第二話 それは予想外だったのです
警告タグは一応なのです
――――ぼやけていた風景が纏まりはじめます。そろそろテレポートが終わる様ですね。
サハラは焦点の合ってきた目で周囲を伺いました。
――――たっぷり数十秒見回してから、徐に額に左手の掌を当て目を閉じます。
そして「見間違い見間違い」と言ってからもう一度目を開け周囲を伺います。
「あれ……ギルドホームじゃない…………」
本来ならギルドホームの玄関ホールへテレポートするはずだったのですが、現在は何故か森の中にたたずんでいます。 正確には森の中に通ってる道の真ん中に立っていました。
さらに周囲を見回した時に気がついたのですが、他の二人が居ません。 どうやら別々の場所にテレポートしてしまった様です。
「なん……で?」
そう、囁きつつもサハラは一つの可能性に気が付きました。スキル【リターンホーム】は最初にキャラクターのホームを設定しておくと、発動時にその場所までテレポート出来ると言う移動時間短縮用の基本スキルなのです。
が、これには一つ罠の様な落とし穴が有り、ホーム設定をしてない状態でスキルを使うと何処にテレポートするか分からない、出現場所がランダムで決まってしまうと言う初見殺しのスキルだったのです。 もちろん詠唱地点に近い場所に出る可能性が一番高いのだけど、時にはゲームワールドの端から端まで飛ぶ事もあると言う酷さです。
とにかく今は森に居ます。ホーム設定が無効になっていたのでしょう。
さっきは見渡す限りの草原だったのだから案外遠くに飛んだのかもしれません。
何故ホーム設定が無効になったのかは置いておくとしても、あまりにも突然の出来事だったのでしばし呆然と立ち尽くしてしまいます。
そんなサハラの頬を、そして癖のある長い髪を、一陣の“そよ風”が撫でました。
初夏の日差しが差し込み少し暑い位だったのでちょうど気持ちが良いです。
その事実を脳が理解した瞬間全身に電撃が走った気がしました。
そう、暑い時に風が吹けば涼しい、その当たり前すぎる事が起こったのです。そんな事は本来起こるはずが無いのです。
何故ならフルダイブシステム、特にゲームで使うような民生用は感覚フィードバックはほとんど感じない様に設定されているのです。何かが触れてるのは分かるのですが、それが熱いのか冷たいのか、どれ位堅いのか、そういった事が全く分からないレベルに法律により制限されています。
しかもご丁寧な事に日本主導による国際規格まで作ってあるのです。
なのでゲームでは本当の風は再現していません。 何故なら、風は膨大な処理能力を使う癖にプレイヤーはそれをを感じないのです。
さらに視覚的に再現するだけならほぼサーバーに負荷を掛けずに出来てしまうのです。 物理エンジンを売りにしている小規模なMO系のゲームならいざ知らずMMOでは百害有って一利なしなのです。
(その代わりにステータス異常に灼熱や極寒、強風の影響といった物で再現しています。)
「か……ぜ……?」
サハラは即座にその状況から考えられる事を思い描きます。
そしてその中でも最高に自分好みな事に焦点を絞ってさらに考えます。
まずはとにかく落ち着かなくては、うかれるのも焦るのもまだ早い、今は基本的な事を確認しなければいけない、そう思い行動を開始します。
最初に確認する事は自分の状態です。
とりあえず顔を触ってみます。 肌はすべすべです、現実の自分ではあり得ない位に。
次に体の至る所を触ってみます。 腰や足や背中、何処を触っても当然の様に感覚があります。 だめ押しに軽く頬をつねってみると、痛い!
痛みは決定的です、これはすでにゲームでは無いらしいですね。
さらに自分の体をよく見てみます。
なんかありえない事に胸が膨らんでます!
しかも結構大きいです!
胸が邪魔で下が見づらいです。
これらの事から考えるに、自分の体はゲームで使っていたマイキャラで間違い無いようです。
最後に一番重要な所を確認するべきか……と、思ったけどその必要はありませんでした。
確認するまでも無く ついてない 事が分かってしまいました……。
女性タイプのマイキャラについてる事なんて無いと言うある意味当然の事に、分かっては居ても、しばらく……そう、たっぷり5分位はガックリと地面に項垂れて凹みました。
「ま、まあ良いか! 男で良かったと思った事なんて無かったし!」 …………涙でそう。
しかしそんな些末な事はどうでもいいのです! 何故なら今まで調べた事が一つの重要な事実を物語っているのですから!
そう、これはまさしくゲームキャラでの異世界転生に他ならないと言う事を!
〈夢落ちとか、人間として重要な部分に異常をきたした、とかそう言う可能性はあえて気がつかない!〉
異世界に転生してるんだったらホーム設定が無効でもおかしくないしね。
サハラはそう結論づけ、込み上げる嬉しさに自然と頬が綻びます。 そして結論づけてからの適応は早かったのです。
「ふふーん、ついに来ましたね~! 転生ですよ! 最高ですよね! MMORPGゲーマーなら一度は夢見るはずです! 大歓迎なのですよ~!!」
まさにサハラも夢見いました。
ただ誤解の無い様に言っておきますと、別に現実にそこまで不満が有るわけでも無かったですし、楽しい事だってありました。 会社だって別に嫌いじゃ無いです、それに叶えたい夢だって有りました。
だけどこれはそう言う次元の話では無いのです! もう気分は最高です!
後、残る確認事項を調べなければなりません、ステータスですね。
ただしこれはステータス画面的な物が何も開けないのでさっぱり分からないのですが、とりあえず現実の自分=男だった時と今を比較してこれと言って優れていそうな気もしません。
むしろ体力〈スタミナや腕力諸々〉は低いと思います。
でもMPは何となくですが把握出来ますね、だけどゲームの時みたいに正確にはわからないです。
HPに至ってはもう全然判らないけど、たぶん剣で切られたら普通に死んじゃうんだろうな~。
他にはインベントリを使えないか考えてみます。 まずは普通に左手で操作してみました、ダメらしい、かわりにイメージで操作を試みてみます、やっぱりダメでした。
どうやら使えないらしいです。 残念!
これで調べるべき事は一通り調べました。
「さて、次は今後どうしようかって所ですよね」
言いつつ辺りを見回します。 左右は深い森です、一人で道具も持たずに入って大丈夫な様には見えないです、その方向は諦めましょう。
そして前後は道です、どうやら馬車か何かの通り道らしく轍が出来ています。 しかし道の先には人が居るはずです、道理ですね、こっちにしましょう。
「さあどっちに向かおうかな~」
そこでおもむろに武器であるロングスタッフから手を離します、当然倒れました。 今回は後ろ向きに倒れました、それを見てサハラは満足したように頷き杖を拾い、倒れた方向へ向き直ります。 ようするに棒倒しで方角を決めたのです!
「考えても分からない事は運頼み、さあこっちに良い事有るはずですよ~。 ふんふんふーん♪」
そしてサハラは上機嫌に鼻歌を歌いながら歩き出しました。
やっと次話で現地人と接触です!