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7 戴冠式と、黄金苺のミルフィーユ 1

 


 魔王城の一画。

 湯気が漂う白亜の風呂場で、麗しい魔王の女が、金や宝石で飾られた豪奢な台の上に寝そべっている。

 なまめかしい灰色の肌をさらし、腰から下にはやわらかな布をかけていた。

 その背を、人の頭くらいの大きさはある金色のスライムがゆっくりと動いている。


「なるほど、あの目障りな人間の娘が、王になりかわったか。その娘がお前を友と呼ぶか。正式な賓客(ひんきゃく)として迎えようとは、剛毅(ごうき)なことよ。くくっ、愉快じゃな」


 アイナが城を訪ねると、魔王は入浴後の肌の手入れ中だった。

 同性でもうっとりしてしまう美貌だ。あのゴールドスライムがうらやましい。


(高レベルスライムだけができる、ドクター・フィッシュならぬ、ドクター・スライムですよね)


 土と石以外はなんでも吸収して分解してしまうスライムは、レベルが高くなるとそのコントロール能力が増す。自我も芽生え、魔王に従順を示し、絶対に傷つけない。ただ体の表面にできた老廃物だけを吸い取り、魔王の体をメンテナンスするのだ。

 魔物の国の清掃員から、医者への華麗なるクラスチェンジである。

 そう、魔物の国のエステといえば、ゴールドスライム。美容にうるさいヴァンパイア一族などが配下に欲しがる魔物である。


「ふむ。特におかしな点も見つからぬな」


 アイナが差し出した招待状と、そこに挟まれていた名を悪用しない契約書が宙に浮き、赤い光に包まれている。


「恐れおおくも、陛下自ら解析して頂けるとは。このアイナ、恐悦至極(きょうえつしごく)にございます」

「ふふ。そなたとて我が国の大事な民。しかも、勇者がお前に懸想しているようだ。胃袋と器量でろうらくするとは、レッドドラゴン恐るべし、だな」


 魔王はにやにやしているが、アイナはあっさり否定する。


「いえ、確かに勇者さん達は食べ物にちょっと弱いですけど、ろうらくはしていませんよ。レッドドラゴン流に求愛されてから、考えようかと!」


 ふわっと宙を漂い、招待状と契約書がアイナの手元に戻ってきた。アイナはそれを両手で受け取り、すぐに懐に仕舞う。

 横顔だけこちらに向け、魔王は苦笑を浮かべる。


「ドラゴン族の求愛といえば、巣を財宝で満たすことであろう? 百年かけて蓄えたとて、求愛にこたえるメスが少なく、ドラゴンの婚活事情の問題になっている……」


 そのせいで、ドラゴン族はそんなに数がいないのだ。こちらでの社会問題にもなっているが、これは本能なので簡単に解決できることではない。


「はい。しかし、巣はキラキラしていなくては!」

「人の身には厳しいのではないか。他にどんな要素がいる?」

「あとはピンとくること、だそうです!」

「……結局、感覚とは。そなたらのオスが憐れになってきたのう」


 台に頬杖をつき、魔王は同情たっぷりに呟く。


「まあよい。お前が受け入れるというなら、我は許そう。勇者は我が宿敵ながら、味方か中立に持ち込むならば、かなり都合が良いのでな。だが、お前が勇者とともに敵に回るならば話は別だ。――お前の心を聞かせよ」


 アイナの足は震えた。嘘は許さないという覇気が、魔力の(かたまり)になって押し寄せてきたのだ。ここで返事を間違えれば、アイナは一撃で死ぬ。


「陛下を――同朋達を裏切るくらいならば、私は死を選びます」


 ふっと威圧が緩む。


「ならば構わぬ」


 アイナはほっと息をついた。


「勇者のことは、お前の好きに致せ。この件は、我が国の使者として、上手く立ち回ってくるがよい。友好までいかずともよいが、敵対を避けられればよい。弱いくせに鬱陶しい羽虫(はむし)だが、たまに勇者のような者もいるから油断ならぬ。――ああ、そうだ。祝いの品はこれで良いかの」


 魔王はゴールドスライムを宙に浮かべ、空中に呼び出した綺麗な石の箱に放り込む。


「そなたを人間に贈ることにする。よいか、人間に与えられたもの以外は食らうでないぞ」

「御意」


 ゴールドスライムは箱の中でぴょんと跳ね、そう返事をする。


「もしいじめられた時は、影の者に言うがよい。連れ帰ってくれよう」

「お心遣いに感謝を」


 ゴールドスライムが返事をすると、魔王は箱に蓋をした。それが宙を飛び、アイナのもとにやって来る。


「人間側にその意図がなくとも、お前が客として行く時点で、我が国の代表である。決して非礼な真似はせぬように。だが、侮辱と非礼には、相応の対応を。そなたへの侮辱は、我が国への侮辱じゃ」

「はっ、畏まりました。このレッドドラゴンがアイナ、陛下のご下命、謹んでお受けいたします」


 その場に片膝をつき、アイナは臣下の礼をとる。

 魔王はくらい微笑みを浮かべた。


「その契約書では、悪用できぬのはお前のみ。我が影の者がすでに人間の国に潜伏しておる。もしそなたに危害を加えるならば、あの者達が力となろう」

「心得ました。陛下のご厚情(こうじょう)に感謝を」

「うむ。下がれ」

「はっ」


 アイナはもう一度お辞儀をし、魔王の風呂場を後にした。




 アイナが門へと戻ってくると、パパがすぐに駆け寄ってきた。


「アイナ、我が娘よ、どういうことだ!」

「はい。人間の国に招待されておりまして、参加するつもりで……」

「勇者に求愛されているとは! お前はまだ成体になりたてなのに。嫁に出したくないっ」

「……は?」


 てっきり魔王城に行っていた理由を聞かれているのだと思ったのに、パパは全く違うことを大袈裟に嘆いている。


「勇者が、レッドドラゴン流の求愛について問うから!」

「ああ、教えておいてくれました?」

「教えた。だが、認めがたい!」

「何を言ってるのよ、パパったら。ドラゴン族の結婚は、親でも口を出すのはご法度なのに。そもそも、勇者さんはまだ土台にも上がってないんですよ。求愛されてから考えます」


 アイナが勇者のほうを見ると、勇者は神妙な顔をして右手を挙げる。


「つまり、巣を豪華絢爛に飾り立てればいいんだな? 巣とやらの広さは?」

「人間でいう、夫婦の寝室のことです。あんまり狭いのは嫌ですけど、とにかくキラキラが大事です」


 アイナはにこにこと答える。

 魔法使いが納得だと声を上げた。


「ああ、あのアイナちゃんの部屋みたいな、ね」

「ドラゴンが巣に財宝を蓄えているのは、婚活のためだったとは……。これまでに倒した悪竜(あくりゅう)のことが、急にかわいそうになりました」


 神官は罪悪感を覚えて、胸に手を当てている。

 それにはパパがきっぱりと返す。


「ああ、人間の国で暴れているようなドラゴンは好きにしていい。こらしめてやれ。特にブルードラゴンなどはいいぞ!」

「ブルードラゴン?」


 勇者の問いに、パパは頷く。


「そうだ。俺達とは仲が悪いんだ、ぼっこぼこにしてやれ! うはははは!」

「もう、パパったら~。アイナも止めませんけど~」


 ふわふわと微笑みながら、アイナはパパを軽く叩く。


「止めないのね」


 魔法使いがツッコミを入れた。

 パパは勇者の前に仁王立ちになり、あからさまに喧嘩を売る。


「求愛のことに触れるのはご法度とはいえ、お前はドラゴンでもない人間だ。弱い者には娘のことを任せられん! 俺と勝負しろ!」

「ええっ、パパ!」

「大丈夫だ、殺さぬように加減するからな!」


 パパは豪語(ごうご)しているが、アイナの心配は違う。むしろパパがぼこぼこにされそうで不安だ。

 勇者は普段、自分の強さを上手に隠している。

 彼の実力が魔王と五分五分だと知っていたら、パパだってこんなことは言い出さないはずだ。


「あの……勇者さん」


 だが、それを言うとパパがむきになるのは目に見えている。ドラゴンのオスは、特に良い格好しいなのだ。

 アイナが勇者を見つめると、勇者は意味が分かったのか、力強く頷く。

 良かった、パパがぼこぼこにされずに済みそうだ。

 アイナはほっとした。だが、勇者はパパと向き合って、不遜に笑って返す。


「分かった! 返り討ちにして、交際を認めさせるからな!」


 ――全く伝わってなかった。



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