52話 明日の事を言えばヤモリが笑う
あけましたおめでとう。
遅くなっておめでとう。
よろしくよろしくおめでとう
「ゴホッ!!ゴホッ!」
「・・・・・」
虎太郎宅。咳をしながら虎太郎は自身の愛用している木刀を何度も振り下ろす。隆弘から火星ちゃんを仲間にする事は聞かされていたが、病院の検査に行っていた為、同行する事はなかった。腕を組み、剣山は虎太郎を見つめている。
「・・・こたろう」
「何?」
「お前本当に今日、医者に何も言われなかったか・・・?」
「いつもどおりさ。今後の検査やら、薬を飲んでどうだったかとか・・同じだよ」
「そうか・・・」
上げていた顔を伏せ、今度は畳を見つめた。
「なぁ、剣山・・・・」
「・・・・・」
素振りをしていた腕を止めて、座っている剣山に近づく。
「みんなは・・・
みんなは俺が死んだら・・・泣いてくれるかな・・・・」
その表情はマスク越しでもわかるほど不安と悲しみに満ちていた。剣山は一向に顔を上げようとしない。
「・・・・・泣かない。泣くわけがない。お前はまだ死なないからだ。お前は俺が守る。だから、だから・・・そんな事言うんじゃない・・・・」
「・・・わかった・・」
「何処に行く?」
「・・・ちょっと、トイレに」
虎太郎はそのまま障子を開け、厠がある方向に歩き出した。
「ゲボッ!ゴボォォ!!ゴホッ!オェ!!ゴェオエ!!」
厠。便器の中は血と虎太郎の吐き出したものがこびりついている。虎太郎の口元から血が滴り落ちていた。
『こちら側としては遅いかもしれませんが、入院を検討して欲しいですね。坂出さん・・もし何か異常があれば連絡してください』
「ハァ・・ハァ・ンッ・ハァ。まだ・・死ねないんだ・・・」
虎太郎の鼻からも血が滴り落ちた。
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「・・・・・・」
「・・・・・」
「すぅ・すぅ・すぅ・すぅ」
辺りは暗くなり、あちこちの電灯が光輝いている。ハリちゃんとサックは隆弘に、医者で由里香の骨折を見せている間、病院前で、眠っているあんころと待っているよう言われた。
(ヤ・ヤベーでちゅ・・ハリはマーズンとも友達になったんでちゅよ!?なのに・・空気が重いでちゅ。ちはるん達と別れて、軽く1時間はたったでちゅ。なのに!一言もサックンと喋ってないでちゅ!助けてちはるん、ただしん、あんころん、サシミン!!!)
「・・・・・」
「すぅ・すぅ・すぅ」
ハリちゃんはその場に座り込み無言で頭を抱えながら悶えている。細い目で、サックは目の前の街灯の明かりをずっと見ている。
「サックン!昨日のミュージックステージゴーゴー見たでちゅか!ハルハル可愛いかったでちゅ〜」
「・・・・・・・由里香さんはテレビを見ません・・」
「・・そうでちゅか・(どうすれば・・ハリはサックンとも仲良くなりたいでちゅ・・・そうだ!目指せ友達5億でちゅ!!)ちょいちょい、サックンサックン!!」
「・・・・・・なんですか・・・・」
サックは目線を向けると、ハリちゃんは自分の小さな両手で目を隠すと、次の瞬間、
「サックンの顔真似〜!!」
「・・・・・・・・」
その両手で自身の目を釣り上げさせてキツネのような顔になった。今のサックの目と同じように。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「すぅ・すぅ・・・すぅ・・すぅ・」
沈黙が辺りに広がり、あんころの寝息だけが静かに聞こえている。サックの顔は一切変わらず、怒っているのか驚いているのかもわからない。
「・・・ハリヤマさん・・」
「でちゅ?」
サックは更に目を釣り上げて口を開いた。
「この際だから言っておきます。わたくしはあなたの事が嫌いです」
「で・・ちゅ・」
「あの方々の中でも貴方は群を抜いて、嫌いです」
「嫌いを・・二回も・」
サックはハリちゃんとの距離を詰める。舌を素早く出し入れしながら。よく見ると少し血管が浮き出ている。
「あんころさんはわたくしが倒されそうな時に助けてくれた。だから全員信頼はしていますし、仲間だとも思っています。ですがそれ止まりです。わたくしはあの犬と同じなのです。由里香さんに従っている。貴方達に従っているわけではない」
「・・・・・・」
「前向きでグイグイ来るその性格、やめて欲しいんですよ。わたくしが好きなのは、煌びやかで心の奥深くが熱く燃え上がっている者。そう由里香さんのような人です!ハリヤマさんのような者は間に触るだけです」
ハリちゃんにサックは顔を近づけ細い目を開いた。111のナンバーが瞳の奥で光り輝いていた。
「いつまでわたくしの真似をしているんですか。やめてください」
「・・・・ごめんでちゅ・・」
ハリヤマは目を釣り上げていた手を離し、目線をサックから外す。更にどんよりと重たい空気が流れ出した。
「全く、由里香さんの気まぐれには困ったものです。うるさいだけでなんの役にも立たないハリネズミがいるチームと共闘するなんて・・・・」
「・・・・・・・」
「ハリヤマさん、いいですか。先程もいいましたがわたくし達は仲間です。それと同時に・・・・敵です」
「・・・・・・違う・・・でちゅ・」
「・・・はい?」
顔を俯かせているハリちゃんは顔を上げ、サックは更に顔を上から近づける。
「ハリは役に立たないハリネズミじゃないでちゅ!!というか!ハリネズミって言うなでちゅ!!」
「・・・・ハリネズミをハリネズミと言って何が悪いんですか・・」
「見とくでちゅ!!必ずいつか!ハリが役に立つところを見せて!敵ではない、嫌いではない!真の仲間だという事を証明してやるでちゅ〜!!」
(突き放す事をあれ程言ったのに・・なんなんですか・・このハリネズミは・・・そういうところが嫌いなんです・・・)
今度は両腕を大きく上げ、背伸びする。そのハリちゃんの行動で周りの空気が少しだけ軽くなった気がした。すると、
「おーい!!ハリちゃーん!」
「あ!ちはるん!たかひろん!おーいでちゅ!」
「・・・・・・」
病院の自動ドアが開くと智晴と隆弘がこちらに歩いて来た。智晴とハリちゃんは満面の笑みで両者に手を振っている。
「・・・由里香さんは・・・・・」
「まだ病院で寝ている。驚いた。骨にはひびが入っているだけらしい。あんなに大きなツタに潰されたのに。綾くんのご家族に連絡がついたから私達は帰ろう。サックくん、よかったら家に来ないか?ここにいたら危険だ」
「・・・・・・わたくしは・・ここに残ります」
「でちゅ!?」「・・・」
サックは先程まで寄りかかっていた石段の側にある草むらの中に全身の身を潜めた。
「怪我など由里香さんは数えられない程してきました。背骨のひびなどどうということではありません。由里香さんが出てくるまでわたくしはここで待っています」
「・・・・わかった。君がここに残ると言うのなら止めない。気をつけてくれ。私たちが戦った権兵衛くんもだが、その他にも確実に2チーム。この近くにいる。今も、あの裏山に・・・」
「裏山・・・」
「・・・・・」
隆弘は権兵衛に能力を教えた異能力ペットがいると思われる裏山を睨み付ける。遠くてもその大きな樹々は月に照らされて、凄まじい存在感であった。
「・・・・・・あなた方も気をつけて。死んだら後味が悪いですからね・・」
そう言うとサックはカサカサと音を立てながら更に奥の草むらへと這っていった。
「・・さぁ、今日は色々な事があって疲れているだろう。ゆっくりと身体を休めて、体制を立て直すんだ」
「ラジャ!!」「・・・・」
隆弘は幸せそうに眠っているあんころを抱え上げる。
「それとあと一つだけ約束してほしい!」
「へ?」
「裏山の異能力ペットのことはサシミくんと剣山くんには言わないでくれ」
隆弘は真剣な顔でそう口にした。
「どうして?そういう事は一応共有しておいた方が・・」
「駄目だ。この事を言うと、あの二匹のことだ。裏山の異能力ペットを倒そうと言いだすはずだ。サシミくんは戦いに飢えているし、剣山くんは坂出くんの為に数を減らしたいからね。だから裏山に直行すること間違いない」
「駄目なの?みんなで行けば、きっと大丈夫だよ!!」
智晴は元気よく腕を上空に上げ、クルクル回す。それでも隆弘はずっと真顔である。
「行かないとは言っていない。出来るだけ完全な状態で向かいたいのだ。誰も足を踏み入れない裏山。そんなところに潜伏しているという事はきっと何かを考えている。裏山にいる二匹の異能力ペット、
今まで出会った他の異能力ペット達よりも確実に・・・・強いぞ」
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禎達の学校からずっと離れた場所にある商店街の路地裏。まだ夕方であり商店街の賑わいが消えず、赤い光が差し込んで不気味である。誰一人として足を踏み入れる気配がない。すると、上空から目視できないほどの速さで小鳥があんころから奪取した権兵衛を、鷲掴みしながら路地裏へ落下してくる。すると
「ッ!!」
地面がすぐそこまで迫ってきたところで小鳥は権兵衛を下に投げ捨て、ゆっくり翼を靡かせながら舞い降りる。黄色一色の小さな小鳥。その首元にはさらに小さい、四角い塊が首輪のようについていた。
かなり高いところから落とされたが、権兵衛は綺麗に着地して小鳥に向け右手を前に掲げ能力を発動させようとしたが、拳は植物には変わらなかった。
『能力半径外やろ?全部空から見とったからなぁ。お前の能力半径はせいぜい20メートルかそこら。さっきの場所から少なくとも3キロは離れとるさかい。そりゃ能力を使う事は出来へんわ〜』
「・・・・・・」
権兵衛の掌に収まりそうなくらい小さな小鳥は自身の頭を小突いたり、翼を上向けにして首を振り、小馬鹿にしているようなジェスチャーをしている。
「・・汝・・・貴様、所有物ではないな。所有者か・・」
『せやで。ワイはロキがつけとる、この小さい小さーいスピーカーから声を出しとるんや。ロキは他人と喋んの苦手やし、ワイの命令も聞く事ができる。一石二鳥やろ?』
この声の主はロキではなく、ロキの飼い主であり、よく聞くと少しその声には少しノイズが入っている。ロキの首元の機械から声を発していたのだ。翼を動かして機械を強調している。
『しかもこれ、なんとカメラまで内蔵されとんねん。かなりいい値段したけど、こっちのほうがワイは安全やろ?お前と違ってワイの能力半径は規模が違うからなぁ。聞きたいやろ?なぁ、そうやろ!』
「・・・・早く用件を言え。何故、我を助けた。我をここに連れてきた。汝に手を差し伸ばしてもらう必要などないはず」
『・・・お前に無くてもワイらにはある』
ロキは一瞬で権兵衛の足元まで近づいていた。まるで元からそこにいたかのように。両者とも相手の目を強く睨んでいる。
『可哀想にな〜。わかる、わかるで〜。飼い主に捨てられたんやろ?』
「ッ!!」
『生物は誰かを蹴落として生きとる。生活、縄張り、受験、仕事、恋愛、金。誰かが幸せになっとる時、他の誰かは不幸になっとんねん。それがお前や。助けた理由はそこにある』
ロキは同情するかのようにその場で翼を握りしめながら、首を縦に振る。すると、
「・・・それを問おう」
『・・・・・・仲間にならんか?』
「なに・・?」
今度はその翼を前に出し、握手を求めている。顔を少しニヤつかせている。権兵衛は一歩後ずさる。
『異能力ペットバトルも、もうすぐ400チームや。それだけ減ると協定を結ぶ奴らも出てくるやろ?ワイらも作ったんや。同盟を。せやけど片っ端に出会った奴らを勧誘するわけじゃないで?ワイらの『ボス』の意向にあった奴しか仲間にせぇへん。お前はそれにピッタリ当てはまるんや。復讐心。ワイら『復讐同盟』で最も必要な要素や』
「・・・・・」
『大抵の異能力ペットは飼い主には忠実なもんやろ?でもお前は違う。自分の飼い主を殺そうとしとるなんて、逸材にも程があるやろ!!お前みたいな強い復讐心をもっとる奴が必要なんや。どうや?仲間になるんやったら元いた場所に戻して、お前の復讐を手伝ってやってもええで?』
「・・・・・・
断る」
『は?』
権兵衛はロキの翼を叩き、商店街がある方向へ歩いて行った。ロキはその様子に首を傾げる。
「我の目的は所有者を天へ送ること。それを邪魔する所有物も天へ贈る。我の前に現れた汝達も目的の一つである。つまりは敵だ。我は誰とも交わらない・・・」
『それやぁぁ!!!』
「・・・・・」
ロキは口を大きく開けていたが声を全く発さず、ビシッと翼で権兵衛の背中を指した。
『それや!それや!!それや!それを忘れんな!!その夢がお前を強くする!!血となり汗となり力となる!!一度きりの人生や!!やりたい事をやって後悔せずに死んでいきやがれ!能力を使えないお前がどうなるか!ワイらはずっとお前を見とる!お前の復讐を応援しとる!!ワイら復讐同盟はずっとお前を待っとるで〜!ガハッ!!ハッハ!ハハッー!』
「・・・・・・」
権兵衛はその後一切振り返らず、ロキの飼い主の高らかな笑い声を聞き、笑顔で商店街を歩いている人を睨みつけながら、光に消えていった。
「さてとロキ、お前は一度戻ってこい」
『・・・・ピヨッ!』
暗闇の室内で一人の男がボタンを押しながらマイクに向かって語りかける。目の前にあるパソコンの画面には賑やかな商店街が見えていたが次の瞬間、画面に映ったのは綺麗な夜空だった。天空の星が一つ一つ、輝いている。ロキの飼い主は机の上に置いてあるスナック菓子の袋を払い除けると、その下に挟まっていた異能力ペットバトルの手紙を見つめる。
「・・・・・あ?」
ロキの飼い主は身を乗り出して、敗退した者達が書かれている部分を凝視する。
「・・・・・ハァ〜。使えな・・・」
大きな溜息を吐きながらボタンを押した。
「ロキ!シフォンがやられた。負けるんやったら道連れにしろって言ったのに・・今すぐ『アイツ』の所に向かえ。シフォンの変わりに裏山に行ってもらう」
『・・・・・・ピヨッ!!』
画面の映像が飼い主の声に反応して急激にスピードを上げた。
「あの名無しが言っていた裏山にいる二匹の異能力ペット・・・おそらくレア物。こっち側や。仲間にすれば相当な戦力になる。シフォンやったら簡単に勧誘できたが・・『アイツ』は扱いが難しい。仲間になった動機も正直意味わからん。最悪倒してもらうか・・・・」
飼い主は自身の手紙をクシャクシャに握りしめると、移動中のロキが映るパソコンに顔を近づけた。
「さぁ、どうなるか楽しみや!!!」
光に反射して見えた飼い主の顔は天狗のお面を被っていた。
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「ユー達はなんでこんなことになってるかわかりまーすか?ほいバクト!」
「・・・お前らはなんでこんなことになってるかわかりますか?」
「ちげーよ!わかりますかじゃあなくてわかりまーすかだべや」
「はぁ、わかりまーすか」
森の奥深く。そこには一人の飼い主の男と異能力ペットのヤモリがいた。ヤモリは楽しそうに切り株に座り、飼い主は木にもたれかかっている。その目線の先には、
「ッーム!!!ムッ!!」
「フッー!!!!ムグッ!!」
「ンッ!!!!!ンッ!」
手足と口を縛られた男女が3人座らされていた。
「あはっは!そうだべや。口が縛られてたら喋れないべや!あっははっ!!」
「ッーー!!!」
「・・なんでこっちを見てくるんだよ。お前らをこうしたのも、さっきお前らに語りかけたのも、コイツなんだけど・・」
「やめとけバクト!異能力ペットバトルの参加者じゃないんだからよ、コイツらから見れば俺は大人気の可愛い可愛いヤモリだべや!」
ヤモリは座りながら体をのけぞらせ、大笑いをしていた。縛られている男女は何がなんだかわからず、ただ目に涙を浮かべて息を荒くしている。
「そんじゃおたのしみターイム!」
「!!!!」
「!!」
「!!!!」
その瞬間、ヤモリが両手を大の字に開くと何かが指先で光り輝いた。
「楽しか〜った!」
そのまま両腕を交差させると次の瞬間、男女は瞬きも息さえもしなくなっていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「よっと!」
ヤモリは切り株から飛び降りると動かなくなった三人の元に近寄り、一人の頭を押すと
「・・だべや」
ボトンと音を立てて頭が地面に転がり落ちた。
「だべや」
もう一人の頭を押す。また頭が落ちる。
「だべや!!」
最後の一人の頭は助走をつけて勢いよく蹴り飛ばし、その頭を踏みつけた。
「・・・・・・・」
「どうだ?満足したか?それとも、もっと殺すか?」
「虚しい・・・・やっぱり虚しいべや・・また今のような感覚を味わいたい・・・」
「お前はやっぱり異常者だぜ・・・完璧な俺がびっくりする程にな」
「早く殺りたいべや!早くやらないと禁断症状が出そうべや〜!!」
頭を掻き毟りながらさっき行われた殺戮を思い出す。すると、
「落ち着くんじゃ。あと1日我慢すれば、ワシが用意したゲームを遊べるぞ?」
「・・・・師・・・そうだな!!師の言う通りだべや!!」
どこからか優しい年老いた声が聞こえた。しかし姿は見えない。木々達によって反響している。
「そろそろ人間を一方的に殺すのにも飽きてきたじゃろ?だから、始めよう・・・・・
異能力ペット殺しを・・・・な?」
「は〜い・・・
師」
残り・419チーム
ありがとうございました!!
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