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7 戴冠式と、黄金苺のミルフィーユ 2



 パパと勇者は魔物の国の門から離れ、広々とした場所に移動する。そして、両者は向かい合った。

 パパの赤い目が不気味に光り、その姿が揺らぐ。そして、山のように大きなレッドドラゴンへと変わった。


「人間だろうが、容赦はせんぞ。娘に手を出そうとする若輩者など、俺が排除する!」


 ギャオオオと天高く吠えるパパ。勇者に恐れた様子は無い。泰然と立って、熱く言い返す。


「負けませんよ、お義父(とう)さん。娘さんは俺がもらいます!」

「だ、れ、が、お義父さんだー!」


 パパは途端にぶち切れて、地面へと尾を叩きつけた。

 落雷でも落ちたような音とともに穴があき、離れた場所にいるアイナの足元も揺れた。アイナはパパに呆れている。


「最初からドラゴン体で戦うなんて、パパってば大人げない」

「アイナちゃん、お父さんに愛されてるのね」

「勇者様、大丈夫でしょうか」


 のんびり構えている魔法使いに対し、神官はハラハラと体を揺すっている。


「ええ、本当に大人げないわよねえ」


 その隣で、長い銀髪を結い上げた、三十代くらいの女性が頷いた。二本の角、背には黒い皮膜(ひまく)を持った赤い翼を持っており、一抱えもあるドラゴンの子どもを軽々と抱いている。

 アイナ達三人はそろって女性を眺め、魔法使いと神官が飛びのく。


「わっ、びっくりした」

「いつの間に」


 一方、アイナは明るい顔になった。


「ママ、弟が生まれたんですか?」

「そうよ~。エカルラートに見せてあげようと思ったのに、どうして人間と喧嘩してるのかしら。困ったパパでちゅね~」


 エカルラートとはパパの名前である。ママはドラゴンの子どもの額に、チュッとキスをする。


「実はですね~」


 アイナはママに状況を教えた。


「あら、そうなの。陛下がお許しになったのなら、あとはあなたの問題だわ。求婚が楽しみね、アイナ」

「巣はキラキラしていて欲しいですよねえ」


 おっとりしているママに、アイナがうんうんと頷いていると、パパと勇者の動きに変化が出た。

 ひらひらと攻撃をかわす勇者に苛立ったパパが、大きく息を吸い込んだのだ。そして、地面すら焦がすほどの燃えたぎる炎を吐いた。

 それを勇者は、剣を払うことで弾き飛ばす。


「な、何ぃーっ」


 渾身の攻撃を、まさかの剣のひと払いで霧散させられたパパは驚きの声を上げた。

 そんなパパの前へ、とても人間とは思えない跳躍で近付く勇者。彼は剣を(さや)にしまった。


「殺すわけにはいかないので、これで終わりにします!」


 そして、右の拳を大きく振りかぶる。ドラゴン体のパパの左頬を殴り飛ばし、パパの巨体は大きく後ろへ吹っ飛ばされた。

 ズズ……ン……

 地響きが起こり、レッドドラゴンが仰向けに引っくり返っている。


(強いとは思ってましたけど、グー一発でパパをぶっ飛ばすんですか……)


 勇者の規格外の強さに、アイナはちょっと引いている。魔法使いと神官は拍手した。

 しばらく沈黙していたパパは、よろよろと起き上がる。


「……なんという強さだ。貴様、本当に人間か? だが、まあいい。はーっはっは! これは景気よく負けた! 良いだろう、お前にならば、娘を安心して任せよう!」

「ありがとうございます、お義父さん……!」


 人型に戻ったパパと、勇者はがっちりと握手をかわした。

 勝負をして、男同士の友情が芽生えたみたいだ。


「盛り上がってるところ、申し訳ないんですが、お二人とも。求婚が先ですよ~」


 にっこり。アイナが笑みとともに口を挟むと、パパと勇者はそろって肩を落とす。


「そうだったな」

「頑張るよ」


 しょぼくれている二人の男の前に、ママがひょっこり顔を出す。


「あなた、はい、抱っこしてあげて~」

「おおっ、とうとう生まれたのか! ああ、なんたる可愛さ。俺のマイスウィートハート!」


 眠っている赤ちゃんドラゴンを抱き上げて、パパは感動とともに叫んだ。弟の三角の耳がピクッと動いたが、すやすやと眠っている。


「え、マイスウィートハートは古くない?」


 魔法使いがぼそっと呟いた。


「ドラゴンにとっては、流行など、ついこの間のことなので」


 アイナは一応、パパのために言い訳した。


「スウィーティーちゃんよねえ」


 ママは優しく微笑んで、弟を覗き込んだ。

 可愛い人という意味で、こちらはよく使われている。

 アイナも抱っこさせてもらう。ドラゴンは卵から生まれた時に体力を使うので、弟は疲れて眠っているようだ。起きる気配が無い。


「呼び名は決めたんですか?」


 アイナが問うと、ママは弟を受け取りながら答える。


「これからゆっくり決めるわ」

「陛下に付けていただくのはどうだ、リーシャ」

「駄目よ、エカル。陛下はネーミングセンスが無いもの」

「そうだった。悲惨な目にあった同朋が数多くいたな……」


 ひそひそ声で言い合った末、パパとママは自分達で考えることにしたようだ。

 ママは申し訳なさそうに、勇者一行を見回す。


「ところであなた達、息子が生まれたので、今日にでも出ていっていただけるかしら」

「あっ、これは大変失礼しまして」


 慌てて謝る神官に、ママは首を振る。


「違うのよ。ドラゴンの子どもはね、全く力加減ができないの。遊んでるだけなんだけど、他の魔物を殺すこともあって。人間ならどうなるか分かるでしょう? じゃれついたつもりが、頭が取れちゃうとか」

「こわっ」


 魔法使いが身を引いた。


「いつでも出て行けるようにしていたので、すぐに出立します。冬の間、長々とお世話になりました」


 勇者が丁寧に礼を言うと、ママは首を傾げる。


「世話してたのはうちの子で、私達は何もしてないわ」

「だが、リーシャ。俺達の巣を間借りしていたんだ、礼は受け取るべきだろう」


 パパが諭すと、ママはそんなものかしらと頷いた。


「ちょうど陛下からも許可が下りましたので、私もご一緒します。まずは準備をしなくては」


 成体になった後、パパ達が帰ってきてから、魔物の国の仕立屋で作っておいた衣類がある。魔物は成体になると、魔王城でのパーティーに参加義務がある。だから、いつ魔王城のパーティーに呼ばれてもいいように、ドレス一式は用意してあったのだ。あれを持っていけばいいだろう。

 その後、準備を終えると、アイナは勇者達とともに家を出た。



     *



 それから騎士と合流し、馬車で二週間ほどかけて、ジール王国の王都へやって来た。

 ドラゴン体で飛べばあっという間の距離だが、周りを騒がせないため、面倒ながら従った。魔王にも失礼をしないようにと命令されている。


「アイナちゃん、大丈夫?」

「大丈夫じゃありませんよぅ」


 馬車なんてものには初めて乗った。アイナには最悪の乗り物だ。ガタガタ揺れるし、空気がこもる。馬のにおいもなんとも言えない。

 おかげでアイナは馬車酔いでダウンしていた。町の外にいる時は歩いていたが、都の中では目立つのでそうもいかない。魔法使いにすすめられ、アイナは魔法使いの膝にあるクッションに横たわっている。

 窓から見える人間の国は風変わりだ。国境を越えた後から、ポツポツと高い塔が目立ち始めた。

 王都は小高い丘の上にあり、その一番高い位置に城が建っている。それは最も堅牢な塔でもあり、都市内や都市を囲む城壁にも塔がいくつも建っている。遠くから見ると冠みたいだが、近付くと針を刺したクッションみたいである。

 アイナの目は魔力の流れをとらえており、まるで美しい詩のように、魔法が編まれている様子が見えた。気分が悪くなると、アイナは詩のような魔力の流れに耳を澄ませている。

 これは結界だ。


「厳重ですね。空からの攻撃を見越した結界ですか。魔物の国と戦争をするつもりなら、あんまり意味ないですけど」


 アイナが呟くと、勇者と神官、魔法使いがぎょっとアイナを見つめた。


「こんなに堅牢な結界なのに? どうして?」


 勇者の問いに、アイナは返す。


「前にお話ししたじゃないですか、影に潜む魔物がいる、と。影から影へ渡り歩くので、彼らが内側から解除したら、この結界は消えますよ。魔王陛下がその気になったら、ですけど」

「そういう予定は?」


 慎重に問う勇者に、あっけらかんとアイナは返す。


「ありませんよ。だって人間がいる土地なんて、魔物には住み心地が悪いですし。一等地から、わざわざ劣悪な土地に引っ越します?」

「……毒霧が爽やかな空気だったわね、そういえば」


 魔法使いは納得だと頷いた。


「それにしても、なんて綺麗な魔法でしょうか。私には音楽か詩のように聞こえますよ」


 だからといって、馬車酔いがどうにかなるわけではないが、気は紛れる。魔法使いも同感だと、うっとりと目を細めた。


「宮廷魔法使いはセンスが良いわよね。魔法は極めると芸術になるわ」

「お前の魔法は確かに芸術だよな」

「芸術は爆発だ、ですっけ」

「うるさいわよ、二人とも」


 勇者と神官がすかさず茶化すと、魔法使いが二人をにらむ。

 アイナはまだ窓の外を見ている。塔が魔法を繋ぐ部品の役割をしていて、一つ一つは小さな魔法が寄り集まって、大きな魔法になっている。形だけ見ていると、パッチワークに似ている。


「人間って面白いことを考えますね。魔物の国は、魔物が各個撃破していく、力にものをいわせてぶん殴るスタイルなので、結界なんて、個人戦以外では張りませんよ。これだけの規模だと、維持が大変では?」

「ああ、大丈夫よ。これは都市内にいる者から、ほんの少しずつ魔力を奪って補充する形式なの。もちろん、ほんの微量よ。命に関わるようなものではないわ」

「へえ、奪うのですか。なかなかえげつないですね」

「それだけで安全になるなら、皆、喜んで魔力を渡すと思うわよ。兵士以外は、ほとんど戦えない者ばかりだもの」

「……え。それでよく生きられますね」


 弱肉強食。弱い者はあっという間に淘汰される魔物の国育ちのアイナには、カルチャーショックもいいところだ。


「だから皆で力を合わせて、国を守るんだ。強き者は弱き者のために戦う。それが誇りだ」


 勇者が独り言みたいに言った。


「それで、勇者として旅を?」

「天空神のお告げのせいだが、俺は村では弱い立場だったから、弱い者の気持ちはよく分かる。困っているなら、できる範囲で助けてやりたいとは思ってる」

「でも都合よく利用しようとする人も多くて、結構、判断が難しいのよねえ」


 溜息をつく魔法使い。


「ほとんどは暴れている魔物や盗賊退治だけですよ。下手に政治に口を出すと、ややこしくなって、逆に事態を悪化させる場合がありますから」


 神官は苦い顔をして、痛みに耐えるみたいに口を引き結んだ。

 勇者一行ともてはやされていようと、彼らも人間だ。何か失敗したことがあるのだろうと、アイナはなんとなく察した。




 独り言ですが、「芸術は爆発だ!」って、岡本太郎さん(万博の太陽の塔の芸術家)の名言なんですね。某忍者漫画世代なんで、そっちの印象が深い。

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