第9話:初めての試合〜クレア編〜
編集作業完了:2019-01-03
父様が家に入って5分ほど経っただろうか。
既にカルは起き上がるのに不自由ないくらいまで体力が戻り、ククルは父様の言っていた通りに僕とカルの試合を思い出しているようだった。
「あーあ…一発くらいは当てれると思ってたんだがなぁ」
「一発当てられたら僕の負けじゃん。最初の試合で負ける気はないよ」
「ちぇー………でも、あれだけ俺が振り回してたのを避けてたお前が息切れしてなかったのがすげぇなぁ…って思ってたんだぜ?まぁ全部避けたり逸らされたりしたのもビックリしたけどよ。まじでなんなのあれ」
「え〜…そんなこと言われてもなぁ…」
仰向けに寝転がり口を尖らせているカルだが、僕としては昔から出来ていたーーー出来なければならなかったーーーものだったため、何故かと聞かれても自分でよくわからないのだ。できるからできる。そう言った感覚的なものはどうも言葉で表しにくい。
「ククルも気をつけろよー。意地になって当てようとすると逆に当たらなくなってくぜ」
「そう…ね……」
カルの言葉にぼんやりと返すククル。
その様子に僕とカルが首を傾げていると、父様が母様やエリーたちを連れて家が出てきた。
「待たせたな」
そう言って歩いてくる父様は「準備は終わったか?クレア」と未だにぼんやりしているククルに声をかける。
「あ、あの…今から武器変えても良いですか?」
声をかけられたククルはおずおずと手をあげる。
それを聞いた父様は顎に手を当てて「ほう…」と呟くと、嬉しそうに口角を上げて許可を出す。
許可をもらったククルは武器の山の中から片手剣の代わりに薄く細い速度を重視した剣ーーーレイピアーーーを手に取った。
「……ふぅーん」
「ど、どうかしたの?リリー」
「いえ…良い選択だなと思ったので…」
ククルがレイピアを手にすると同時に何かゾクッとしたので、その気配の方を向くといつもおっとりとした柔らかな笑みを浮かべているリリーが父様に似た表情で笑っていた。
何かリリーの琴線に触れるものがあったのだろうかと首を傾げていたら、父様に早く円の中へ行くように急かされてしまった。
「フフ…私はカルの様にはいかないわよ。絶対に当てて見せるんだから!」
「僕も当たるつもりは無いよ」
すでに円の中心で抜き身のレイピアを下げているククルは、カル同様に獰猛な笑みでこっちを見つめてくる。こういったところはとても似ている気がする。
そうこうしていると「では開始!」という父様の声が響く。
カルは父様の合図と同時に斬りかかってきたが、ククルは円を描く様に横へ歩きながらジリジリとこちらとの距離を詰めることにしたようだ。
『慎重な戦い方は嫌いじゃない』
僕はククルとの試合がカル同様に気の抜けないものになるだろうと直感した。
ククルが僕に攻撃を仕掛けたのは、僕とククルの距離が始まった時の半分くらいになった時だった。
カル同様に声を上げながら武器を振るってくるククルの剣筋は鋭い。だが、流石に初めて使ったのだろう。剣筋の速さはあっても正確性はあまり無い。
「そんなのじゃ当たらないよ!」
「クッ!まだだよ!」
当たらないことに痺れを切らし始めたククルは僕の言葉に眉を吊り上げ、僕の狙い通りに大振りの突きを繰り出してくれた。
「行くよ!」
「え!?きゃっ!!!」
「そぉい!!!」
僕は大振りなククルの突きを体をずらしながら斬りはらい、体勢を崩したククルを背負い投げの容量で投げ飛ばす。
「コンニャロ!」
「うわ!それ投げちゃダメでしょ!」
「また拾えばいいの!」
空を飛ぶククルは、なんと手に持っていたレイピアを僕に向けて放り投げてきた。さらに驚いたことに、ククルは着地と同時に地面を蹴り、刺さっているレイピアを手にして再び斬りつけてきたのだ。
「チェストォ!」
「当たらなければ!」
「シャンナラァ!」
「どうということはない!」
「このぉ!」
「フハハハ!」
………
……
…
「ぜぇ…はぁ……ま、まだまだぁ…」
「フッ…これが若さゆえの過ちか……」
「なに…わけわかんないこと……言ってるのクロウちゃん」
「ある物語の悪役の迷セリフ…かな?」
「わ、わけわかんない……」
汗を滝のように流しながらそう呟いて仰向けに倒れたククル。僕としたことがついついヒートアップしてしまった。まさか、紅い彗星まで出てくるとは思ってなかった。
「そ、そこまで!!!」
仰向けに倒れるククルに駆け寄りながら父様は試合の終わりを宣言する。
エリーが目で[ヒーリングビート]の使用を求めてきたので、僕は頷いてカルと同じようにククルにも[ヒーリングビート]をかけるためククルの元に行く。
「あーあ…だから忠告したのに。ククルも当たんなかったかぁ」
ククルのところに行くと、カルが肩をすぼめてため息をついていた。
「ククルは体がしなやかだから僕としては凄く避けにくかったよ。カルみたいに力任せだったら避けやすかったのにね」
「うるさい。だけどあれだな、片手剣使ってみてわかったけど…俺はもっと重たい武器の方が合いそう」
「重たい武器?大剣でも使ってみる?」
大剣を振り回すカルとレイピアを繰り出すククル。正反対の武器を持つ似通った男女……非常に絵になると思う。
「いや、大剣だと振り回されそうだし…なんか重たくて、振り回しやすくて、間合いが長い武器ってない?」
「じゃあ槍は?ちょっと難しいけど慣れれば振り回しやすいよ」
「なんだ?片手剣は辞めるのか…」
僕とカルの話が聞こえたのか、父様は「俺は片手剣が一番得意なんだがなぁ…」と拗ねたように呟く。
「僕は片手剣もちゃんと習いますよ。他にも短剣とか槍とか弓とか徒手空拳とかも習いたいだけです」
「アイザックさん。俺に合うような振り回せる重たい武器って何かないですか?」
「ふむ……カレアの欲しがっている形状の武器はあるにはあるんだが、それを使えるようになるには少なくとも2種類の武器を使いこなせるようにならないといけないぞ?それでもいいなら構わんが」
「え!?マジですか!」
「あぁ…使う者のセンスも必要な武器だから、ある程度使えるというレベルになるにもかなり時間を要する。後々やめたいなどと言っても取り合わんからな?」
「はいっ!頑張ります!」
「武器を用意するにも、アレの在庫はこの家に無くてな。しばらくは基礎の基礎となる武器の訓練をするぞ」
『カルが父様に敬礼をしている…この世界にもこの敬礼があったんだ』
自分でも感心するところが違うなと思いつつも、僕は2人を傍目に母様とエリーたちに囲まれているククルへと歩を進める。
「母様、ククルは大丈夫そうですか?[ヒーリングビート]かけた方が良さそうです?」
「あぁクロウちゃん。大丈夫よ、ケリーがもうやってくれたわ。ククルちゃん、もう起き上がっても大丈夫よ」
あんなにバテバテだったククルがたった数十秒で起き上がれるまで回復させるなんて、流石にケリーだと思う。恐らく僕のまだ知らない光魔法なのだろうが、いつか教えてくれるのだろうか。
「さあさあクレアちゃん。次は私の時間よ!アイクばかり独り占めするのはズルいわ!」
「母様……とりあえず汗を流してからでいいですか?」
エッヘンと胸を張る母様だが、既にカルは父様に、ククルはエリーたちにドナドナされてお風呂場へと連行されていた。
はっ!とした表情でエリーたちを追いかける母様。
無性にため息をつきたくなるのは何故なのだろう。
「疲れてるのかなぁ……」
「おーい!クロウも早く来いよー!」
「カルも元気だなぁ…」
僕は『お風呂は一人で入りたかったなぁ』と思いつつも大きく手を振って僕を呼ぶカルに早足で付いていくのだった。