喚ばれてみれば
勤務中に、突然現れた魔法陣で強制的に召喚されました。 その先には予想外の人物と召喚理由が……。 『私は特殊な事情持ちです、放っておいてください』 そう言いたかったけど……。
***** 喚ばれてみれば……どうしよう? *****
さて、この状況、どうしようか?
「男?」
「いや、まさか-……」
「しかし-……」
「もしや王子は-……」
「ダメだ、言うな、考えるな。」
「でも、何故じゃ?」
「長官の魔法陣なのに-……」
「もうボケ-……」
「まだボケとらんわ!」
「とにかく魔法陣の確認を。」
「確かに。」
「そうじゃな。」
「彼(?)はどうする?」
「念のため待機させて、後で帰そう。」
「うむ。」
突然、足元に浮かんだ魔法陣で強制召喚されて来てみれば、着いた先はどこかの塔らしき建物の中。
そこに居た人たちは、私を見るなり、みんなしてあんぐりと口を開け、我に返った者から悩み始める。
そして今も、ローブ姿の魔術師3人は、被召喚者本人(私)そっちのけでボソボソ話している。
ついでに、この場で最も身分の高い王子までそっちのけだが、王子本人が呆然としてるので誰もそれをツッコまない。
さらには、不敬罪になりそうな憶測まで出ていたようだが、それにツッコむ者も居ない。
なのに魔術師3人による会話はどこかコントのようで笑いを誘う。
そう、ここには、まだ呆然としたままだけど、アークティア国王の第2王子イザーク殿下がいらっしゃる。 つまり、ここは自国の王宮関係のどこか。
イザーク殿下のおかげで、未知の場所ではないと分かっただけで少し落ち着いた。
「私が誰かは分かってるみたいだから挨拶は省略させてもらうね。 それで、まず確認したいんだけど、失礼だけど、女性だよね?」
いつのまに復活したのか、突然、イザーク殿下が聞いてくる。
「失礼しました。 ……テュール伯爵家長子……ルリアナ、です。 ……女、です。」
「訳が有りそうだね。 別の部屋に移動してから話を聞こう。」
「……分かりました。」
王族からの質問に、一貴族の私が答えないわけにはいかない。
それにしても、続いて出された提案は、気遣いと喜ぶべきか、詰問確定と考えるべきか……。
***** 喚ばれてみれば……いきなりですか *****
さて、喚び出された部屋を出てみれば、そこは王宮敷地内の魔術研究塔でした。 いろいろ納得。
そして現在、王宮の応接室に行くとのことで、イザーク殿下と王宮魔術師方と移動中。
同行するメンバーがメンバーなので、すべてのドアを問題無く通り抜けます。 流石です。
「あ、すみません。」
「ん?」
「勤務中だったので、話の前に職場に連絡入れたいんですが……。」
「あぁ。 その制服だと王宮書庫管理官だね? 登録名は?」
「……王宮書庫管理官主任ルーリ・イル・テュール。」
「……分かった。」
ふと、勤務中に予告も無く喚び出されたことを思い出し、連絡しておくべきだと気付く。
こんなことに今まで気付かなかったなんて、やっぱり結構動揺していたらしい。
イザーク殿下は納得し、私の服装から連絡先を確認してくる。
ここでも、さりげない気遣いなのか、観察眼や知識を披露しての牽制なのか、思わず心の中で頭を抱える。
だって、わざわざ『登録名』って……これをどう解釈しろと?
そんな私に構わず、すぐにイザーク殿下は近くのメイドに職場へのメモを書いて渡していた。
なんて書いたのかだけが気になるんだけど……知らない方が幸せな気がしなくもない。
そして、案内された応接室。
室内には、イザーク殿下、老人と若者の魔術師、私、の4人のみ。
壮年の魔術師は、魔法陣の確認と転記と報告とその他、色々と召喚の後始末をしているらしい。
イザーク殿下の指示で、長方形のローテーブルの周りに置かれた椅子に腰を下ろす。
長辺の1つにイザーク殿下、その向かいに私、両側の短辺に魔術師がそれぞれ座る。
「一応、自己紹介しよう。 アークティア国第2王子イザークだ。」
「わしは魔術師団長官カロ・イル・マーリクじゃ。」
「私は魔術師団近衛隊第2班班長ユール・イル・ニルベルグ。」
「今は居ない1人は魔術師団近衛隊副隊長シリウス・イル・タッケンベルグじゃ。」
「……テュール伯爵家長女ルリアナ・エル・テュールです。」
「ほぅ、ホントに女性じゃったか。」
「しかし、何故-……」
「ユール、焦るな。 落ち着け。」
「失礼しました。」
イザーク殿下、老人の魔術師、若者の魔術師と名乗り、もう1人のことも教えてくれる。
本来は格下の私から名乗るべきだけど、さっさと先に名乗られてしまったらどうしようもない。
しかし、やはり、最初の会話で『長官』と呼ばれていたのは最年長の魔術師だったらしい。
そうか、あの魔法陣を書いて発動させたのが……と、ついマジマジと見てしまったら、『ふむ?』と優しい目で見つめ返されてしまった。
「さて、落ち着いたようだし、君のことを教えてくれるかな? 仕事についてや他の事情も……。」
「……はい。」
やっぱり、バレてる。 で、いきなり秘密の暴露からって?!
私は、ルリアナ・エル・テュール。 テュール伯爵家の長子で長女。
私は元々テュール伯爵と妻である母との間に生まれた1人娘で、そのは母は私を産んですぐ亡くなったらしい。
父と母は貴族には少ない恋愛結婚で、父は後妻を娶ろうとはしなかった。
だが、そうすると、爵位継承者の問題が生じる。 この国では、よほどの理由が無い限り、女性は爵位相続権を持たないから。
そこで、父は私を男として育てることにした。
結果、私のもう1つの名前『ルーリ・イル・テュール』が生まれる。
名前の間に、嫡出の娘には『エル』、息子には『イル』が付く。
基本的に家では『ルーリ』の名で呼ばれ、男の子として育てられた。
そして、5歳の誕生日。
使用人も全員集めて、父から事情が明かされる。
最初は何のことか分からなかった。
年齢の近い女の子が身近に居なかったことも有って、本人は男の子扱いになってることさえ気づいてなかったから。
しかし、バレた場合はもしかしたら罪に問われて大変なことになるかもしれないこと、これからは念のために男女両方のマナーや教養を教えること、外はもちろん家でも引き続き男として扱うことを告げられ、今度はパニックになった。
パニックから熱を出し3日間寝込み、熱が下がっても3日間はボーっとした抜け殻状態だった。
そして7日目、私は、とりあえず前向きに生きることを決めた。
7歳で領地経営についても学ぶようになり、父の書斎の本を自由に読む許可が出ると、読書にハマった。
食事の時などに、父に様々な話を強請り、質問をぶつけるのも楽しかった。
ただ、女だとバレる危険性を抑えるために視察などには連れて行ってもらえなかったのは残念だったけど。
15歳の時、父が視察中の怪我で現地を回れなくなると、領地経営に陰りが出るようになる。
かといって、私が視察に出るわけにはいかず、他での収入で補うことになり、16歳で、人目に付きにくく読書好きを活かせる今の仕事に就いた。
ざっと、生い立ちと事情を説明する。
3人は、その間、黙ってじっと聞いていた。
イザーク殿下が黙ってるのに他が口を出すのは失礼だからというだけではないようだった。
「正直に話してくれて良かった。 ひとつだけ確認したい。 君はあの条件の全てに当てはまるね?」
魔法陣の設定との条件摺合せの為か、イザーク殿下が確認してくる。
『生粋のアークティア国民。 女性。 子供を産める健康体。 18~25歳。 独身で未婚。 過去にも現在にも恋人も想い人も居ない。 持ち込まれている縁談も持ち込んでいる縁談も無い。 伯爵家以上の家柄。 本人にも親族にも犯罪歴が無い。 本人にも親族にも野心や浪費癖が無い。』
「……はい。」
ここまでは、予想の範囲内だった。
***** 喚ばれてみれば……冗談ですよね? *****
「……それで、結論なんだけど。」
「はい。」
「まず、貴族の義務である社交界デビュー舞踏会は令嬢として出てね?」
「は?」
「私の婚約者候補として。」
「え?」
こうやって話してる間に考えをまとめて対応策まで提案してくれるなんて、イザーク殿下はなんて優秀なのかと感動しかけたら……にっこり笑顔での突然の爆弾2連発! 一瞬、思考停止。
カロ長官は穏やかな笑顔。 ユール副隊長は……固まってる。
「今回の召喚の理由というかキッカケ、聞いてるよね?」
思考が十分に動かないうちにイザーク殿下が訊いてくる。
『へぇ~。 コレって、もしかしなくても第2王子イザーク殿下の婚約者候補の?』
『ご本人がなかなか結婚する気になってくださらないのでな。』
『今回も多少強引にご本人に同席してもらって……(ため息)。』
『ご本人がいらっしゃらなくても不可能ではないんじゃが-……』
『同席のほうが精度が上がるからな。』
『どうせなら、お互いに一目惚れでもしてくれれば話は早いかと……。』
『あぁ、一応、イザーク殿下ご本人の意思は汲むんだ?』
『そりゃぁ当然。』
『結婚が義務の王族とはいえ、幸せになってくれるに越したことはないからのぅ。』
『第2王子だから?』
『王太子殿下でも第3王子殿下でも、関係無い。』
『他国の姫とかは?』
『今は必要に迫られてるわけでも無いしな。』
『条件に合う候補を喚び出して、会わせてみようと?』
『うむ。』
「……はい。」
イザーク殿下、あの時は呆然としてたのに、あの会話、聞いてたんですね……。
「そんな事情のうえ、カロ長官自らということもあって、今回の召喚は王宮内の上層部のほとんどが知ってるんだ。 そして、王宮魔術師たちは召喚の成功を魔力反応によって感知している。」
「え?」
「つまり、君がその格好だから、彼らは姿こそ見ていないとは思っていても、召喚された令嬢は存在すると分かってるんだ。」
「ってことは-……」
「君をお披露目しないわけにはいかない。」
笑顔で続けるイザーク殿下。
面倒なことになるのは確実で、必死で頭を働かせる。
「仕事も有りますし、女性としての存在は認識されてませんから-……」
「大丈夫。 イイ方法が有るから。」
「……イイ方法って?」
「この国の人間って、特に貴族って迷信深いよね?」
「……そうですね。」
イヤな予感ほど当たる、って言ったの誰?! 冗談だよね?
「双子の1人が殺されたり隠されたりって話、聞いたこと有るよね?」
「まさか-……」
「そう、それを使う。」
「テュール伯爵家に生まれたのは実は男女の双子。 不吉だと言われた伯爵は女の子を隠して育てる。 男の子は王宮勤めをしていたが、体調を崩し退職して領地に戻り、社交界デビュー舞踏会にも出席できず。 女の子は、召喚魔法で喚び出され、その存在が明らかになり、社交界デビュー舞踏会でお披露目されることになる。」
「しかし-……」
「王宮書庫管理官なら、記録でこういう実例の報告を見たこと無い?」
「 ! 」
「そう、似た前例が実在する以上、信憑性の点も問題無いんだ。」
「…………。」
イザーク殿下、今までの短時間でこれだけの設定を考えた? ……あ、つい、現実逃避。
王宮書庫管理官。 それが私の仕事。
王宮敷地内の王宮図書館の奥にある書庫で、図書よりもむしろさまざまな書類や記録の管理を行う。
そして、勤務中に喚び出された私は今、当然ながら制服に役職バッジを付けている。
これが、私がイザーク殿下たちと王宮内を歩いていても不審がられなかった理由の1つなわけ。
そんな私の仕事を分かっていて仕事さえ利用して説得してくるイザーク殿下をコワいと思った。
「質問は有る?」
「陛下には-……」
「ホントのことと今の筋書きを話すから問題無し。」
「当面の仕事は-……」
「しばらくは1人2役頑張ってね?」
「え?」
イザーク殿下からの答えはことごとく小型爆弾の威力で……。
「王宮書庫管理官って寮住まいだよね? まずは体調を崩したフリで退職手続きと退寮準備して? 王宮から寮の裏手に出る隠し通路が有るから、寮に居るフリして仕事以外はココで社交界デビュー舞踏会の準備や勉強。 退職・退寮したらココに住んで本格的に動き始める。」
「え? ココって、まさか-……」
「ココ、王宮。」
「社交界デビュー舞踏会の準備するんですよね?」
「王宮でね。」
「いや、それは-……」
「こっちの事情で始まったことだしね。」
「領地に帰ってでも-……」
「社交界デビュー舞踏会の準備が本人無しで出来ると?」
「父には-……」
「事情と今の筋書きを話すから問題無し。」
「…………。」
質問すればするほど逃げ道の無さを実感するのは気のせい?
それに、ごく稀に、殿下が『その点が有ったな』という表情を浮かべてたような……もしや自分で退路を明かして潰された?
カロ長官は目を細めて楽しそうに見てるだけだし、ユール副隊長は渋くはないけど真剣な表情で考え込んでる。
「他に案が有る?」
「…………。」
「じゃぁ、決定。 私に任せてもらうよ? 信じていいから。」
「……はい。」
ここまでくると流石に冗談とは笑えない。
とりあえず出来ることは、様子を見ることだけ、かな。
***** 喚ばれてみれば……ひとまず寮へ *****
「ただいま戻りました。」
「あぁ、お疲れ様。 ホントに疲れてるみたいだな。 大丈夫か? 話は聞いてるから報告も要らない。 もう帰っていいぞ。」
「はい。 失礼します。」
結構な時間が経ってたようで、話が終わったときには就業時間が終わってた。
イザーク殿下に言われた通り、上司に戻ったとの報告だけすると、あっさり帰宅許可が出た。
報告も要らないって、あのメモ以外にも話が通ってるってこと?
メモといい、どんな話になってるんだか……。
想像もしたこと無い出来事と展開で、私の頭も精神も許容量限界で、心身ともに疲れてるのが表面にも出ていたらしい。
上司の心配が身に沁みる。
『近々体調を崩すことに説得力が出たな。』と笑うイザーク殿下が見えた気がしたのは……そんな気がしただけだと思いたい。
突然のことだからと今日だけは職場に戻って普通に寮で休むことを許されたけど、疲れ切った私の様子を上司や周りに見せることが目的だったり……しない、よ、ね?
とりあえず、不自然ではない程度に職場を片付け、寮に戻る。
寮の部屋も、誰かに見られても不自然でない程度には整理を進めておかなくちゃ……。
でも、今日は無理。 なによりも、気力が限界。
寮がバス・トイレ付個室でよかった。 他人を気にしないですむ自室という空間のありがたさをこんなに感じたのは初めてだ。
とりあえず、食堂からもらってきたサンドイッチを食べ、入浴でサッパリしたらベッドに倒れ込んだ。
ホントに疲れていたらしい。 何を考える間も無く……。
で、ふと目が覚めたのは夜明け前。
時間帯は普段とズレてるけど睡眠時間は足りてるからか、体も頭もそれなりにスッキリしてる。
逆に、もう一度眠る気にはなれないし、今後の行動も考えなくては、ってことで、顔を洗い、身なりを整える。
ホントはノートにでも書き出して整理したいけど、万が一誰かに見られたらマズいどころじゃないから諦める。
まずは、円満退職のために少しずつ体調を崩していく演技。
実はコレ、演技は要らない気もする。
だって、さっそく今日から婚約者候補としてとの二重生活が始まるわけで…………って、事情が事情とはいえ昨日の今日なんだから王子って鬼畜…………それに関するアレコレだけでも心身の疲労は表面に出そうだからね。
昨日の上司の反応が裏付けみたいなものだし……。
そして、終業後の……女装?
今日だけは、寮の裏で隠し通路の案内人が待ってるらしい。
それと、王宮で予備のドレスを着て内輪での晩餐で陛下達に顔見せ、って私にとっての大試練をさらりと言ってくれちゃった王子様、ホント、イイ性格かも。 だって、男女両方の知識と教養を身に付けさせられてきたとはいえ、ほぼ男性で通してきたんだよ? どっちが自然に出来るかなんて分かりきってる。
ドレスも女性としての振る舞いも就職前以来なのに、それで王族に囲まれて晩餐って試練すぎでしょ。
それこそ事情が事情だから、一刻でも早く顔見せが必要なのは分かるし、当面は私も逃げ出せないんだけど……。
女性に戻るのはともかく、少なくとも婚約者候補という厄介な立場からは早めに抜け出さなくちゃ色々マズすぎるから、そのことも考えなくちゃ。
仕事の段取りは考えるまでもなく出来てるから、終業後のことを考える。
女性としてのマナーや振る舞いや常識を思い付く限り、頭の中で復習する。
一番心もとないのは所作。 動き1つとっても男女で違うのは当然だし、それが貴族(令息と令嬢)となると違いは見て分かるほどに明らかだから、使い分けに気をつけることが必須なわけで気を抜けない。
自分では気づかない場合も多そうだから、周りにチェックしてもらわないと……。
それとダンスかな。 職場が職場だし社交界デビュー前だったから家以外でのダンスなんて経験無い。
それに、男性パートと女性パート、きちんと今も区別できてるかどうか……。
王族(の婚約者)としてのアレコレなんて知らないけど、それは知らなくて当然だからしっかり教えてもらえばいい。
職業柄、王族・貴族の情報はそれなりに持ってるし国の歴史なども頭に入ってる。 っていうか、むしろ一部の裏情報まで知ってるぐらいだし。
それと、少なくとも召喚の事情を知ってる侍女を付けてもらえるだろうから、流行のドレスだとかはその侍女に聞こう。
あ、そのドレスとか身の回りについて、王子に相談しなくちゃ。
と、諸々(もろもろ)について考えてたら、あっという間に普段の起床時間になった。 これから終業までは今までどおりに過ごせばいい。
さぁ、食堂で朝食食べたら出勤だ。
***** 喚ばれてみれば……マジですか *****
終業後、私服に着替えて寮の裏に来てみれば、いきなりサプライズ。
案内役で待ってたのは、イザーク殿下ご本人。
『隠し通路なんて王族以外はほとんど知らなくて当然だろ』って、ごもっともだけどね。
女官長とかは知ってるんじゃないの? なんで、殿下ご本人?
「とにかく、おいで?」
と手を差し出す殿下。
『女性としての振る舞いの確認』と殿下は言うけど、私、今、男性としての私服なんだけど?!
「入り口はすぐそこだから」
と言われて、手を引かれて連れられてみれば、ホントに『すぐそこ』で……。
だって、それは寮の裏の壁面!
待ち合わせた場所から歩いて数歩、間違いなく『すぐそこ』で、木々も有ることだし誰かに見られる可能性はメチャクチャ少ない。
当然ながら偽装された入口を入り、お決まりの地下通路……なわけなんだけど、思ったより明るい。
しかも、あからさまな照明は無いのに、均等の間隔で光が入ってる。
思わず、好奇心のままに聞いてみたら、上の寮の光を鏡などで反射させて取り込んでるらしい。
日中は太陽から夜間は照明からといつでも光が確保できるし、松明やロウソクと違い火事やら酸欠やら汚れの心配も無く経費も掛からないんだとか。 素晴らしい。 設計者に拍手を送りたい。
でも、寮の下ばかりではないわけで、そんな場所でも明るい理由は『まだ内緒』だそうだ。
そして、着いた1室。
王宮の近くからは迷路のように枝分かれしていて、殿下に手を離されてたら迷子確定でヘタしたら遭難死してたほどだった。
それを迷わず進む殿下、まさか通路の全てを把握してる?
そうして出た先は控室っぽい部屋で、そこに居た女官長…………なんとここで登場、すべての事情を知ってるらしい…………にワンピースドレスに着替えさせられ、そこを出て廊下を歩いて着いた部屋は上質の客室という感じ。
王子の婚約者候補としては普通なのかもしれないけど、それよりも……準備万端でした。
室内には、笑顔の侍女3人とドレスや装飾品の山。
私を見た途端、頭を下げる前に見せた一瞬の表情が獲物を見つけたハンターのようだったのは、見間違いだよね?
「太くもなく細くもなく-……」
「でもコルセット慣れはしてないわね。」
「しばらくは既成のドレスでしのげそうね。」
「髪質はいい、なのに短い-……」
「令嬢としてギリギリの長さよね。」
「肌質もいいのにお手入れした様子が無いわ。」
「それでもひどく荒れてないのは救いよね。」
「爪も、手入れしてない-……」
「短めだけど問題無い程度ね。」
……見間違いでは無かったらしい。
『後は任せた』と殿下が退室された後、あっという間に3人に囲まれ、ドレスを脱がされつつ色々チェックされた。
コルセット慣れとかまで分かるんだ……ちょっとコワいかも。
でも、彼女達がどこまで事情を知らされてるのか分からないから、そんなことは表に出さず平静を装う。
そうこうして、試着で何度か着替えたり化粧したりして、令嬢の完成。 正直、これだけで疲れた。
慣れないコルセットも窮屈だし、ハイヒールは少し危なっかしいのを必死で隠して……。
でも、本番(?)はこれからなんだよね、マジですか。
「ルリアナ嬢、いや、リア、準備は出来たかな?」
準備が出来て一息ついた途端、ノックとともに殿下の声。 なんてタイミング。
でも、私たちの様子をじっと見てた女官長が何も言わないんだから、廊下で待たせてしまったとかいうことはないんだろう。
しかし、いきない愛称呼びですか。
まだ婚約者『候補』だよね?
しかも、昨日召喚されたばかり、つまりは初対面も同様なのに……。
立場的に反論なんて出来ないけどね、侍女たちも居るし。
でも、なんかスッキリしないので、『よく似合ってる』との誉め言葉にとびきりの笑顔で『ありがとうございます』と返しておいた。
他の人には分からないような一瞬だけ目を瞠って、すぐに笑顔で頷いてエスコートに腕を差し出してくるあたり、さすが王族、素晴らしい対応力。
「ホントに似合ってるよ。」
「ありがとうございます。」
「いや、お世辞とかでなく-……」
「分かりました。」
「ハイヒールも問題は無さそうだね。」
「少し不安定ですけど。」
「慣れるしかないね。」
「はい。」
「歩き方も及第点かな。」
「気を抜けませんけど。」
「練習すればいい。」
「はい。」
食事室に向かいながら、イザーク殿下と小声で話す。
必要以上の興味を持たれたくなくて素っ気ない反応をしてみるが、気を悪くする様子も無し。
「そういえば、他の候補は-……」
「居るわけない。 あの事情で、複数なんて認めると思うか?」
「愚問でしたね。」
「そういうことだ。」
ふと気になったことを聞いてみれば、すんなり答えが返ってくる……のはいいけど、現状だけだとしても、候補が私1人ってマジ?
理屈は分かるけど、殿下が他の候補を考えるまで私は拘束されるってこと?
そして、殿下も私に拘束されるってこと?
これは、お互いの為に早く解放してもらわなくては!
*** 喚ばれてみれば……試練です ***
あの後、王家の皆様と晩餐。
国王陛下、王妃様、王太子アルフォート殿下とサーシャ妃殿下、第3王子ウォルフガング殿下、とイザーク殿下と私。 見事に『内輪』だけど、王家勢揃い。 皆様、気さくなんだけど、私の事情もイザーク殿下の案も承知だとはいうけれど、すごく緊張しましたよ。
だって、全員が王族どころか王家直系。
しかも、言われてはいないけど とりあえず王家のみんなでチェックして問題無ければ大臣とかにも話を通すということなんだろうって分かるしね。
料理の味? 分かる余裕なんて有るわけない。
盛り付けとかはきれいだし、見ただけでも分かる上質な素材を使ってたけどね。
まだ婚約者『候補』なうえに、それさえ『仮』がついてもおかしくない状況だからか、私個人についての質問はほとんどされなかった。
でも、イザーク殿下の幼いころの話とかは出てきて、どう反応していいのか、それよりも私が聞いていいのか悩まされた。
場を和ませるためか失敗談とかが多くて、本人が横で慌てて遮ったり拗ねたりしてくれちゃうから、私も途中からは取り繕うことが出来なくなったんだけど不敬罪とか大丈夫だよね?
「召喚されるとき、何か予兆は有るのか?」
「いきなり足元に魔法陣が出ます。」
「召喚されてる瞬間はどんな感じ?」
「一瞬の浮遊感とまぶしさと着地の軽い衝撃ですね。」
「召喚された直後の体調とかは?」
「問題無いですよ。」
「魔術師たちの反応はどうだった? イザークの反応は?」
「「 ! 」」
召喚については興味津々だったようで質問が多かった。
その中で、魔術師やイザーク殿下の反応を聞かれた時には、2人して一瞬固まった。
なんか、とんでもない推測出てたし? イザーク殿下は呆然としてたし?
話していいのか? 当然、私はイザーク殿下の指示を待つ。
「召喚なんて文献でしか知らなかったんだし、成功するかも分からなかったんだから驚いて当然。」
「しかも、男装の令嬢が来るなんて誰が予測できると?」
「そういえば、ハッキリ言っておくが私は同性愛者じゃないからな?」
「 ! 」
「それは、彼らに言ってくださいよ。」
吹っ切ったらしいイザーク殿下が自ら当時の状況を話す。
そして、最後の一言は私に向けて、実にイイ笑顔で!
あまりにイイ笑顔で、イザーク殿下の怒りと性格がよく分かる。
笑顔なんだけど、冷や汗が出る。
基本は穏やかそうだけど、いや、そういうタイプだからこそか、怒るとコワい。
たとえ、ホントの本気じゃなくって、それと分かっていても……。
周りは大笑いを堪えてるようで助けてくれない。
私が言った台詞じゃないと必死で(主にイザーク殿下に)主張する。
目上の魔術師たちを売るなって? 売るわけじゃなくて、事実だから!
結局はイザーク殿下に『分かってる』と認めてもらったけどね。
たとえ場を和ませるためでも、心臓に悪いからかいはやめてほしい。
そんなこんなが有ったけど、なんとか晩餐は終了。
部屋に戻って一息ついたら、今夜は採寸だそうで……。
今の流行はプリンセスライン。 上半身はフィットさせて少しハイウエストのスカートはふんわりひらり。
だから食事後なのも採寸には好都合なのだとか。
スカート部分に骨組みを入れてふくらませるドレスや、膝までフィットのマーメイドラインが流行でなくてよかった。
ドレスだけでなく、帽子や装飾品のための採寸も有って、今夜の予定が晩餐と採寸のみだったことに納得。
ネックレス用に首回り、指輪用に指周り、ブレスレット用に腕周り、手袋用にすべての指の長さまで図るんだから、時間のかかること!
終わったころには、私はぐったりしてるし、時間も入浴して眠るだけの時間帯に入ってた。 疲れたぁ。
明日はまだ勤務が有る。 さっさと寝て回復しなくちゃホントに倒れそう。 さて、おやすみなさい。
*** 喚ばれてみれば……これも試練ですね? ***
「ちょっと、そこの貴方。」
いきなり呼び止められたのは王宮の廊下。
口調と声で貴族令嬢とは分かるので、振り返って挨拶の礼をする。
聞き覚えの無い声だから王族ではない。
とはいえ、不敬にあたるような相手ではマズいので、礼をしながら相手を確認する。
「貴方よね? 双子の妹とやらがイザーク殿下の婚約者候補になったのは……。」
「……はい。」
「貴方、何者?」
「テュール伯爵家、ルーリ・イル・テュールと申します。」
「伯爵家の令息なのにそんな仕事してるのね。 顔を見せなさいよ。」
「……はい。」
「(外見は)悪くは無いってところね。 妹も同じ顔なのよね?」
「……はい。」
「それにしても、顔色悪いわね。」
「近々退職して領地に帰る予定です。」
「それなら、そんな不景気ヅラを晒してないで、とっとと帰りなさい。」
「……はい。 失礼します。」
ルクス侯爵家次女キュリア嬢。
王宮書庫管理官なんてやってれば貴族全員の名前と絵姿が嫌でも頭に入るから、間違いない。
彼女は名乗らないまま話を続けるが、格上の相手に下手な指摘は出来ないので、そこは流す。 こちらで分かってれば問題無い話だ。
しかし、婚約者候補の件、もう情報を掴んでるのか、さすが侯爵家。 ただ、娘だからか、詳細は教えられてないらしい。
なんとなく『気になるなら自分で調べろ』というルクス侯爵の声が聞こえた気がする。 評判通りなら彼らしいセリフで、彼は家族にも甘くはないってことかと1人納得。
とりあえず、余分な情報は与えずに、さりげなく『自分は舞台を降りる』ことだけ伝えることには成功したようで、内心ホッとする。
令嬢の情報網は侮れない。
しかもルクス侯爵令嬢ともなれば影響力は大きい。
厄介ごとの芽は早く摘んでおくに限る。
「妹に会ったら伝えなさい。 貴女なんてふさわしくない、さっさと引っ込みなさい、とね。」
「わかりました。」
終わったと思ったら、お決まりのセリフが来た。
当然、無難にやりすごす。 この程度のやりとりでは言質はとらせない。
「伯爵令息のくせにそんな仕事してるなら、実家の力じゃないのね。」
キュリア嬢が去り際に独りごちたのが聞こえた。
これなら実家への飛び火は無さそうだ。
そして、彼女が侍女とともに歩き始めたのを確認して、私も目的地へと向かう。
行先は王宮書庫、つまりは自分の職場に戻るわけだが……まさか、私が王宮に来る滅多に無いタイミングでこんな目に遭うとは思わなかった。
ホントに、たまたま、上司から頼まれた書類の提出に来た帰りなのだ。
胃が痛い気がする。 今回のやりとりで顔色は更に悪くなったんじゃないだろうか。
その後、王宮書庫に戻るまでに、なんと5回も似たやりとりをする破目になった。
相手は格上・同格・格下と様々な令嬢(侍女付)。
私も似たような応答で無難に済ませたものの……今日は厄日か?
胃の痛みが気のせいじゃないと思えてきた。
今日は終業後は王宮での勉強のみで助かった。
その時点では、ほぼ毎日、そんなやりとりを何回もやることになるとは思いもしなかった。
(当然だけど)見かけない妹本人に直接言えない分、矛先がルーリとしての私に向けられたのは当然といえば当然なんだけどね。
職場近くで、偶然を装ってまでして言うのはやめてほしい。
待ち伏せしてたのは分かってるんだよ?
ルリアナ(女装)の時だと口だけで済まないかもしれないから、まだマシ、とは思いたくない。
*** 喚ばれてみれば……また試練です ***
日中の通常勤務を終えて、今は王宮。
昨日より広い食事室で、大臣数人を含めた晩餐中。
私、王家の皆様には認められたようです。
お咎め回避と安心していいのか、いっそ認められずに帰して(放置して)もらうべきだったのか、悩んだけど、悩んでもどうにもならないのでやめた。
さて、同席するのは昨日と同じ王家の皆様と大臣4人。
大臣たちは、召喚のことは知っていても、私の事情や殿下の思惑は知らない。 対応には細心の注意が要る。
前回同様、食事を味わう余裕が無いのは確定済みだし、正直、憂鬱。
それにしても、今日は前回の晩餐会からまだ7日目。
手回しが良すぎるというか、多忙な大臣4人勢揃いって良く調整できたものだと思う。
たとえ王子の婚約関係とはいえ、多忙な大臣に無理を強いる陛下たちではないから、大臣たちが自ら調整してるはずで……って、緊張が増すようなことを自分で考えてどうする。
「初めまして。 内務大臣アルキッド公爵様、祭礼大臣ワイアット公爵様、軍務大臣リーガス侯爵様、外務大臣ルクス侯爵様。 テュール伯爵家、ルリアナ・エル・テュールと申します。」
王家の方々に一礼すると、大臣たちに紹介される。
そこで、大臣たちと順に目を合わせながら挨拶と自己紹介。
今は仮にもイザーク殿下の婚約者候補のうえ、ここに居るということは王家の皆さんが認めているということだから、『田舎貴族ですが皆さんのことは常識として知ってます』というさりげないアピールぐらいは必要。
大臣たちも返礼と自己紹介をし、晩餐が始まった。
「年齢は?」
「今年で18歳になりました。」
「テュール伯爵には息子が居たな?」
「双子の兄です。」
「その彼は2日前に退職してますよね?」
「体調を崩したのとイザーク殿下の遣いとして帰郷しました。」
「イザーク殿下の?」
「リア、いや、ルリアナ嬢を隠していたことを咎めることはないという書面を持たせたんだ。」
前回とは逆に、今回は家や個人についての質問がほとんど。
事実やイザーク殿下が考えた設定を踏まえた答を返す。
時にはイザーク殿下も援護してくれる。
「喚ばれた時にはどこに居た?」
「領内の別館です。」
「今、着てるドレスは?」
「私が用意した。 突然だったから室内着だったんだ。」
「喚ばれてから、ずっと王宮に?」
「領地は遠いし、社交界デビュー舞踏会の準備もあったからね。」
「あぁ、存在ごと隠されていては参加なんて考えないか。」
「婚約者候補という立場に拘束するかわりに社交界デビュー舞踏会の準備を引き受けることにしたんだ。」
実際は違うとはいえ、見知らぬ男性たちの前に室内着で現れた場面を想像し、思わず赤くなる。
自分で話すには恥ずかしすぎる設定だからイザーク殿下が説明してくれて助かるけど、イザーク殿下も男性なわけで、これはこれで恥ずかしい。
他にも、私が答えると勘ぐられそうな質問はイザーク殿下が答えてくれる。
「正直に答えてほしい。 婚約をどう思ってる?」
「私には荷が重いです。」
「イザーク殿下のことは?」
「まだ分かりません。」
「婚約者の立場は他の令嬢に譲ってもいいと-……」
「私がイヤだね。」
自分の心について聞かれれば、正直に答えるしかない。
けど、他の令嬢の話が出た途端にイザーク殿下が割り込んできた。
「条件を満たすならルリアナ嬢でなくても良いのでは?」
「何故わざわざ召喚魔法を使ったのか忘れたか?」
「…………。」
大臣の質問に、イザーク殿下が即座に答える……声がいつもより低い?!
『普通にリストアップしなかったのは?』
『縁談はともかく、想い人の有無など他人にはわからんだろう?』
『親が引き裂くかもしれん。』
『相手の令嬢のことも考えてると?』
『不幸な結婚は誰でも嫌じゃからな。』
召喚直後、上の空ながら答えてくれたカロ長官たちの言葉を思い出す。
「彼女は条件を満たしてる。 想い人も居ないという。 私としては複数候補なんて冗談じゃない。 だから、社交界デビュー舞踏会までの間、様子を見ようと思った。」
「見極め期間ですか。」
「ルクス侯爵!」
「事実でしょう? それに、本人は分かっていたようですし問題無いのでは?」
「!」
「努力はしてます。 イザーク殿下やみなさんの思惑はともかく、自分を磨くことにもなりますから……。 それに、イザーク殿下は気を配ってくださってます。 そんな彼を知ろうともせずに拒絶しろと?」
イザーク殿下が吐き捨てるように話せば、大臣が確認するかのように聞いてくる。
それにイザーク殿下が一瞬言葉に詰まったのに気付き、私が答えた。
「つまり、社交界デビュー舞踏会までには結論を出されるのですね? イザーク殿下。」
「そうだ。」
「それで、社交界デビュー舞踏会にテュール伯爵や子息は?」
「体調次第だな。 テュール伯爵は驚いて体調を崩したものの既に復活したそうだが……。」
家族の話に、そっと目を伏せます。
父の驚きと不調からの復活は聞いていました。
けど、もう1人の自分をどうするか、なによりも自身の将来をどうするか、決まっていないことや不安のもとが多くて……。
結局、今回は王族の方たちからの質問は無く、彼らが会話に口を挟むこともありませんでした。
おそらく、あらかじめ話がついていたんでしょう。
私のホントの事情についても、彼らが話さない以上、私も話さないし話せません。
あとは当たり障りのない話題で、普通に晩餐は終わりました。
*** 喚ばれてみれば……本音は? ***
晩餐会の後、イザーク殿下と応接室で話すことになった。
国王陛下や大臣たちも別室で話をするらしい。
大臣たちの反応によって、私の事情が明かされるかどうか判断するのだろう。
「……あのね?」
「はい?」
「そんなに、令嬢として生きるのがイヤ? 仕事が好きだった? 社交界デビュー舞踏会がイヤ?」
「え? いつかは令嬢だとバラさずにはすまなくなるでしょう。 読書が好きなので仕事も気に入ってましたけど家族が大切ですから。 社交界デビュー舞踏会も、すっかり忘れてましたが、貴族なら男女どちらにしろ出ないわけにはいかないんですよね。」
椅子に座って軽く一息ついたイザーク殿下が質問してくる。
晩餐会でのやりとり、私が逃げ道を残すべく言質を取られないようにしてたのはバレバレだったらしい。
「もしかして、私の婚約者候補なのがイヤ? 私が嫌い? 恐い?」
「……イヤではないと思います。 嫌いでもないですし。 なんとなく少しコワいですけど。」
「王宮に居たくない? 私たちに関わりたくない?」
「王宮は場違いだし緊張するし落ち着きません。 関わるのは、正直に言って、面倒なことになりそうなので少し……。」
「ホントに正直だね。」
今度は大きく息を吐き出すと、少し傷ついたようにイザーク殿下が聞いてきて……その表情はズルいと思う。
社交界デビュー舞踏会までに、私以外をという結論が出た場合は再召喚ということを大臣たちに承諾させられたこともあって、イザーク殿下は考え込んでいる。
「君のことを話して? 真実を知った時の気持ちとか、その後とか……。」
そう聞かれて、思い出しながら話していった。
伯爵家とはいってもそこそこの家格でしかなく、社交などに興味の無い父は、妻を亡くしたショックから立ち直っておらず、性別を偽っても『領内から出なければ何とかなる』と安直に考えてしまったらしい。
真実を知ってから7日目、前向きに生きる決心が出来たのは、ふと気づいたベッド脇の机の上のノートに気付いたから。
いつから有ったのかは分からないけど、その表紙には『ルリアナ(ルーリ)』と私の名前が書いてあり、それは父の文字だった。
そのノートには、先日聞かされた事情の他、今でも母を愛してること、同じように私のことも愛してること、親の勝手で大変な立場にしてしまったこと、今後の見通し、これから気を付けなければならないこととその理由、いつでもどんなことでも相談に乗ること、相談だけでなく何でも話してほしいこと、質問には出来る限り答えることなどが書かれていて・・・。
今になって考えると、見えるものを残すなんて危険極まりなく、父の覚悟が現れていたんだと分かる。
さらには、当然この件は屋敷のすべての者が知っていること、他には知る者は居ないことも書かれていて、父を含めた全員の署名まで有った。
つまり、家中が覚悟を持って私の味方で居てくれる証であり、それを感じ取った私も覚悟を決めたのだった。
身体を動かすのは好きで、剣術も護身術も自分1人なら何とか守れる程度にはなったし、父と2人での馬での遠乗りは楽しかった。
ダンスも男女両方のパートを踊れるようになったが、長くて重くてかさばるドレスとコルセットとハイヒールは実は今でも慣れない。
剣や護身術の練習で体が思うように動かず拗ねたり、コルセットの窮屈さに悲鳴を上げたりしたこともあったが、色々やらかしながらも努力だけはやめなかった。
父の愛は感じていたし、周りの協力も温かなものだったからこそ、ひねくれたり挫けたりしなくてすんだんだと思う。
「やっぱり、君は変わってる。 こんな令嬢は他には居ない。」
じっと聞いていたイザーク殿下が、微笑んで呟く。
ひどい言いようだけど……???
その後、イザーク殿下に部屋まで送られて、1日の予定が終わった。
*** 喚ばれてみれば……衝撃の告白 ***
そして、社交界デビュー舞踏会前日。 イザーク殿下と応接室。
「確認したいんだけど、今も1人っ子?」
「はい」
「テュール伯爵は再婚は?」
「してませんし、そんな話を聞いたことも有りません。」
「社交界デビュー舞踏会に令嬢として参加してルーリは病気欠席にするとして……。 実際は君は1人っ子なんだから、次の後継者の為に結婚の必要が有るよね?」
「……はい。」
「私の婚約者じゃなくなったとして、ルーリのことはどうするつもりだった?」
「…………。 病死したことにするしかないだろうと……。」
「王家は既に事情を知ってるんだよ? その私たちに黙って?」
「…………。」
イザーク殿下が徐に訊いてきます。
「相手が私なら、事情はみんなが知ってる。 王家も大臣たちも事情を知ってて黙秘を決めてる。」
「婚約者候補は……社交界デビュー舞踏会までですよね?」
「社交界デビュー舞踏会では婚約者候補としてお披露目すること、君も最初に了承したよね? お披露目した後、どうするつもりだった?」
「…………。」
続けざまに投げかけられる質問。
イザーク殿下の表情はコワいくらい真剣で……。
私は、今まで悩みながらも考えたことを話すのが精一杯。
まさかという疑問と自意識過剰だと戒める理性とでパニック寸前。
「私たちの結論を言おうか。 君は、私の婚約者だ。 候補ではなく、婚約者と公表する。」
「そんな……。 だってイザーク殿下の気持ちだって-……」
「気持ちは決まってる。」
「一時しのぎだったはず-……」
「今は違う。」
「会ってから、ずっと見てきた。 私の相手は君だ。 逃がすつもりはない。」
「…………。」
「強引なのは承知だ。 ズルいのも分かってる。 それでも……。 覚悟を決めておいてほしい。」
テーブル越しに私の手をぎゅっと握り、まっすぐ私の目を見て宣言する殿下。
あくまでも『今は』婚約なだけで、婚約期間終了後は正式な求婚を経て婚姻とするつもりなのは間違えようがなくて……婚約さえ『仮』だと思ってた私が思考停止してしまったのは当然ですよね?
「本気だから。 明日が楽しみだ。」
固まったままの私の前髪をそっと掻き分け、額に軽いキスを落とすと、呼んだ女官長が来るのと入れ違いにイザーク殿下は退室していきました。
「ホントに気付いてらっしゃらなかったんですね。」
「…………。」
「分かりやすかったと思いますよ?」
「殿下は最初から気を配ってくださってたもの。」
「王族としての気配りから男性としての気配りに少しずつ変わっていったんですよ。」
「婚約さえ一時しのぎのはずだったのに……。」
「貴女を知って、変わったんですよ。」
「それらしい様子は無かった-……」
「変化は緩やかでしたから。」
「そんな、いつから……。」
「婚約を決めてらっしゃっらなければ、ご家族とはいえ陛下たち全てを話すことはなかったでしょう。」
「え……。」
「あの大臣たちを納得させるには、ホントの結婚前提の本気の婚約でなくては無理でしょう。」
「あ……。」
呆然としたままの私を部屋に連れ帰った女官長から出た思いがけない話。
女官長のお姉さんがイザーク殿下の乳母だったため、幼いころから知ってる分だけイザーク殿下の変化に早く気付いたんだそうです。
「大丈夫です。 婚約期間中に向き合ってさしあげてください。 もちろん、受け入れてさしあげてくださると嬉しいですけどね。」
「…………。」
「イザーク殿下が本気でいらっしゃる以上、婚約と婚姻を取りやめるのは無理でしょうけど、結婚後に愛が生まれることもあります。 普通の政略結婚なら、双方ともに不本意な場合も有るんですから……。」
「……そうですね。 前向きに考えます。」
話を聞いてるうちに、少し頭が働きだして……衝撃のせいか、いつのまにか私の思考も口調も完全に女性モードになってることにも、やっと気づきました。
前向きに考えることにしたものの、いえ、だからこそ、私は今夜、眠ることができるんでしょうか?
*** 喚ばれてみれば……より大きな衝撃 ***
とうとう今日は社交界デビュー舞踏会当日です。
私も、イザーク殿下と改めて向き合うと決めました。
思考や口調が女性モードのままとはいえ、長年に培われた男っぽい決断力は残っていたようです。
今後を考えると、この状態は都合がいいでしょう。
とはいえ、さすがに緊張してます。
普通の社交界デビューでさえ緊張するのに、イザーク殿下との婚約まで重なるんですから……。
そこで、部屋での待機中に緊張を紛らわせるために周りの整理をしてたんですけど、まさか、こんなことになるなんて……。
『召喚されてる瞬間はどんな感じ?』
『一瞬の浮遊感とまぶしさと着地の軽い衝撃ですね。』
かつて経験したことの有る感覚の後、目を開けると、そこは見知らぬ場所でした。
「我が花嫁が決まった!」
呆然とする私の横で声がすると、とんでもない歓声が広がります。
そして、声の方に腰を抱き寄せられて、ハッとして振り仰ぐと、そこには知らない男性。
褐色の肌は私とは明らかに民族が違うことを示しています。
深緑の光沢を放つ黒髪に金の瞳、私よりだいぶ上から見つめてくる視線。
太陽を光を受け、黒髪ながらも金色の獅子のようで、その頭上には王冠が……。 え? 王冠?
「離してください。 ここはどこですか? 訳が分かりません。 説明してください。」
衝撃に衝撃が重なって、やっと我に返り……身をよじって、離れます。
その時、目に入ったのは、雲1つ無い真っ青な空、神殿らしき白亜の建物、神官らしき人たち、建物前の広場に詰めかけた群衆。
「ここはノ・イア王国の王宮神殿。 私は国王レン。 貴女は神が選び、私が決めた、我が花嫁、我が国の王妃。」
「そんなの納得できません!」
「頭上を見るがいい。 ルリアナ嬢。 ん? 名前は魔法陣から分かるぞ?」
ノ・イア王国、話に聞いたことはあります。
大陸の北寄りに有るアークティア国王よりもずっと南にある国で、離れているためにほとんど国交も無いはずです。
でも、それくらいしか知りません。
そして、頭上には……3つの魔法陣。
金と銀の魔法陣が重なるようにして揺れ、蒼い魔法陣が銀の魔法陣に引っ掛かるように揺れてます。
「誰か、蒼の魔力の持ち主が貴女を繋ぎ止めようとしてるようだな。」
「! 私は婚約発表の予定で-……」
「無効だ。」
「そんな-……」
レン国王の言葉に、婚約披露の直前だったと思いだし、説明を試みますけど、あっさり拒否されました。
「私の魔法陣と重なってるだろう?」
「私は魔法は使えません!」
「特殊なだけだ。」
「自分では使えず、他人の、しかも共鳴する魔力によってのみ引き出され、相手の魔力を中和したり増幅する。 どちらの効果が出るかは生まれつきの相性次第。 銀の魔法陣が出てるうちは魔力が使えるはずだから、私の金の魔法陣ともう1つの蒼の魔法陣に触れてみるがいい。 相性が良ければ残る。」
「そんな……。」
「私の魔法陣が消えたら、すぐにでも帰してやろう。 2つとも消えた場合も、な。」
「……わかりました。」
必死でパニックを抑え、そっと両手を2つの魔法陣に伸ばします。
*** 喚ばれてみれば……結末も衝撃 ***
リーーーーーーン! シャリン!
2つの澄んだ音。
そして、蒼の魔法陣が消えます。
金の魔法陣は銀の魔法陣に完全に重なり、私をくぐらせるようにして足元へと降りて消えました。
次の瞬間、前回以上の歓声が……。
「やはりな。 これで決まりだ。」
「そんな……。」
「魔力の色といい、容姿の持つ色といい、間違いないと思っていた。」
「私も黒髪とはいえ、これだけで決めるなんて-……」
「それだけじゃない。」
「見た瞬間に分かった。 私のものだ、必ず手に入れる、と決めた。」
「そして、神も認めた。」
「え?」
「自分を見てみろ。」
合図を受けた神官らしき男性から差し出された手鏡。
映るのは、当然、自分、なのだけど……蒼銀の光沢を放つ黒髪に銀の瞳?!
普通の黒髪だったのに、ダークグレーの瞳だったのに、他は変わってないのに……髪と瞳だけが変わっています。
「神が選び、私が決め、神の承認も得た! 祝ったり(祝おうではないか)! 歌ったり(歌おうではないか)!」
「祝ったり(祝おうではないか)! 歌ったり(歌おうではないか)!」
国王を名乗る男性の叫びに、広場どころか周り中から轟くような歓声が上がります。
その大歓声を受け、引き寄せられたかと思った瞬間、唇を奪われました。
それまで呆然としていた私は、口づけの事実とさらなる歓声で我に返って身をよじりますが、私を抱き寄せる腕はびくともしません。
「知っているか? 相性だけでは魔法陣があれほどまでに綺麗に重なることは無い。 私のは花嫁召喚の魔法陣だ。 では、あれほどピタリと重なった貴女のは? 蒼の魔法陣は婚約申請のようだったが、貴女のは違うよな?」
「!」
耳元で囁くように聞いてきます。
確かに、蒼の魔法陣はイザーク殿下の婚約申請の魔法陣でした。
そして、私のは……。
最初の召喚直後。
召喚魔法陣なんて珍しいものを研究せずにはいられなくて、魔法は使えないから問題無いと伝えて許可をもらい魔法陣を写し取りました。
そして婚約者候補を引き受けた翌日の夜、自分が召喚するならと仮定して魔法陣の条件を書き換えて楽しんでました。
だって、完全に『仮』の婚約者候補だと思ってましたし、ホントの婚約になることも、こんな事態も予想なんてできなくて……。
「蒼の魔法陣もここまで付いてきたんだ。 それなりに縁は有ったんだろうけどな。 想いも魔法陣の重なりのような感じだったはず。 蒼の魔法陣は今は失効状態で向こうに戻ってるから、王宮付きなどの高位の魔術師ならある程度は状況を察してるだろう。」
「…………。」
「抵抗しても無駄だぞ? 神への誓約は完了している。 私も手放す気はない。 魔法陣があれだけ完全に重なったんだ、拒絶の言葉も信じない。」
「…………はい。」
もう抵抗なんてできませんでした。
初めて目が合ってから我に返るまで、あの金の瞳しか見えなかったんです。
あの時、既に捕われていたのでしょう。
1つ深呼吸をして、アークティア国王の方向に一礼します。
今までの、これからの、様々なものと感情とを込めて……。
すると、それが終わるのを待ちかねたように、再び口づけられます。
それは先程よりもずっと情熱的で、そこに込められた熱で私を燃やし尽くすかのようです。
周りの音が消えるような錯覚を感じながら、私は受け入れていったのでした。
*** 完 ***
国内召喚で見つけた花嫁は、国際召喚で南国の国王に略奪されましたとさ。 ってことで、一応ハッピーエンドです。