魔法剣士と魔術士の違い
珍しいことに、大変珍しいことにユリシア学院長が入学試験の会場に姿を現した。
学院長が新入生を見に来ているという話はあっという間に学院中に広まり、手の空いた教師たちもすべて、あいていない教師もしていることを放り出してやってきた。
何かとんでもない学生が来るらしい。
憶測は憶測を呼んだ。
その騒ぎも全く目に入らず、ユリシアはずっとただ一人、クリスだけを目で追っていた。
クリスは大勢の中にいても一目でわかった。
王とおなじ黒い髪黒い眼、そして王妃そっくりの優しい顔立ち。
ただ気になる事にどうもクリスに元気がない。
もしかして、試験内容を知らなかったんだろうか。
生まれたとき、確かにクリスには加護がなかった。
全く魔力の気配がなかった。
歴史的にはそのような者でも極めて稀に魔法が使えるようになったことはある。
アリシアは推薦したマーリンを信じてはいる、けれどすぐそこにいるクリスに全く魔力の気配がない。
他の受験生は少しでも見守る教師陣の評価を高めようと思い思いに気を高めている。
王族や上級貴族と違って試験を受けるものは、良い師匠の目に留まり、弟子になりたいと切望しているためだ。
学院では通常授業以外に、師に弟子入りすることも許されている。
生まれながらの素質もあるが、やはり良い師匠に上級または固有の魔法を教わったほうが、自分自身の力を高めることになる。
力の差が収入に関係する以前に、生死に直結するので誰もが必死に自己を誇示しようとしている。
もちろん合格するには、魔力の気配さえさせればいいのだが。
受験生の試技は続いていく。
火の玉を出したり、氷を出したり。
まだ的になった人形には傷ひとつついていない。
オリハルコンで出来ているそれは、こんなところにもお金は惜しまないと言う学院の心構えを受験生に示すものだった。
あ!人形が爆発した!!
あぁ、幻術だったの。
驚いた~。
ポイント高いわね。
発想がいいわ。
控え室に残っていた最後の一人が出て行って、あ、歓声が聞こえる、僕一人になった。
真打登場じゃなくて、入国手続きに手間取って受付が一番最後になっただけなんだけど。
名前を呼ばれて試験会場に入る。
うわっすごい人。
これ全部先生?
広い会場に金属製のカカシがひとつ。
課題は魔力を使って何かせよ。
僕は魔力の矢を射ることしか出来ない。
ならば、
できない。
「早くしなさい。」
戸惑っていたら注意された。
「的の後ろに人がいるので撃てないんです。もう少し的を上に上げていただけないでしょうか?」
「客席には結界が張ってある、いいから始めなさい。」
うわ~不機嫌そうな声、困った。
「的を上げてあげなさい。」
真ん中に座っていた女の先生が見かねて声をかけてくれた。
審査員の先生が呪文を唱えると、的の下の地面が盛り上がり、充分な高さになる。
足を少し広げて立つと体の芯に魔力の炎がともる。
半身に構え左手を上げると、紫金の弓が生じ右手に同色の矢が現れる。
引き絞り、射る。
ヒュンと音を立てた矢は、的と結界を貫き外へ飛んでいってしまった。
意識してその飛んで行った矢を消す。
どこまで飛んでいってしまうかほんとに分からない。
反応がないので、一礼して引き上げようとしたら。
黒い疾風が目の前に、
カッ
僕の手はガッサイ袋から飛び出した木剣を握り締め、魔法の先生らしくない男の人に打ち掛かられた剣を止めていた。
うわわわわ。
「ほう、速度上昇と筋力強化は使えるのか。では次は武器への付与だ。」
先生の剣に炎が纏わり付く。
僕の剣は木でできている。
折れない魔法が掛かっている。
でも火には、と、そこまで考えた瞬間に袋から飛び出た火の精霊王からもらった剣を抜いていた。
僕の剣にも炎をまとって輝きだす。
「炎の付与も出来るとはな。」
このガッサイ袋こんなことが出来たんだ。
ならばできるかも。
斜めに走る閃光を、左腕の篭手でそらし、剣を真上から振り下ろす。
袋の中身を身につけた状態で取り出せた。
すごいぞ!
予想と離れた受け方をされて一瞬戸惑った隙を剣は切り裂く。
それで上着一枚に筋をつけることが出来た。
「装備の召喚に、基礎中の基礎の業での打ち込みか、気に入った弟子にしてやる。」
かなり誤解が入ってますけど。
剣の嵐が収まった。
座り込んでしまう。
「こいつは、俺の弟子にする。文句があるなら今の内に言え。不意打ちでも何でも相手をしてやる。」
その言葉と同時に雷鳴が轟き、叫んでいた先生は黒こげになってヒクヒクしている。
さっき的を上げてくれた女の先生が、杖を拭きながら進み出てきた。
「ザガード先生。出した言葉には責任をもってくださいね。クリスは私の弟子にします。」