冬篭り
目を開けたとき、見覚えの無い天井があった。
どこだろう、ここ?
村のどの家にも共通の板張りの小部屋。
窓の外には正面にバイビクスの峰、今朝だな、僕の小屋の横にある大木が少し遠くに見える。
だとすると村長さんの屋敷の2階?
ぼうっとしていても仕方がないから、よろめく足で部屋の外へ出た。
でたところは吹き抜けの広間の上部の回廊みたいなところ。
たまたま村長さんが下を通りかかった。
「おはようございます、村長さん。」
「おおクリス、起きたのか。おはよう。無理をしないで部屋で休んでいなさい。何か食べ物を運ばせるから。」
「誰かいないか?クリスが起きたぞ。」
村長の娘のマーサさんが奥から顔を出した。
「お父さんほんと?あ、クリスおはよう、今なにかもっていってあげるわね。」
「あのマーサさんおはようございます。ぼくのおじいちゃん知りませんか?」
「まだ怪我が良くないから加治屋さんの家にいるってお父さんが言ってたわ。薬の臭いがきついからクリスはこっちだって。」
「ああ、そんなわけだからクリスはしばらくここにいるといい。」
「でも心配ですから後で行ってみます。」
「そうね、ごはん食べたら・・」
「いや、二日も寝てたんだ。後にしなさい。」
なぜか村長さんはあわてていた。
「とにかく何か食べなさい。」
翌日鍛冶屋のロゴスさんが来た。
そして村長さんと二人で僕の前に立つ。
「黙っていてすまなかった。」
「すまない、クリスの体調が戻ってからと思ったんだ。」
「先生は亡くなった。埋葬はもうすませたよ。」
「腕を切断したんだが、毒以外に呪いがかかったみたいで助けられなかったんだ。」
「それからこの袋を預かっている。もし開けることができたなら、中の手紙を読んで人生を決めて欲しいと先生はおっしゃっていた。だめなら今度の夏に帰って来るこ両親に従いなさいともおっしゃっていた。」
「ありがとうございます。」
返事はしていたものの何がなんだかさっぱり分からなかった。
悲しいとかいろいろすべての感情が吹っ飛んでしまった。
おじいちゃんは言ってた。
「どんなことがあっても強く生きろ。」
3日目から僕は小屋に戻った。村長もロゴスさんも一緒に住もうといってくれたけど、やっぱり小屋に住むことに決めた。
村長さんたちも僕の仕留めた猪を見て認めてくれたから。
次の一週間は、そのままにしてあった猪の処理だけであっというまに過ぎてしまった。
燻製、塩漬け、ラードも貴重品、そして皮はボロボロだったけどベストが1枚取れたしあとは毛布代わり。
牙は村長さんとロゴスさんへのお礼。
もちろん一人で食べきれないから村の人たちにくばって。
とにかく体を動かしていないといられなかった。
あっという間に冬が来る。
今の内に何とかしなくちゃ、雪が降ったらなにもできない。
もちろん、おじいちゃんの本は読めるんだけど、体も動かさないとね。
体のほうは、なんだかとっても軽く感じる。
そしてなんだか力がついたような。
馬鹿力が出るようになったおかげで冬までに精鉄炉を作ることが出来た。
鉱石と木炭を入れて風を送り込むだけの簡単なものだけど鍛冶にも使えるし、そしてこれなら磁器というものが焼けるかもしれない。
山へ鉱石を掘りに行ったり、白い土やいろいろな色の鉱石を集めたり。
冬の間、村の女の人たちは機を織っている。
布や糸を染めたりする工程で冷たい川にはいるのは男の仕事で、こうして出来た布やそれを使った服がこの村の貴重なお金を稼ぐ手段になっている。
冬は天候がすぐに変わるので狩など村の外へ出ることは全く出来ないけれど、村の中は長いさおで目印がしてあるので雪でも安心して歩くことが出来る。
「みなさんおはようございます。今日もたくさんつれるといいですね。」
「おはようクリス、楽しみにしてくれよ。」
僕の小屋は村を通る川の一番上流で、ここなら染物の邪魔にならずに釣りが出来る。
だから村長さんとかお年寄り?たちが魚釣りにやってくる。
そして、
「村長、今日はボウズかね。ワシの釣ったのを一匹分けてやろうか。」
「おまえさんに釣られるような魚を食ったらわしまでトロくなるわ、いらんわい。」
わいわいがやがや お昼の宴会をやって帰っていく。
優しい人たちでしょ?みんな心配して僕の様子を見に来てくれるんだ。
何も言わないけどね。
おじいちゃんの仕込んだお酒が目当てじゃないと思うんだ。
たぶんね。
そんなことをしていたらあっという間に春がやってきた。
おじいちゃんの袋はまだ開けることができない。