プロローグ
都内にある国立高校に在学している東雲彰人は普通の高校生であった。
普通というのは少しおかしいだろうか。彰人の家系は江戸時代から続く侍の家系だ。東雲一刀流、剣術を学ぶ者ならば一度は聞いたことがあるほどの名家なのは間違いない。
代々続く侍の家系だが、この平和な世の中でその剣を行使する機会は皆無に等しいだろう。そのためだろうか、東雲彰人は中学を卒業し高校に進学する頃に鍛練を辞めてしまった。
最初は父、祖父から罵倒され殴られたりもしたがそれは最初の3ヶ月ほどの話だ。
高校一年の夏休みに入る頃にはもう諦められていた。いや、飽きられていたと言ったほうが正しいだろうか。
本当ならばずっと罵られていてもおかしくはないくらいなのだが、二つ下の妹である穂花の説得とあり断念してくれた。
あの時の言葉はこれからも忘れず覚えているだろう。
ーーお兄ちゃんの分も私が頑張るから殴らないであげて
二つも下の妹に庇われ、男としての尊厳のような何かが崩れ去ったのを感じた。それからだろうか、何故か妹には距離を置いてしまう。そして家族には見放された。
家に居場所の無くなった彰人は高校一年の夏休み最終日、ため息を吐きながら夕暮れの歩道を一人で歩いていた。
「はぁ、帰りたくねぇ」
夏休みから始めたバイト帰りの夕暮れの日差しはとても儚く、寂しさを助長するかのようだった。
気を引き締め決心し、家へと帰ろうと足の進むペースをあげようと前を向いた時、中学生ほどの少女が赤信号の横断歩道を渡ろうとしていた。
「ほ……の……か」
それは彰人の妹だった。何やら考えごとをしているのか周りは一切見えていないようで下を向いて歩いていた。
彰人は考えるまでもなく走る。何故ならば横断歩道には大型トラックが勢いよく走ってくるからだ。竦む足に鞭を打ち全力で走る。
「穂花ー!」
「お、お兄ちゃん……っ!」
彰人の声に気が付くと共に突っ込んでくる大型トラックにも気が付く。穂花は足が震えて動けずにいるが彰人は穂花の腕を無理矢理引っ張り入れ替わるようにトラックの前へ投げ出される。
「よかった……っ!」
ーードーンッ!!!
形容しがたい音と共に彰人の全身に強い痛みが走る。理由ははっきりと分かる。トラックにぶつかってしまったんだと。
全身に力が入らず、ほとんどの骨が折れているようだ。視界が霞み、意識が遠くなっていくのが分かる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! しっかりして!」
彰人は声が出ず心のなかで穂花に謝る。ごめんな自分のせいで辛い鍛練を押し付けてしまってと。
「やだよ! お兄ちゃん! 起きてよ!」
(あぁつまらない人生だった。出来るなら次は鍛練も入らない強い体に生まれ変わりたいな)
《願望を確認しました。ーー強靭な肉体及びスキル<斬撃耐性>・<打撃耐性>・<身体異常完全無効>・<精神異常完全無効>の獲得に成功しました》
幻聴が聞こえるなと自嘲し、霞みゆく意識の中で息を引き取るのをじっと待つ。そしてこの夏休みバイトばかりで友達と遊ぶ暇もなかったなと思い返すと共にこれといって友達と呼べる者が少ないことに気がついた。
(今度はたくさんの人に囲まれて過ごしたいな)
《願望を確認しました。ーースキル<眷属召喚>の獲得に成功しました》
(さっきから穂花は何を言ってるんだ……でも穂花を守れてよかった。本当に。まぁ自分がこんなになってはな。誰かを守る為に自らを犠牲にするなんてな……ははっ俺って案外かっこいいじゃん)
《意思を確認しました。ーースキル<諸刃の剣>の獲得に成功しました》
(これも罰だよな。身勝手な行動をしてしまったから罰を与えられたんだ。はぁそれにしても俺の人生、ほんと剣術ばっかりの人生だった。竹刀や防具が日々付きまとった。本当に呪われているってくらいに)
《意思を確認しました。ーースキル<呪具召喚>の獲得に成功しました》
(あぁ、もう駄目だ……みんな少しは悲しんでくれるかな)
《頭部の多大な損傷を確認しました。ーーこれにより魂の欠落を確認。修復開始ーー修復失敗。再修復開始ーー頭部と胴体の魂の切り離しに成功これにより膨大な記憶の欠落を確認。修復開始ーー一部修復成功。魂の改竄により地球の輪廻転生に失敗。これにより異世界への転生を執行します。ーー執行成功》
意味のわからない声を聞きながら彰人は息を引き取った。