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巷で噂の吸血鬼1

 朝七時。この時間になると、アラームをセットせずとも自然に目が覚める。但し、前日遅くまで呑んでいなければ、だが。

 颯真はこの日もいつも通り七時に目を覚ました。寝る場所としては少々狭いソファにもとっくに慣れ、その上で小さく伸びをする。欠伸をしながら体を起こし、直ぐ後ろにあるカーテンを開ける。まだ低い位置にいる太陽が朝を告げていた。窓も開けて陽射しと風を浴びる。夏の湿気を含んだ風は少し粘りけがあるが、気持ちいい。

 眩しいくらいの陽射しと風を堪能し、颯真は窓を開け放ったまま、冷蔵庫へと向かった。夕べコンビニで買っておいた弁当がある。本当はさいこにでもパンを買いに行きたいのだが、そうなると弁当が無駄になってしまうので、仕方無くそれを食べることにした。消費期限は深夜の三時で切れているが、気にはしない。幕の内弁当、と書かれたわりには質素なそれを、颯真は無言で胃袋へと詰めていった。

 美味くも不味くもないのがコンビニ弁当。

 小さな頃はそれなりに好き嫌いはあった。というか、嫌いなものはほとんどなく、世間の食べ物は好物ばかりで溢れていた。ハンバーグにオムライス、パスタ、サンドイッチ、おにぎり、味噌汁。母親が毎日丹精込めて作ってくれる料理が本当に好きだった。でも今はもう、その味は思い出せず、美化されているようにも思えてならなかった。

「颯ちゃーん、おはよー」

 弁当を食べ終え、食後にペットボトルの茶を飲んでいると、色羽が朝だというのに元気よく部屋に飛び込んできた。寝起きからは時間が経っているとはいえ、まだ三十分程度。覚醒しきっているとは言い難い脳に、色羽の甲高い声は痛いくらいだ。

「うるせーっ。朝から騒ぐな。殺すぞ、こら」

 颯真はペットボトルを勢いよくテーブルの上に置いた。さして減っていなかった中身は、狭い飲み口から飛ぶ。それが手にかかり、更に苛立ちが増す。

「はいはーい。その口癖はやめようねー」

 色羽は颯真に怒鳴られたことなど意に介していない様子で颯真の前に腰を下ろした。怒鳴ったところで、こうして無反応に近い態度をされると、途端に怒る気は失せる。

「……朝から何の用だよ」

 颯真は濡れた手をティッシュで拭きながら訊いた。

「え、用がないと来ちゃいけないの?」

 色羽は持参したらしいミルクティーのペットボトルのキャップを開けながら返してくる。

「幼馴染みに対して薄情だなー。ね、比奈ちゃん」

 色羽はそう言って、後ろを振り返る。その視線の先を追えば、比奈子が立っていた。薄いブルーのワンピースは、確か比奈子がユキの家に越した際に、ユキがプレゼントしたものだったと記憶している。フレアタイプのスカートがよく似合っている。

「おはようございます」

 比奈子はぺこりと颯真に頭を下げた。ハーフアップにした髪型は初めて見るが、顔の小ささがよく目立つ。

「おお……はよ」

 比奈子の兄、秋彦が殺害された事件から二週間が経った。秋彦の葬儀等は警察の力もあり、全て滞りなく終わっていた。しかし、墓まではさすがの警察も用意してくれるわけもなく、秋彦の遺骨は比奈子と共に、ユキの家へと運ばれた。

 比奈子の対人恐怖症は治っているはずもないのだが、穏和なユキとは上手くやれているようで、最近では本当の祖母と孫のようにも見えるほどだ。そして、時折こうして、色羽と共に向かいにある颯真の部屋へと訪れてくるようになった。色羽に連れてこられているだけで、勿論比奈子自身に颯真に用事があるわけはない。

 とはいえ、口数は多くはないが、少しずつ颯真とも会話をしてくれるようにはなった。それでも、颯真によりは、色羽の方に心を開いているように見えなくもないことが、颯真にとっては気掛かりでもあった。しかし、颯真自身、それの何が気掛かりなのかははっきりしない。

 今日の色羽は、いつもの茶髪のウィッグではなく、黒のボブスタイルのウィッグをつけ、化粧も普段よりも濃いめだ。大きな瞳をアイラインでくっきりと縁取り、目尻の方が長くなっている付け睫を付けていた。リップも真紅で、艶やかな印象だ。服装も和柄のロングワンピースで、腰の辺りに帯に見立てたような布を巻いている。

 ──よくやるわ。

 颯真は朝からきっちりとしている色羽の格好に尊敬を通り越して呆れた。

 そんな颯真といえば、寝間着同然のTシャツとハーフパンだ。もう二年着ているもので、Tシャツの柄は摩れているし、ハーフパンも所々糸がほつれている始末。

「あの、気になっていることがあるんですけど、いいですか」

 比奈子もいつの間にか椅子に腰を下ろし、持参したらしい──もしくは、色羽があげたのか──ペットボトルを手にしている。

「ん、何だ」

 颯真は風の強さを感じ、窓を閉めて、扇風機を回しながら返した。ここ一週間はだるような暑さが続いている。真夏到来。そんな季節になっていた。とはいえ、この部屋には冷房はなく、蒸すように暑い。しかし、住んでいれば慣れるもので、最初の頃こそは夜寝るときが苦痛だったが、今では扇風機だけで熟睡出来るようになった。夕べは幾らか涼しく、夜中目覚めたときに扇風機を止めたのだ。

「颯真さんと、色羽さんて、恋人同士なんですか?」

 比奈子は綺麗な黒色こくしょくの瞳を真っ直ぐに颯真に向けて訊いてきた。

 ──ん? 今、なんて?

 颯真は比奈子の言葉の意味を直ぐには理解出来なかった。色羽も同じようで、化粧によっていつに増して大きく見える瞳を見開いている。そして、颯真と色羽は顔を見合わせた。

 一瞬の沈黙ののち──。

「はあぁっ? 何で、何で俺がこいつと恋人じゃなきゃいけねぇんだよっ」

「そうだよ、比奈ちゃん。そんなの、絶対に有り得ないよ」

 何故、比奈子がそんな勘違いをするのか、颯真には不思議でならなかった。何処からどう見ても、自分と色羽が恋人同士になど見えるはずもない。颯真はそう思いながら比奈子に文句を言った。

「なら、両想いなのに、素直になれない、とかそういったことですか?」

 だというのに、比奈子はまだ見当外れなことを口にする。

「いやいやいや、だからそれは有り得ねぇだろ。だって──」

 颯真はそこまで言って、はたと気付いた。そして、ちらり、と色羽を見る。そこには完璧にお洒落を全身に施した色羽の姿。

「イロ……お前……」

「あー、その呼び方止めてって、昔から言ってるよねー?」

 色羽は頬を膨らましながら抗議してきた。色羽は何故か昔から、颯真が「イロ」と呼ぶと嫌がるのだ。そしてそれは、颯真に限ったことではない。本人曰く、「イロハ」という音の響きが気に入っているかららしい。

「色羽、お前さ、ちゃんと説明したか?」

 颯真の問いに、色羽は何を、と首を傾げる。艶やかなウィッグが揺れる。

「いや、だから、お前の性別……」

「あ、してないかも」

 色羽はそう言って、ぺろ、と舌を出した。

 ──だから、お前がやっても可愛くねぇんだよ。

 颯真はその言葉を飲み込んで、比奈子に視線を戻した。

「あのさ、こいつ、男なんだよ」

 颯真はにこにこと笑顔を作る色羽を親指で指して言った。すると、比奈子は一瞬ぽかんとした表情を作り、直ぐに、えぇ、と妙な声をあげた。

「水城 色羽、性別は男です」

 色羽はてへ、と笑いながら改めて自己紹介をした。


「えぇと、生物学的には男の方だけど、心は女性──」

「ううん、心も男の方だよ。普通に女の子の方が好きだし、自分て女の子だなー、とか思うこともないし」

「えっと、では、その格好は──」

「これはね、たんなる趣味。可愛いでしょ? 似合うでしょ? 女の子の服って、男物より可愛いし、サイズも合うんだ。だから、着てるの」

「趣味、ですか?」

「うん、ただの趣味」

「女装趣味の変態だ」

 色羽と比奈子のやり取りに口を挟んだ。

「ちょっとー、颯ちゃんその言い方失礼だよー」

 それに色羽が頬をぷくりと膨らませる。

「だから、男がそういうことすると気持ち悪ぃだけなんだよ」

 颯真は眉をしかめて返す。

「完全に女性だと思ってました」

 比奈子はまだ何処か信じられないような顔のまま言う。確かに、何の事情も知らない人が見たら、色羽は男には見えないだろう。顔立ち自体、元々中性的どころか昔から女顔で、小さいときなんかはよく女の子と間違えられていた。それに、身体つきも男にしては線が細いし、背も颯真よりも小さく小柄だ。喉仏もほとんど凹凸なく、その為か声も女みたいなのだ。

「えへへー、よくナンパされますー」

 色羽はそんな女みたいな声で、自慢なのかわからないことを口にした。

「だからー、颯ちゃんと僕が付き合ってるとかいうことは、全くありません」

「そうだそうだ。何が悲しくて男なんて付き合わなきゃなんねぇんだ」

 颯真はペットボトルの茶を飲み干してから愚痴を溢した。

「そうだったんですね。すみませんでした。仲が良かったので、つい」

 そういう比奈子の口調には、少し堅さが感じられた。つい先程まではなかったものだ。何か、怯えさせるようなことを言ってしまったか、と考えてみるが、特に何も思い当たることはない。

「あ、でも、比奈ちゃんは僕のこと、女の子だと思って、今まで通りに接してくれていいからね」

 色羽の言葉で、颯真はそれか、と気付いた。比奈子が今まで、颯真とより、色羽との距離が近いように感じていたのは、それが理由だ。比奈子は、色羽は女子──つまり、同性だと思っていたのだ。だから、颯真によりも色羽との方が話しやすいように見えていたのだ。

 なのに、ここにきての色羽のカミングアウト。実は女装男子でした、と。それはもう、戸惑うだろうし、対人恐怖症の比奈子からしたら、男二人と密室。口調も堅くなるというものだろう。

「はい、ありがとうございます」

 颯真の考察が正しかったというように、比奈子は礼を言った。

「あ、じゃあ、小折さんもお前のこと女だと思ってんじゃね?」

 あの事件が解決した後、小折に会ったのはお好み焼きパーティーが最後だ。警視庁勤務の刑事さんとそうそう会う用事があるはずもなく、もしかしたらこのまま会わないかもしれない。そう思うと、一抹の寂しさが颯真の中に浮かんだ。折角出会った人との縁が繋がらないというのは、寂しいことだ。

「そうかも。言った覚えないしなー」

 色羽はうんうんと頷きながら言う。言ってないとなれば、勘違いしている可能性は高い。いや、高いどころではなく、間違いなく勘違いしているだろう。色羽の女装は、女子である比奈子すら見抜けないものなのだ。

「あの刑事さん、鈍そうだしなー」

 色羽が的確な小折の印象を述べた。颯真もそれに同意するしかなく、比奈子までもが頷いている。

「で、揃って何の用なんだよ」

「だから、用事がなきゃ来ちゃいけないの?」

 色羽は、用事がなくともここを訪れる。比奈子を伴ってくるときも大概そうなのだが、それでもこんなに朝早いことはない。色羽一人ならば、早朝だろうが深夜だろうが、気が向けばやってくる。それでも色羽は颯真以外には常識的な人間なので、こんな時間に比奈子を連れてきたとなれば、用事があるとしか思えない。

「いけなくはねぇけど、こんな時間じゃねぇか」

 時計はまだ八時を指そうとしているところだ。引っ越し祝い、とこのビルのオーナーに貰った掛け時計は未だ狂ったことがない。

「うん、まあ、用事があるんだけどね」

 さらりと色羽が本来の目的を口にする。

「パンケーキの美味しいカフェで朝食しようかと思って、颯ちゃんも誘いに来たの」

 パンケーキの美味しいカフェ、というは颯真が住む商店街の端にある店だ。古いただずまいの店で、創業五十年らしいそこは、カフェというより、喫茶店、という響きの方が似合っている。しかし、店名が「カフェ ランタン」なので、色羽はカフェと称しているのだ。

「俺、もう朝飯食った」

 颯真は空になったプラスチックケースを指差して言った。

「えぇー、コーヒーだけでいいから行こうよー。パンケーキ食べたいよー」

 色羽はまるで駄々を捏ねる子どものようにわあわあと騒ぎ、比奈子もパンケーキに惹かれているのか、窺うように颯真をちらりと見てくる。颯真はそれに、はあ、と息を吐いた。

「わかったよ。行けばいいんだろ」

 颯真が言うと、色羽と比奈子は嬉しそうに顔を見合わせた。

 ──別に、二人で行けばいい気もするんだが。

 今まで、色羽が一緒に何処かに行く相手が颯真しかいないことは確かだった。色羽が女の子の格好をし始めてから、色羽の周りから男友達はいなくなった。颯真以外の友人が、色羽の周りから消えたのだ。色羽から直接聞いたことなどないが、彼が女装をしている理由を、颯真はわかっていた。だから、無下には出来なかった。

 颯真が道を踏み外し、家に帰らなくなり、学校にも行かなくなっても、いつも色羽は何処からともなく現れた。颯ちゃん、と明るい笑顔で近くにいた。颯真にも、色羽しかいなくなっていた。

 その後、颯真には颯真で、仲間と呼べる人間が大勢出来た。それでも、色羽には颯真しかいなかった。たんなる幼馴染み、と一言で片付けられる関係でないことだけは確かだ。

 だけど今は比奈子がいる。比奈子が色羽の性別を勘違いしていたこともあるが、それを抜いても二人は馬が合うようだ。だから、別に自分をいちいち誘わなくともいいのに、と思ってしまう。でもきっと、そうされたらされたで、疎外感に似たものを感じるのかもしれないが。

「颯ちゃーん、早く行くよー」

 弁当のプラスチックケースを洗ってから捨てようとしていると、色羽がいつの間にか扉まで移動していた。颯真は直ぐ行く、と言い、取り敢えずプラスチックケースを流しに突っ込んでからスマホと財布を手にした。


 外に出ると、夏の熱気が身体を取り巻いた。空は快晴で、穏やかな風が凪いでいる。

「……その格好のままなんですか?」

 作務衣に雪駄。そんな颯真の姿を見た比奈子が小さな声で言った。颯真は商店街の中くらいなら、いつもこの格好だ。楽だし、本人自身気に入っている。

「別に電車乗ったりするわけじゃないんだから、いいだろ」

「良い悪いというより、センスが……」

 気付けば比奈子は言いたいことをずけずけと言うようになっていた。それが本来の彼女なのだろうが、そんなことを言われて面白くないのも事実だ。

「そんなことより、よく俺と色羽が付き合ってるとか思ったよな」

 颯真が訊くと、比奈子はそれは、と恥ずかしそうにした。色羽の性別を勘違いしていたことを恥ずかしがっているのだろうか。

「仲が良い男女がいたら、そう思いませんか?」

 比奈子の答えに、颯真は首を捻る。

「んー、だってさ、んなこと言ったら、俺とあんたも周りから見たらそう見えるってことだぞ?」

 颯真は少し前を歩く色羽の男にしては小柄な背中を見ながら言った。陽射し避けの為に日傘までさしていて、誰がどう見てもあれは女だろう、と思う。隣にいる比奈子も、きちんと日傘をさしている。

「な……っ。そんなこと、有り得ませんっ」

 比奈子は急に大きな声を出して否定をした。

 ──そんな否定をされると、さすがに傷付くわ。

 色羽が比奈子の大きな声に何事かと振り返っている。

「ああ、悪ぃ。だよな、別に仲良しってわけじゃないもんな」

「え……あの、それは……」

 颯真の返しに比奈子はもごもごと顔を俯かせた。

「ねー、早く行こうよー」

 振り返った色羽が手招きをする。

「おお、わかってるよ」

 颯真は比奈子の隣から離れ、色羽の隣に並んだ。色羽は傘を持ち上げ、颯真にもそれを被せてくれた。少し陰になるだけで、きつい暑さは和らぐ。日傘の効果を実感しながら、カフェ ランタンを目指して歩いていった。

 カフェ ランタンは煉瓦造りの小洒落た建物で、大正時代の建造物を思わせる。暗い橙色のような煉瓦は所々くすんでいるが、傷んでいる様子はない。

 色羽は浮き足立った様子で、ドアを引いた。ちりりん、とドアベルが風鈴にも似た音を奏でる。コンビニなどの来店を告げるチャイムとは趣が全く違う。

「いらっしゃいませ」

 店内に入るとそこは暗めの照明で、ほんのりとした暖色が店内を彩る。天井にはファンに似たような大きな翼がくるくると回っている。それの名前を、颯真は知らなかった。

「おはようございます」

 色羽は声を掛けてきた女店主に挨拶をした。彼女年齢は二十代半ばくらいで、長はシンプルな黒のミニワンピに腰から下の前掛けをしている。栗色の髪をボブにしていて、活発な印象。店の雰囲気とは少し重ならないタイプだ。

 元々は、彼女──更科さらしな 詩歌しいかの祖父が始めた店で、その祖父が三年前に引退し、孫である詩歌がこの店を引き受けた、ということだった。それは颯真が引っ越してきたての頃、色羽と共にこの店を訪れ、聞いたことだった。それから、時折、色羽と二人でここを訪れる、コーヒーを飲みながら詩歌と他愛のない話をしているのだ。頻繁ではないし、月に一回ないし二回程度。同じ商店街に住む者同士としての付き合いだ。

 色羽は窓際の席がいい、と主張をし、三人は出窓が横にあるテーブルを選んだ。店内には品のいい老人が一人いて、それは颯真の知らない男性だった。商店街に住む人を全員知っているわけではない。立ち寄らない店、既に畳んだ店などの人は顔を合わせる機会もないから当然だ。

「ベリーパンケーキ二つと、コーヒー三つ下さい」

 三人分の水を運んできた詩歌に、色羽が言う。詩歌は水を丁寧に起きながら、かしこまりました、と言ってカウンターへと下がる。丁寧な物言いや仕草は、ホテルやレストランの従業員を思わせる。もしかしたら前職はそういった仕事だったのかもしれない。

「ここのパンケーキ、絶品なんだよー」

 色羽はにこにことしながら比奈子に話し掛け、比奈子も微笑みながらそれを聞いている。端から見れば、仲の良い女子同士。とはいえ、色羽の本来の性別を知っている颯真から見れば、違和感を覚えるものでしかなかったりする。いや、違和感とは違う。なんというか、胸の奥が微妙な感じがするのだ。それがどんなものかと問われると、説明はしづらいのだが、妙な感じは妙な感じた。

 颯真が一人で勝手にもやもやしていると、来店を告げるドアベルがちりん、と店内に響いた。反射的に扉の方へ顔を向けると、そこには何とも形容し難いほどの美女がいた。

 腰まである長い髪は綺麗な淡い茶色に染め上げられていて、体のラインがぴったりと出る真っ赤なタイトスカートに、豊満な胸を自慢するかのように開襟させた白のブラウス。切れ長の瞳は暖色のアイシャドウで彩られ、ふっくらとした唇には真っ赤な口紅。印象の強い美人だ。目鼻立ちがはっきりとしているのは、濃いめの化粧のお陰ばかりではないだろう。

「いらっしゃいませ」

 カウンター内から詩歌が声を掛ける。その美人は、何処でもいい? と妙に艶のある声で詩歌に訊き、詩歌がそれに答えると、店内の奥へと席を決めた。

「うおぉ……美人だ」

 颯真は思わず声を漏らした。彼女は、つい感想を口にしたくなるほどの美人で、尚且つ、色気が漂っていた。

「……ああいった女性がタイプなんですね」

 色羽の隣に座っていた比奈子が、何故か怒ったような声を出す。比奈子も比奈子で美少女ではあるが、彼女とは系統が違う。比奈子は純粋系統の美少女で、ああいった色気とは無縁だ。

「え、あ、ちげぇよ。一般的な感想だよ」

 颯真は言った後、自身で何を言い訳しているのかと疑問に思ったが、口から出たものは仕方無い。

「颯ちゃん、昔から美人好きだもんねー」

 なのに色羽が煽るようなことを言う。

「だから、ちげぇって言ってんだろうが」

 颯真が言いながら彼女の方へこっそりと視線を向けると、颯真達の会話が聞こえていたのか、視線が交わり、彼女は細い煙草をくわえたまま、妖艶に微笑んだ。年の頃は、恐らく三十前後。もしかしたら、もう少し若いのかもしれないが、化粧のせいで正確な年齢が判断しづらい。颯真はぱっと目を逸らし、水を口に含んだ。

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