表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/39

7

 小折から聞いた内容は、秋彦がどうやって殺されたかや、場所、時間くらいの情報しかなかった。とはいえ、もっと重要な話が聞けただけでもよしとするか。

 四人で頭を突き合わせたところで、やはりあまり事態は進展しない。

「取り敢えず、秋彦さんの知り合いを一人ずつ当たっていくしかないか」

 颯真は唸りながら言った。

「それが一番かとは思いますが、時間もかかりそうですよね」

 小折が同意しながらも、首を捻る。それもそうだ。警察関係者を中心に、といっても一体何人いることやら。それは決して少なくない人数だろう。

「怨恨……かぁ。小折さんはさ、何かそういった話、聞いたことねぇか?」

 颯真が訊くと、小折はいえ、と首を横に振った。それもそうだろう。つい先程、秋彦に殺される理由など見当たらない、と言っていたのだから。

「そうかぁ」

 となると、やはり手当たり次第ということしかない。効率の悪さは引っ掛かるが、やれることをやるしかないのも事実だ。

「あ、ねぇねぇ」

 色羽が紅茶の入ったティーカップを運んできながら声を出した。颯真の部屋にティーカップや紅茶、というのはあまりに不自然なものだが、これらは全て色羽が勝手に揃えたものだ。来客用にも、と余分に置いていたので四人分揃っていたのだ。

「何ですか?」

「スマホの履歴とか、メモリーって手に入らない?」

 色羽はかちゃかちゃと、ティーカップをテーブルに置いていく。白磁のティーカップに入った紅茶からは湯気が立ち上ぼり、甘い香りもする。ベリー系の香りも混じっていた。

「それは、なんとかなると思います」

「じゃあ、入手してきてよ」

 色羽はいつの間にか小折に敬語ではなくなっているが、小折がそれを気にしている様子はない。なので、颯真は注意もせずにいた。

「わかりました」

 かというのに、小折の方は色羽に敬語だ。小折は、本当に人が好いのだろう。

「何でだ?」

 颯真が訊くと、色羽は一応ね、と答えた。

「知り合いリスト貰うよりは役に立つよ。頻繁に連絡取り合ってた人とかさ」

 確かに、と颯真は頷いた。秋彦の知人のリストを貰ったところで、それは膨大とは言わずとも、かなりの量にはなるだろう。それを一人一人、虱潰しらみつぶしに当たるよりは、頻繁に連絡を取り合っていた者を当たっていくほうが効率はいい。しかし、それは、その中に犯人がいると仮定してなのだが、怨恨かもしれない、という可能性がある以上、疎遠な者が犯人という方が確率は低いだろう。

「俺はやっぱり中宮さんと話してくるわ」

 自分としても親しい人ならば、リストを貰う前に会った方が早い。しかも、現場付近の駐在ならば、それなりに事件の話を聞ける可能性もある。それに、秋彦の口から数度中宮の名が出ていたというのもある。それが、あの中宮と同一人物かは不明だが、話を聞く価値はあると踏めた。

「いってらっしゃーい」

 色羽が紅茶を啜ってから言った。颯真はそれに頷き、出掛ける準備をした。出掛ける前に、と小折と連絡先を交換しておいた。


 一度スマホの履歴等を入手する為に署に戻るという小折と共に外に出た。空は午前中の快晴とうって変わり、薄い雨雲が立ち込めている。通り雨か、それとも夜にかけて本格的に雨が降るのか。そういえば、今日は天気予報を見ていない。

 颯真はどんよりとしかけた空を見上げた。薄灰色の空の僅かな隙間に青さがある。

「突然押し掛けてすみませんでした」

 雪駄をぺたぺたと鳴らしながら歩いていると、小折が小さく頭を下げた。

「ん?」

 本当に小折は律儀というか、丁寧な青年のようだ。

「いいって。寧ろ、有難いっす」

 颯真は砕けた丁寧語を使った。一応、目上の相手だ。

「頑張りましょうね、颯真君」

 小折はきり、と表情を正した。そうすると、刑事に見えないこともなかった。

「じゃあ、僕はこっちですので」

 小折はもう一度頭を下げ、颯真とは違う道へと進んでいった。

 ──警察が皆あんな感じだったらな。

 そう思いたくなるほどの正義感と真面目さ。そして人の好さを小折は持っていた。確かに、警察官にだっていい人はいる。それは颯真が知るだけでも片手くらいはいる。けれど、そうでない者も沢山知っていた。そして、そういった人間が上に立っていることも然り。

 でも、とも思う。だからこそ、組織が成り立っているのではないかと思わずにもいられなかった。皆が皆、小折のような人間であったなら、警察という組織は立ち居かない気もするのだ。それが、組織というものの難しいところ。

 颯真が組織の何を知っているというわけではないが、そうやって物事を客観的に見れるくらいは、もう子どもではなかった。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか中宮がいる派出所へと着いていた。

「中宮さーん、いますかー?」

 颯真はそう声を掛けながら中を覗いた。するとそこには、パン屋さいこの主人である麦沢がいた。勿論、中宮もいる。二人でワークデスクを挟んで向かい合っている。どうにも、世間話をしていた雰囲気ではなく、二人は颯真の登場に口を閉じた。

「ん?」

 颯真は異様な空気を嗅ぎ取り、二人を交互に見た。今の時間はまだ、さいこは開いているし、あの店にアルバイトはいない。なのに、麦沢はここで何をしているのだろう。麦沢の颯真を見る表情は少しばかり決まりが悪そうだ。聞かれたくないことを話していたのだろうということは、一目瞭然。妙な緊張感が張り詰めている。

「……また改めて来る」

「ちょっと──」

 立ち去ろうとする麦沢を、中宮が止めようとしたが、颯真の顔を見て止めた。颯真は疑問しか抱けず、去っていく麦沢の大きな背中を眺めた。格闘技経験でもあるのか、服の上からでもしっかりと筋肉がついているのがよくわかる。何故、パン屋などをやっているのか、今更ながら不思議になる体格の良さだ。

「どうかしたんすか?」

 麦沢の姿が遠ざかってから、中宮に尋ねた。すると中宮は、なんでもないですよ、と困ったような笑顔を見せた。そんな中宮の顔を、颯真は初めて見た。深い付き合いではないし、プライベート的な付き合いかあるわけでもないが、何となくその表情は中宮らしくないように思えた。

「ちょっと聞きたいことあるんすけど、いいすか?」

 しかし颯真ははこれ以上突っ込んでも、と自分が本来ここを訪れた目的を果たす為に口を開いた。

「何ですか」

 中宮は颯真に麦沢が先程まで座っていた場所に座るように促した。先程までの緊張感を顕にしていた中宮は普段通りになっている。

「いやさ、今朝の事件についてなんだけどさ」

 颯真が言うと、中宮は今朝の、と繰り返した。腰を下ろすと、古い椅子なのか、ぎぃ、と軋んだ。

「あー、いやさ、ちょっと殺された奴の身内と知り合いでさ、中宮さんなら何か知らねぇかなと思って」

 颯真は比奈子の説明を大幅にはしょって言った。いちいち詳しく説明する必要はないだろう。

「で、そいつが中宮さんの名前を聞いたことあるっていうから──」

「警察学校時代の同期なんですよ。今でもたまに連絡取ったり、会ったりしてまして」

 中宮はにこにこと返してきた。

「あ、そうなんだ。じゃあ、真柴さんが誰かに恨まれてたりとかってさ、聞いたことないすか?」

「いやぁ、それはわからないですかね。親友、てわけでもなかったですし。ただの同期ですから」

 中宮の口調はやけに早口だった。成るべく早く、颯真を追い返したいというのが嫌でも伝わってくる。そして、立ち去った麦沢を気にしているのか、ちらちらと外に目を向ける。まるで、いつ麦沢が戻ってくるか気にしているかのようだ。

「……中宮さんて、捜査に参加してるんすか?」

 颯真は真っ直ぐに中宮の顔を見た。額にはうっすらと脂汗が浮かんでいる。

 颯真は嘗ての出来事のときのことを、よく思い返してみた。古い記憶だし、まだ子どものときのことだ。それでも、よく覚えている。時間差。そう、時間差があるはず。

 真子の遺体が見付かった時間。通報された時間。それから、周囲に警察官が集まった時間。彼らが散った時間。それをやけにもどかしく思ったのは、鮮明に脳と心に残っていた。

 ──早く。早くしないと逃げてしまう。

「一応、管轄内の警察官ですからね」

 中宮は引き攣ったような笑みを浮かべる。

「……早いっすよね」

「何がですか?」

 外から、遠雷の光。一拍置いてから、空が唸る。気付けば外は真っ黒の雲に覆われ、雨が降り出した。ぱら、ぱら、と不規則の雨粒の音が派出所の天井を打ち付け、直ぐにそれは土砂降りへと変わった。ざー、という音と、天井をばらばらと激しく打ち付ける音が混じり合う。

「あ、巡回に行かなきゃなので──」

「不審者の聴き込み、まだやってない時間でしたよね」

 颯真は腹の底から声を出した。それに、中宮が怯むのが見てとれる。

「しかも、あれって、制服警官の仕事じゃないっすよね。いや、やるんでしょうけど、初動捜査にしても早過ぎる」

「──君に警察の仕組みが」

「残念だ。わかるんすよ。経験者だし、警察の知り合いも数人いるもんでね」

 颯真は派出所の入口を塞ぐように、立った。もしかしたら、裏口もあるかもしれない。でも、ここを塞ぐことが手っ取り早い。

「あれは、真柴が殺されたと知って、俺なりに──」

「親友でなく、ただの同期なのに? それに、きっとあの時点では、まだ詳細はわかってないっすよね? でも、あんたはまるで、知っているようだった」

 何故、こんなに急に頭が回るのか、自分でも不思議だった。許せない、という思いからか、次々と推理が出来る。ここを訪れて、中宮の顔を見るまで、何も疑っていなかったというのに。まるで、パズルのピースが一気に揃い、物凄い勢いで完成していくかのような感覚だ。

「…………っ。この……ガキがっ」

 中宮は腰に提げている警棒に手を伸ばした。その顔は、普段の中宮とは違い、まるで化物のように表情を歪ませている。けれど、警棒の隣に拳銃があるというのに、そちらを選ばないのは、中宮にまだ人としての良識が残っているわけではなく、彼がたんに臆病なのだろう、と颯真は冷静に推測を下した。そして、推測を下しながらも、細い足を振り上げた。下から、掬い上げるように、中宮の手首を狙って蹴り上げる。少し勢いをつけただけで、それは威力を増す。

 颯真の見事な蹴りで中宮が警棒を落とす。一瞬怯んだその隙を見逃さず、近付いて鼻の頭を狙って頭突きを喰らわす。額に喰らわせるよりも、柔らかい部分でダメージも大きく、しかも鼻血まで出るので、頭突きをするならそこを狙うのが一番だ。

 中宮は案の定、鼻血の出たそこを抑え込み、踞る。颯真は素早く背後に回り、背中に膝を乗せ、全体重を掛けた。ぐ、とのし掛かるようにし、中宮の動きを封じる。体格差では、完全に颯真が負けているし、中宮は仮にも警察官。柔道なども極めているだろう。だが颯真は小柄なりに有効な動き方──もとい、喧嘩の仕方を熟知していた。

 中宮の右腕を捻り上げると、唸り声があがる。それにも構わず、更に捻る。中宮は顔面を床に突っ伏しながは、悲鳴にも似た声を出した。

 ──さて、どうしたものか。

 颯真は中宮の背に体重をかけ、腕を捻ったまま、空いている左手で中宮の制服を漁った。するとそこには、予想通りに手錠があり、方輪を捻った手首にかけ、もう一方を机の脚にかけた。中宮は既に抵抗する意識をなくしているらしく、妙に大人しい。

「見事だな」

 取り敢えず小折に連絡しようと、先程聞いたばかりの連絡先に電話をしようとしたところで、声が掛かった。

「麦沢さん」

 派出所の出入口には麦沢が立っていた。

「いや、そろそろ颯真君が帰ったら頃かと思って戻ってきたんだ」

 麦沢は力なく項垂れる中宮を見下ろしながら言った。

「そいえば、麦沢さんは何でここに? まだ店開いてる時間っすよね」

 颯真が訊くと、麦沢はまあな、と小さく笑った。

「ちょっとこいつが怪しい気がしてさ、話を聞きに来てたんだよ。で、颯真君が来たから、一時退散してたってわけだ」

 中宮が怪しいと思って。

 颯真はその台詞に目を丸くした。

「え、え? 何で?」

「ま、ちょっとした勘てやつだよ」

 麦沢はそれだけ言い、どうすんだ、と話を変えた。話を変えられた以上、颯真としてもそれ以上は突っ込めずに、小折と知り合い、彼に連絡しようと思っていることを告げた。すると麦沢はならいいか、と言い、去っていった。颯真は麦沢の一連の行動に唖然とした。けれど直ぐに小折に連絡することを思い出し、スマホを取り出した。

 小折は颯真の話を聞くと慌てた声を出した後、歓喜の声を上げ、その後に落ち込んだ声を出した。兎も角、忙しない。小折との通話を終え、今度は色羽に電話をかけた。小折が到着するまでにはまだ少し時間がかかるようだが、比奈子を連れてくるのかどうか訊く為だ。

 電話の向こうで色羽と比奈子が話しているのが聞こえた。ぼそぼそと、全てが聞こえるわけではないが、比奈子の動揺したような声色だけはわかる。颯真は、項垂れる中宮を思い切り蹴りつけたい衝動に駆られながらも、比奈子の答えを待った。

 ──比奈子が出した答えは、中宮には会わない、というものだった。

 その気持ちは、颯真には何となく理解出来たし、解せない部分もあった。でもそれは、もう子どもじゃないから。だから、中宮の顔を見たところで、何にもならないし、何にも出来ないということを理解している証拠なのだ。

 颯真は電話を切ってから、なあ、と中宮に声を掛けた。中宮は顔を上げることも、返事をすることもしない。

「……何で、真柴さんのこと殺したんだ?」

 ただの同期、と言っていたのは本人だ。そこに、怨恨に繋がるような原因があるようには思えなかった。

「──先に出世したからだよ」

 ぼそり、と中宮は答えた。その声は何の感情もこもっておらず、まるで、機械が喋ったかのような声だった。颯真は、ぞくり、と背筋に悪寒が走るのを感じた。全身に鳥肌が立つ。

 中宮の顔は見えないが、その声から、表情がないだろうことは窺えた。

 中宮はそれっきり、小折や、小折が引き連れてきた刑事達が来ても口を開くことはなかった。



「色々と、ありがとうございました」

 比奈子はぺこりと、頭を下げた。

「いやいや、僕は何も出来ませんでしたから。寧ろ、役立たずで申し訳ないくらいです」

 比奈子に頭を下げられた小折はぶんぶんと頭を振りながらそう言った。それは物凄い勢いで、首から上が飛んでいってしまうのでは、と思えるほどだ。

「颯真さんも、色羽さんも、本当にありがとうございます。これからも、会う機会はあると思いますので、宜しくお願いしますねね」

 比奈子はそう言って微笑んだ。可愛らしい笑顔だ。

「ま、向井のばぁちゃん、好い人だし、よかったな」

 颯真が言うと、比奈子ははい、と頷いた。兄が殺され、両親とは何年も会っていない。そんな比奈子には帰る家がなかった。そんな相談を、たまたま外でしていたときに、通り掛かったユキが、うちで暮らせばいいわ、と言ってくれたのだ。比奈子は最初、戸惑ってはいた。今回のことで、多少なりとも人と関わったとはいえ、そうそう対人恐怖症が治るはずもないのだから、それも当然だろう。

 しかし、ユキの温かな笑顔と、颯真と色羽、そして小折の後押しで比奈子はユキの家に住むことを決めたのだった。

「てかさ、小折さん、こんなとこにいていいんすか?」

 中宮が逮捕されてまだ二日。警察内部が大混乱しているだろうことは、ニュースを観ていれば嫌でもわかる。

「あ、大丈夫です。僕、暫く来なくていい、て言われてるので」

 小折は、てへ、という調子で笑う。

「あ……いや、それ、大丈夫じゃなくないか?」

「謹慎ってこと?」

 颯真と色羽が続け様に訊くと、小折は今度は緩く首を横に振った。

「違いますよ。何かちょっと、難しいとこなんですけど、手柄としては一応僕のものなのですが──あ、本来は颯真君なんですけど、颯真君は僕が協力を依頼したので──でも、一般市民に協力を扇いだ、というのもありまして、それで、僕の父親、ほら、偉い人じゃないですか、だから、何とも処分のしようがなくて、ならじゃあ、ちょっと参加しないでもらっていいかな、てとこです」

 小折の説明は長いうえに、はっきりとはわからなかった。しかし、本人がその処断──で正しいのかは不明だが──で納得しているならば大丈夫なのだろう、と颯真はそれで納得することにした。

「よし、そろそいいか」

 颯真は小折の話を聞き終えると、そう言った。

 颯真達の目の前にはホットプレートが置かれ、その上ではお好み焼きが香ばしい匂いを漂わせている。

「美味しそうですね」

「颯ちゃんのお好み焼きは絶品だよ」

 今か今かと、色羽と小折がうずうずしている。そして、比奈子も頬を緩めてお好み焼きを眺めていた。颯真は焼き上がったお好み焼きにソースとマヨネーズをかけ、鰹節と青海苔を散らした。ふわ、と鰹節のいい香りが鼻腔を擽る。

「うわー、美味しそうだ」

 小折が既に箸を握りながら歓喜のあげる。颯真はこてを使い、器用にお好み焼きをホットプレートの上で四等分にし、まず最初の一切れを比奈子の皿へと載せた。

「お疲れ様。んでもって、これから頑張れよ」

 颯真が笑顔で言うと、比奈子は何も答えずに俯き、まだ熱いお好み焼きを小さく一口サイズにし、ふぅふぅと、少し冷ましてから口へと運んだ。ついこの間、出会った日にもお好み焼きを食べさせた。けれど今はそのときとは違う。どんな反応を貰えるのかと、颯真はそれを心待ちにした。

「……ソースの味しかしない。ソースかけ過ぎだと思います」

 比奈子は口に含んだお好み焼きを飲み込んだ後、眉を少しばかりしかめて言った。颯真は、ぷちり、と何かが切れるのを感じた。

「んだと、こらっ。味に文句言うなら食うな。殺すぞっ」

「はいはーい。颯ちゃん、物騒な口癖はやめようね? いつも言ってるでしょ?」

「あ、あの、僕も頂いていいですか?」

「素直に感想を言ったのに、怒られるなんて心外だわ」

「はぁっ? お前、本当にいい性格してんじゃねぇか」

 各々が自由に発言をしていくなかで、それはふと、視界に入った。ふんわりと、楽しそうに笑う比奈子の顔だ。目を細め、口角を上げ、少しだけ口を開き、笑っている。それは、颯真が初めて見る表情だった。

 ──なんだ、これ。

 比奈子の笑顔を見た途端、心臓の奥が僅かに痛むのを感じた。颯真は胸の辺りを押さえ、速くなる鼓動が収まるのを待った。

「颯ちゃーん、早く食べようよー」

 色羽が駄々を捏ねる子どものように甲高い声をあげ、颯真にお好み焼きを催促する。颯真はそれに我に返り、待ってろ、と残りのお好み焼きを皆の皿へと載せていった。そして、直ぐに次の一枚を焼いていく。

「んー、美味しいっ」

「美味し過ぎますっ」

 色羽と小折が満面の笑みで颯真に感想を言い、ぱくぱくと凄い勢いで食べていく。颯真はそれを見て、小さく笑ってから、自分もお好み焼きを頬張った。

 ──確かに、ソースかけ過ぎたかも。

 とはいえ、比奈子に謝る気にはなれずに、自身の分を平らげた。その後、四人共が満腹になるまで、お好み焼きの宴は続いた。


 颯真は、これから始まる数奇な日常など、想像だにすることなく、ビールを飲み干した────。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ