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「そういえばさー」

 離れたところから色羽が大きな声を出し、それで颯真と比奈子は同時にそちらを見た。色羽は気付けば二人とかなり距離をあけている。それほどにこの洋館の敷地が広いということだ。

「どうした?」

 颯真は色羽に駆け寄りながら訊く。

「そういえばなんだけど、ここって、いつから幽霊屋敷なんだろうね?」

 色羽は颯真と比奈子が目の前に到着するのを待ってから疑問を口にした。

「さあな」

 颯真自身は、この間色羽からその話を聞くまでそんな噂は知らなかった。同じ町内といえど、この場所は颯真が住む商店街から少し離れているし、元々この辺りは颯真の地元ではない。

「お前はいつ知ったんだ?」

「この間。ゼミの合宿のときだよ。先輩達が怪奇スポットとか心霊スポットの話をしてて、それで調べてみよう、みたいになってさ。好奇心でこの辺りも調べてみたら、ここのことが乗ってた」

 色羽は答えてから、ちょっと待ってね、とスマホを弄った。空は今の会話に似つかわしくないほどに晴れ渡っている。青い空はどこまでも高いし、雲の数も少ない。そんな空の下で物騒な話、というのは妙な気分にさせられる。

「これだよ、これ」

 色羽はそう言って、スマホの液晶画面を颯真と比奈子の前に突き出した。颯真の違い、最新のそれは色合いが鮮やかに見える。けれどそこにあるのは赤と黒を基調とした、おどろしいサイトだった。

『恐怖の心霊スポット』

 サイトのトップには血文字に見せ掛けてそう記してある。どうやら、投稿式のサイトのようで、ユーザーが自身の知っている怪奇スポットやら心霊スポットを自由に書き込める仕組みになっているようだ。

「ここにね、あるでしょ」

 色羽が指差したそこには、間違いなくこの町の名前があった。そして、洋館の外観の写真まで丁寧に載せられている。暗めの演出にしてあるのか、その写真と実物は少し異なって見えた。いかにも、幽霊が出そうな洋館の写真。

 内容としては、人が住まなくなって十数年が経過したそこには、無数の霊が昼夜問わずに出る、というものだった。書き込みの日付はわからない。

 颯真は色羽に断ってから、彼のスマホを手に取り、サイトを観察した。どうやら、ユーザーが投稿したものを管理人が改めて記事におこしているようだ。なので、重複している記事はない。ならば、書き込みの日付がないのもわかる。意図的に載せていないのだろう。

「うーん、これだけじゃなぁ……」

 颯真は首を捻る。ここからわかることは、なにもない。恐らく、これを見て、ここで殺人事件を起こしたのだろう。幽霊屋敷と呼ばれるからには、近付く人間は少ない。もし死体を発見されたとしても、不法侵入という後ろめたさから通報されない可能性だってある。

「あ、あの子」

 色羽が視線をずらして声を出す。

「ん?」

 颯真もそれに釣られるようにして、色羽の視線の先を追った。するとそこには、死体を発見した日に色羽がぶつかった少年がいた。色黒の、手足がひょろりと長い少年だ。

 少年は洋館の中を気にしているように見えた。もしかしたら、学校でもここが幽霊屋敷だと話題になっているのかもしれない。それも、幽霊屋敷だから殺人事件が起きた、などという尾ひれ付きで。そうなると、好奇心旺盛な年頃ならば、こうして見に来ることもあるのだろう。

 颯真はなんとなしに、その子に近付いた。

「学校で噂になってるのか?」

 颯真が声を掛けると、少年は緩慢な動きで首を動かした。ぬらり、といった表現がしっくりとくる動きだ。少年はそんなふうに首を動かし、颯真へと視線を向けた。彼は、どこか虚ろな目をしている。この年頃の少年の目とは思えない。

「え、ああ、そうだね。噂になってる」

 少年はゆったりとした口調で答えた。その瞳は颯真を映しているようには思えなかった。

「いつ頃からだ?」

「……さぁ。いつからなんだろう。気が付いたら、皆言ってた」

 噂なんて、そんなものだ。颯真は少年を見下ろした。顔立ちは高学年らしくしっかりとしてきているのに、体つきは発展途上といったふうに、アンバランスさが彼の危うげさを演出している。

「急に声掛けて悪かったな」

 颯真はそれだけ言い、少年から離れた。不思議な雰囲気の少年だと思った。見知らぬ男に突然変異声を掛けられてもなんの警戒もしないし、驚きも見せない。まるで、心をどこかに置いてきたようだ。幾つも言葉を交わしたわけでもないというのに、颯真は彼のことをそう感じた。

「颯ちゃーん」

 色羽が手招きをしながら颯真を呼ぶ。颯真はそれに片手を挙げて応じ、色羽のもとへと戻った。

「小折さんがこれから颯ちゃんの部屋に来るって」

 隣に来た颯真に色羽が言う。

「そっか。なら、戻るか」

 小折は一度、署に戻ると言い、颯真達とは別行動になった。しかし、気付けば夕方。小折の今日やるべきことは終わったのだろう。刑事というのは事件が起きれば不眠不休といったイメージがあったが、どうやら違うらしい。毎日決められた時刻に捜査会議があり、決められた時刻には解散となる。それが夕方、というのは普段とは違うが、小折のやるべきことは終わり、次の会議までの時間、颯真のところに訪れるのだろう。

 夏の陽は長い。空の様子だけを見ていると、意外と時間が経っていることは多々ある。颯真はまだまだ暮れそうになく見える陽を見てから、足を前に出した。


 小折は暑いなかご苦労様です、と本来なら颯真達の方が掛けるべき台詞を丁寧に掛けてきた。挙げ句、手土産まで持っている。小折が持参した手土産は有名なパティスリーのもので、その箱を一瞥しただけで色羽と比奈子は目を輝かせていた。甘味にさして興味のない颯真は、それの何が他と特別違うのかは理解出来なかったが、小折の厚意は素直に嬉しい。

「別に、勝手にやってるだけだから、気ぃ遣わなくていいっすよ」

 颯真は小折からパティスリーの箱を受け取りながら、眉を下げた。

「いえいえ。僕がやりたいだけなので、お気になさらず」

 小折はにっこりと笑いながらそう返してくる。どこまでも人の良さそうな小折のことが、颯真は時折心配になる。

 ──この人、騙されたりしなきゃいいけど。

 色羽と比奈子の為に小折から受け取った箱を開けながら、そんなことを思った。箱の中身は色鮮やかなフルーツが飾られたタルトだった。色羽と比奈子はそれをうっとりとした表情で眺めている。

「殺された方達の身元についてなんですが」

 小折は色羽と比奈子の様子に満足そうな顔をしてから話を始めた。本来、刑事ならば「死体の身元」という言葉遣いをするだろうに、小折はいつも柔らかい表現を選ぶ。それが彼の人と成りを現しているように思えた。

「あ、そういえばまだ聞いてなかったっすね」

 それもそのはず、颯真自身、つい先程まで捜査に積極的に強力するつもりはなかったのだ。なので、そういった情報を耳に入れる必要はなかった。

「なんというかですね、古い表現になりますが、悪い人達だったみたいです」

 ──悪い人達。

 なんとも漠然とした表現だと思った。

「近所の評判も良くないですし、非行歴があるといいますか、何度か逮捕されたりもしていたみたいです」

 自分も至極真っ当な生き方をしてきたとは誇張したとしても言えないが、小折が言っているのは颯真とはまた種類の違う人間の話なのだろう。

「全員中学の同級生だとかで、年齢は三十四歳でした」

「普通なら、落ち着くか完全にそっちの道に入ってるよね」

 色羽がひょこりと会話に加わってきた。どうやら食べるケーキを比奈子と決め、比奈子が茶の準備をしているようだ。

「ええ、そういった方達が大半だとは思います」

 小折の言葉に颯真も頷いた。颯真の知り合い達も──悪い人達とはまではいかないが──各々、真っ当な生き方をする道を選んだり、確かにそっちの道に入ってる人もいる。どこかで区切りをつけないと、そういったことはずるずると続いていくのだ。何故なら、居心地が良かったり、否定しない仲間が側にいるから。

 正直に言えば、その気持ちはわかる。いつまでも、ぬるま湯に浸かっていたいのだ。同じような仲間と、同じような行動をして。颯真達の仲間は、人様に迷惑をかけるような行いをしないことを信条としていたので、そのままが決して悪いということでないだろう。しかし、それではいつまで経っても大人にはなれないのだ。

 時を止めたように、そこに留まり続ける。

 ──それが、怖くなったんだ。

 颯真は二年前の自分を思い出した。

「だから、花とか何もなかったんだね」

 色羽がタルトを頬張りながら言う。いつの間にか全員の前にアイスティーが並べられたいた。

「ええ、被害者の家族の方達からも犯人を捕まえて欲しい、というようは言葉は聞けませんでした」

 小折はそのことに悲しそうな顔をした。実際、被害者の家族達は厄介者がこの世からいなくなったことに安堵しているのかもしれない。

 ──もし、俺が殺されたら、あいつらもそうなのだろうか。

 思考が暗闇へと引かれる。ここ最近、こういったことが多いように思う。真子のことを口にしたりする機会が続いたからだろうか。

「そっか。でも、犯人を捕まえないわけにはいかないもんね」

 色羽はうんうんと一人で頷きながらあっという間にタルトを食べ終えた。

「そうなんですよ。なので、僕らも尽力します」

 小折は気合いの入った声で言う。

「といっても、なんの手掛かりも進展もないのですが……」

 しかし、途端にしょんぼりとした声に変わった。

「まあ、あんなところでじゃ、難しいっすよね」

 恐らく、捜査の鍵というのは目撃情報なのではないかと颯真は思っていた。真子を殺した犯人が結局逮捕されず仕舞いなのも、目撃情報がなかったから。犯人とおぼしき人物の特定すら出来ないのだ。

 今回の事件は、幽霊屋敷とされていた場所。目撃情報があるはずもない。だからこそ、殺人の場に選ばれたのだろう。

「小折さん、落ち込まないで。僕達も協力するから。ね 」

「色羽君……」

 小折がうるうるとした瞳で、励ましてくれる色羽を見上げている。そういえば、何故色羽がこんなにも協力したがるのかがわからないままだ。比奈子からは聞いたが、色羽からは聞いていない。聞けない、というのが正しい表現なのだが、察することも難しい

 ずっと幼馴染みをやってきても、色羽のことを理解は出来ていない。颯真はそれに僅かなジレンマを覚えた。所詮他人なのだから理解出来るはずがない。そう言ってしまえばそれだけのことなのだが、そうなんだと頷けるものでもない。

 ──きっと、互いに口に出来ないことがあるからだろう。

 颯真は内心で溜め息を吐いた。自分が口に出来ないのは、意気地がないからだ。傷付けたくない。それが先に立ってしまう。色羽のことを本当に思うなら、言ってやるべきなのに。

「颯ちゃーん。おーい」

「おわっ」

「ちょっと、変な声出さないでよー」

 不意に色羽の顔が眼前にあり、颯真は抜けた声をあげてしまったのだ。

「何回も呼んでるのに気付いてくれないんだもん」

 色羽はそう言って、柔らかそうな頬を膨らませた。

「だから、男のお前がやっても可愛くねんだって」

「別に可愛さ狙ってやってるわけじゃないですー」

 ぽんぽんと掛け合いが出来るようになったのも、実際のところつい最近なのだ。家に寄り付かなくなり、仲間とつるむようになり、それでも気付けばいつも色羽は近くにいた。あからさまに邪険にしたり、無視をしたりはしなかった──正確に言えば出来なかった──が、それでもこんなふうな掛け合いをすることはなかった。

「颯ちゃんの考えは? て訊いてるんだよ」

 色羽はまだ頬を膨らませたまま言う。

「俺の考えって言われてもなぁ」

「幽霊屋敷、という噂があるから殺人の場所に選ばれたんですもんね」

 比奈子の言葉に引っ掛かりを覚えた。しかし、それは颯真自身も思っていたことだ。人目につかず、死体が発見される可能性も低くなる。だから、犯人はあの屋敷で殺人を行うことを決めた。

 そうだと思っていた。

「いや……ちょっと待て」

 颯真は低い声を出した。だとしたら、どうやって。颯真の頭の中で、色んな形のパズルのピース達が動く。真っ白の、パズルのピース。それでも、上手く填まらない。似た形をしているだけで、かちり、と填まる部分を見付けられないのだ。

「あー、駄目だっ」

 颯真は大きな声で自らの思考を止めた。

「颯真君?」

 それに小折が驚いたように目を見開く。

「いやさ、俺もそうだと思ってたんすよ。幽霊屋敷っていう噂がある場所だから、あそこで殺人事件が起きたんだって」

「ええ。捜査本部でもそういった見方が強いです。現に、前回の吸血鬼事件のときも、犯人は死体を空き家に遺棄していましたし」

「そこなんだよ」

「え?」

 颯真の言葉に、小折、色羽、比奈子の三人が同時に首を傾げる。

「だかさら、それは、死体を空き家に遺棄した、だろ。でも、今回はあの屋敷で殺人事件が起きたんだ。だとしたらさ、どうやって、あの場にあの人数を誘き寄せた?」

 颯真がゆっくりと言うと、小折がああ、と手を打った。

「そうですね。あそこで殺人事件を起こすには、被害者達をあそこに集めなければならないんですね」

「そういうこと。でも、それがどういうことに繋がるのかはわかんねぇんだよなぁ」

 颯真は大きく息を吐いた。恐らく、後少しだというのに、それがわからない。パズルのピースは填まらないままなのだ。

「ま、出てこねぇもんは仕方無い。飯にするか」

 颯真は言って立ち上がり、冷蔵庫の中身を思い浮かべた。

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