第54話;~ぶらり道中視察旅~その⑤
今回はちょっと短めかな?
暑い夏の日差しを出店で購入した日傘で、近くにあった木陰で、はたまた贅沢に魔法を使って和らげているクラウスら生徒会メンバー。
その面々は、手に持った手帳に何やら色々と書き込みながらエレッタの街並みを眺めていた。
エレッタの街は、アルカディアほどの面積ではないにもかかわらずアルカディアの大通りと同じくらいの道が通っている。それに加えて、水路というべきものも多く通っており、水陸共に交通・運搬の中継地点となっているのだ。そのためもあってか様々な人種の人々と、アルカディアでは見られないような奇々怪々な店も点在していた。アルカディアにそういった類の店がなかったのかと言われれば、少なくとも片手で数えきれないくらいの数をクロウが発見しているので、どうとも言えないのだが。
そんな中、自分の書いたメモに目を走らせていたカルは、ふと手帳から目を上げた。その時偶然通りかかった馬車の窓が光を反射し、カルは一瞬だけ目を細める。その時に何を思ったのか、カルはそのまま顔を上げて太陽の煌めく青空を見上げた。
その瞬間、カルを・・・いや、街全体を黒い影が過ぎった。
待ち行く人がその歩みを止め、なんだなんだと街が騒めいている最中、カルは唖然とした様子で空を見上げて固まっていた。
「今の・・・ってカル?どうしたの、ボーっとしちゃって」
首を傾げつつ辺りを見渡そうとしたククルが横で固まっているカルに気付き声をかける。
それによってカルは硬直の呪いから解き放たれる。
「はっ!あ、ああ。びっくりしただけだからダイジョブだよ」
と、明らかに普段の様子とは異なった反応を示した。
ククルがその反応に不思議がっている一方でカルの頭の中では色々なことが洪水のように渦巻いていた。
ただ、その洪水の中でたった一言の言葉だけが何度も何度も繰り返し渦巻いていた。
『竜を見た』
という一言だけが。
その日の夜。カルは深夜まで寝付くことが出来ずに、ずっと夜空を見上げて窓の縁に腰かけていた。
夜風にあたりながら昼間見た竜の姿を思い出す。たった一瞬、空のずっと上の方にチラリと見えただけのその姿に思いをはせていると、頭上からポロンポロンと音が聞こえてきた。
思わず上を見上げると勢い余って窓から落ちてしまいそうになったが、何とか体勢を立て直してカルはその音に耳を澄ませた。
始めの内は単音しか鳴っていなかったのだが、次第にその音は曲になっていく。途中何度か音を外したりして引き直しているようだったが、カルはその音色を聞いていると心の内で起こっていた感情の洪水が収まっていくのが分かった。
深夜の程よく冷たい心地よい風と、物静かで染み入るような音色に浸って夢と現の境目を行き来していたカルは、突然メロディーから大きく外れた高音が響き、現へと引き戻された。
眼を瞬かせつつ上を見上げると、それを見計らったかのように屋根の上から梯子が垂れて来た。
カルは一瞬の思考のうちにその梯子を掴み、夜風で揺れている梯子本能的な恐怖を覚えながらも屋根の上の出る。
なだらかな傾斜のついた屋根から見る景色は、何故だか部屋の窓から見える景色と全く違って見えた。
遮るものが何一つない吸い込まれるような夜空に気を取られていたら、背後から弦の音と共に非常に聞きなれた声が響いてきた。振り返って確認するまでもなく、カルは瞬時にその声の主が誰なのか気付く。
だが改めて振り返り、声をかけようとしたカルは、眼を見開いて空を見つめたまま固まる。
夜空を見上げて呆けていたカルを現実に引き戻したクロウは、自分の方に振り向くと同時に再び旅立っていったカルへ困惑した顔を向けながらカルの目の前で手を右往左往させるも、カルの様子はしばらく変化しなかった。
クロウが再びカルを放置してから少しーーー時間的には数分後---経って、カルの瞳に光が戻った。
「カル?熱でもあるの?」
「あ、あー・・・ダイジョブダイジョブ。ちょっと驚き疲れただけだから」
「そう?どうしてかは聞かないけどククルも心配してるみたいだから、ククルにだけでも話しておいた方がいいと思うけど」
「そう、だな。明日にでも話してみるわ。つか、それはいいとしても、お前はなんでこんな時間に屋根なんかに上ってるんだよ」
「うーん・・・なんでかって聞かれると、特にこれっていう理由はないんだけどね。なんていうか・・・」
「どうしたんだよ。珍しく歯切れが悪いな」
クロウ言葉にいつもの切れ味が無いことに首を傾げるカル。珍しいものを見たとカルは、うんうん考え混んでいるクロウの顔をまじまじと見つめる。
「そうだなぁ・・・。昼間から胸騒ぎがしているっていうのと、なにかに呼ばれた気がしたっていうのが理由かな。胸騒ぎの原因も、ボクを呼んでいたのが何なのかも分からないんだけどね」
そう言って夜空に目を向けるクロウ。
カルはその横で、その頭や肩、身体の周りで鈴の音のような声で笑いながら楽しそうにちょっかいを掛けている数匹のーーーいや、数人の黒い夜空のような服を纏った小さな、小さな隣人たちの姿をハッキリと見ていた。
そして、その者たちがクロウの奏でる音色に合わせて謳っていることに。
カル、ククル自身は知らないが二人の両親の内、母親であるミルフィー・クルス(旧名ミルフィー・エラ・グーリン)は人ではない。
彼らの母親は人よりも、自然に近しい者たち。今、カルが認知している隣人よりなのだ。
ミルフィー・クルスの種族は【エルフ】。森精族とも呼ばれる者たちで、その名の通り普段は森の奥地で生活している種族なのだが、とある事情によってカルとククルの父親であるチャールズ・クルスと恋仲になり、今住んでいるウーガルの村で結婚した。
その二人の間に生まれたカルとククルは、いわば【ハーフエルフ】と呼ばれるのだろう。【エルフ】の持つ特性と言ってよいのか分からないが、彼らのほとんど多くは[精霊魔法]を自由に使うことが出来る。それは、二人の母親であるミルフィーも例外ではない。
その血を引いているカルとククルも、今は[精霊魔法]を使うことが出来なくとも、精霊の存在を認識するくらいなら出来た。
今夜のように姿までハッキリと見ることは出来たのは初めてだが、これまでにも気配を感じ取ることが何度かあった。
今宵の出来事をきっかけに、カルの、ひいてはククルの[精霊魔法]が静かに花開いていくのだが、二人がそれに気付くのはもうしばらく後の話だ。