8 家族で食べよう、おうちごはん 2
それからアイナは勇者達にあいさつすると、すぐに家まで飛んで帰った。
人間の国の料理をいくつか教えてもらったし、お土産にレシピ本をもらったので、試しに作ってみたくてたまらなかったのだ。
家に着いたら、荷物を家に置いてから、すぐに魔王陛下に帰還の報告に行った。リリーアンナからのお礼の書簡を渡し、トラブルはあったものの、その相手は人間の国の法で裁かれるだろうと言えば、魔王も怒りはしなかった。
そして料理作りに夢中になっているうち、ふと気付くと一年が経っていた。
ドラゴンにとって、一年などあっという間だ。
(そういえば勇者さん、音沙汰なしですねぇ)
次に顔を出したら、新しく覚えた料理を振る舞ってあげようかと考えていると、なぜか魔王に呼び出された。
すぐに魔王城へ行き、謁見の間で魔王にあいさつする。
「陛下、お呼びとうかがい参上しました。アイナになんのご用でしょうか」
「うむ、アイナよ」
玉座に座る麗しい魔王陛下は、漆黒のドレス姿でおうように頷いた。魔王が動くたび、柱の燭台にかけられた魔法の明かりが反射して、ドレスに縫い付けられている黒い宝石がキラキラと光る。まるで夜空を着ているようで美しい。
「お前、一年前に勇者に何か言っただろう?」
「何かとは?」
ついこの間のことだが、いったい魔王がどのことを聞きたいのか、アイナには分からない。
「人間の国で暴れている魔物は好きにしろ、とか」
「言いましたよ。弱肉強食。悪さをすればしっぺ返しを食らうもの。それが我が国のルールだったかと」
言外に、「駄目でしたっけ?」と問い返すアイナに、魔王は小さく溜息をついた。
「いや、それは構わんのだ。そこに更に追加したであろう? 特にブルードラゴンはボコボコにしてやれ、とか」
「それは私の父が言ったのです。私は同意しただけです」
「あやつのせいか……。レッドドラゴンとブルードラゴンは本当に仲が悪いな」
「火と水では相性が最悪ですから」
アイナは澄まし顔でそう答えたが、魔王は辛抱強く問いを重ねる。
「実際のところは?」
スッとアイナの表情が無になった。淡々と答える。
「ブルードラゴンの、皮肉っぽくて、賢さをひけらかす辺りがムカつくので嫌いです。回りくどいんですよ、あの一族。話を聞いていると殴りたくなります」
「そなたら、賢いくせに脳筋だからな……」
魔王は深いため息をついた。
「実はな、ブルードラゴンから苦情が入った」
「喧嘩なら喜んで買いますよ」
「待て待て、早まるな。よいか、人間の国に巣を持っているブルードラゴンが、勇者一行にことごとく襲撃されているらしい。中には悪さをしていた者もいるが、そうでない者もいるのが問題なのだ」
魔王は肘掛けに頬杖をついて、けだるげにアイナを見下ろす。その仕草すら優美で、アイナはドキドキしてしまう。まさに憧れの女王陛下だ。
「ブルードラゴンは静かな場所を好むからな、魔物の国では居心地が悪く、外に出ている者もいる。だいたいは沼地や海底洞窟で暮らしておるから、人間側には害が無いのだ。求婚のために、海底を掘ったり難破船から集めたりしていた宝飾品を奪われ、このままでは少子化が加速すると訴えられたのだ」
魔王は憂鬱そうに眉をひそめる。
「我は魔物の王である。お前達の対立が根底にあるとはいえ、勇者を介入させるのはルール違反だ。アイナ、そなたは即刻、勇者のもとに行き、これ以上の蛮行は止めてくるように」
「無害な方にはお返しするようにお話しますか?」
「いや、そちらは何もしなくてもいい。勇者らは、悪竜として騒がれておったドラゴン以外は殺しておらぬ。弱肉強食の世じゃ、いい勉強になっただろう」
「畏まりました、陛下のご下命、承ります」
正直、ブルードラゴンなんて放っておけばいいのにと思うアイナだが、魔王の命令は絶対だ。反論もしない。
「不服か?」
「例えそうだとしても、配下は粛々と命令をこなすのみにございます」
「ははっ、正直な奴じゃ。だが、そなたの忠義はしかと受け取った。勇者のことはくれぐれも頼んだぞ」
「はっ」
魔王に頭を垂れ、アイナは退室のあいさつをすると、魔王城を後にした。