第三話 びっくりする程痛いです!
初夏のさわやかな暑さの中、サハラは気分良く森の道を進みます。
時折木の枝にリスみたいな生き物を見かけます。 可愛い。
さらに暫く歩くと今度は森の少し奥の方に鹿っぽい生き物の群れを見かけました。
奈良で見た鹿より大きいな~、なんて思ってたら一番大きな角を持ってる子に睨まれました! 怖いです。
何で転生したのかとか、他の二人は何処に居るのかとか分らない事だらけだけどとにかく今は楽しくてしょうが無いのです。
実はこの森は人に危害を加える野生動物やモンスターさらには野盗も出る危険な森なのですけど、そんな事は知らないのでお気楽ハイキング気分で進みます。時折鼻歌も歌いながらね。
「ふんふんふふふ~ん♪ ところで人里ってまだまだ遠いのかな~」
誰に聞くでも無く独りごちます。知りようも無い事ではあったのですけど、実は最初の場所から逆方向に進めばサハラの足でも日が落ちる前に町までたどり着けたのです。
しかし残念ながら今は逆方向へ向かって歩いています。 その方角では次の町までは馬車で順調に移動したとしても五日間程、現在の移動速度だと昼夜休まず歩き続けても二週間は掛かってしまいます。
道を歩いて次の民家まで一日でたどり着けないと言う感覚を日本人でほんとの意味で理解しているのは一部の北海道民だけなんでは無いでしょうか。 車社会なのでなおさらですよね。
そしてサハラは生まれも育ちも関東地域、しかも海沿い、人が居ない場所を探す方が大変です。
なのでサハラの想像する“遠い”とは数時間程度であって数十時間や数日と言った単位では無いのです。
そんな事はつゆ知らず、お気楽に歩き続けさらに一時間、元の男の体でしかもスニーカーならばまだまだ歩けたかもしれません。 だけど今は慣れない女の体、手足の長さも違います。 体力も少なくなってますし、さらに決定的なのは履いてるブーツです。 化学素材なんて全く使われていないレトロな物、足への負担はかなり酷いのです。
(さすがにそろそろ休憩したいな~。 あ、あそこでちょっと休も~っと)
座って休める場所を探し始めた所でちょうどタイミング良く道の脇に座りやすそうな岩を見つけました。
ラッキー、と思いつつトテトテと小走りで近寄って腰掛けます。
「ふー、さすがに疲れたな~、にしてもここって馬車道みたいなのに全然馬車通らないな~」
疲労感からかそんな言葉が出てきます。
と、考えて居たらまたまたタイミング良くなんと馬車が近づいて来てる様な音が聞こえて来ました!
ただし、道が緩やかにカーブしてるのでまだ見えないから正確な事は分りませんけど。
(ふふ~ん♪ またまたラッキー、やっぱこっち方向に向かって良かったんだね~)
なんて思いながら立ち上がろうとしました。だけど足の疲労は予想より酷かったみたいでよろめいて岩の裏側の草むらに倒れてしまいました。
「きゃう! 痛たたた……う~最悪だ~……。 あっと! 早く起きなきゃ、馬車が来ちゃう」
よたよたと起き上がり服についた土や草の実を払います。 そして気を取り直しつつ“この世界の人はどんな姿をしてるんだろう~?”なんて暢気に考えながらよろよろと道に出ます。 その時にはもう馬車は目視出来る位置まで来ていました。
目的の馬車は二台連なって走って居る様です。
まだ遠いので良く見えなですけど御者台に座っているのはどうも黒髪の人間の男っぽいです。 亜人の御者を期待して居たのでちょっとだけ残念と思ってしまいましたが、それ以上に初の出会いに期待を膨らませます。
なんにしてもまずは止まって貰わないとならないので、サハラは両手をまっすぐ上に伸ばして、ブンブンと肘を曲げずに腕全体で手を大きく振ります。
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ちなみに念の為に確認しておきますと、この時のサハラの服装はギルド指定の魔女ルックでカラーはオレンジ色、頭にはつばの広いとんがり帽子。〈まさに魔法使いがかぶってるあれです!〉
ローブも首元から足首まで覆う普通のローブ、ただ首元はVネックになっていてインナーのシャツが見える様になってます。 ちなみにそのシャツはブラウン色です。
帽子もローブも基本的に装飾は殆ど無くてローブの裾の辺り(足下)にちょっとだけ猫の(>_<)こんな顔の絵が刺繍してあるだけで他はこれと言って何も無いのです。 猫の刺繍はリアルで猫を飼えない反動だったりします。
マスターのプラーミャが新規加入した低レベルの人でも揃えられる衣装にしようと思って探した結果、初心者が最初に拠点にする町で売ってるローブの外観を使う事になった為かなりシンプルな衣装になっているのです。
実際には外観が初心者装備なだけでサハラのローブはギルメンが無駄に上げまくった裁縫スキルでミスリル銀糸を編み上げて作った物なので性能としてはそこそこだったりします。
でもサハラはあまりリッチじゃ無かったので最高素材のオリハルコンは使えなかったのでゲーム内的には並の装備であったりもするんですけどね……。
でも、どっちみちバフ無しの時に攻撃されたら即死する様なステータスなんですけどね。
…………ようするにゲーム的に言えばもの凄い地味なのです!!
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ややあってから馬車が止まりました。 だいたい百M位離れた位置でしょうか。
そして荷台の中から六名程が素早く飛び降りて馬車の周りを囲む様に陣取りました。 そして先頭に立つ鎧を着た金髪の青年が何かを叫んできます。
でも遠すぎて良く聞こえません。
「やった、止まってくれた~。 しかも何だか皆降りてきて歓迎してくれてるのかな~? なんか言ってるけど聞こえないし向こうに行ってみよっと」
そう思って右手だけは振り続けつつ歩き出します。
[性善説で物を考える日本人は平和的な思考なので武器を持った人を見かけても何故か自分が襲われるとは考えなかったりしちゃいます。 って事も時と場合によってはあるでしょうけど、この状況で危機感持たないのはたぶんサハラさんが暢気なだけですけどね!]
少し近づいたので出て来た人を良く見てみます。 だけど後ろ側の三人は二台の馬車の陰に行っちゃって殆ど見えません。 なので見えるのは前側の三人だけです。
その三人ですけど、先頭に居る人は金属鎧を着ていて戦士風の風貌をした金髪の男性。 軍人の様な引き締まった体格をしています。たぶん背は百七十位だと思います。 二十七歳前後かな? 左腕に盾を着けていて腰には剣も見えます。
次はその右側に居る皮の鎧と紺色の服を着た赤い髪の男性を見ます。 この人も二十七~二十八歳位っぽいかな? 引き締まっていると言うよりひょろっとしてると感じる体格で背はたぶん百六十は行かない位だと思う。 腰に剣とナイフっぽい物が見えます。
そして最後に戦士さんの左側に居る方を見ます。 その方は透き通る様な金髪で腰まであるサラサラストレートなロングヘアーの女性、十八歳かもっと若いかもしれません。 身長は意外と高くて百六十五はありそうです。 腰に細い剣と手に大きな弓を持っていて、背中側の腰にほぼ横向きに矢筒も装備しています。
(あれ、もしかしてあの戦士さんの左にいる人って耳尖ってない!? エルフなのかな? 弓持ってるしね!)
なんていまだに暢気に思ってたら戦士さんが横のエルフに何か話しかけてます。 一言二言会話して、そしてエルフが背中の矢筒から素早く矢を引き抜き弓につがえ射りました。
「お~、さすがエルフだ、さまになってるね~」
何も違和感無くエルフの流れる様な動作に感心し、そのまま放たれた矢を目で追います。
以外と矢ってまっすぐ飛ぶんだな~なんて思った次の瞬間サハラの左の二の腕に「トスッ」と良い音をたてて突き立ちました。
「あれ!?」
カラ~ンと音をたてて杖を落とします。
「ちょ、ちょっとなんで刺さってるの? っていうか刺さってるのこれって!?」
状況が良くわかりません。
「え、うそ? 痛い、て言うか痛い!! 痛いし!?」
サハラは突然の出来事に完全にパニックになってしまいます。
「なんで! ……痛……い……むしろ熱い!? ど、どうしよう!」
(やばい、涙出て来た。 もう痛いのか熱いのか全然わかんないよ! なんで刺さってるのさ!?)
「こ……こういう時はどうするんだっけ……そ、そうだ……救急車呼ばなきゃ。 ……え……と……110番だっけか? ……あれ? …………117……番……だった……気が……する…………じゃ…………な……く……て……ひゃく……じゅう…………」
そしてサハラはだんだんと痛みとパニックで頭の中が真っ白になって行き、そのまま意識が遠のいていったのでした。
気を失う寸前に(…………意外と血って出ないんだ)と思いました。
サハラさん以上にのんびり進むストーリー!?