ライアン。カリンじゃない、アイナの可愛さで錯覚が起きているんだ」
「勇者様、ほんっっとうに、アイナさんのことになると残念ですよね。さて、ここにしばらくいるんでしたら、軽食でも作りましょうか。魔法使いさん、遊びに行く前に、薪に火を点けていってください」
荷物を木陰に置いて海に向かおうとするカリンを、ライアンは呼び止める。
「あんたね、私を便利な火付け道具扱いするのはやめなさいよねっ」
「何言ってるんですか。戦闘以外では、火と水の魔法しか役に立たないのに」
「ぶっとばーす!」
さっきの仕返しだろうか。遠慮のないライアンに、カリンが怒って杖を構える。
「カリン、そんなことより早く遊びましょ」
アイナはそわそわと声をかけ、カリンは渋々怒りを引っ込めた。
やっと8話のタイトルが思いつきました。
なんか特別なごちそうとは違うよなーって、しっくりこなかったんですよね。
おふくろ飯とおうちごはんっていう日常のごはんが、最高のごちそうにふさわしいかなと私は思うので、おふくろ飯で始まって、おうちごはんで締めたら良い感じな気がします。
それと、お昼に感想への返信をしたんですが、あの時に私が思っていたことと、続きを書いてみたらキャラがしゃべりだしたことが変わったので、言っていたこととストーリー展開が違っていてすみません; 書いてから返信すればよかったですね。
私はキャラをコントロールはしていないので、彼らが自由に動くのを書いてるだけですから、実際に書いてみないと続きが読めないことが多いんですよね。書いてみて、へえ、君たちそんなこと考えてたの?とか普通に思う……。
おかげでこの話も、次々に話数が追加されて、この辺で落ち着きました。
では、8話、もうちょっと続きます。