11才夏 金色の蛇と漆黒の獣
森の下草がざーっと音を立てて右から左へと順に倒れていく。
巨大な赤い猪が疾走しているのだ。
ヒュン
また何本目かの矢がほとんど真上から落ちてきて猪を貫き、その痛みをこらえて猪は走り続ける。
ヒュン
最初に片目を射られた猪は自分が巨大な円を描いて同じ場所を走らされているのに気が付いていなかった。
一本の矢はそれほど力が有りはしなかったが、浅く突き刺さった鋭い鏃には溝が切られ、その溝を通って血と一緒に猪の命が吸い上げられていき、また別の形の矢は反対に塗られた毒で猪に流し込んでいった。
狼たちの群れをもなぎ倒すことの出来る猪であっても、どこからとも無く飛んでくる矢からは逃げ惑うことしか出来なかった。
僕はそっと自分で作った弓と矢を構えたまま倒れた猪に近寄っていった。
おなかのほうに回りこんで、念のために一本打ち込んでみる。
うん、動かない。
それでも念のために100数えて近寄った。
ブヒーーーッ
ぅわぁっと!
一瞬暴れかけたがすぐ動かなくなった。
おしっ、これだけ大きいのをハムにしたら冬がきても大丈夫だぞ。
おじいちゃんもびっくりするぞ。
これ一頭仕留めるのに、地形の下見やらおびき寄せそれから運ぶためのいかだ作りやらで一週間以上はかかっている。
なんとかお父さんたちが来る前にしとめてご馳走したかったんだけどあいにくの雨で今日になってしまった。
お父さんたちの隊商は僕の11歳の誕生日を祝ってくれた後、昨日の朝早く旅に出てしまった。
しかしこの牙すごくきれいだ。
彫ってペンダントにしたらお母さん喜んでくれるかな。
ナイフの柄にしたらおとうさん使ってくれるかな。
そんなことを考えながら、さすがに疲れたので腰を下ろしたとたんに後ろから冷たい声が響いた。
「小さいくせに見事だな小僧。」うわっと・
驚いて振り向くと真っ黒な獣が居た。
似ているといえば虎だろうか、今仕留めた巨大猪よりは小さいが、普通の牛よりは大きい。
ただその存在感は猪よりはるかに大きかった。
いつの間にか鳥のさえずりや虫の声、命の音楽が途絶え周りの空気さえ重くなり纏わり付く様な感じがする。
フッと空気が揺らぐと獣はもう目の前に居た。
「おい小僧、このあたりで金色の蛇を見なかったか?」
僕は声がでなかったのでただ首を横に振った。
「そうか、見てないか。気配はするのだがな。見てないならばよい。行け。」
僕ははいずるようにいかだのほうへ逃げて行きかけた。
「小僧忘れ物だ。」
振り返った僕の上を巨大なものが通り過ぎていかだの上に落ちた。
夢中で走る僕に獣の声が追いつく。
「我が名は獣王フェンリアース、金色の蛇を見つけたら呼ぶがいい。ハハハハハハ。」
獣の笑い声を聞きながら、ぼくはいかだに猪を縛りつけ、チカツの森からシロノ川を下って小屋の横にある船着場までもどった。
下りは昨日までの雨で流れが速い。
カーン
探すまでも無く小屋の裏手からおじいちゃんのまきを割る音が響く。
「おじいちゃんあのね、あのね・・」
「どうしたクリス。」
手を休めて近寄ってきたおじいちゃんの顔がいきなり引きつった。
「動くなクリス!!」
僕をかばったおじいちゃんの左手に小さい、10センチくらいの金色の蛇が食いついていた。
肩に乗っていて首筋に噛み付こうとしてたらしい。
僕は草とっさに、むらに隠れようとした蛇を落ちていた薪でで叩き殺した。」
「おじいちゃん大丈夫?」
おじいちゃんは噛まれた痕をナイフで切り裂き、血を吸い出してからいつも持ち歩いている袋から薬を取り出して飲んだり塗ったりしている。
「クリス、よく聞け、その蛇は竜帝の化身だ。そのままでいい、すぐに食べろ。」
パニック状態の僕はおじいちゃんの言うがままにそのへびをつかんで食べた。
味や歯ざわりなんてわからなかった。
胃が焼け付くようだ、血がかっと沸き立って頭のほうに上ってくる。
「先生、どうしました!?」
村の人たちの声と慌しい足音を聞いたとたん、空と大地がひっくり返ったような感じがして、目の前が真っ暗になる。
おじいちゃんの声がかすかに聞こえる。
「ワシよりクリスを見てやってくれ。」
おじいちゃん、大丈夫だったんだ。
僕の意識はそこで切れてしまった。