第51話:~ぶらり道中視察旅~その②
突如として晴れ渡る空に響いた雷鳴にカルとククルが驚いている一方で、クロウとその召喚獣たちは特に驚いた素振りも見せることなく目線だけを二人の開けたカーテンの先に向けていた。
『ジンさんが暴れてる~・・・ご主人、ほっといていいのかにゃ?』
「うーん、好きにさせとけばいいでしょ。それよりもツクモ、まだ駄目そう?もうそろそろお昼だからちょっとでもお腹に何か入れといた方がいいよ」
『うぅ・・・ダメ、気持ち悪い・・・』
召喚獣の中で一番幼いためか、他の四匹と比べると体が弱く、暑さなどでダウンすることの多いツクモ。
クロウはツクモのこういった姿に慣れているので意外と落ち着いているのだが、ツクモを妹のように思っている召喚獣たち一同は、こうなるたびに慌てて、若干暴走状態になる。外で聞こえた雷鳴もジンの動揺からによるものだろう。
姿は見えないが、恐らくサクヤとフレイヤもどこかでツクモのために色々と頑張っているのだろう。
『ほんと、いいお兄ちゃんとお姉ちゃんだな』
妹分がこうなるたびに召喚獣総出でロイヤルハニーなどの栄養価の高い食べ物を探しては、持ってくる姿を思い浮かべつつ、その愛情を一心に受けているツクモを優しく撫でていた。
そんなことをしていると、不意に馬車が止まってドアがノックされる。
三人が返事する間もなくガチャリとドアを開けて顔を覗かせたシリルは、滅多に見せることのないクロウの心からの笑顔に固まっていたが、少ししてから息を吹き返し、昼休憩をとることになったと伝えた。
クロウは表情を戻すと、ツクモとイザナミを馬車に残して外に出た。
いつもならば不満げに食べているであろう携帯食料と紅茶の昼食も早々に済ませ、馬車に戻っていく姿は周りの者にとって非常に印象的に映ったようで、カルとククルに何があったのか嬉々とした顔で問いただしていた。
たった一人、顔をほんのりと赤く染めて、静かに俯いているシリルを除いて。
一方、外でそんなことが起きているなどとは露知らず、クロウは馬車の中で[ストレージ]から普通の蜂蜜がはいった瓶といくつかの果物を取り出し、少し塊が残るくらいにすり潰した果物に蜂蜜をかけてツクモに食べさせていた。
林檎一つ分ほど食べさせると、闇魔法の[コールスリープ]を使ってツクモを眠らせる。
次第に表情がトロンとしていき、時間をかけずに寝息を立て始める。
しばらくその様子を見ていたクロウとイザナミは、顔を見合わせて静かに息を吐く。
その後、[ゲート]を開いて毛布にくるんだツクモを異空間のベットに寝かすと、クロウはイザナミを抱いて馬車を降りる。その時に嬉々とした目を向けられるが、クロウはなぜそうなっているのかわかっていないため、コテンと首を傾げならが馬車の後ろへ回る。
後ろへ回ると、クロウはイザナミを降ろして指笛を吹く。甲高く指笛が響き渡り、空に木霊する。
それから程なくして、雷を纏っているジン、兎と思わしきモノを鷲掴みにしたフレイヤ、サクヤに至っては音もなく飛んできて馬車の上に止まっていた。
「ジンはさっさと雷引っ込めて。フレイヤはそれ捌くからこっちにちょうだい」
『んー・・・まだ漏れ出てた?』
『ジンさん大丈夫?ってはいこれ、ご主人。美味しく作ってね』
自らの傍に来てからずっとそわそわしているジンの頭に手を置いてビリッときているクロウだが、それでも手を退けることはせずに、そのまま頭を撫で続けて「だいぶ落ち着いてきてるから大丈夫。心配ならいったん帰還して見てきたら?」と言う。
ジンはジンでよっぽどツクモが心配なのか、『わかった』とだけ呟いて帰還した。すぐに安心したような表情で戻ってきたが。
ともあれ、ジンが帰還したのと同時にクロウはフレイヤから受け取った兎もどきを捌ぎ始める。
ジンが戻ってくる前には、兎もどきは骨付き肉へと変化し、香辛料を振られて油の引いたフライパンの上に転がっていた。
一応【スクエア】の人たちやシルビアを気にしてサクヤとフレイヤに風の膜を張ってもらっていたのだが、何故かカルとククルが「「いい匂いがする気がする!」」とか言って突撃してきたので、その気遣いは無駄になってしまったが。
「食べたかったら自分で取ってこい」とふざけて言ったら本気で取りに行きそうになったのだが、流石にそれはシルビアが待ったをかけて、そのまま二人のお説教タイムへと移行した。
二人が大人しく説教されている間に、クロウはさっさとジン達のご飯を作る。
とは言っても、兎もどき一匹では育ち盛りの召喚獣四匹の昼食には少なすぎるので、アイテムボックスからまだギルドに卸していないお肉を取り出して追加で料理する。
ブロック状の肉塊がいきなり現れた時には流石にシルビアでも驚いたようで、目を見開いていたのだが、それに続いて出てきた鉄串にそれが突き刺されてじっくりと焼かれ始めた時には目だけでなく、口まであんぐりと開けていた。
上手に焼かれたこんがりとしたお肉を適当に切り分けて召喚獣たちに配りつつ、お肉の表面を少し削る。それを同時進行で温めていたパンに、新鮮な野菜と辛みのある薬味と一緒に挟んでカルとククルに渡す。
[地球]でいうケバブやタコスのようなその料理を二人は目を輝かせながら受け取ると、そのまま大きく口を開けてかぶりつく。
だが、その料理を口に運んだ瞬間、一人は「ん!」と声を上げて顔を輝かせ、もう一人は「ンッ!?」と裏声を上げて涙目になりながら咳き込んでいた。
顔を輝かせていたのはカルではなくククルの方だった。意外にもカルは辛い物がにがえなようで身もだえしているところを周りに驚かれていた。
しかし、クロウだけはそのことを知っていたのか、ニヤニヤと笑いながらミルクの入ったグラスをカルに渡していた。
ひったくるようにそれを受け取って一気飲みすると、カルは恨めし気にクロウを睨みつつ、八割ほどのこっている料理をなんども咳き込みながら飲み込んでいた。
なんとか食べきった後「お前ー!わざとだろ今の!」と珍しくうだうだと怒っているカルに、相も変わらずニヤニヤと笑みを浮かべているクロウだったが、フッと表情を緩めて「ありがと。ちょっと落ち着いた」と息を吐く。
カルとククルの二人は「「そうか(そっか)・・・」」と呟くだけで、後は何も言うことはなかった。
その後、昼休憩を終えて馬車に乗り込んだ面々は、夜のキャンプまで特になに事もなく旅路を過ごしていた。時折馬車の中身をシャッフルしておしゃべりを楽しんだり、リバーシやチェス、トランプなどの各自で持ち寄ったゲームをしたりしていた。
中でも、クラウスのチェスの腕前はかなり高く、ちょくちょく乱入してきたシリルをあっさりと返り討ちにしていた。
そんなことをしながら草原を進んでいくのだが、太陽が地平線に近づき始めたころキャンプの準備をするために馬車を泊める。
御者台に座っていた【スクエア】の面々も、馬車の中で色々としていた生徒会メンバー+αも降りて肩や首を回したりして身体をほぐす。
「さ、準備するか」とウォーレスが欠伸交じりに言うと、クラウスらが興味深そうに見ている横で【スクエア】の面々は次々とキャンプの準備を進めていく。
クロウ達は村から学園都市に来る途中で見たこともあるし、手伝うこともしばしばあったため、三人でキャンプの準備に手を貸す。といっても、クロウとククルは晩御飯の炊き出し、カルはテントを張るのを手伝うだけだが。
「すまないな、また手伝ってもらって」
「いいですよ。キャンプするにも早い方がいいでしょう?」
「ま、そうなんだが・・・毎度思うが君たち三人は適応力が高すぎやしないかい?」
「そうですかね?アイザックさんとシャーロットさんの訓練受けてたらこんなの普通ですよ」
「それよりもクロウちゃんの訓練じゃないかな?」
クロウ、カル、ククルの順で首を傾げて並んでいるその姿は愛嬌があるのだが、残念なことにその内容がいただけない。
ウォーレスはこめかみを押さえて大きく溜息を吐いていた。
「そんなことは置いていて、早くご飯食べません?せっかく作ったのに冷めちゃいますよ?」
「そうだな、ククルちゃんのいうとおり・・・だな。はぁ・・・お前らもそんな顔で待ってんじゃねぇよ」
肩を落としているウォーレスを傍目にご飯を盛っているクロウと、その横で半腰で待機している【スクエア】メンバー。
ククルに連れられて座ったウォーレスにクロウは木製の深皿にクリームシチューを盛って焼き目が付くまで焼いたパンと一緒に渡す。少し多く盛っているように見えるのはウォーレスの精神的疲労によるものなのか、はたまたクロウの温情なのか。それはクロウ本人以外誰にも分からない。
食事も終わり、夜も更け、二人の見張りを残して全員が眠りについた頃、パチパチと音を立てて弾ける篝火を前に、ウォーレスとシリルは揺らぐ炎や輝く星々を眺めていた。
「なぁシリル」と炎を眺めていたウォーレスがポツリと呟く。
シリルは上を見上げたまま「どうしたの?」と返す。
「お前はさ、冒険者辞めたら・・・その、家に戻るのか?」
「・・・どうしたの?あんたらしくない」
「いや、な。ちょっと気になってな」
「ふーん・・・そう。ま、いいけど、私はそのつもりはないわよ。そうね、今みたいに星が綺麗なところで私を私として見てくれる人と一緒に暮らしたい・・・かな」
その言葉にウォーレスはシリルに顔を向け、真っ直ぐ自分を見据えている瞳に目が合う。
言葉に詰まっているウォーレスにシリルは優しく微笑み「例えばあんたとかっすね」と言って星を見上げる。その顔が赤々としているのは、ただ篝火の炎が照らしているだけなのだろうか。
そんなシリルに何かを言おうとウォーレスが口を開けた時、風が吹いて火の粉が舞う。
二人が火の粉を目で追う。
ゆらゆらと空を泳ぐように舞う火の粉が消えたとき、二人はその先で月の光を背に受け、馬車の上に座っているクロウと目が合った。
無言で頭を抱えるウォーレスと「なっ!なな、なっ!?」と今度は明らかに羞恥で顔をまっがにしているシリル。
クロウはそんな二人に何も言わずに、ただ夜空を見上げる。
月の光が逆光となって顔が隠れてしまい、二人にはクロウの表情を見ることが出来なかった。
クロウはしばらくして顔を下に向けるも、未だ二人にはその表情を見ることが出来ない。
だが、シリルはその赤い瞳が薄っすらと笑みとは違う理由で細められたような気がした。
「そうだ」
馬車の上でぶらぶらと脚を揺らしていたクロウが突然呟く。
二人の目線の先で屋根から飛び降りたクロウの手には、いつの間にか片手で持てるくらいの大きさのハープが握られていた。
「クロ坊、お前楽器まで扱えるのか?多芸過ぎるだろ」
ポロンポロロンと音を確かめるように弦を弾きつつ近づいてくるクロウにウォーレスが呆れたように言葉を投げつける。
「楽器は少し持ってますし、結構弾けますよ?あの二人にはまだ見せてないのが多いですけどね」
「どっからそんな金出てく・・・あーそう言えばギルマスのお使いしてたな」
「ウォーレスさんもやってみます?」
などと言い合っているとジンが目を覚ましたらしく、大きく欠伸をしながら歩いてきた。
『ご主人まだ起きてたの?』と言いながらクロウの隣に横になったジンを人撫でして、クロウは「何曲か弾いたら寝よっか」と言って曲を奏で始めた。
その曲は、一つは大空に舞う鳥を、一つは草原に吹く風を、一つは牧場の朝を、一つは黄昏時の森を、一つは大海原で風に吹かれる帆を、一つは大地の息吹を思わせるような曲だった。
「・・・凄い。全部違った感じなのに、どこか通じるものがある気がする」
「ありがと、流石シリルさんだね。今弾いたのはとある神話というか、伝説と言うか・・・まぁ一つの物語を題材にしたものなんですよ。一人の勇者の物語。ボクが大好きだったものです」
「勇者の物語かぁ・・・私もよく読んでたよ。クロウちゃんの知ってるのと同じかは知らないけどね」
「・・・ふと思ったんですけど」
「どうしたの?」
話の最中で急にシリルをじっと見てそう呟くクロウにシリルは首を傾げるも、続く「シリルさんって、みんなの前とウォーレスさんの前とじゃ話し方が違いますよね。なんていうか、無理がないっていうのかな。そっちが本当のシリルさんなの?」と言う言葉に目を見開いて顔を赤くする。
「そんなに違うっすかね?」
「うーん・・・シリルさんの印象ががらりと変わるくらい違いますね」
「ち、ちなみにどんな感じに変わるの?」
「生き生きと畑仕事をするような村娘から教養のあるお姉さんって感じですかね。親しみやすい感じは変わらないですけど、おちゃらけた感じがなくなってるんで」
「えー・・・そんなに?うっそだぁ~」
「まぁボクの受けた印象ですけどね。ところで・・・・・そろそろウォーレスさん起こしません?」
「ううん、いいよ。もうすぐ交代の時間だからね。私はセントを起こしてくるからクロウちゃんはウォーレスを見ててくれる?」
腰を上げながらそう言うシリルにクロウは特に反論することもないので普通に頷く。
頷いたクロウに「ありがと」と言い残してシリルは一つのテントに入っていく。しばらくごそごそとテントが揺れていたが、カーンという軽い音が響いて静かになる。
軽い音がしてから少しした後、テントから簡易的に鎧を装備したセントがシリルの物と思われる長剣を持って出てきた。
セントは焚火の傍にいるクロウに驚いているが、ほとんど無表情で焚火に近づき、ウォーレスを担ぎ上げてテントに運んで戻ってきた。
セントは焚火の傍に腰を下ろすとクロウに「お前はもう寝た方がいいんじゃないのか?」と聞いてくる。
その言葉に「そうですね。じゃあコーヒーだけ淹れて寝ますね」と言って水を入れたポットを火にかけ、沸騰するまでにコーヒー豆を挽く。ついでにカップやスプーンなどを温めておく。
お湯が沸騰したら焚火から外し、ポットの中を覗き込んで表面のボコボコとした泡が鎮まったときにフィルターやらなんやらをセットした抽出器具に少量のお湯をそっと乗せるように注ぎ、粉全体に均一にお湯を含ませてから、20秒ほどそのままにして蒸らす。それからコーヒー粉の中心に、小さな「の」の字を描くようにお湯を三回小分けにして優しく注ぐ。このとき、お湯徐々に少しずつ減らすのが重要なのだ。
「さて・・・と。セントさん、コーヒー淹ったんで置いときますね。出来るだけ早く飲んじゃってくださいね」
そう言ってジンを引き連れてテントに向かうクロウの背中に、セントは「ありがとう」と声をかけ、見張り番として夜が明けるまで焚火の傍に居座るのだろう。
テントに戻ったクロウは小さく欠伸をして寝袋に滑り込み、スイッチを切るようにすぐに眠りにつくのだった。
さ~て・・・いったいどこでロマンス路線に切り替わったんだ?w
気付いた方もいらっしゃるでしょうが、クロウの弾いた曲は「勇者の詩 (スカイウォード)」「ハイラル平原 (時のオカリナ)」「エポナの歌 (時のオカリナ)」「森の聖域 (トワイライトプリンセス)」「大海原 (風のタクト)」「メインテーマ (ブレス オブ ザ ワイルド)」の六つです。
はい、全部ゼル伝メロディーです。
「ハープ一個じゃ無理だろ!」と言う質問は受け付けておりませんw