友達とビジネスマンの違い
北国ノルトを去ったユリシアは今フェアネス皇国の魔法学院で学院長の職についていた。
ユリシアの前には大量の処理前と処理済の新入生の書類がある。
もくもくとサインをこなすうちひとつの書類が目に留まった。
タリム村のクリスの願書及びそれに付帯して名前の欄が空白の学友護衛士の寮及び受講科目の変更届。
それにはすでに事務長の承諾印が押されていて、入学資格の確認はもちろん寮や必要な教材の手配はすでに終わっている。
学生は資格のある者の推薦があれば合格を認めねばならない。
だから試験は実力を測るためだけになされる。
貴族以外でも優秀な者が誰かの目に留まり入学してくることは多かった。
しかし学友護衛士つきというのが気になった。
学友護衛士というものは王族や貴族に学友として行動を共にし護衛する役目に付く者たちであり、主に同年代の少年少女があてられ、これも無試験で合格を出される。
ユリシアは少し考えて、そういった専属護衛をつけられるほどクリスは裕福な商家の出なのかと結論付けた。
名前の無いエルフには覚えがある。
キッドだ。
寿命が長いエルフの中でもなぜか少年の期間が長いキッドは学友護衛士として、この学院を何度も出たり入ったりしている特異な存在である。
ユリシアも実は机を並べたことがあった。
そしてクリスという少年の名前は最後に個人宛の私信を開いたときに彼女の初恋の相手の名と共にもう一度現れたが同じものだとは気付かなかった。
北の国ノルトから彼女の友人が転送してくれた手紙はまさにマーリンからのものだった。
用件はマーリンらしく極めて簡潔に、マーリン家をクリスに譲るのでその保証人になった欲しいという事のみ書かれた事務的なものだった。
もう少し何か書いてくれてもいいのに。
彼女のアタックに全く振り向いてくれなかった彼の顔を思い出してじわっと涙がでそうになった。
おそらくクリスはあの時の王子なんだろう。
その魔法の込められた紙にサインすると、紙は光を発して消えてしまった。
紙に込められた契約の魔法は発動し、クリスという少年はクリス・デ・マーリンになった。
ふ~、時間は過ぎていくがマーリンを元の若さに戻す方法はまだ分からない。
誰にも話していないが、彼女はそれを研究するためにここへ来た。
軽い気持ちで、書類と一緒に入っていた紙切れを開いてみて、彼女の時間は凍り付いてしまった。
”クリスを頼む。”
震える指が書いたであろう血文字がそう読めた。
ほぼ間違いなく、マーリンは死の直前でこれを書いている。
ユリシアはいつの間にか暗くなってしまった部屋で、何かが光っているのに気が付いた。
先ほどサインした入学許可書、つまり制約の魔法の掛かった紙の入学希望者の名がタリム村のクリスからクリス・デ・マーリンに代わっていた。
そして、護衛士の空白欄にまだ読めないが文字が現れようとしていた。
その二人組みはすでにフェアネス皇国へ到着していて入国審査の待合室に座っていた。
受験予定者の名簿の名前とクリスの持っていた村長の書いた手形の名前が違った。
それで身元確認のため誓約の魔法使える魔術士を学院から呼んでいるのだがそれがなかなか到着しない。
しかし退屈はしていないようだ。
「あの馬車すごいね、6頭立てなんて始めてみたよ。」
「すごいな、どこの王室のなんだろ。西部のどっかだと思うんだけど。あれ?あっちはノルトのじゃないのか?」
「そうみたいだね。たしか僕と同い年の王子様と、3つ下のお姫様がいたと思うんだけどどっちが来たんだろう。」
「二人とも乗ってるみたいだな。ほら降りてくる。」
「ほんとだぁ、始めてみたよ。」
「お前、ノルト国民だろ。俺でも見たことあるぞ。」
「そんなこといっても、えっとそのぉ村から出たことが・・・王様と王妃様はみたことあるぞ!」
「はいはい。」
「クリス・デ・マーリンはいるか?」
「あ、呼んでる。」
「確認が取れたぞ。手形が書かれてから、家を継いだみたいだな。それからその学友護衛士のキッドも通ってよい。」
「通っていいってさ、行こうぜ。」
「ちょっと待ってよ、キッドの学友護衛士ってなに?」
どうしてもそれは聴いておかないとならない。
キッドの手を引っ張って人のいないところに連れて行く。
「もしかして、キッドって誰かに頼まれて僕についてるの?」
答えが返ってくるのに時間がかかった。
「クリスに嘘はつけないから全部言うよ。クリスにばれないように護衛しろ。これが俺の受けた依頼なんだ。初めてなんだよ、依頼に失敗したのは。」
「友達になったんだよね。」
「護衛と護衛対象さ、全部ビジネスだよ。一度でも友達なんて言ったか?第一俺はこう見えても千才越えてるんだぜ。」
「だってまだ子供だろ?」
「それは名前の呪いのせいで関係ないさ。あ~あ違約金で倍返さなくっちゃいけないんだぜ?有り金すっかりなくなっちまうよ。でもさ、誰かがクリスを大切に思っているってのは間違いないと思うぞ。じゃあな。」
そう言い残してキッドは学院の中に消えていった。