これを近づくれば不孫、これを遠ざくれば怨む。
「貴様らぁ英霊であり偉大なるこのをオレをよくもここまでコケにしてくれたなぁ」
小心者ほど追い込まれると大声をあげるという典型である。あるいは限界以上のストレス下に置かれた小動物か。英霊を騙った男は突如わめき声をあげた。
無言でそいつに詰め寄ると、明らかに狼狽しながらなおも声を張り上げる。
「いいか英霊とは例え死しても何ででも甦り、不老不死を持って世界を管理するもののことぞッ、その崇高なる理念を少しでもその矮小な脳で理解したのなら、そのナイフを地面に捨て許しを懇願しろぉ!」
「本当に捨てていいのか?」
逆にこちらが質問する。あっけにとられる相手の返事を待たずその足元にナイフを投げ、地面に突き刺した。
「かかったなバカめっ」
偽英霊はそれを確認すると袖に隠した刃物を閃かせこちらに襲いかかってきた。
それと同時にこちらの拳を顔面に叩き込む。不出来な粘土細工を叩き潰した感触に似ていた。
今のどこに引っ掛かった要素があったと思ったんだこいつは。
顔から鼻血を吹き出しながら尻もちをついた男は、怒りで震えながらその手を鼻に添え。
「許せん、許せん、許せんんん。偉大なるこのオレに対し下賤な魂の輩が一撃を加えるなど、あってはならないィィィ」
だんだん英霊=偉大でなく、自分=偉大であるかのような文脈になってきた。おそらく最初からこいつの中ではそうだったのだろうが。
背中に隠していた杖のようなものを取り出し、こちらに構える。とっさに跳躍で身を引くと先ほどまで居た空間に炎をがよぎった。
杖から青白い炎が噴き出ている。
戦乙女が情緒をこめずに感嘆符を祝辞的に述べた。
「ほう、これは少しおどろいたな。あいつの小者ぶりもそうだけど、やつの持つあのアイテム。あれはかつて≪英霊士≫が用いたものの一種で間違いない。そうかそれで英霊を騙ることをおもいついたのか」
英霊ゆかりの品をどこかで偶然手にして気をよくして野盗の大将となったことが容易に想像できた。
「まあだからといって、いかんともしがたい実力差はかえられないけどね」
その言葉通り、持ち主がしょぼいのであとの勝敗は簡単に蹴り一発でケリがついた。
そして、そのままそいつは血反吐をはきながら命乞いをしだした。
「ひぃぃぃ。い、命だけはゆるしてくれぇ」
「英霊は例え死しても何度でも甦るといったのはオマエの言葉だ。一度死んでまた生き返ればいい。オレも一度死んだことだしな」
「せ、せめて。ひ、ひとおもいにやってくれぇ」
「悪いが刃物は地面に放り捨ててしまった。一思いに止めを刺せそうにない。他の奴らより死ぬまでに少し時間がかかり、ほんのちょっぴり多く苦痛を伴うと思うが、それも自分の言葉が招いたことだ我慢してくれ」
「最初に言っただろう。その存在に罪と罰を……とな。あとはあの世で懺悔しろ」