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「颯ちゃん、何してるのー?」

 色羽が長髪のウィッグを揺らしながら訊いてきたので、颯真はそれにスマホ画面へと向けていた視線を色羽へと移動した。色羽の隣には比奈子もいて、一見仲の良い姉妹に見える。

「んー、どれを見てたのかと思ってさ」

「どれって?」

 色羽と比奈子が同時に颯真のスマホを覗き込む。どちらかが香水のようなものをつけているようで、甘い匂いが鼻腔を刺激した。普段色羽は香水をつけることはしないので、それが比奈子からだというのはわかる。その匂いは「女の子」というものを意識せずにはいられない香りだ。

「近いっ」

 颯真は胸がざわつくのを隠すように、二人に言い放った。しかしそれに色羽と比奈子は揃って口を尖らせる。しかも、頬をぷくりと膨らませて。

 ──くそ、可愛いな。

 その感想は勿論色羽にではない。色羽にはいつも通り、男がやっても可愛くない、と同時に思ったが、比奈子だけは可愛く見えたのだ。

「だって、近寄らないと見えないじゃん」

 色羽がぷんぷんと文句を言うが、颯真は自ら二人と距離を取った。すると香水の匂いも離れる。近寄ると香る程度につけているのだろう。

「見せてやるから近寄るな」

「そんな言い方しなくてもいいと思います」

 今度は比奈子が文句を言う。

「そうだそうだー。比奈ちゃん、もっと言ってやって」

 色羽がそれを煽るように拳を作った片手を挙げる。応援しているつもりのポーズなのだろう。

「……んなこと言うなら見せてやんねぇからいいよ」

 自分の口の悪さは自覚している。けれど直せと言われると直したくなくなるという、天の邪鬼な部分が顔を覗かせるのだ。

「ごめんなさい」

 すると二人はあっさりと同時に頭を下げる。颯真はそれに苦笑を洩らし、スマホ画面を二人へと向けた。

「ん? 例のサイト見てたの?」

 二人に向けたスマホ画面には【fascination】という文字が表示されているはずだ。そして多量に並ぶ項目。

「そ。被害者の大和は、これの何を見てたのかと思ってさ」

「え、でも、大和君は殺された方ですよね?」

 比奈子が可愛らしく首を傾げる。二つに束ねた滑らかな黒髪が揺れた。毛先がきちんと揃っているのが比奈子らしい。

「そうだけど、見てたことは確かなわけだろ。だから、何を観てたのかな、てさ」

 教えられたから見ていただけなのか。それとも、見ることに何か理由があったのか。そして、大和にこれを教えた友人は一体何の為にこのサイトを教えたのか。

 颯真が色々と考えている隙に、色羽が颯真が持ったままのスマホをタップしている。押されると僅かに手が揺れる。

「……公園、行ってみるか」

 颯真は並ぶ二人の前からスマホを移動させながら呟いた。

「ちょっと待って、颯ちゃん」

 スマホを自分の方へと引き寄せたタイミングで色羽が声を出した。

「なんだ?」

「一個、気になるの見付けた」

 色羽は言いながら、もう一度スマホを見せろという仕草をする。それに颯真は再度スマホ画面を色羽達の方へと向けた。

「これ」

 色羽が言うので、颯真は色羽の横に立つようにして一緒にそれを見る。やはり色羽から香水の匂いはせず、あの甘い香りは比奈子からだったと知る。

 色羽が指差す先には【美しき人形】という項目があった。

「これがどうした」

「いやね、大和君の遺体の写真、見せてもらったじゃん」

 小折は手持ちの情報を颯真達に見せることに全く抵抗がないようで、被害者の遺体の写真まで見せてくれていた。それは死んでいるというよりは眠っているという表現がしっくりとくるような状態のものだった。

「あれ、まるで人形のようだったよね、て」

 颯真はそれを聞き、その項目をタップした。電波環境が悪いのか少々の時間を掛け、頁が開く。その時間がやけに長く感じられた。


【美しき人形】

 貴方だけの人形が欲しいとは思いませんか? 世にも美しく、それでいて、貴方だけのもの。如何ですか?

 作り方はとっても簡単。好意を寄せる相手を魂だけの存在にしましょう。そして、こちらのカタログからお好きな人形をお選び下さい。恋い焦がれる魂をその人形に入れてしまえば、それで完成です。どうです? 簡単でしょう?

 何方どなたでもいとも簡単に貴方だけの人形が出来るのです。カタログにあるのはどれも美しく、この世に一体だけのもの。そこに、貴方が愛するあの人が宿るのです。こんなに素晴らしいことはないのではないでしょうか。

 さあ、興味も持った貴方は下記までご連絡下さい。人形を受け取る方法をお教え致しましょう。


 ※留意点:出来るだけ身体を損壊しないようにして息の根を止めましょう。そうでないと、不完全な人形が出来上がってしまいます。


 ぞわり、と悪寒が背筋をゆったりと通過した。しかも、腰から首にけ、下から上へ、氷ように冷たい指先で撫でられらような感覚だ。

 ──これ、だ。

 恐らく、犯人はこれを見たのだ。そして、大和を綺麗な状態で殺した。自分だけの、美しい人形を作る為に。

「颯ちゃん、お手柄? 僕、お手柄?」

 スマホ画面を凝視して固まる颯真に色羽が顔を覗き込むようにして訊いてくる。

「よくやった、イロ」

 颯真はそう言い、色羽の頭を強く撫でた。そこにあるのは人工的な感触であったが、僅かに温もりもあった。

「もー、その呼び方やめてって言ってるでしょ」

 色羽は頭を撫でる颯真の手を退かしながら文句を言ったが、直ぐにえへへ、と嬉しそうな笑いを溢した。

「取り敢えず、公園に行くぞ」

 颯真は作務衣の上に大きめのパーカーを羽織りながら言った。それに色羽と比奈子が同時に頷く。


 夜の公園は恐ろしいほどに静かだった。広めの公園ということもあり、奥の方は闇が拡がり、何処までも不気味な空間が続くのではないかという錯覚を抱かせる。

 しかし、この公園内には刑事が数人潜んでいるのだろう。大和が会っていた「テツ」という少年を見付け出す為に。巧く潜んでいるようで、人の気配は少ない。

 視界の範囲に見えるのは酒を飲むホームレスだけだ。この公園は夜になると人気がなくなるのだろう。だからこそ、大和は友人との密会場所にここを選んだのか。

「あ」

 色羽が小さく声を出した。

「颯ちゃん、あそこ」

 色羽が夜の闇に消えそうなほどに小さな声で言い、ひとつのベンチを指差した。そこには颯真のように明るい金髪をした一人の少年がいた。彼の髪色がわかったのは、彼が一際明るい外灯の下にいたからだ。

 遠目からでも派手な人物だとわかる出で立ち。身体を赤いジャージで包んでいる。それを見て颯真は、自分も端から見ればあんなふうに見えるのだろうと思った。

 派手で、人生を楽観していそうな人種。

 颯真は己の姿をそこに見た気がした。

「近付きますか?」

 寒そうに厚手のカーディガンの前を寄せる比奈子が訊いてきたので、颯真は辺りを見回した。警察が彼に近寄ろうとしている様子はない。まだ遠目から観察しているだけなのだろうか。

「……行くか」

 颯真は答え、一歩を踏み出した。細かい砂が敷き詰められた地面がしゃり、と微かな音を立てる。

 冷たい風が頬を撫で、冬が直ぐそこまで迫っていることを報せる。

 一歩、一歩と少年へと近付く。少年は颯真達が近付いていることに気付いていないのか、それとも自分に用があるとは思っていないのか、ひたすら地面を見詰めている。その横顔には影が差し、表情はわからない。

 颯真が少年の真横に立ったとき、少年がそれに気付き、僅かに視線を向けてきた。それは驚くほどに鋭い視線で、颯真がよく知るものでもあった。

 ──この世の全てが憎い。

 少年の視線はそう物語っていた。

 颯真にも、ほんの僅かな一時ではあるが、彼と同じような視線で世の中を見ていたときがあったのだ。それは、色羽にも打ち明けたことがないことだ。

 その瞬間、パズルの一部だけが埋まった。それはほんの僅かな直感程度だが、脳に訴えかけてくるものがある。

「テツ君、だよな」

 颯真が訊くと、少年は睨み付けるようにして颯真を見上げた。所謂、ガンを飛ばしているのだろう。それでも、幼さ故か、凄味に欠ける。

「大和君を殺した奴が憎いのか?」

 颯真は彼の隣に腰を下ろして問う。その言葉に色羽や比奈子が驚いているのが夜の静けさの中から伝わる。夜の闇は人の感情を伝播しやすい。

「……お前、誰だよ」

 少年が凄むような声で答えでないことを口にした。

「ずっとそういう声出してるの、疲れるよな」

 颯真は身に覚えがあることを言い、苦笑する。そういった声を出すのは意外と喉が疲れるのだ。

「……」

 少年はただ無言で颯真を睨んでくる。その目は、近寄るな、お前にわかるはずがない、と虚勢を伝えてくる。

「俺もさ、お前みたいなときあったわ。もうさ、全部が嫌で、全部が腹立たしくて、何もかも信じたくねぇし、何もかもぶっ壊してやりたかった時期」

 颯真が自嘲気味に笑うと少年は僅かに表情を緩めた。瞳が微かに揺らぐ。

「ま、本当に短い期間だったんだけどさ。でも、なんとなくだけど、わかるよ」

 それはかつて、颯真自身が掛けられた言葉だった。

 ──お前の気持ち、わかるわ。俺もそういった時期、あったからさ。

 それは、とても穏やかに笑う人だった。

 誰にもわかるはずはないと思いながらも、わかる、と言ってもらえたことが涙が溢れるほどに嬉しかった。理解してくれる、許容してくれる人がいるということが、ただただ、嬉しかった。

「名前は?」

 颯真が尋ねると、少年は少し間を置いてから口を開いた。

「……三橋みつはし 龍徹りゅうてつ

 テツ、と呼ばれていると聞いて、テツヤだとか、テツジという名前を想像していたが、聞いた名前は予想とは違うものだった。しかし、テツという文字が入る以上、彼が大和の友人である「テツ」なのだろう。

「じゃあ、龍徹」

 颯真はその名を呼んだ。すると龍徹は先程のような鋭い視線とは違うものを颯真に向ける。彼はまだ、こどもなのだ。あの頃の自分と同じで。ただ、名前を優しく呼ばれるだけで嬉しいのだ。

 それだけのことで、そこに存在していることを許された気分になるのだ。

「お前は、大和を殺した犯人を知ってるな?」

 颯真の問いに、龍徹はこくり、と頷いた。龍徹が颯真に心を開き始めている証。それに色羽と比奈子が息を呑むのが伝わってきた。

「……大和は、繊細な奴だったんだ。すげぇ、繊細で、でも、どこか狂暴だった。危ない奴じゃないけど、それが自分に向かう奴だった」

 イイコをし過ぎていたのか。いや、違う。恐らく、大和は根っからのイイコだったのだ。だから、そのひずみが生まれた。

「俺だけがわかってくれる、ていつも言ってた」

「何処で知り合ったんだ?」

「ここ。俺はいつも夜、ここにいる。家に帰りたくねぇから。そんで、一人でぼんやりしてる大和と知り合った。最初は優等生の坊っちゃんが何言ってんだよ、て思ってた。でも、あ、似てるんだな、て気付いて、仲良くなった」

 それが、大和と龍徹の出会い。そして、いつしか二人は気持ちを共有するようになった。

 きっとそれは、孤独を願いながらも、孤独を嘆く気持ち。それは颯真の中にも存在するものだった。

「大和な、殺されたけど、殺されたんじゃねぇんだ」

 龍徹はぽつり、と溢した。その目は酷く哀しそうだ。

「どういうことだ?」

「同意の上、とはまた違うんだけど……。大和のセンコーが、大和のことすげぇ好きらしくて、でも大和にはちゃんと彼女がいた」

 話の先が見えてこない。

「あ、でさ、俺が変なサイトを教えたんだよ」

 話が飛ぶ。恐らく龍徹は人と話す機会に恵まれてこなかったのだろう。だから、こうして物事を順序だてて説明するのが苦手なのだ。

「それって、【fascination】のことか?」

「英語はちょっと読めねぇけど、多分、それ。そしたらな、大和がその中から人形がどうこう、ていうのを見付けてさ。友理奈ちゃんをこう出来たらいいな、て溢してた」

 それは、間違いなく色羽が見付けた項目のことだろう。さあ、と血の気が引くのを感じずにはいられなかった。手先が氷に触れたように冷えていく。

「……俺は冗談だと思った。さすがに、大和を怖いとも……思っちまった。友達なのにな……」

 龍徹は悲しそうな顔をするが、それは正常な感覚だ。そう言葉を掛けてやりたいが、今口を挟めば話が脱線してしまう可能性がある為、颯真は唇をきつく締めた。

「大和は、自分のそういう部分を友理奈ちゃんに気付かれて、離れられるのが怖かったらしいんだ。だから、そうなる前に、て。でも、さすがに大和も実行しようとは思ってなかったみたいで」

 思っていたら、殺されていたのは大和ではなく、友理奈だっただろう。一瞬にして、友理奈の人形のような遺体を想像してしまう。

「けど、大和はあれを実行する、て言い出した。しかも、死ぬのは自分だって」

「え?」

「大和のこと好きなセンコーがいるって言っただろ? そいつが、実行する、て」

 龍徹の話の意味が途端にわからなくなった。どうして、今の会話から最初へと戻るのだろう。

「そのセンコーが、大和のことを殺したいくらい愛してるって言ってたらしいんだ」

 おぞましいほどの愛情。相手を死に至らしめてでも我が物にしたいというのだろうか。

「だから、大和はその話に乗る、て……」

「……話に、乗る?」

 颯真は自身の唇が震えるのを感じた。

「自分を、そのサイトに載ってる方法で殺してもらう、て言ってたんだ。……しかも、すげぇいい笑顔で」

 それは、自殺、ではないのだろうか。

「友理奈ちゃんにも、誰にも、醜くて汚い部分を見せずに若いまま死ぬんだって。そしてそれは、醜くて汚い、誰かの願いを叶えてやれるんだって」

 大和が口にしたらしい言葉の意味を理解することは困難だった。きっとこれは、正確に言えば自殺ではない。自殺には近いが、大和は相手に自分を殺させることで、相手の願いを叶えてやろうとしたのだろう。それは、自分にも利点があることだから。

 腹の奥がぐるぐるとする。妙な気味の悪さが渦を巻いている。

 ──吐き気がする。

「……俺は、とめた。そんなの、誰の為にもならない、て。そのセンコーの願いを叶えてやることに何の意味があるんだって。そしたら、大和は……自分の死を以てして、誰かの為になるなら、僕は喜んで死ぬよ、て」

 龍徹はそう語りながら、奥二重の瞳から大粒の涙を溢した。俯いて溢されたそれは、ぽとりぽとりと暗い地面に吸い込まれていく。

「俺は……大和のこと、友達だって思いながらも……何にもしてやれなかった。……あいつのこと、何にもわかってやれてなかった」

 宵闇に、龍徹の悲痛な嘆きは小さくなって消えていった。

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