タリム村 訪れる旅人
ノルトの西の端、バイピクス山の麓にあるタルム村のはずれに薬士の老人と孫が住みだして6年の年月がたつ。
小屋は昔ふらりとやってきた魔術士が付近の植物の研究のために建てて行ったまま暫く放置されていた。
村人は誰にもはずせなかった魔法の鍵を老人が開けたことでたぶん魔法使いの縁者だろうとうわさをしていたが、老人の身元など医師や医学知識の有る者のいなかった村にとってはどうでもいいことであった。
不思議なことに、いかめしい顔をした老人になぜか村の子供たちがなついた。
「先生、お父さんが迎えに来てくれたからもう帰るね。」
「気をつけて帰るんじゃぞ。」
「またね~。」
重要な労働力でもある子供たちだが雪の積もる冬の間は手伝える仕事が少ない。
それで子供たちは晴れ間が出れば雪を踏み固めて学問を習いにやってくるようになっていた。
そして鍛冶屋のロゴスなど親子で一緒に、子供に混じって大人も学ぶようになっていた。
毎日ぎりぎりの生活をしていた村人たちにとって、学問を身につけることによってできるようになった、別視点からのものの見方というのはとても新鮮なものであった。
それで村人はみんな老人を先生と呼んでいる。
「ロゴス、うちのクリスが最近世話になっているみたいだが、邪魔にはなっとらんかね?」
「あぁ、クリスがくるようになってからうちの馬鹿息子まで真剣に仕事を覚える気になってな。大助かりさ。」
「確か都で騎士になりたいとか言っておったの。」
「自分で勝手に打った剣ばかり振り回してたんですがね、クリスから剣聖トルーは自分で使う剣を打ったと聞いてから人がかわりましてねぇ。なんにせよありがたいことですわ。」
「それは良かったの。ところでクリスは邪魔になってはいませんかの?」
「それが鏃ぐらいなら打てるようになりまして大助かりだったりするんですわ。」
「まだ6才じゃぞ?鎚を振るうのはさすがに無理があるだろう。」
「いえ、馬鹿だ馬鹿だと思っていた息子がですね、てこの原理だとか申しまして、クリス君でも足で打てる金鎚を作りましてな。これも先生にいろいろ教えていただいたおかげです。」
「ほう。」
「ついでに私のも作ってくれまして、これがまた便利なんですわ。」
「ほうほう。」
「クリス君が素直に尊敬するもんであいつが俄然やる気を出しましてね。うれしいかぎりです。クリス君が女の子だったらぜひに嫁に来てもらうんですがなぁ。」
「ははは。」
「そのクリス君ですが今日は家に泊めてもいいですかな。たたら吹きをぜひ見たいというもんでして。」
「それはこちらからお願いしたいものです。よろしくお願いしますじゃ。」
「任せてください。あ、そういえば行商人のロムニーですが、クリス君のことを女の子だって思っていたみたいでして金鎚を振るっているのに大層驚いていましたよ。」
「ふむ。」
次の日ロムニーが一人でいる老人の小屋にやってきた。
「マーリン様お久しぶりです。まさか、あのクリス様が・・」
「その先は言うな、で、何の用事じゃ。」
「陛下がお探しですすぐお戻りください。」
「戻ってどうなる。」
「公爵家を継がして身を立てさせようと。」
「クリスは臣下などにはせん。わしが育てる。そう言っとけ。」
「しかし王妃様が一目でも会いたいと。」
老人の目に一瞬葛藤が生まれたがすぐにいつもの静な暖かい眼差しに戻った。
「クリスにはお前の両親は商人で、今は異国を旅していると言い聞かせてある。商売が一区切りついたならたまには家に顔を出せとでも言っておけ。」
「はっ、必ず。」
大臣たちの上奏が終わって一人部屋の中で物思いにふけっていた国王に影がささやき掛けた。
「陛下、マーリン様とクリス様を、」
「見つけたか、よくやった。それでどこにいる?連れて来たのか?」
「いえ、それが・・・・・」
「・・・・・そうか、そのようなことが。たしかタリムはバイピクスのふもとであったな。」
「誰かある!グレンジャーとパーシーを至急呼んで来い。后もだ」
その年から夏至祭りの神事をバイピクスの神殿で執り行われるようになった。
もともとはそうであったのを復活させただけだったのだが。
そしてその年から夏至祭りの二日後そこに住む少年の誕生日に、一晩だけタりム村のはずれに、隊商が帰ってくるようになった。
お土産をいっぱい持って。
それを飛びっきりの笑顔が迎えた。
「おかえりなさい。」