第四話 早まったか?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いつもいつも不思議でしょうがないのだけれど、どうして人間は人間を襲うんですか!?」
金髪ロングヘアーのまだ少女と言える容姿のエルフが言う、と、同時に目の前に振り下ろされる剣を弓が使えない時用に装備しているエストックで横に受け流す。[少女と言っても人とは違う時を生きるので見た目ほど幼くは無い]
「哲学は冒険者じゃなくて賢者の領分だよララエル、よっと!」
パーティーのリーダーである金属鎧を着た金髪の青年が視線は逸らさずに答え、そして自分より大きな男の剣撃を盾で受け止め、その隙に自身の剣で相手の喉を切り裂く。
「そいつぁーあれっすよ、エルフだって腹が減ったら何か食べるでしょ? そお言う事っすよ、っとっとっとー! っぶねー」
さらに赤髪の青年がそう答えながら前後から同時に振られた剣を軽やかにバック転で避けてお返しとばかりに一人に一本ずつ首筋にナイフを投げつけた。二人は首にナイフが刺さり血を吹き出して倒れ転げ回る。
「あなたは我々エルフを馬鹿にしているの? それとも私を馬鹿にしているのかしら?」
ララエルと呼ばれたエルフはそう言いつつサポートに来た金髪の青年に敵を押しつけ後方に走る。
「いやいや、今のはかなり分りやすかったと思うな」「さすがエリックさん分ってくれましたかー」と人間族の青年二人がうなずき合う。
その間に十分な距離が取れたのでララエルはすかさず弓に持ち替えて追いかけてくる三人の男に矢を放つ、それぞれ鎧や盾の隙間、しかも急所に突き立たり倒れる。
「やっぱりもう少し人間を理解しなければならないようね」
さすがに被害の大きさに怯んだ敵が口々に「だめだ!」「退け!」「割に合わねー」等と言いながら逃げ出した。
「ちょ、待てよ!」三人相手に一進一退の攻防をしていた金髪の青年は逃げに移った敵の一人の背中を切りつけた。
「ふー、だいぶ逃がしたな、チャス、奴ら何人位居た?」
敵・野盗の気配が無くなり落ち着きを取り戻したので緊張を解きつつ赤髪の青年にそう問いかける。
「後ろの連中の方は正確にわからないっすけどこっちに来たのは17人っす」 [馬車の後ろ側は別のパーティーが受け持っている]
赤髪の青年・チャスはその方角を指さしつつ「で、あっちはたぶん12人位だと思うよ」と続けた。
・・・・・・・・
そもそも彼らが何をしていたかと言うと、彼らは冒険者といわれる者達で冒険者ギルドを仲介して様々な仕事を受けたり、秘境や危険な場所を探検して古代の魔法の装備等の宝を探したりして生計を立ててる者である。で、今は行商の馬車を護衛する仕事を行っていた。
・・・・・・・・
「噂より多いな、ちょっと依頼人や後ろの奴らと今後の相談をしてくる、軽く警戒しつつ休んでてくれ」
金髪の青年・エリックが二人にそう声をかけ「わかりました」「ういっす」と返事を聞きながら歩き出す。
・・・・・・「そう言う事ですので慎重に進むので鉱山町への到着は少し遅くなるかもしれません」とエリック
「ああ、仕方ないな」もう一つのパーティーのリーダーが同意をしめす
「わかりました、しかし一日遅れる毎に報酬は一割減りますのであしからず」そう言う契約ですからね、と小太りの中年商人が当然の様に言い放ち馬車に戻っていった。
「っち、気にくわねーな、命より時間が大事かよ」
「まあ、出来るだけ遅れず行くしか無いですね」
そう言いつつもエリックは危険を犯してまでも急ぐ気は無かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それが町を出てから2日目、今から4日前の出来事だった。
ララエルは今、荷馬車の中で愛用の弓・エルブンボウを点検している。 現在は昼なので他の二人は夜に備えて眠っている。 森は夜行性の魔物が多いし野盗も前回は昼に来たが本来は夜襲ってくるのが普通だ。
一人先日の出来事を思い出しながら考え込む。
(まったく長老様も掟おきてと申されても、戦士としての技能は分るのですが、見聞を広めろとはどういった事なのか。 きっと書物でわかる知識の事では無いのでしょう。 やはり結局は人間を理解しなければ長老様は私を一人前とは認めて下さらないでしょうね。 全く成人の儀は厄介だわ!)
[ララエルの生まれたエルフの里は子供が成人と認められるには一度外の世界に出て見聞を広めて来る習わしがあるのだ、そして里の者はどの様な職を希望してもまずは戦士として一人前にならなくてはならないと言う掟もある]
その為今は里を出て冒険者として生活をしつつ色々な事を理解しようとしているのである。
ふと弓の手入れを中断して馬車の中を見回す、ちなみに幌付馬車に乗っている。 その荷台の後ろ・出口付近の右側、自分の向かい側にエリックとチャスが座り、寝息を立てている。
そしてそれ以外の場所には所狭しと生活雑貨や嗜好品が積まれている、主にタバコや酒らしい。
(どうして私がこんな物の為に命を賭けなければならないのかしら)
ララエルはこの仕事が嫌いだった、人間の娯楽の為に自分の命が危険に晒されている様な気がして嫌だったのだ。
実際には物事はそんなに単純な話では無いのだが、まだ若いエルフのララエルにはそこまでは分らなかった。
「まあ、後一日で町に着くらしいしもう一踏ん張りね」
そう気を取り直してまた弓の手入れに戻る。
暫くしたらエリックが寝心地の悪さに顔を歪ませながら起きた。
「っくそ、こんなんじゃ寝れないな、早く足が伸ばせるところで寝たいぜ」
「そうね、だけど私はそれより・・・・」それより水浴びがしたいと続けようとしたが馬車が減速しているのに気がついてやめた。
エリックも気がつき念のためにチャスを起す、そしてすぐさま御者から「草陰から人が出て来た!」と声が掛かった。
聞くと同時にエリックが飛び降り馬車の前側に駆けていく、続けて私とチャスも駆ける。後ろの馬車からは後方を警戒する為に他の三人が飛び出すのが見える。
馬車から降りると100M程先にやけにおかしな格好の女が見える、両手を真っ直ぐ伸ばして腕全体で両手を振ってる、エルフで視力が高いララエルは相手の表情まで鮮明に見てとれる。
(人間の女か、若いわね、それにしても緊張感が無い顔ね)
「とまれ!! 何者だ!?」エリックが叫ぶが返事が無い。
「まずいな、ララエル詳しく見えるか? あれは魔導士だよな?」
魔導士から警戒を逸らさずに周囲を見回しながら聞いてくる。
「見えるわ、若い女、人間に見えるわ、服装は魔導士だしスタッフも持ってるわね」
「魔法はまずいっすね、何にせよあいつは十中八九囮っすね」
「俺もそう思うが、、、、妙だな、っち! 歩き出しやがった」
困った事にスタスタとこちらに向かって歩き出した、そのまま進めば殺されるのが分らないのだろうか? いや、野盗に脅されて仕方なくやってる可能性もあるし、もっと悪い可能性としてはあの女が実は高ランク冒険者並の腕前でこちらを簡単に全滅させられるかもしれない事だろう。
「まずい、ララエルあいつを弓矢で狙い撃ってくれ!」
「わかりました、一撃で仕留めて見せます」
「いや、命は取らないでくれ、少し気になる事がある」
「だけどエリック、相手が魔導士ならこの距離で半端な矢を放っても当たらないですよ?」
かなり初歩的な魔法で遠距離攻撃を避ける[風の加護]と言う魔法があり加護を破るには強力な攻撃を放つ必要がある、なので殺さない程度に矢を当てると言うのはかなり無茶な注文なのだ。
「分ってる、だけどララエルなら出来ると信じてる!」
「仕方ないわね、じゃあちょっと本気をだしますか」
そういって弓を持つ手に力が入る。
(ところでさっきからあの女はやけにきらきらした目でこっちを見てるわね・・・なんで?)
呼吸を整え矢を持つ、そして精神を集中して呪文を唱える
「この地に住まう風の精霊よ、我が名は黒の森のララエル、我が一族との盟約に従い願いを聞き届けたまえ、我が矢に風の祝福を」
詠唱と共に矢に魔力が注がれほんのりと緑に光る、エルフが得意とする精霊魔法を使ったのだ。
(これで矢は真っ直ぐ飛ぶけど・・・風の加護があったらやっぱり当たらないわね。 敵ならば殺してしまった方が良いのに)
この時もやはり若いララエルは少し勘違いしていた。
敵か味方かの二択で物事を考えて居たのである、なので目の前の女が誰かに脅されているとか、たまたま居合わせたとかの可能性を完全に失念していた。
矢を弓につがえ、狙いを付ける。
(左腕にしよう、…………今だ!)
フュッ! と、音をたて矢が放たれる、魔力が宿る矢は弓なりの軌道を描かずに真っ直ぐに飛ぶ、そしてすぐに狙いと寸分違わずに当たった。
「……当たりましたね」
「うん、当たったな……、チャス周りに伏兵は居ないか?」
「大丈夫っすね」
矢を受けた女は杖を落とし泣き叫び出した、エリックの脳裏にとある不安が広がり始める。
「様子を見てくる、ララエル一緒に来てくれ」
「わかったわ」
警戒しつつも走り寄る、それ程時間は掛かってないがその間に女は倒れ気を失ったようだ。
そしてエリックは倒れた女の横にしゃがみ顔を覗いて確信した、どうやら不安が的中した様だ。
「ぁぁー……、これは早まったか?」
顔を覗いて分ったのは、予想よりも10歳以上若かった事、そしてどう見ても野盗には見えない顔つき、むしろその辺の喫茶店の看板娘と言った雰囲気だ。
「エリックその野盗をどうするの? 町の警備隊に引き渡すのですか?」
「いや……ララエル、たぶんこの子な、一般人だと思うな。 野盗にさらわれて囮として使われてたか…………、もしかしたら迷子だったのかな?」
「……え?」
(ど、どういう事? じゃあ私は助けを求めている女の子を殺そうとしたの? なんて事をしてしまったの!)
「エリック! すぐに治療しましょう!」
「あ、ああ、そうだな。 一先ず馬車に乗せよう」
その日からララエルはふとした瞬間に、自身の放った矢が当たった瞬間の女の子の驚きに満ちた顔を思い出し、えも言われぬ罪悪感に苛まれる事になるのだった。
サハラさん今回セリフ無し!