名もなき者の手記
ただ、踏みつぶす。
道を歩く時に、虫に注意を払わないのと同じように。
悪意なき蹂躙。
――正義の名のもとに!
これは一体だれが叫んだものなのか?
――正義の名のもとに!
ああ、その足元に、骸の群れが広がっていることも知らずに。
――正義の名のもとに!
その正義は血に塗れている。
正義を語る愚かな者たち。
正義が人を救うなら、この腕に抱いた我が子はどうしてこうも冷たいのか?
正義を語る愚かな者よ。
平和のために集う者たちよ。
革命を願う者たちよ。
ああ、どうして我が子は冷え切っているのか?
答え給え!答え給え!答え給え!
正義が血を流すことならば、私は言葉を武器に立ちふさがる悪となろう!
正義なんぞ糞喰らえだ!
吹けば飛ぶような我が命。
笑いたくば笑うがいい!
私は剣を持つことは無い。
我が腕には、もう動くことのない我が子でふさがっている。
さあ、正義を名乗る者どもよ!
我が屍を越えて行け!
正義の名のもとに、罪なき者を蹂躙する悪意なき正義よ!
これは呪いだ。
その正義を成し得た時、貴様らは足元の骸に嘆き悲しむがいい。
貴様らが立つ場所は、骸の山だ。
いずれ貴様たちは知るだろう。
その正義は自分たちの正義でしかなかったことを。
善悪相殺。
悪は正義に討たれ、正義はいずれ悪に討たれる。
その連鎖は誰かが剣を捨てぬ限り止まらぬ呪い。
正義の名のもとに、集え。
死を運ぶ者たちよ!
腕に子供を抱いた男は鬼のような形相を浮かべ涙を流していた。
解放軍の前に立ちふさがるとその男は突然叫び出した。
最愛の子を失った彼は理性すら失ったのであろう。
剣を持った彼らに丸腰で立ちふさがるなど正気の沙汰とは思えない。
だが、彼の言っていることはもっともであった。
彼らは正義を語るが、我々から見れば悪である。
彼は首を刎ねられ絶命した。
その顔はそれでもなお憤怒の表情を浮かべていた。
彼らの足元の骸に加えられた彼は、正義も悪も超越した存在なのだと、私は感じた。
剣すら持たず、ただ最愛の子を殺された怒りを、言葉でぶつけた彼は尊い存在だろう。
彼は負の連鎖を断ち切っていた。
正義を語るあの集団は、たった一人の男よりも浅ましく、愚かだ。
革命はなされるだろう。
だが、その政権も長くは続くまい。
彼らが築き上げた骸の山はそれほどまでに夥しい数で、腐臭を撒き散らしている。
彼らの醜悪さは、ただ一人の男によって晒された。
彼の名前は語り継がれることは無いだろう。
正義を語る彼らは未来永劫語り継がれると言うのに。
ならば、私のような誰かが語り継いでいこう。
我が子の為に、理不尽に怒りをぶつけた男の話を。




