06話 ヨール村のタコマッチョ
ロイ君には夢があるみたいです。
「ロイのじいちゃんって村長?」
ふと湧いた疑問をロイに尋ねる。
「そうだよ。言わなかったっけ?」
多分、聞いてません。現実逃避している時に聞いていた可能性があるから、否定は出来ない。
「そうなんだ。なら、ロイも将来は村長なんだね?」
何気無い一言だったが、それを聞いたロイの顔が急に暗くなる。
「父ちゃんも母ちゃんも、そう言う…。でも僕は…。」
ロイはそう呟くと沈黙してしまう。ロイに将来の夢を聞こうと口を開き掛けるが、前方から人が来るのが見えて止める。
ヘロヘロのヨゼフ爺さんと、肩を貸した体格の良いスキンヘッドの中年男性、それに若い細身の女性の3人だ。
「あ、母ちゃん!」
女性だけが速歩で近付いてくるのを見て、ロイが焦ったように吐き出す。
「ロイッ!!」
女性が足早に近付きながら、大声を上げる。
その声に萎縮したのか、ロイが固まる。
女性が手を上げ、ロイに向かって振る。
肩を窄め、目を閉じるロイ。
何故かこちらまで萎縮し、目を閉じてしまう。
「あなた、お父さんのお手伝いはどうしたのよ?大丈夫だったの?怪我はない?」
女性の言葉を聞き、目を開ける。ロイを抱き締める、心から心配した様子の女性が目に写る。
ほっとはしたが、自分の子供達とロイを重ねてしまい、胸がギュッっと締め付けられる。
気を取り直そうと、再び目を閉じ深呼吸をする。目を開くと、ロイ親子が心配そうに見詰めてきていた。
女性はロイと同じ薄い金髪の中々な美人さんだ。自己主張の激しい山々に目が行くのは、仕方が無い事だと理解してもらいたい。
「私はアンナと申します。ロイがお世話になったみたいですね?顔色がお悪いようですど、大丈夫ですか?」
落ち着いた口調でアンナが話し掛けてくる。
どうやら、胸の内が顔に出ていたらしい。とても心配されている様子から、かなり複雑な表情をしていた事が窺い知れる。ポーカーフェイスを切に願う。
アンナに見詰められ、顔が熱くなる。先程の胸の内とは、関係無い感覚だと思われる。この世界に来てから、どうも感情の抑制が効かないらしい。
「あ、ロ、ロイ君には道案内してもらい、助けられました。あ、俺はアカシ。た、旅人です。」
動揺したのか、噛み噛みになる。身振り手振りもめちゃめちゃだ。
それを見たアンナが微笑んでくるので、更に顔が熱くなる。
「ワシはハンス。村長をしてる。ヨロシクな。」
スキン中年のハンスが近寄って、話し掛けてくる。筋肉質な強面のスキンヘッドが目に飛び込み、顔から熱が引く。ある意味、助けられたと言えるのかも知れない。
差し出された手を、握りながら応える。無意識に頭を下げながらである。
「アカシです。此方こそ宜しくお願いします。」
手が中々離れないので、顔を上げハンスが見る。
目が合い、見つめ合う形になる。
ハンスの顔が赤くなる。
血管が浮き出て、プルプル震えている。
流石にその気は無いので、顔は熱くならない。困惑して、首を傾げてしまう。
「ッッ!カァーッ!!お前さん、かなり強いな。ワシの全力を涼しい顔で流すなんてな!!」
どうやら、力を込めていたようだ。そっちのけ(ホモ)では無くてほっとした。スキンの強面筋肉質は、高確率で脳筋だ。
『スパーン!』
「お父さん、何やってるのかな?説明してもらえるかしら?」
アンナがスリッパを片手に笑っていた。とてもにこやかに。スリッパで叩く文化に付いて小一時間問い質したいが、今は怖いので我慢した。空気を読める男なのだ。
「アンナ、外では村長と呼べと…。」
「お、と、う、さ、ん、説明して♪」
笑顔が怖い。アンナさんはお母さん似、ロイ君はお父さん似かな?お母さん似かな?軽く現実逃避する。
「あ、アカシ、ミノタウロスの事は?」
小声でロイが話し掛けてくる。
そんな彼とこそこそ話ながら、怒れるアンナと、徐々に萎縮していくスキン中年のハンスを眺める。
『つい、いつもの癖で!』…『お前も分かる日が来る!』…『いや、余所者には此処のやり方を…』…『お前に色目を使ったあいつが悪いんだ!』…『ちょっ、痛い!やめ…イタッッ!!』
最初は元気に言い訳していたハンス。
次第に表情が抜け落ちていくアンナ。
鳴り響く小気味良いマッチョスキンとスリッパの競演。あまりの心地好さに、夢の世界に旅立ちそうになる。1/fゆらぎ扇風機も真っ青である。
言い訳とはいえ、途中で色魔扱いしたハゲマッチョを助ける気が起きない。暫く眺めていようと思う。
ふとヨゼフ爺さんが気になり探す。木の槍を杖代わりに、少し離れた日陰でプルプルしていた。怪我だけがプルプルの原因では無いはずだ。生まれたての小鹿を彷彿とさせる。中々にやる。
ハゲマッチョがタコマッチョに進化する前に声を掛ける。
「お取り込み中、すみません。門の外のミノタウロスなのですが…。」
「ミノタウロスだと!住人の避難を「お父さん!話を聞きなさい!!」…お、おう。」
被せるように怒鳴ってきた、村長の威厳を感じない上部タコマッチョ(進化途中)が、スリッパ操者に抑制される。
上部タコマッチョ(進化途中)が静かになったので、続ける。
「いや、もう倒しました。外に現物があるのですが、解体なんて出来ないからお願いしようかと…。」
上部タコマッチョ(進化途中)が、口を開いたまま掴み掛かってくる。
「お、お前が倒したのか!?ミノタウロスだぞ!?あのミノタウ『スパーン!』」
スリッパの音が響く。アンナは両手にスリッパを持っている。宮本武蔵の二天一流を極めているに違いない。
「おと『スパーン!』うさ『スパーン!』ん!『スパパーン!!』落ち着いて!ロイの命の恩人に失礼でしょ!!」
「これが、落ち着いてられるか!ロイ、大丈夫だったのか!?」
興奮で血管が浮き出ているタコマッチョ(完全進化系)。墨を吐けば完璧である。
「にいちゃんがすぐに倒したから、大丈夫だったよ!」
ロイが答えると、タコマッチョが安心したのか少し落ち着いた。こちらに向き直り、膝に手を付き、深く頭を下げた。
「ロイをありがとう!命の恩人に失礼なことをした。この通りだ!!」
タコマッチョ改め、ハンス村長の肩に手を置き、言葉を紡ぐ。
「出来ることをやっただけですから、気にしないで下さい。さっきみたいに気軽に接してもらえると嬉しいです。」
ハンス村長は、珍しくモノでも見るかのように見詰めてくる。マッチョスキンに見詰められてもね。
「あ、あんたっ!冒険者にしては、良い奴だな!」
突然抱きついてくるハンス村長。反射的に突き飛ばしたい衝動にかられるも、何とか抑える。力の加減を間違えたら、タコのカルパッチョの出来上がりである。
少し涙声みたいだし、されるがままになる。背中を『バシン!』『バシン!』と叩かれているのが耳に鳴り響く。
「よし!飲みに行くぞ!!今日は俺の奢りだ!!」
村の中心部へと、ハンス村長に引っ張られて行く。呆気に取られて、抵抗出来なかった。ヨゼフ爺さんはいつの間にか背後を取っていた。
『スパーン!』
マッチョスキンを叩くスリッパの音で、皆が我に返るのであった。
スキンヘッドは打楽器です。