ぱっくり食べた?
「陛下、申し訳ございませんクリス様が旅に出て小屋にいらっしゃいませんでした。」
「なに?」
「マーリン様の言いつけだとかで、夏至までには戻ると旅に出られた後でした。」
「そうか。なら戻ってくるだろう。ごくろうだった。」
「陛下。」
「どうした。パーシー。」
「かってながらクリス殿下に護衛をつけさせていただきました。申し訳ありません。彼から今一緒に旅をしていると報告がございます。」
「そうか。頼む。」
目に見えて王の期限が良くなる。
「はっ。」
無表情を要求される護衛の騎士たちは全くそのままの固まった顔で微笑むという器用な動作を行った。
彼らは何も聴かない何も見ない。
だから王や重臣たちは自由に話しをしている。
ぅわ~人がいっぱいいる。
僕はジェットを連れてバイピクスの神殿の門前町の大通りをきょろきょろしながら歩いている。
そのなんというか、知らない人たちを見たのが始めてだったりする。
村から出たことがないんだから。
あのお団子でもひとつ買おうかなと思いながら歩いていると男の人がぶつかってきた。
「気をつけろ!」
なんだあれ?もう行っちゃった。
「おいおまえ。」
蒼い目の少年に肩をつかまれた。
「今何か盗られなかったか?」
「何も盗られてないよ。」
まだ疑わしそうにしている彼にガッサイ袋を懐から出して見せた。
「ほら。」
実はさっきの男は盗って行ったんだ。
大事なものじゃなくて七色毛虫の入った袋を。
あれに手を突っ込んでどれだけ腫れるか僕は知らない。
村の小さな男の子たちが選別にくれたんだ。
悪い人をやっつけろって。
あとその毛虫の毛だけ集めた袋や、大笑い埃茸の粉や、いたずら道具をいっぱいもらっちゃった。
女の子たちには薬草の入った袋をもらった。
「とにかく心配してくれてありがとう。この町初めてなんだけど、どこのお店がおいしいか知ってる?」
「いや、俺も初めてなんだけど、あっちの店のほうがいい匂いがしてたな。」
「それじゃあそこにするよ、一緒に食べるだろ?」
「ちょうど食べようと思ってたんだ俺キッド。」
「クリスだよ、よろしく。」
「こちらこそ。」
お店のテーブルに着くとキッドは帽子を取った。
金色の髪と長い耳。
「キッドってエルフ?」
「そうだよ。」
「へぇ~人族以外見たのは初めてなんだ。」
「え?さっきそこらへんをいろいろ歩いてたじゃないか。」
「そんなのぜんぜん気が付かなかったよ。だって人がいるだけで珍しくって。」
「そっかぁ、静かなとこから出てきたんだ」
キッドは聞き上手だった。
「ふ~ん、それで一人旅で魔法学院へ行くとこだったんだ。」
「ジェットも一緒。」
懐から超ミニサイズになっているジェットを取り出した。
懐へ入ってきた手に毛虫袋をつかませたのはジェットだ。
「へぇそっか。」
キッドもかわいいものは好きらしい、目がきらきらしている。
キッドが手を伸ばしたけど、ジェットはすぐに引っ込んだので空振りした。
「人見知りするんだ。ごめん。」
「ミニ猫の癖に生意気な。逃げると食べるぞ。」
うわっ。
店の中を見渡した。
誰も気付いていない。
キッドは目をまん丸にしている。
当事者だから。
僕もびっくりした。
心臓バクバク。
何が起こったかというと。
瞬きするかしないかの間に。
僕の懐から顔を出したジェットの頭が巨大化して、ぱっくりとキッドの頭を口の中に銜えて、すぐ戻った。
いまは懐から顔を出して上機嫌でニコニコしている。
「食べられないように注意いたします。」
と、テーブルに手をついて頭を下げた。
キッドって大物なんだ。
「なぁクリス、おれも魔法学院に行くんだけど一緒に行かないか?」
「助かるよ、フェアネス皇国ってどこにあるんだか全く知らないんだ。」
「それでどうするつもりだったの?」
「王城まで行けば誰か知ってると思って。」
「そんなので出てきたの、クリスってすごいね。学院まで案内するよ。道は良く知っているから。」
「お願い!」
僕はキッドを拝んだ。