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番外編「秋と孤独」

 頬を撫でる風が冷たくなってきた。ひんやりとした空気が全身を包む。

 天田あまだ 小折こおりは天高く輝く陽の光を浴びながら、ゆったりとした動作で文庫本を開いた。

 小折は秋という季節が好きだった。

 これが春や夏であるならば、陽射しが強過ぎてこうして長時間陽に当たり続けることは出来ないし、冬であったなら陽射しは浴びれても寒さのせいで長時間外にいることは叶わない。

 秋ならでは。

 秋という季節だからこそ、こうして公園のベンチでまったりと読書をすることが出来るのだ。

 今読んでいるのは四組の夫婦の話を連作短編にした文学小説だ。この作品が大好きで何度も読み返しているのだが、その度に同じところで目頭が熱くなってしまう。

 腰を下ろした横には温かいミルクティーを置き、時折それを口にする。

 小折はこうした休日がとても好きだった。

 幼い頃から読書などが好きでおっとりとした性格の小折には、外で派手に遊んだり、週末に飲みに誘ってくるような種類の友人はいない。同じように、自分の時間を大切にし、都合が合えば出掛けるという友人が数人いるだけだ。

 それに不満はない。

 職務は疲れることも多いし、次の職務に励む為にもしっかりとした休息は必要不可欠だ。しかしそれでも、ほんの時たま、ふと寂しくなることがあった。

 休日。誰にも会わず、誰からの連絡もなく、一人でこうして本を読んで過ごす。何の不満もないが、不意に微かな寂しさが襲ってくるのだ。

 ざ、と強い風が吹き、公園の木々が揺れた。それに砂場で遊んでいた幼い女の子が怯えたのか小さな声で泣き始めてしまった。しくしくと、しゃがみこんで泣いている。

 小折はそれを慰めようと、手にしていた文庫本をベンチに置き、立ち上がった。けれど小折が足を前に出す前に離れたところから、少年がその女の子に走り寄る。

 女の子のお兄さんだろうか。少年は泣いている女の子の頭を優しい表情で撫でてやっている。それに女の子も少しずつ泣き止んでいる様子だ。

 そんな兄妹を見て、小折の脳裏には颯真の姿が浮かんだ。

 かつての彼も、あんなふうに優しい兄だったのだろう。泣く妹も慰めてやる、妹想いの兄だったのだろう。

 だからこそ、事件から年月を経た今でもその大きな出来事を抱え続けているのだ。幸せになることを頑なに拒否し、独りで立っているような青年。

 一見すれば彼はとても強い人間に見える。他人から見たら、自分の方が弱い人間に見えることだろう。

 でも颯真は実は儚い程に脆い人間なのではないかと思う。それでも彼がああして立っていられるのは周りの人達のお陰で、颯真自身それを理解しているのだろう。

 ふいに、彼らと話がしたくなった。寂しいという思いは、彼らと出会ってから薄まったように思う。

 事件が起きれば頻繁に会い、そうでなくとも色羽から誘いの連絡が来たりする。そうして、皆でお好み焼きを食べる。

 その時間は、一人で過ごす休日よりももっと素敵なものだった。

 自分のような存在が颯真に何をしてやれるわけでもない。それはわかっている。それでも言葉を掛けたくなるし、何か出来ることがあればとも思う。

 ──友人。

 そうした関係をそう呼ぶのだと、初めて知った気がした。

 しかし、向こうにも都合があるだろうから突然言ったりしたら迷惑だろう。小折かそう思いながら、再び文庫本を視線を落とした矢先、ジーンズのポケットに入れていたスマホが独特な振動を伝えた。

 それは色羽からのメッセージアプリで、颯真の部屋でお好み焼きをやるから来れたら来て、というものだった。メッセージの次に可愛らしい猫のスタンプが貼られていて、色羽にぴったりだと思う。

 小折はそれに嬉しくなり、直ぐに「今から行きます」と返事をした。急いで文庫本とミルクティーのペットボトルを鞄に仕舞い込み、立ち上がる。

 先程の女の子はすっかり泣き止み、兄に砂の城を作ってもらって喜んでいた。その様子に微笑んでから、秋の公園を後にした。

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