運命の夜
”ドラゴン食べちゃった”の改訂版から始まりますが本格的に書き換えます。
北の王国ノルトは、短い夏の夏至祭りが終わったと言うのにまだお祭り騒ぎを継続していた。
親愛なる王に世継ぎが生まれる。
やせた土地、厳しい気候にもかかわらず、人々の暮らしは王の善政により、貧しいながらも暖かかった。
王宮の広間、夜更けにもかかわらず重臣たちに朝議がすんでも帰るものは一人もいなかった。
王妃が陣痛を訴え、産屋にこもって数時間が経つ。
、
出産を神聖視するノルトでは、生まれる御子の為、中庭に清潔な産屋が建てられ、他の国よりもきわめて高い母子の生存率を誇っている。
しかし・・・
「グレンジャー卿少し落ち着いて座ればいかがかな?そうウロウロされれば目障りじゃで。」
「パーシー卿、まぁそういってやるな、私の代わりに右へ行ったり左へ行ったりしてくれているのだ。」
「陛下!」
王妃の父、ユスラエル・ベル・グレンジャー公爵をからかうことが出来るのは親友でもあるパーシー内務卿くらいのものである。
「まぁ、あまりウロウロすると、飲み物をはこぶ小姓たちの邪魔になる。少し控えろ。」
「陛下。」
広間の下座には、若き王を直接補佐する若き官僚たちもところどころに置かれるテーブルの軽食を囲んで仲の良いもの同士で集まって話をしていた。
「う~ん、まだお生まれにならないのか。」
「マーリン様、出産は夜更けと決まっております。」
若輩にもかかわらず優秀な宮廷筆頭魔術師であるヨシュア・デ・マーリンやその補佐であるユリシア・デ・フライシスカたちでも、出産においてはできることは何も無かった。
産時の癒しは巫女たちの仕事である。
暇な他の魔術士たちは自分たちの若い上司たちの仲のよさを目を細めて眺めていた。
「あれだけユリシア様が熱烈にアタックしているのになぜマーリン様はお分かリにならないのか?」
「ハハハ、マーリン様はまだ失恋の痛手が抜けておられないんだ。もう少し待ってからだな。」
「もう一年以上も経つのにか。」
宮廷楽師の音楽も無くなり、満月がやや西に傾いたころ、赤子を入れたかごを抱いた女官長が広間に走りこんできた。
赤子は今しばらく神聖な産屋に留め置かれるはず。
不吉な!
何が起こった?
「お生まれになりました、男の子でございます。」
「でかした、王子か。」
「いえ、この赤子には聖痕がございません。」
女官長の呟くような声は、それでも広間にいる全員の耳に届いてその魂に衝撃を与えた。
女神ファラリスが地上に降りて人に化身したときに生まれた御子の子孫と伝えられるノルト王家には、代々神の祝福たる聖痕が伝えられていた。
その聖痕によって強力な魔術を使い、国を守り人々を導く。
それが王家の役割なのだ。
夜叉など他の人族とは異なり、人は神に祝福された聖痕を持つものしか魔法を使えない。
聖痕は主に血によって伝えられるが、ノルトの王族には必ず火水木金土の五行のうち上位の聖痕が与えられるはずである。
それがない。
ならば導かれることはひとつである。
赤子は王家の血を引いていない。
「グレンジャー卿、剣を持ってどこへ行く?」
パーシー卿の悲痛な声が、グレンジャー卿の足を一時だけ止める。
「陛下、後ろを向いたままで失礼いたします、とても陛下に合わす顔がございませぬ。娘の不始末不実は我が手でつけますればしばしの間、御前を血で汚すことをお許しくださいますようお願い申し上げます。」
「暫くお待ちください!」
公爵の振り上げた剣と赤子の間にマーリンが割り込んだ。
「そなたか!間男は!!そなたが娘に懸想していたのは知っておったが!」
「王妃様の潔白は公爵様がどなたよりもご存知のはずです。」
「わしもそう信じたいが聖痕が無いのでは。」
「そのようなものが無くてもこの子はお二人の王子様でございます。神にかけて潔白を証明いたしますので、この剣をお引きください。」
公爵は軽く触れただけでマーリンの体から血を流していた名のある刀匠の鍛えた剣を鞘に戻した。
「そなたが命を懸けるならば。」
みなの注目する中、王に一礼したマーリンは腰から金の砂の入った袋を取り出すと手馴れたしぐさで、赤子を中心として魔方陣を書き始めた。
神はすべてを見ている。
だから神に伺いを立てることで身の潔白は証明できる。
ただし。
「マーリン様、その術はお命を縮めます。」
ユリシアの声にも反応せず、魔方陣を書き上げたマーリンは低い声で長い呪文をつむぎだす。
マーリンから魔力だけではなく生命力も吸い取って、魔方陣が光リ、床から浮かび上がって回りだす。
「大いなるファラリスよ、我が命を駆けて御子の潔白を証明せよ、そして満足に加護も与えられない祖霊どもよのろわれてしまえ。」
建物の中だというのに稲妻が走り回り轟音が響き渡った。
人々が閉じていた目を開けるとマーリンはまだ立っていた。
生きていた。
「陛下、王子の潔白は神によって証明されました。」
抱き上げられた腕の中で王子は泣きもせず、老人となってしまったマーリンを見つめていた。
神にたいして身の潔白を訴える、魔力さえあれば誰にでもできるがその代償は大きい。
神は一個人の些細な願いにいちいち答えてくれるものではないからだ。
「マーリン、その子の潔白は証明されたが聖痕が無くては王子として育てることは出来ない。」
王の言葉に背を向けてマーリンは歩いて広間から、王城から出て行ってしまった。
ユリシアも一言の声もマーリンに掛けられず泣き崩れてしまった。
王は命がけでわが子を守り去ってしまった友に掛ける言葉も無く頭を下げていた。
明け方になって放心状態の人々の中に女官の声が響き渡った。
「二番目の王子様がお生まれになりました。火と水の二つの聖痕をお持ちです。」
あまりのことに、喜びの声を上げることができるものは誰もいなかった。
翌日、二つもの聖痕を持つ王子、マレリウス・ヴァン・ノルトの誕生が発表され、国は祝賀に沸き祝賀の紙吹雪が舞った。
大いなる神ファラリスよ、マレリウス王子に祝福あれ。
批評するに足る小説にできればいいな。