第06話:久々のお願い
「………満足した?」
根掘り葉掘り訓練や魔法に関係ないことまで聞かれ、すっかり疲れ果てた僕は河原に寝転がって声を上げる。上げているのは声だけでないのだが、それが二人に伝わるかは怪しいところだ。
「う~ん…あ、クロウの訓練に俺も混ざれる?」
「私は勉強のほうね!」
「あー…どうなんだろ?たぶん大丈夫だと思うけど、父様と母様に聞いてみないといけないし・・・今日帰ったら聞いてみるね」
「おう!頼んだぜ!」
「よろしくね!」
「はいはい、二人も期待しててね」
そう言って服に付いた砂を払って立ち上がった僕に釣り竿を持った二人が迫る。
ククルはニッコリと、カルはニヤニヤとだが、「逃がさない」という意志がその顔から滲みだしている。
「まったくもう………しかたないなぁ」
カルの表情はさて置き、ククルのような無垢な笑顔というものは、どういうわけか不思議な強制力があるなと思ったのだった。
それから三人は日が暮れるまでのんびりと釣りを楽しんだ。釣り竿が二本しかなかったから僕対カル・ククルでいつの間にか釣った魚の数を競っていた。
結果としてカル・ククルペアの倍ほどの数を釣り上げた僕が勝ったわけだが、カルがサワガニやよくわからない蟹ばかり釣り上げたためククルがすねてしまった。
釣った魚は半分ずつ持ち帰ることにして、カルの釣り上げた甲殻類満杯のバケツは僕が引き取ることになった。
「クロウちゃん………それ食べるの?」と赤褐色や茶色をしたモノが蠢いているバケツの中と僕の顔を交互に見つめるている。
「まぁ、食べれないことも無いでしょ。本には食べれるって書いてあったし」
「書いてあっても普通は食べな「あ、じゃあ俺も一匹貰っていこっかな」えっ!?ちょっ!食べるの!?」
「だって食べれるんだろ?食ったうまいかもしれないじゃん」
いえ~い!とハイタッチを交わす二人を尻目に、ククルは大きく溜息を吐くのだった。
その後二人と別れ、家に着いた僕は出迎えてくれたリリーに二つのバケツを渡す。二つのバケツを覗き込んだリリーは「あらあらまあまあ」と珍しく目を見張って驚き、家の中に入っていった。その後、僕はしばらく川魚が食卓に並び続けるであろうことと、この世界ではサワガニなどはあまり食べられるとこがないということを知った。
あまり食べられないといっても、エリー、サリー、リリーの三人はすでに食べたことがあるらしく、別段好んで食べたりはしないが偶にふと食べてみたくなる時があるという。
『あっちの世界よりだいぶ大きくて食べれそうなとこが多いのに………』と、ク一人でサワガニを茹でて食べてみたのだが、結局なぜこっちの人たちがこれを食べないのかよくわからなかった。味は普通に可もなく不可もなくといった感じで、たまに食べてもいいかなと思うくらいの味だった。
数匹茹でてちまちまと食べたとしても、未だバケツの中で何匹もの蟹が蠢いている。
「ねぇ、これどうすればいいかな?僕は結構好きな味なんだけど、捨てるのもなぁ」
「うーん、そうですねぇ………あ!今日の晩御飯にサラダがあるんですよ。それに茹でた蟹を淹れるっていうのはどうですかね?」
「あら、いいんじゃない?どうせ気付かないわよ」
「二人とも食べれますし、いいでしょう」
こそこそとキッチンで悪巧みをする四人は、夕食の至る所に何食わぬ顔で蟹を忍ばせる。サラダだけでなく、パスタやスープにも気付かぬうちに入っていた。
その成果もあって、晩御飯が終わった頃にはサワガニも残り数匹となり、安堵のため息を吐く僕。
夕食の後にお風呂などを済ませたたら食堂へ足を運ぶ。穏やかな笑い声が聞こえてくる扉を開いて食堂の中に入ると珍しく彼らがグラスを傾けていることに驚いた。その彼らにはメイド三人組の含まれる。
この家でメイドをしているエリスとケイリーそしてリリアンは、かつてスタンピートによって滅んだ村でアイザック、シャーロットによって拾われた獣人の姉妹なのだが、二人に恩義を感じて行動を共にするうちに次第に打ち解けていき、今のような従者というよりも友人に近い関係となったのだ。
そのため時折五人でグラスを交わす。傍目から見るとアイザックが美人に囲まれているだけのように見えるが、実際はアイザックか女性陣四人の愚痴をのらりくらりと受け流していることの方が多かったりする。
閑話休題
談笑している面々の中で最も早く僕の存在に気付いたのはシャーロットだった。
「いらっしゃいクロウちゃん。お風呂上がりにこっちに来るなんて珍しいわね?」
酒精によって薄っすらと染まった頬に手を当てながらシャーロットは扉付近にいるクロウを呼ぶ。
ホカホカと未だ湯気が立ち上っているクロウは、シャーロットに誘われるままに椅子に座ると、今日の出来事を話した。
お酒の入ったグラスを傾けつつ面白そうに話を聞く家族に、クロウも知らず知らずのうちに話を続けていた。恐らくは前世の記憶との折り合いが完全ではないための影響であろうがクロウ本人はそれに気付くことはなかった。
「あらあらまあまあ。チャールズのところの双子ちゃんが?」
「そいつは驚きだな。チャールズのやつはそういうのに疎かったし、年頃の子供はやはりそういうのに惹かれるのかね」
「ねぇあなた、その二人も混ぜてあげましょうよ。一緒にやる人が居た方がクロウちゃんも頑張れるでしょうし」
「そう言われるとそうだな。よし、来週の頭……三日後から一緒に出来るように準備しておこう。俺からチャールズに話しておくがお前からもその双子に言っておいてくれ」
お酒が入っているためか、すんなりと受け入れてくれた二人にお礼を言ってクロウは軽い足取りで寝室に向かっていった。
クロウが食堂を後にすると、五人は小さく笑って乾杯をしたのだった。