7 戴冠式と、黄金苺のミルフィーユ 4
アイナが通された客室は、若草色の壁紙が使われ、若い女性向けの可愛らしさがある。白い家具に、黄緑のテーブルクロスやカーテンが合わせられ、花瓶には白い花が生けてあった。
居間には暖炉があり、食事用のテーブルと椅子以外には、窓辺にローテーブルとソファが置かれている。奥の寝室は茶色の家具が並び、カーテンや天蓋は深緑色で統一され、落ち着いた趣がある。
キラキラが好ましいアイナの好みではないが、上等な部屋を割り当てられたことは分かる。更に寝室にはもう一つ扉があり、洗面所と風呂があった。
「お気に召しました?」
寝室にトランクを置いてから、居間に戻ると、そこで待っていたリリーアンナが問う。
「ええ、とっても。お気遣いありがとうございます、リリー」
アイナはにこっと笑う。
(ところで、その後ろの方々も一緒にお茶をするんでしょうか?)
婚約者であるテオドールはアイナをにらんでいるし、侍女や騎士も緊張しているようだ。開いたままの扉から、カリンがひょこりと顔を出す。
「失礼、入ってもいいかしら、アイナちゃん」
「どうぞ」
カリンの登場に、アイナは内心ほっとした。カリンは軽快で物怖じしない女性だが、さりげなく気遣い上手だ。誰かが困っていると、ちょうどいいタイミングで現われて橋渡しをしてくれる。たまに、苦手な家事を手伝うという余計なこともしそうになるが、基本的に親しみやすいタイプの人だ。
「この部屋も良いわね。私のほうは赤で統一されているのよ。後で、遊びにいらっしゃいよ」
「そうします」
「それにしても……友達同士のお茶会に、なんって野暮な連中なの。ほーら、婚約者さん、私がいるから安心してお帰りくださって結構よ。貴賓に対して、その態度は無いんじゃない? 気持ちは分かるけど」
「大丈夫ですよ、魔法使いさん。テリトリーを守る犬みたいだと思えば」
ちょっと落ち着かないが、リリーアンナは王となる身だ。これくらいの警戒が普通だろう。
「犬……だと」
テオドールを始め、騎士達も嫌悪に眉をひそめる。
「アイナちゃん、その心は?」
カリンが落ち着いた態度で問う。よくぞ聞いてくれたと、アイナはにんまりする。
「主を守る猛犬のごとし、です。敵に食らいついて離れません。そして骨の髄まで喰い殺し、その能力の高さは、敵の骨の数で決まります。ああ、素晴らしい。なんたる忠臣の鑑でしょうか」
ちなみに魔物の国の犬は、三メートルくらいあって、目が三つある。
護衛達の様子が戸惑いに変わった。アイナは気にせず、ぐっと拳を握り込む。
「我が国では、戦士への褒め言葉ですよ」
「ふふっ、ありがとうございます、アイナ。でも、骨の数で決まるって……魔物って感じね」
リリーアンナは笑ったものの、後半で声に苦味を混ぜた。
「人間の国はどうやって能力を示すんですか?」
「あの勲章がそうですわ。名誉を形であらわしています」
「では、あのキラキラが多い人は、誉れ高い人なんですね? さぞ名高い武人なのでしょうね」
「え? 共に旅してきたでしょう。わたくしの騎士、ネイド・バクスターよ」
リリーアンナに付き添っていた王国最強の騎士だ。
「わぁ、ちゃんとした格好をすると変わりますねー! ごめんなさい、勇者さん達やお姫様くらいキラキラしてたら、見分けが付くんですけど。人間って似通ってて」
「……それは私が地味で印象に残らないとおっしゃってます?」
騎士がしょんぼりと肩を落として問う。アイナはくんとにおいをかぐ。
「えっと、騎士さんのにおいは覚えましたから」
「否定してくれない。ひどい!」
騎士ネイドが言い返すと、周りで笑いが起こった。場が和んだタイミングで、勇者と神官が顔を出した。
「アイナ、俺達も邪魔していいか?」
「私は構いませんけど、リリーはどうですか」
「もちろん、どうぞ。テオドールもいいかしら? 彼、心配性なのよ」
アイナが了承すると、ようやくテオドールの顔が少しやわらいだ。リリーアンナから離れるのを恐れていたようだ。勇者らが同席することで、給仕以外は全て客室の外に出て行くことになった。
お茶を淹れてもらい、軽食をつまみながら話を切り出す。
「リリーってば策士ですね。まさか私を友として招待することで、前の王との体制の違いを示すデモンストレーションにしようとは。やり手でいらっしゃる」
アイナは褒めたつもりだったが、リリーアンナは目を潤ませて、顔を赤くしてうつむいた。
「そのことは謝ります。わたくしの見栄に巻き込んでしまって……」
「は? 見栄、ですか」
いったいなんの話だ。アイナは勇者達を見たが、彼らも視線をかわしているので、意味が分からないようだ。
リリーアンナはしおれた態度のまま続ける。
「戴冠式をすることになって、友人を招待しようと思いましたの。そして手紙を書こうとしたところで、わたくし……気付いたんですわ」
「え……、まさか、この流れは……っ」
「そうです、アイナ。わたくし、友人がいないんだって気付きましたの!」
恥ずかしそうに顔を両手で覆うリリーアンナの傍らで、テオドールが不憫そうにリリーアンナを見つめている。
「仕方ありませんよ、姫。魑魅魍魎がばっこする王宮で、気のおける友人など作れましょうか」
「テオにはいるでしょっ。あなたには、わたくしのこの情けない気持ちなんて分からないんだわっ」
「いや……あの…………すみません」
「裏切り者ーっ」
テオドールの謝罪が追い打ちだった。リリーアンナは婚約者の胸倉をつかみ、ぐらぐらと揺さぶっている。
「王となる身なのに、公式の場で、友もいないぼっちなんて思われたら恥ずかしくてっ。でも思いついたのがあなたがたしかいなくて……それで」
ごにょごにょと言い訳するリリーアンナ。顔が真っ赤だ。
「では、私が最初のお友達なんですか? 私も、ゴーレムさん以外のお友達はお姫様が初めてですよ」
順番では姫の後に、勇者達と友になったので間違いではない。リリーアンナはテオドールから手を離した。頭がふらふらするのか、テオドールは額を押さえて軽く咳き込む。
リリーアンナは不可解そうに問う。
「ゴーレムは使い魔では?」
「生まれた時からのお友達ですよぅ」
「そうなんですの? 魔物の交友関係って不思議……。でもあなた、友が多そうなのに」
「門番をしていて、たまにしか動けないので交流はほとんどありません。それに魔物はテリトリーを大事にするので、お城勤めでもないと、なかなか異種の友なんてできませんよ。勝手にテリトリーに入ったら、殺し合いがスタートです」
「本当、ふんわり笑顔でえぐいことを言いますわね。魔物だわ」
「はい、魔物です」
アイナは頷いた。そんなアイナと友になろうと言うのだから、彼らもかなり変わっている。
「あ、そういえば。魔王陛下からお姫様にお祝いの品を預かってきたのですが、どうしましょうか。戴冠式で渡すほうがいいですか?」
「祝いの品とは?」
テオドールが警戒を見せるので、アイナは寝室のトランクから、両手に抱えるほどの石の箱を持ってきた。
「こちらです、ゴールドスライムですよ。レベルが高いので、意思疎通もできます。魔王陛下の美容係なんです」
「美容?」
リリーアンナは興味を示したが、困惑の表情を隠さない。
「ええと、魔王は男では?」
「陛下は女性ですよ。絶世の美貌の持ち主で、皆の憧れなんですよ~」
アイナは蓋を開けて、ゴールドスライムを見せる。ゼリー状の金色の塊に、心臓であり命でもある赤い核が浮かんでいる。
「お初にお目にかかる。我はゴールドスライムのゴルドと申す。魔王陛下の命を受け、友好の証として遣わされた次第。美容はもちろんのこと、毒なども吸い取ってしんぜよう」
ゴルドはいかめしい話し方で、ウゴウゴとうごめいた。
どこから声が出ているのか、アイナにも謎だ。声の感じでは、オスのスライムのようだ。
「えーと、こちら、ゴールドスライムさんの取扱説明書です。食べ物は魔物でもなんでもいいですよ」
「え……排泄物って書いてありますけど?」
アイナが渡した冊子にパラパラと目を通し、リリーアンナは戸惑いの表情を浮かべる。アイナは首を傾げた。
「当たり前じゃないですか、スライムは魔物の国の清掃員ですよ。私の家のトイレにもいます」
アイナの答えに、勇者達が動揺する。
「ええっ、そんなのいたか?」
「やけに深い穴だとは思ってたけど……」
「てっきり地下水路にでも流しているのだとばかり」
アイナにとっては常識すぎて、彼らの驚きようが謎で仕方がない。
「困ったらゴールドスライムさんに食べられるか質問したらいいですよ。残飯も召し上がりますし、薬品も消化します。あのですね、我が国は毒の霧が湧くんですよ? 岩山をへだてたからって、普通は雨水などで外に広がると思いませんか」
「言われてみると、門の周りは普通の森だったな」
頷く勇者に、アイナは続けて話す。
「我が国にはあちこちにスライムさんがいるので、地面に落ちている毒なども消化しているんです。環境が維持されているのはスライムさんのお陰なので、まさにヒーロー。褒めたたえるべき方なんです!」
「おお、ドラゴンの娘よ。もっと言ってやれ!」
ビョーンと伸びて、ゴルドが発破をかける。
「そんな素晴らしいスライムさんの、高レベルでの進化系、ゴールドスライムさんは貴重な存在です。大事にしてあげてくださいね!」
アイナの熱い語りに気を良くしたゴルドが、ビョーンと体を引き伸ばし、先を手の平の形にする。アイナはゴルドとハイタッチした。
「仲が良いな、君達……」
アイナとゴルドのやりとりに、テオドールはすっかり拍子抜けしたようだ。
「姫、アイナ嬢と話していると、どうも警戒心がそがれますね」
「でしょう? 魔物の国から招待しても、アイナなら大丈夫だと思ったの」
リリーアンナはご機嫌に頷いた。
「しかし、大事な御身に最初から試すのは良くありません。まずはその美容とやら、下位の者に試させましょう」
「なんたる無礼なっ。魔王陛下のお心遣いを無視するかっ、人間っ」
ウゴウゴしながら、ゴルドが怒る。
「ゴールドスライムさん、あんまり仲良くない人から、体に使うものを渡されて、我らの魔王陛下に使ってくれと言えますか?」
アイナが問うと、ゴルドは大人しくなった。
「……左様だな。我が考え無しだった」
話がまとまったところで、アイナは再び質問する。
「それで、こちらを戴冠式で渡せばよろしいんですか? ちなみにゴールドスライムさんは、魔物の国では、金銀財宝を積んででも配下にしたい人気の魔物さんですよ」
「ふむ。なるほど、それならば、正式な場でその旨を話してから姫に渡せば、かなり友好的に映るか。――いかがいたします、姫」
婚約者である前に、テオドールは臣下の顔を見せる。それでいて、リリーアンナを見つめる目は優しい。アイナでも気付くくらいだから、周りにはテオドールの気持ちは筒抜けだろう。リリーアンナも少し照れている。
「アイナ、戴冠式では、各国から祝いの言葉を頂く場面がありますの。その時に、あなたも参加していただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。個人的な友だろうと、私は魔物の国の代表です。できれば魔物の国を攻めたところで不利益にしかならないと、周りにも広めていただきたく思います」
「ありがとう。そうだわ、式の後のパーティーでは楽しみにしていてね。最高級の果物を使ったケーキを出すの。きっとあなたも気に入ると思うわ」
「わぁ、ケーキですか。楽しみです!」
人間の国の宮廷料理への期待が高まる。アイナは今からそわそわして、戴冠式が待ち遠しく感じた。