名前が無い
お日様はまだほとんど真上にある。
キッドと二人でノルトの西大門の前で座っていた。
キッドがまだ歩けない。
ジェットがその周りを自慢げに尻尾を立てて歩き回っている。
バイピクスの神殿の町でお昼を食べてから大きくなったジェットに二人乗りしてここまでやって来た。
乗合馬車なら丸一日かかる行程をわずか1時間でこなす。
走るのだから上下方向にも小刻みに揺れる。
カーブでは外側に力がかかる。
そして角は直角にジェットは速度を落とさず駆け抜けた。
「馬を買おうよ、こんなのに乗るより速いから。」
のキッドの一言がこの結果になった。
「お待たせ、行こうか。」
「うん。」
僕は今まで比較の対象がなかったから、初めてジェットにのってずっとしがみ付いていられた異常性、そしてすぐに回復した異常性に全く気付いていなかった。
まぁそんなことはどうでも良かった。
キッドが真に他の知性生物と違うことはこの後すぐに分かった。
「手形を改めます。」
首都に入るのに門番は当然身分確認をする。
僕はおじいちゃんが残してくれた手形を出した。
クリス・デ・マーリン
ただ誇らしかった。
「どうぞ。」
でもキッドが引っかかった。
「なんだこの手形は?名前が無いじゃないか。ん?それでも各国に入出国出来ているな、なぜだ?誰か管理官殿をお呼びしてきてくれないか?」
僕たちは少し待っていろといったん門の外に出された。
「ごめんクリス、待たせちゃって。必ず入れるから。」
「どうしたの?」
「俺、名前がないんだ。キッドは単純に小僧ってことなんだ。だけど通してもらえるから、ちょっと待ってくれ。」
門番はすぐ出てきた。
「二人とも入っていいぞ。まったくエルフの長老の使い魔なら先にそう名乗ればいいのに、余計な手間を掛けさせないでくれよ。」
キッドは挨拶もしないでずんずん中に入っていく。
「ごめんクリスに言ってなかった。俺人扱いされない使い魔なんだ。だけど関所を通るときしか関係ないから気にしないでくれよ。もちろん魔法学院の籍は持っているから大丈夫だよ。」
「僕はそんなこと気にしないよ。」
無表情のキッドの顔には、何も聞いてくれるなと書いてあった。
やたらはしゃぎまわるキッドとバザーを回ったリ、王宮の衛兵の交代式を見物したりして宿にもどってのんびり話をしていたら使者が来た。
そのエルフは映像だけで現れた。
「キッド、エルフの森の北にサイクロップスが現れた。すぐに倒せ。」
「これからクリスをフェアネスまで送っていくんですが、それからでいいですよね。」
エルフは少し困った顔をした。
「それは契約でのことか。ならばそのクリスとやらもエルフの森に立ち入ることを許そう。それからフェアネスに行けばよい。」
そういい残して、エルフは消えた。
「契約って?」
「ん?クリスと約束したじゃないか。エルフは約束を破っちゃだめなんだ。」
何かすっきりしないけど、とにかくサイクロップス討伐の打ち合わせをした。
ジェットの足でとばせば入学試験までに一週間くらいの余裕が出来る。
「それでサイクロップスってどんなやつ?」
「人型で、大きさは3メートルくらい。それほど大きくないんだけど力が強くて動きが早い。魔法は使ってこないけどその分魔法に体勢があってほとんど効かない。肌も硬くて矢がなかなか通らないので、ちょっとエルフと相性が悪いんだ。倒すのに一週間以上掛かりそうだったら代わりに誰かに案内してもらうからクリスは心配しなくていいよ。」
キッドの顔がそれ以上聞いてくれるなと言っているので何も聞かなかった。
何でそんな化け物をキッド一人で倒さねばならないんだ?
次の朝早く出た僕たちは、ジェットに乗ってお昼までにエルフの森のはずれに着いた。
キッドはもう慣れたみたいだ。
キッドが道の途中で止まる。
「クリス止まって。ここに結界があって、許可されないものは森の向こう側に付きぬけちゃうんだ。」
「すごいね、でもサイクロップスは入ったんだろ?」
「エルフの魔法が唯一効かないんだ。」
「長老からサイクロップス退治の命令を受けて戻ってきた。客人を連れて入る許可は出ている。」
目の前に木の門が有った。
さっきまでは無かったのに。
「これを通って森に入るんだ。付いて来て。」
門をくぐってキッドはすぐ剣を抜いた。
剣は細身で短いが心が表れるようなすがすがしい力を放っている。
「近くにいるみたいだ。安全な村まで送れなくてごめん。
キッドが飛びのいたところに巨大な斧が突き刺さる。
空気が揺れる、飛び掛るサイクロップスにジェットが体当たりしてバランスを崩す。
キッドが剣で腹を凪ぐが傷ひとつ突かない。
しかしよろめいて着地したっサイクロップスは どうっと倒れた。
小さなたった一つの目に何かが貫通した痕。
「エルフは相性が悪いんだろ?僕はエルフじゃないよ。」
紫金の弓を見せてちょっと自慢した。
「ありがとう、ほんとに。僕の家に案内するよ、村には行きたくないんだ。」
「僕はエルフの常識ってものを知らないから、反対に何か力になれるかもしれないよ。何か困ってるんだろ?話してみてよ。」
かなり迷っていたけど、話してくれた。
「俺の母さんは精霊王に仕える巫女だったんだが、俺を産んでしまったんで封印されてしまったんだ。母さんは精霊王様の子供だって言い張ったらしいんだけど誰も信じてくれなくってな。精霊王様を招こうと思ってやってみたんだけど応えてくれなかったんだ。俺は結界の緩んだ儀式の日に母さんが魔物にでも孕まされた子供だろうって名前も付けてもらってないんだ。」
歩きながら考えた。今の話ってどこかおかしい。
「クリス、母さんを紹介するよ。」
そう言って立ち止まって指し示した手の先の大木に、キッドとよく似た女の人の顔が浮かび上がっていた。