小夜曲(アイネ・クライネ・ナハトムジーク)
自分が死んだことは理解している。自覚している。たしかにオレは死んだ。間違いなく間違うはずもなく。
なのになぜ思い出せない。なぜか思い出せない。自分がどうして死んだのか。
偶発的事故なのか、あるいは殺されたのか、それとも自殺か、心中かありとあらゆる候補が浮かび上がるがどれもがピンとこない。
しかし、それももうこの世界に呼び出された今となってはどうでもいいことなのかもしれない。過去への執着や未練など持っていても不要で無意味なものだ。
それよりも現状を変えなければならない。この今を生きる未来のために。
ただ今回のことで理不尽と孤独に執着している自分に気づいた。理不尽な暴力に怒り孤独に悲しむ自分を理解した。
記憶にも残らない、魂の記憶のようなものあるのだとすればあれがそうなのだろう。なにか黒く深いものを呼び戻してしまうような薄暗さがあった。
ヴァルハラのさびれた庭園で一人、暗くなった地上を見上げながら物思いにふけっていた。これからのことを考え、これからなにをすべきなのかを。
地上の生活の火がところどこに点在しているのがわかる、それはまるで星空のようにも見えた。
やがてこちらの様子に気づいたのだろう。どこからか戦乙女がそばに寄ってきていた。
「ねないのか、英霊といえど感覚は生身とおなじつかれは感じるているだろう」
「月になっていた」
「うん?」
地面に指をむけて、
「地上で昼に太陽だったものが、夜には月になっていた。前にいたオレの世界では太陽と月は別々にあった。ここでは太陽と月は同一のものなんだなと思ってな」
気になることがあると眠れない性質なのだと付け加える。
「かつてはこの世界もそうだったさ」
ならばどうしてかと聞いてみる。
「オオカミに食べられたのさ。だから偽りのおひさまとおつきさまを創らなければならなかった」
冗談のような言葉だが、嘘を言ってるようには聞こえなかった。
「どうして、オレに協力してくれるんだ」
ここにきてから疑問に感じていたことを尋ねた。
「それを聞きたいのは、わたしも同じさ。普通はもっと騒いだり不満をいったり非協力的で勝手なことばかりいうものだよ……」
彼女は表情を変えたりはしなかった。だが、ほんの少しうつむいた姿からは誰かを思い出しているように見えた。
それが誰かなのか心当たりがある名前は一つだけだった。
アメイジア、自分でも意図せず口にだした。
彼女がふいに顔をあげこちらに目を合わせてきた。互いにその瞳を覗き込む。戦乙女の瞳。それは湖の底を思わせるような淡い青色の瞳。そのなかには静かに燃える情熱と深い悲しみが刻みこまれているようであった。
「アメイジアは後任者であるあなたに全てを託して消えた。この世界の過去も未来も。そして、それは全て彼自身の意志によって決定させよ。そうわたしに頼んで消えた」
情熱は覚悟、悲しみは消え去ったものへの愛着の色を濃くする。
「いきなりこの世界に呼び出して色々思うことはあるかもしれないだが、これだけは信じてほしい。わたしはあなたの味方だ。これから先どのようなことがあってもわたしはあなたを信じる」
彼女が本気であることはわかる。嘘をいっていないことも。だが、現在の自分がそれに応えるにはあまりに情報が少なすぎた。ここにきてからずっと。
だから頭でなく心で行動すると最初に決めた。それはこれからもそうだ。
「……アイネ・クライネ」
「?」
彼女が首をかしげる。
「名前だよ、好きに呼んでいいといったろ。だからこれからそう呼ぶ、これからも。行動する理由なんていまはどうでもいい。理屈もいらない。ただ、オレがしたいからそうする。だからこれから何があってもそれはオレの責任であってだれのせいでもない」
「パズズ……」
「アイネ・クライネ。お互いに今日はじめてつけた名前同士なんだ。それを背負ってこれから共に行動していけばいい。オレもオマエを信じると決めた」
「……ありがとう」
この時、確かに誓った。
自分の中に芽生えた。ただひとつの小さなものを。




