第8話:初めての試合〜カレア編〜
編集完了[2018-18:10]
お天道様は僕たちを真っ直ぐに見下ろし、夏が近づきつつある今の時期には、お昼寝にちょうどいい気持ち良さとなっています。
実際、タオルで汗を拭っている僕の隣には、汗を拭く気力すら湧かないのかカルとククルが地面に転がってその胸を上下させています。
残念なことに眠る時のような緩やかな動きではなく、激しく酸素を求めての上下運動ですが。
なぜこうなったかというと、1時間ほど前に「さて、腹も膨れたことだし、早速訓練と行こうか」と父様がニヤッと悪い笑みを浮かべて食事後のお茶を飲んでいた2人に訓練用の動きやすく丈夫な服を渡したことが原因というか始まりというか…。
2人は嬉々としてそれを受け取って訓練場に歩いていく父様についていったのですが、訓練最初の準備運動ーーー1周500メートルほどの庭を10周走るーーーで息も絶え絶えなこんな状態になっているのです。
これに慣れている僕に合わせるように走っていたのが原因でしょうが、こればかりはどうしようもないです。
『…そんなこんなでどうしましょう?』
「ん?どうかしたのか?クロウ」
「なんでもないです。カルとククルはどうでした?初めてにしてはかなり早かったと思いますけど」
心の中で変な言葉遣いになっていたが、それは一旦置いておき、父様の目線の先で地面に寝転びながら息を整えている2人を見る。
「そうだなぁ。素質は十分。気力も有るし、最後の1週は風魔法で補助をしていた。恐らく無意識のうちに使っているんだろうな…非常に面白い。お前と同じように鍛えたら化けるだろう。この原石たちは」
「父様、すっごい悪い顔してますよ」
「なぁに構わんさ。それよりクロウ。お前は確かケリーに回復魔法を習っていたよな?2人に使ってくれ」
「わかりました。あと回復魔法じゃなくて光魔法ですよ。ケリーに言うと怒られちゃいますよ?」
笑いながら「そりゃ困る」と言っている父様を傍目にベルトポーチのポケットに入っていたカードを1枚を取り出し、魔力を流す。
「[魔符:ヒーリングビート]」
カードに刻まれた刻印に魔力を流し、魔法を発動させるための鍵となっている合言葉を唱える。するとカードの刻印が浮かび上がり、魔法陣となってその効力を発揮する。
その証拠にカルとククルの体は薄っすらとした淡い光に包まれていた。一方、カードに記されていた刻印は綺麗さっぱり消えて無くなり、カード自体もぼろぼろと炭化していく。
「やっぱりいつ見ても便利だな。確か…ケリーの故郷の技だったか?」
「はい。封魔式と呼ばれてる方法みたいで、魔法具の一種に分類されてるらしいですよ」
「まぁそれだけ便利だと魔法具と言われても過言ではないがな。だが、ケリーですら作れなかっただろう?良く作れたな」
「絵を描くのは得意ですよ?それにこれくらいの図形なら1回見れば覚えれます。材料も簡易なものですし、時間さえあればいつでも作れますよ」
「数が作れてもそれはお前しか使えないがな」
ハハハハハと大きく笑っている父様から目を離し、カルとククルに目を向ける。思った通り魔法の効果で体力が少しずつ回復しているらしく、既に起き上がれるようになっていた。
近くに寄って「2人とも大丈夫?」とタオルを渡して呼びかけると、かなりふらふらになりながらだが何とか立ち上がって汗を拭く。
魔法の効果で体力を持続的に回復するといっても限界ギリギリまで減った体力がある程度回復するまでにはそれなり時間がかかってしまう。
「もうちょい待ってくれ……」
「ダ、ダイジョウブ…」
しかし、やはり元の体力が多いのか、2人の回復は早い。父様もそれが分かっているみたいなのでこれからの訓練がいつも以上に厳しくなりそうだ。
それから少しして2人の体力がある程度回復すると、父様は納屋から数十種の金属製の練習用武器ーーー刃引きや鋭いところを丸めたりと怪我をしにくいように加工されている武器ーーーを取り出して、カルとククルに見せる。
その多さに目を見開いている2人に父様は「取り敢えず使っていたい武器を手に取ってクロウと一本やってみろ」とニィっと口角を上げてそう言う。
「ちなみにここにある武器なら俺は全部使えるから、どの武器を選んでもそんじょそこらの使い手に負けないくらいには鍛えてやれる。先ずはお前たちの素質を見極めることにした。まぁ本気でやらないと当てることもできんかも知れんぞ?」
「「はい!」」
キビキビと返事をして武器の山は駆け寄っていく2人は、迷うことなくそろって片手剣を手に取る。だが、ククルは片手剣だけでなく近くにあった盾も手に取っていた。
「それかぁ…じゃあ僕はこれにしよっと」
僕が手に取ったのはカルとククルの選んだ片手剣の半分ほどしか刃渡りのない短いもの。僕の使う何種類かの武器の中でも最も使える武器だ。
「さて今から一対一の試合をしてもらう。胴体に一撃入れるかこの円を出たらそこで終了だ。怪我はするかもしれんが…我が家には回復魔法を使えるリリーがいるから大丈夫だ。安心して全力でクロウに一撃入れてやれ」
「「はい!」」
「おぉ!そうだ。これからの訓練でクロウに勝てたら俺の知り合いの鍛治師にお前たちの武器を作らせてやろう」
「父様ぁ…」
僕の呆れたような声が聞こえていないのか、それとも聞こえていて無視しているのか。そのどちらなのかは明らかなのだが、どう見ても楽しんでいるのは確かだ。
「「おぉ!すげぇ(凄い)!」」
「よし、勝った回数が多ければ多いほど俺がいい素材を提供しよう。お前たちの頑張り次第でも武器の素材は良くなっていく。ククク……どうだ?ヤル気が出てくるだろう?」
父様の口車にまんまと乗せられている2人は「ヤルゾー!」「おー!」とやる気を漲らせているのだが、僕を出汁にしてやる気を引き出すのはやめてほしかった。
「まず試合するのはクレアだ。初の試合だから決着がつかなくても10分で終わりだ。まずはクロウの動きになれることを目標に試合するといい」
「はいっ!」
「クロウ。わかっているだろうが、魔法を使わない場合の戦闘では身体強化を使った時とは勝手が違う。今回は身体能力のみで10分間の攻撃を全て捌け」
「わかりました」
一振りだけでカルの攻撃を捌ききれるならいいのだが、恐らく二振り目も使わないといけなくなるだろう。
僕は先は円の中央に立っているカルの前に歩いていく。
カルはバーサーカー体質なのか、僕のことを真正面から睨みつけるように見つめてくるその目は爛々と輝いていた。
「では…試合始め!」
通りの良い父様の掛け声が響く。
「ッラァ!」
それとほぼ同じタイミングでカルが3メートルほど離れたところにいる僕に飛びかかるようにして剣を振るってくる。
「……」
訓練を受けていない子供としては、驚くほどカルの一撃は速い。
だが、その動きが単調過ぎた。
左手に短剣を持ち、もう一振りを腰の後ろに挿して右手を開け、右足を一歩引いた半身の形で構えていた僕は、軽く後ろに下がることでカルの剣の間合いから抜ける。
「まだまだぁ!」
振り下ろした一撃を跳ね上がるように切り返す。それを避ける僕を追うように続けて一撃二撃三撃…と力に任せて剣を振るうカル。
それに合わせて僕も一歩二歩と間合いから外れたり、逆に剣を振り終わったところでカルの脇を通り抜けるように後ろへ回るも
「ラァッ!」
カルはその獣の如き素早さで僕の動きに食らいついてきた。
正直言ってカルがここまで動けるとは思っていなかった。
「オラオラオラァ!」
そして、ここまでのバーサーカー体質だとも思ってなかった。
それから10分たち、
「そこまで!」
と試合終了を告げる父様の声が響く。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
剣を振るっていた時間を総合すると8分ほどだろうか。途中、5分を越えたあたりからカルが僕の動きを予測して攻撃を仕掛けるようになってきたので腰に挿していた短剣を使わなければならなくなってしまった。
「凄い。あの連撃をあれだけ続けるなんて予想以上だったよ」
「や…ヤベぇ……足…ガクガク…だ……ぜ」
剣を杖のようにしてなんとか立っているカルに肩を貸して円から出る。あれだけ動いたのだ。カルの足が生まれたての小鹿みたいになっていても見て見ぬ振りをするのが優しさだろう。
「うわぁ…カルがこんなになったの初めて見た。というか、ずっと見てたけどなんで当たらないのかがわからないわ」
「なぁに、それは実際に試合してみるとわかるさ。その前に…クロウ!さっきの回復魔法をカレアにもう一回掛けてやってくれ」
「もう掛け終わってますよ」
試合が続くにつれてチラチラ見えた父様の目がどんどん座っていくのが恐怖だった。
「ならカレアが起き上がれるくらいまで回復するまで一旦休憩とする。クレアは今の試合でのクロウの動きを思い出して作戦を練っておくこと。それと…喉が渇いたならあそこのテラスに置いてある水差しを飲むといい」
そう言うと、父様は裏口から家の中に入って行った。その足取りがいつもより若干軽くなっているように思った僕だったが、今はカルの面倒を見ることを優先することにした。