ななつのこ
なき声が、響く。
山に向かってなく鴉に、ゆったりと近付く。いつもならすぐに振り向く鴉は、まだ山を見ている。
「からす、からす。なぜなくの?」
声をかけても鴉は振り向かない。ちょっと悔しい。
仕方ないので鴉の見る山を振り仰いだ。
赤々と燃える山を。
そこでふと、思い出した。
「からすには、ななつのこがいるんだよね」
そういうと、鴉はようやく僕の方を振り返った。
いつも感情など表さないその顔が、色々な感情で乱れている様は、妙にそそる。
「そう、だ・・・そうだ、可愛い、可愛い私のっ・・・!」
鴉の頬をそっと両手で挟み、目を覗き込む。漆黒の美しい瞳。
目尻に口づけして、耳元に唇を寄せる。
「しってるよ。やまに、からすがむかしくらしてた、こやがあるの」
「あ・・・あぁ・・・」
「そこに、かわいいかわいい、ななつのこどもをすまわせてるのを」
鴉は目を見開き、僕を突き飛ばした。よろめく僕から距離を取り、僕を睨んだ。
「何をっ・・・私の、可愛い子に何をっ!」
山を見れば、火はだいぶ落ち着いて燃え尽きかけていた。僕は笑って懐から無造作にソレを取り出して、鴉に見せた。
「まぁるいおめめの、かわいい、いいこ。ずぅっと、からすをよんでいたよ?」
「それ、は・・・!」
血塗れの、丸い球。小さな、鴉と同じ漆黒の瞳。
鴉が山を見た。僕も、殆ど燃え尽きて木の残骸で刺々しい山を見る。
中腹ぐらいに、燃えた木々に囲まれて辛うじて原型を留めている炭色の小屋が見えて、僕はそれを鴉に教えてやった。
「からす、まだこやがあるよ。いってみてきてごらん。あのいいこが、まっているかもしれないよ」
「く、くそっ!!」
鴉は、僕を睨んで山へ走った。
瞬く間に見えなくなった背中に、僕は手の中の目玉を投げ付けた。勿論、どこにもぶつからずに地面に落ちた。
「からす、おまえが悪いんだよ。どうして、ぼくだけのからすでいてくれないの」
知っていた。鴉がどれだけ子供を可愛がっているか。
知っていた。あの山に今日火がつけられるのを。
知っていた。あそこに鴉の小屋があると。
「あぁ、からす。ぼくのからす。ぼくだけのかわいいからす」
いいこでいるから、ぼくのところにいてね。
童謡「七つの子」でふいに思い付いたので。