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異世界ダンジョンで客引きしてます

作者: 緑の海藻

ただひたすら説明で終わる面倒なだけの短編。



 薄暗い通路の中、腕輪の水晶がピコピコ光る。


 どうやら今回の作戦も成功したらしく、六人くらいの冒険者が後を追いかけてきた。


 ボクの仕事はこれでおしまい。あとは冒険者達の実力と運だ。


 冒険者と主の幸運を祈りながらも、人間からはダンジョンと呼ばれている部分の階層を抜けて、自室へ向かう。


 一介のサキュバスには本当にこれ以上やることがないのだ。


 今回の冒険者達は中々の腕利きということで、ボクに課せられたノルマが一個でも埋まればいいんだけど……それは最後まで行ってなってみないとわからないし、後は彼らの能力と主のがんばりだ。


 ボクは階層が変わっていきなり明るくなった広い廊下をゆったりと歩く。


 ダンジョンよりは圧倒的に狭いものの、どこぞの宮廷に勝るとも劣らない居住スペースの一室がボクに与えられている。主は死ぬほど面倒でお馬鹿だけど、こういう風に対応がやたらいいから見捨てられなくて困っちゃうんだよな。


 主の部屋から二番目がボクの部屋。装飾のせいかやたら重い扉を開けたらもうボクの空間になる。


「ただいま-!」


 誰もいないのについ「ただいま」って言っちゃうのはたまに恥ずかしくなる。でも、これ絶対に入ってすぐの肖像画のせいだと思う。


 入ってすぐに見える扉の体面に位置した壁にはド-ンとでっかく、一人の男の立体映像と見紛うレベルの緻密な肖像画が掛けてある。


 この世界では珍しい黒目黒髪で黄色がかった肌に、やたらのっぺりしていて地味で妙に幼く見える顔立ちの男。


 勿論、このなんだか冴えない男がボクの主だということはない。主は顔と能力値だけは申し分ない……というか、他の追随を許さない嫌味な奴なのだ。


 じゃあ、これは誰かと言えば、ボクこと客引きサキュバスのリルの前世らしい。あ、いや、便宜上であって本当に「客引きサキュバスのリル」とかは呼ばれてないからね。


 とにかく、前世とは言っても、正確には主が従魔にサキュバスを作ろうとした時、材料にした魂が異世界からのお取り寄せ品でこの男の物だったと言うだけのこと。


 地球という星の日本に住む平凡な会社員男性だったことくらいしか素性に関することは覚えてない。意味記憶継承の手続きしかされていないから人格はこれっぽちも受け継いでないし、ボクは心も体もまるっとサキュバスだ。だから、正直こんな肖像画を飾られても遠い先祖の遺影を見せられてる気分にしかなんない。


 でも、ボクの主にはこの事実が大切なのだ。


 なんでかと説明するには主の生い立ちから説明する必要がある。


 ボクの主はこの世界の人間界に来るまで下の階層、所謂魔界に居て、そこで魔神として誕生した。魔神というのは、力の大きい魔族や魔物が多く世界としてのバランスを崩しがちな魔界だからこそ発生したシステムのようなもので、魔界を平定するために一定周期で生まれる。


 一応寿命という任期はあるけど、他の生物とは根本的に異なる存在と言える。一代限りの頂点に立つ管理者であるから増える必要がない為、他者と不必要な交流も殆どしない。魔界が基本的に弱肉強食で実力主義社会なせいもある。


 そんな当代の魔神さまな主は様々な事情の重なりにより、任期が残り約500年というところで平定を完了させてしまって暇になってしまった。


 しかも例年の平定って言うのは世紀末的にヒャッハーして暴力により支配地を増やして樹立するんだけど……早期に配下についた魔族が高位魔族のくせに頭脳派な集団だった為に、まさかの魔界初平和的かつ政治的平定が成功。システムを完成させて回るようにしたら、もう魔神は手持ち無沙汰状態。


 洋なし、いや用無しになった魔神は人間界を平定すると家出をした訳。


 しかぁし、そこで待っていたのは驚愕の事実!目も潰れんばかりの刺激であった!


 ……いや、自分の主ながら可哀想ってか、情けない話なんであれなんですけど。


 人間界に来た魔神は、いつも腹心ママンの言っていた通りに情報収集から始めようとしたわけですよ。


 そこで彼は今までの世界が崩壊するような事実を知ったのです。


 ……それが、その、何かというと、はい、ナニの事とかですね。


 魔神はあまりにも他と隔絶した存在故に、当たり前の生物のありようを知らなかったんです。魔神という一代限りのシステムとは言え、種があまりにも減った生き物の為に、魔界に存在する種族を再現して生み出す能力という意味では生殖能力がしっかり備わってるんです。でも、魔神が生殖関係に興味を持たせることは無いように気を遣われていました。要するに、「せかいさいきょうのまじん」が子孫を残したいだの複製作りたいだの思ったらどうなりますか、ヤヴァイです、ってこと。


 いやほんと、この話をする度にどうしてか敬語になっちゃうんだよね……なんかこう、ボクだけでも多分ミクロン単位でなら尊敬してるから……ねっ?みたいな。


 そういう事で、魔神は生まれてから一万年と二千年経ってから初めておしべとめしべ云々を知ったわけだ。


 遅れすぎの思春期がやってきた万単位で童貞を拗らせ中の魔神とか嫌すぎるけど、コレが現実なのでどうしようもない。


 以前と同じ目で配下が見られなくて音信不通にして人間界に引きこもってるとか、少女漫画みたいなロマンス小説をエロ本のごとく隠して読んでるとか、女の子どころか性別雌ならなんでも緊張しちゃうとか……信じたくないけど、主の実態なんだよ……。


 そんなあれな主なのに、なんでサキュバスが仕えてられるかが、直接的に前世の肖像画と関係してくるんだ。


 魔神は隠しているつもりらしいけど、ハーフエルフの超絶美少女に懸想なさっておられる。ちなみにそれは、男女の意識が芽生えて恐慌を起こしてから初めて見たからだと推測される。所詮、思春期拗らせ魔神の恋なんぞひな鳥の刷り込みインプリンティングのようなもんなのだ。


 色々考えちゃって全く女もとい、雌(ゴブリンの雌にも照れてるのを見た時は逆にその博愛精神に感動した)に触れられない能力値だけはMAXのヘタレが懸想をすれば、当然のように面倒事が起きる。


 どうにかし美少女ハーフエルフと懇意になりたい、お話だけでもいいからしてみたい魔神。けど、悶えて声すらかけられないし、下手したら緊張でこの世界くらいなら壊しかねない……ということで、先ず彼は慣れる為に人型で最も数が多い人間と交流を図ることにした。もちろん、女だと身体が強張るから男と友達になるのを目標に。


 その為に作ったのが、ボクが働くこの魔神的レジャー施設ダンジョンである。


 え、本題にいつ入るのか?


 ……待って、もうすぐなんだよ。もうすぐでボクの誕生の話にはいるから!ボクも語るには久々で、ほら、話したいことがまとまらなくって!長いと思うけど、あと少し待ってね。


 まあ、この今までの流れで予想はつくと思うけど、このダンジョンはまともじゃない。世界を掌握する魔神基準のレジャー施設が人間に適応するはずがなかったのだ。


 当初が幾人かの冒険者が様子見に入っていったけど、そこに広がるのは他のダンジョンとは一線を画す、正真正銘の異次元……人が生存できるようなものではない。


 辛うじて生き残った、半ば人外の英雄の満身創痍でうつろに警告する様を見た人間は恐怖した。最早、神罰の一種としてこのダンジョンに送り込むのが最高刑になった国すらある。


 はい、魔神の作戦終了のお知らせである。


 他の基準で考える容量がある脳みそしてたらこんな地獄はつくらないからね、本気と書いてマジと読む方のマジでお馬鹿なんだよ。


 それでも20年くらい自力で頭を捻ったらしいんだけど、全く状況が改善する事は無く。


 困った末に魔界に腹心に相談しようとするも、件の「おしべとめしべの変」が原因でどうしても声をかけられない。


 そこで、従魔を作ることにして生まれたのがボク。


 そう、ここでやっと本題である。


 自分の知識以外を持った柔軟な魂を入れた従魔に客引きをさせて、5人の人間(最初は景気よく100人でした。しかし、この50年で以下略)とお友達になるサポートをさせればいいんだと思いついたのだ。


 その時に異世界から無理矢理剥ぎ取られてきた魂こそ、前世のボクだ。さっきのとおり、人格に関する要素だとかエピソード記憶なんかの継承はしてないから前世の男とは関係ないんだけど。


 そんな魔神がよりによってサキュバスの器を作ったのはなんでか、って言ったら……なんというか、ヘタレでコミュ障で引きこもりの女性恐怖症気味の男でも女体に興味があるということは往々にしてあることでしょ、ってことかな。


 それに、人間とかはよく勘違いしてるみたいだけど、サキュバスやインキュバス、つまり淫魔は魔界の父母として大切にされている。まず、幼子が想像した親のイメージと言えば淫魔だ。暴力が物をいう世界で唯一「生」に精通している種族だからね。性は本来生殖の為のもので、性に長けるということは命の存続に通じるということだから。雌雄に偏りが多く、血が濃くなれば理性が薄くなる魔族にとって生命の管理が出来て血を薄めないままに命を繋ぐことが出来る淫魔は生命線のようなものなのだ。


 ……うん、ぶっちゃけ、拗らせた初恋と親への憧れ(マザコンじゃないって信じたげて)の集大成がボクってことだよ。まあ、それに女に対する羞恥を根本とした苦手意識も多分に入ってるけど。


 どことなく意中の美少女ハーフエルフに似てるのはそういうことだし、断崖絶壁なのは興奮しすぎて調整ができなかったからだと思う。断じて成人女性が怖くて幼女に逃げてるというわけではないんだからね!多分、きっと、信じられる範囲でボクは信じてるんだから!


 それでも、作ってる段階で緊張しすぎて空間に歪みを発生させてたくらいだから、どうにかして完璧に女にするのは躊躇われたのだろう。わざわざ男の魂を拾ってきた理由はそんなところだ。前世が男だから今も男と思いこむことで魔神はボクとはなんとか会話することが出来ている。なぜかたまにツンデレ風だけどな。


 まあ、さ、ボクはいいんだよ。


 そういう思い込みで女体に慣れられるならさ……世界を壊しかけたり、空間を断絶しかけたり、時空に影響を及ぼしたり、照れた勢いでボクの存在を消去しそうになる回数が減ってくれるなら。


ああ、今も魔界におわす腹心様……この主を制御しきった貴方様こそがボクの神です。


 今日も一日一回は行っている我が神への感謝と尊敬の祈りを終えたらもう、ボクにやることはない。魔神の従魔をやってるボクには魔力がいつだって溢れてるからあらゆる食事の必要がないからね。ホントは暇だから主のロマンス小説読ませて貰いたいんだけど、ボクが知ってるってわかったら泣くだろうからな……。


 姿を変えて街に出ておやつを食べに行ってもいいんだけど……行ったらまず間違いなく、主の精神は死ぬだろうな。前に客引きの一環で手を引いて来ただけで「破廉恥!」って帰ってきた途端逃げていったし。


 いっそのこと、娼館に放り込んでやりてぇ。三千世界全て無くなりそうだからやらないけど。


 そこまで考えてうとうとしていると、急に激しい衝突音が鳴り響いた。


 どうせここにいるのは魔神くらいなもんなのだから、犯人は単純明快。真実はいつも一つだ。


「リル、貴様の選ぶ人間はどうしていつも脆いのだ!また遊びに来た人間が全滅してしまったではないか!」


 テノールとバリトンの中間をいく蕩けるほどの美声(笑)と共に主がズカズカとボクの自室に侵入してきた。毎回壊れたものを直すのは主の仕事だしなんの痛痒も感じないそうだけど、それでいいのか主よ。


「ボクが今回引き入れたのは遠くから来た腕利きの冒険者ですよ。いい加減に主はご自分が人間とは大きく異なる存在であると受け入れてこのダンジョンの難易度を下げるべきなんです」


 努めて冷静に間違っても溜息をついたり、呆れた声音になったりしないようにする。この胸の内の呆れが決壊したら、魔神の心のダムとか涙腺が決壊する。


「そ、それは不可能だと言っておるだろう……文献を確認したのだが、もし、親友になったりすれば、落ち込んだ時に肩を叩いたりするのだろう?この娯楽施設を楽しめないようであれば、肩を叩いた瞬間に爆散するではないか」


 もっともだけど、もっともなんだけど……なんかヤダ。なんで神のごときってか、まさしく神の美貌な大柄なあんちゃんがうだうだしてるのを見なくちゃならないのか。仕事って大変。


「主……そんなことでは美少女ハーフエルフシルフィーナ様に永遠に触ることすらできませんよ」


「なっ?!なぜ、ジルのことを……」


 ……。


 いつの間に最短愛称になってんの。まだお前は一度も会ってないだろ。


「それはもう、近隣の街にシルフィがいるからに決まっているじゃないですか。知ってました?ボクはもう彼女公認のお友達ですよ。このままでは、主が彼女と初対面を果たす時には親友……いえ、盃を交わして義理姉妹アグレッタになっているかもしれませんね」


 ボクとしては彼女と地球でいうところのヤのつく自由業みたいなことをするつもりはないけど、やたら懐かれてるから有り得ないほどでもない。


「っっっっっ?!」


 がっくりと崩れ落ちて落ち込む麗しの魔神の図である。どこかの宗教画になりそうな荘厳な美しさと悲壮感が漂うも、原因がくだらな過ぎる。


 というか、嫉妬する甲斐性すらないのかよ……。


「ですから、ほら、主……ダンジョンじゃなかった、えと、会場をもう一回設定し直しましょう?ボクが力加減には付き合いますから、まず最初にお友達の一人目を作る準備をしましょう。主なら、いつか友達100人作れますって」


 夜が明ける直前の空ような紫の瞳に涙の星を溜めながら必死に頷く魔神、御年12453歳。


 本当にコレに友人を作ることなんてできるのだろうか……ボクの契約はダンジョンへの客引きだけのはずなんだけど、規定外の業務が多すぎだよ、全くさ。


 はあ、それでも見捨てられないのは何でかな、やっぱり創造主だからかなぁ。


 ボクははらはらと泣きながらダンジョンの改良を始めた情けない魔神を宥めたり励ましたり助言したり。いつか契約を終えて魔界におわす神を見に行く為に今日も働く。本業より、主のご機嫌取りが多いのは気にくわないけどね。








この時のボクは、このダンジョンを改良して難易度を大幅に下げたせいで、余計な厄介事を抱え込むことになるなんて思いもしなかった。


そりゃそうでしょ?


まさかシルフィがボクを亡き妹の生まれ変わりって思い込むような電波さんだって思いもしなかったし、一度だけ時間制限付きの魅了チャームを使った冒険者が勇者なんて呼ばれるくらい有名になって会いに来るなんて考えもしないでしょ?


ましてや、その二人が引き連れる面倒パーティーにいくら難易度を下げたとはいえインフェルノモードなダンジョンを踏破されるなんて、この頃のボクは欠片も思っちゃいなかったんだ。 

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