ワイン工場
うーん……
「皆さん見てください。ここでワインを寝かせてるんですよ」
ワイン工場を案内しているお姉さんが言った。
今日、俺は友だちとワイン工場の見学に来ていた。
見学といってもバスツアーみたいなもので、お年寄りが多い。
今いるところは、樽がたくさんおかれてる薄暗い部屋だった。
「ではこちらに来てください。お土産コーナーです」
多分ここにいる人で、まともに見学に来た人なんて三分の一もいないだろう。
大体の人は、これから行くお土産コーナーを目当てで来ているはずだ。
何でも、ここで飲めるワインが美味しいと評判で、バスの中にいる時からその話題で持ちきりだった。
「なあなあ、至宝のワインてどういう味がするんだろうな!」
横にいた友だちが言った。
「俺は今から楽しみで、よだれが止まらねえよ!」
じゅるりというベタな音を出しながら、友だちはよだれを垂らしている。
「どうせ自作自演の煽りだと思うけどな……」
友だちの様子を見て、俺ははぁ……、とため息をついた。
「それじゃあ、移動しまーす」
案内役のお姉さんは皆の先頭に立って、次の部屋へと続く道を通っていった。
いきなり明るい部屋に出た。
眩しくて、一瞬目が見えなくなる。
そこは円形のテーブルがいくつかあって、テーブルの真ん中には様々なワインの入ったボウルが、氷で冷やされて置いてあった。
「こちらでコップをお取りください」
案内役のお姉さんは、入り口でビニール製の一口サイズのコップを配っている。
コップを受けとると、皆ワインのところへ跳んでいった。
俺も友だちと一緒に飲みにいく。
ワインをコップに注いで飲んでみた。
おいしい。
これほどのものとは思わなかった。
てっきりただの自演とばかり思っていたのだが。
友だちもそう思ったのか、早くも次の場所へ跳んでいく。
「おいしいですねぇ」
隣で飲んでいたおじいさんに話しかけられた。
「? えっと、どちら様で?」
すると、おじいさんは笑いながら手を振った。
「これは失礼。私もツアーで来た者だよ。妻と一緒にね」
「そうでしたか、それはそれは」
「ほら、あそこに妻が……」
おじいさんが指差した先には、ワインをがぶがぶ飲んでいるおばあさんがいた。
「ははは、私は酒に弱くてねぇ。少し飲んだだけで酔っちゃうのだが、妻はあの通り強くて……」
「俺もですよ。連れは強いんですけど、俺はからっきしで」
そう言いながら友だちのほうを見ると、あいつもワインをがぶがぶ飲んでいた。
それから俺たちは話をした。
話と言っても、他人から見たらつまらない会話なのだが、それでも楽しかった。
俺たちは会話に夢中になっていた。
だから、異変に気づくのに少し遅れた。
「これは俺のワインだ! その手を離せ!」
「やめてよ! これは私のワインだって言ってるでしょ!」
突然、友だちの大声が聞こえた。
「妻の声だ……」
おじいさんが呟く。
見ると、友だちとおじいさんの妻が酒を取り合っていた。
「何やってるんだあいつは……」
俺はおじいさんと一緒に、彼らの方へ向かう。
「おい何やってるんだ」
俺がそう声をかけると、友だちは血走った目をこちらへ向けた。
「お前も俺の酒を奪おうとするのか! 渡さない! 絶対に渡さないからな!」
「はぁ? なに言ってるんだお前。それは店のワインだろ?」
「違う! これは俺のワインだ!」
「いいえ! 私のワインよ!」
いきなり奥さんがそう言うと、友だちを手持ちのバッグで殴った。
「何するんだ!」
友だちは奥さんに殴りかかった。
必死に俺とおじいさんは二人を止めようとする。
限界だ。
誰か助けてくれと頼むように、周りに視線を投げ掛けた。
しかし、周りはひどいことになっていた。
「アハハハハハハハハハハハッ! ヒーッ…ヒーッ……アハハハハハハハハハハハッ!」
「うええええん! …………ぐすっ! …………ひぐっ! …………うわあんんんんん!」
みんな、笑っているか泣いているかをしながら酒を飲んでいる。
「なんだこれ……」
すると部屋の奥から、店員が何人か出てきた。
「これは」
「ワインの効果です」
「私たちが魔薬と」
「呼んでいるもの」
「です」
店員が交互に喋る。
気持ち悪い。
いやそんなことより、まぐすり……?
「まぐすりってなんだ?」
俺が店員たちに聞くと、店員はまた交互に答え始めた。
「魔薬とは」
「笑い上戸」
「泣き上戸」
「絡み酒があり」
「文字通り」
「それを飲むと」
「笑ったり泣いたり」
「絡んだりします」
「絡みには個人差がありますが」
俺とおじいさんは唖然とした。
そんな、人の感情を操れるワインがあるのか……?
そう考えてる間にも、周りの状況が激しさを増す一方だった。
と。
「お酒の追加ありますよー」
さっきの案内役のお姉さんが、台車で樽ごと酒を運んできた。
みんな泣きながら、笑いながら、怒りながら、それぞれの酒の樽に近寄っていく。
まずい!
「おい、まて━━━」
「お前! まだ俺から酒を奪うつもりか!」
「そうじゃなくて━━━」
「そんなに欲しいなら、お前をワインの中に入れてやる!」
「は!? いや、ちょ━━━」
友だちは一つの樽の上部分を剥がすと、そこに俺の頭を掴んで突っ込んだ。
「おい、わぷっ、やめ、わぷっ、ろ」
「うるさい! お前が悪いんだ! お前が俺のワインを盗ろうとするから! 死ね! 死ね! 死ね!」
「かぼっ、ごぼぼぼぼぼぼぼぼ」
俺は意識が途切れ始める。
「そうだ」
「言い忘れてました」
「そのワインは」
「ぶどうやアルコール」
「の他に」
「隠し味として」
「人の血肉が混ざってるんですよ」
それが俺の聞いた、最期の言葉だった。
うーん……