第56話:~ぶらり道中視察旅~その⑦完
長かった視察旅はこれで終了。
次話からは他の行事でも書こうかなと思います。
エレッタの街の一番高いところ。それはおそらく街の中央部にそびえたつ時計台だろう。
街の四方にそれぞれ異なった文字の時計を向け、決まった時刻に鐘の音を響かせるその塔は、街に住む人にとっても新しくやってきた人にとっても様々な用途で、なくてはならないものとなっている。
それは、待ち合わせ場所としてだったり、婚約式会場としてだったり、恋人同士でひっそりと夜空を眺めるためだったり・・・・・極々稀にだが、貰ったばかりの望遠鏡を覗いてみるために時計台に上ってそこから見える景色を数時間も見渡す者だっている。
ウィリアムから望遠鏡が届いた日の翌朝。エレッタの街に滞在する最後の朝、クロウは太陽が地平線から顔を出す前に宿屋から出て時計台へと向かった。
灯台守のような位置づけのおじいさんが入り口の階段を掃除していたのでペコリとお辞儀をしてクロウは時計台の中に入っていく。昨日も登った階段を同じように登り、日の出前に展望室へと着くことが出来た。
「昨日は夕焼けだったけど、朝焼けもきれいだなぁ・・・」
遠くに見える山々の隙間から太陽が顔を出すさまをしみじみと眺めるクロウ。
「この一週間は、結構大変だった。ジン達も今日は呼ばないでおこうかな?ツクモがまた体調崩しちゃいそうだし・・・フレイヤは寝不足。イザナミは疲れがたまってるみたいで、サクヤは気付かれかな?ジンは・・・ダイジョブか。明日はみんなの好きな物でもつくってあげよっと」
一週間とは思えないほどの濃密な時間を思い出しつつ、だれに聞いてもらうでもなくただただぼんやりと言葉を口にしていたクロウに、後ろから声が掛けられた。
「随分とペット思いなんだな。特急冒険者様?」
ここ最近で知り合った人の中で最も親しくなった人の一人であろうエレッタの街の冒険者ギルド長。キュリオス・アルダーテが茶化すような声でクロウに話しかける。
「どうしたんですか?こんなに朝早くから時計台に上るなんて、ギルド長らしくないですよ?」
「うるせぇ。ギルドの事務室の窓からお前が入ってくのが見えたからな、こいつを渡しておこうかと思ったんだ。確か今日出発だろ?」
「何ですこれ?お酒と延べ棒?お使いですか?」
「ああ、エヴァンっていうやつから頼まれてな。アンドリューの奴にこの手紙と一緒に渡してくれりゃ、後はあいつが全部やってくれるさ。その酒はその手間賃だな」
「わかった、エヴァ兄ぃ宛てね。おやっさんに言っておくよ」
「ん?エヴァンのこと知ってるのかお前。ってことは、ウーガル生まれかぁ・・・そりゃ規格外なわけだ」
「絶対に褒めてないですよね」
朝日の淡い光が差し込む展望室は、少しの間小さな笑い声に包まれた。
笑いが収まった後、クロウはキュリオスの包みをアイテムボックスに収納し、展望室の扉へと歩き出す。
クロウが扉に手をかけた時、キュリオスの「今度来るときは色々とサービスさせてもらうぜ」という声が聞こえてきた。
「フフッ・・・じゃあ、ギルマス権限で美味しい料理でも食べさせてもらっちゃおうかな?」
「おう!期待してな」
クロウは背中越しにだが、キュリオスがちゃんと笑ったのを感じた。
その笑顔を見ることはなかったが、この一週間で彼が笑ったのをクロウは初めて見たということだけ言っておこう。
『あっちに帰ったらおやっさんにでも聞いてみよっかな』などと思いつつ、クロウは宿へと戻る。
時計台でそこそこの時間が過ぎていたためか、他の面々もすでに起きてきており、目をこすりながら朝食を食べている最中だった。
ごにょごにょと寝起きで滑舌の回っていないククルの絡みを適当に流しつつ朝食の席に着いたクロウは女将さんが運んできてくれた鶏ガラベースの朝にぴったりな薄味のスープと少し味のついたパン、干し肉と新鮮な野菜のサラダを口に運ぶ。
どうやらスープにも干し肉が入っているらしく、具を噛んでいるうちにパンが欲しくなり、パンを食べるとスープを口に含みたくなる。それらのループを一旦止めたいときは、チーズのかかったサラダを食べて口の中をリセットする。
非常にバランスの取れた料理に舌鼓を打っていると、いち早く食事を終えたウォーレスが未だ食べ進めている面々に向かって話し始めた。
「今日この街から出立するんだが、この街のギルマスが足の速い馬を使わせてくれるれしくてな。多分だが、移動時間が半分くらいになるはずだ。行きと違って忙しい移動になるだろうが、その分だけ楽が出来る。少し足の速いものくらいならあっちに着くまで持つだろうし、出発まで各自お土産でも選び直してくるといい」
ウォーレスの言葉にシリルがガバッと顔を上げる。
「おお~!いいっすね。一時間くらいありますし・・・ニーニャちゃん、ロゼッタちゃん、ククルちゃん!一緒に回るっすか?」
「いいですね!行きましょう!」
「ちょっとしたお菓子なら持ちそうね」
「もごもごうぅー!」
「ククルちゃん・・・なんて言ったんすか?」
「私も行くー!だってさ。ちゃんと飲み込んでから喋れよ~」
「おお!流石双子っすね!じゃあ男女別で行きましょう!・・・いいっすよね?」
テンション高めのシリルは、懇願するように上目遣いでウォーレスを見つめるが、ウォーレスはその視線を鼻で笑って跳ね飛ばす。
「こっちに確認とらなっくてもいいから。好きに行ってきな」
「やった!リーダー大好き!」
「はいはい・・・わかったから準備してこい」
鼻で笑うといってもウォーレスがシリルの頼みを断れるわけもなく、ウォーレスは照れ隠しのためかため息交じりに肩を竦める。その反応は、クロウ以外の生徒会メンバーには素っ気ないと思われているものの、二人の事情というか関係を知っている者は暖かい表情で二人のことを見ていた。
朝食が終わってから一時間ほど経った。既に買いたいものを選びつくしていたクロウは、暇つぶしを兼ねてハープの弾き語りをしていた。弾き語りといっても簡単な曲を歌いながら演奏していただけなのだが、以外にも街行く人からの評判が良く、お捻りとして飴や金平糖などの小さなお菓子をいくつも貰ってしまった。
「おお~・・・瓶に入れたら飴も金平糖も結構きれい。ツクモとか好きそう」
カラカラと心地よい音を立てる瓶の中の飴や金平糖を日の光に翳して、色とりどりな輝きを楽しんでいると、タイミングよく他の面々が戻ってきた。
それぞれ大小様々な荷物を持ち、満足そうな表情を浮かべている。
特にシリルは今朝の朝食時には付けていなかった髪留めをして、一際大きな笑顔を見せていた。時々ウォーレスの方に目線を向けながらその髪留めを触ったりしているので、だれに貰ったものなのかは一目瞭然だった。
「お帰りなさい。みんな結構買ってきましたね」
「クロウちゃん!アンドリューさんから貰ったお給料のほとんど使っちゃった!ビックリ!」
「ビックリじゃないっすよ!ククルちゃんだけでどれだけ買ってるの!?しかも生菓子が多いし!」
「えへへ~ダイジョブだよ。クロウちゃんが何とかしてくれーーー「あ、今日はあの子たち呼ばないからイザナミに冷やしてもらうのは無理だよ」ーーーえ・・・」
「ほら!言わんこっちゃない!」
「どどどどうしよう!クロウちゃん!?」
「風魔法で頑張って。明日になったらあの子たちも呼ぶから」
あわあわと生菓子が入っているであろう袋を抱きしめているククルにアメとムチを囁くクロウ。メルクーリオやニーニャ、サレーヌが水魔法を使うことが出来るので、もしククルが出来そうになかったら後者二人を食事内容の決定権などで釣ろうかなと考えているクロウであったのだが、素直にやる気を出しているククル
が可愛らしく思え、「がんばってね」と頭を撫でるのだった。
それから出発するまではスムーズに事が進み、九時前には既にエレッタの街を出ていた。
朝食時にウォーレスが言っていたように行きとは比べ物にならないほどの速度で馬車は街道を進む。馬車の中ではカルとククルが一緒になってクロウとシルビアの指導を受けながら風魔法を使った冷却に挑戦し、四苦八苦している。
それに続く馬車では、御者台で手綱を握るシリルが並走する馬車の御者台で座っているウォーレスと盛り上がっていた。
昼食や夕食。翌日の朝食も、クロウが準備をするまでも無く他の面々が調理を始めており、クロウはちょっとしたお手伝いをするだけだった。
それ以外にも乾麺などを買い込んできていたらしく、非常に美味しい料理の数々をメルクーリオを中心とした女性メンバーが作ってくれた。メルクーリオは、流石は貴族に使えているメイドなだけあって店を開けると思ったほどの腕前だ。
二日目からジンたち召喚獣が同行するも、基本的に馬車の中でクロウ、カル、ククルと一緒になってほのぼのしているだけで、ふらっと何処かへ消えたりはしなかった。
騒がしかった行きと違って、静かで安全な移動となった帰りの馬車。キュリオスが手配してくれた馬たちは驚くほど疲れ知らずで、本当に半分くらいの移動時間でアルカディアについてしまった。
冒険者ギルドの前で解散となる。スクエアの四人とクロウはその場に残り、シルビアのとメルクーリオはカルとククルを引き連れてウィリアム邸宅に向かう。クラウスとニーニャはいつの間にかやってきた召使いに連れられて王宮へ帰っていき、その他の三人は各自帰路についた。
スクエアは今回の任務でギルドランクが上昇し、クロウの口添えで追加報酬まで受け取ることが出来た。ランクが上がったことでチームの拠点を構えることが出来るようになったらしく、ウキウキとギルドを後にした。
クロウはキュリオスのお使いをきちんと果たし、ついでにエレッタの街周辺の生態系をまとめた物をアンドリューに渡す。ついでに今回の視察で使ってしまった多くの消耗品を買い込み、ウィリアム邸宅へと帰っていった。
シルビアは一応引率者としてウィリアムに今回の始終を報告すると、いつものだらけた感じになって帰っていく。
カルとククルは、買ってきたお土産の半分ほどを自宅へ送り、もう半分をウィリアムやアリシア、セバスチャンに渡し終わると、一気に疲れが出てきてしまったらしくリビングのソファーでもたれ合うようにして眠ってしまった。
クラウスとニーニャは、国王であるジョセフや王妃のレジーナ。兄弟姉妹の面々に話をせがまれてこの三週間ほどの視察旅の始終を話していた。ジョセフがウィリアムの孫ということでクロウに興味を示していたが、疲れ切った二人にはそれをどうにかするほどの気力は残っていなかった。
それ以外の面々は家族や友人にお土産を渡して視察旅を締めくくるのだった。
最後の締めが駆け足気味だったかなと思っていますが、これ以上続くのもどうかと思い、このような纏め方とさせていただきました。